【90.お揃い】
「ねえねえ、一緒にいてもいいでしょう?」
「……分かった。ただし、俺様の友人たちに失礼なことはするなよ」
「分かってるって。皆さん、よろしくね」
カーラはニコロとウィルの方だけ見てそう言って、ラミオの近くに戻っていった。
庶民に声をかけるつもりはないということなんだろうけど、あそこまで露骨だと一周回って腹も立たなくなるものだ。
「あ、そうだ、あたし行きたいお店があるの。付き合ってくれる?」
「いや、だから俺様はだな……」
「大丈夫ですよ、ラミオ様。僕たちは自由に見て回りますから」
「だってよ。カーラが言い出したら聞かないのは分かってんだろ。ほら、行くぞラミオ」
「……はあ……。ならみんな、朝は自由時間にして昼に集合にしよう」
抵抗する気力を失ったらしいラミオは、お気に入りだという飲食店の名前と大体の位置を教えた後、カーラに引きずられるようにして連れていかれた。
普段から女子に囲まれて、別荘でも女子に囲まれて。モテるというのも大変なんだということを思い知らされる光景だ。
そんなわけで残されたリタたちは、どうしようかと顔を見合わせた。
「みんなで行動するなら、私が案内しますけど……どうしますか?」
「でもラミオ様だけ別行動っていうのも可哀想な気がするし……こうなったら朝はみんな好きなところでいいんじゃない?」
リタの提案に、異論はないようだった。
「俺は魔導書を見に行ってくる」
手短に言って、さっさと歩いて行ってしまうウィル。集団行動が苦手な彼は、この展開を唯一喜んでいるかもしれない。
「ウィル、一人じゃ危ないだろ……、あ、アイリはどうする?」
「私は……」
ニコロの問いかけに答える途中で、アイリはリタの方を見た。
なんとなく、自分はどうするのかと問われているように感じたリタは、エミリーの方を見つつ口を開いた。
「私はせっかくだしエミーに案内してもらおうかな」
「任せてください!」
「そっか……じゃぁ私は――」
「ぼ、僕たちと一緒に行かない?」
お、あのニコロが珍しく勇気を出してる。今のところアイリからの脈は一切感じないけど、いいぞ頑張れ、目指せニコロルートハッピーエンド。
なんてリタが心の中で応援していると、アイリはニコロとリタたちの方を交互に見て迷っているように見えた。
ここは何か背中を押すようなことを言ってあげるべきだろうかと考えていると、
「えっと、ほら、前に言ってたじゃないか。気になってる魔導書があるって。どうせならそれを探しに行くのとか、どうかなって思ったんだけど」
ニコロが早口に、言い訳じみた追撃を始めた。
なんだか健気に思えたのと同時に、ここで下手なフォローを入れるのも野暮かと思い、リタは黙っておくことにした。
「……」
随分と長いこと悩んでいる様子のアイリ。
どうしたんだろうか。もしかして年頃の男女が二人で――とはいってもウィルもいるが――出かけるというのが恥ずかしいんだろうか。いやでもニコロ相手に、今更そんなこと考えたりするだろうか。
とりあえずまた彼女の視線を感じたリタは、どうしたものかと迷った末、グッと親指を立てておいた。
「……分かった。ニコロと一緒に行くよ」
「そっか……! ならウィルを見失わない内に早く……リタ、エミリー様、またお昼に」
話している間にも遠ざかっていくウィルの背中を見失わないように必死なんだろう。らしくない、雑な去り方をするニコロ。
「じゃぁアイリもまた後で。楽しんできてね」
「……うん。またね」
何故か小声で返し、ニコロの後についていくアイリ。
三人の姿が人混みにまぎれて完全に見えなくなった頃、エミリーはリタの方を見ずに問いかけてきた。
「よかったんですか?」
「なにが?」
「アイリと一緒じゃなくて」
「そりゃ一緒にはいたいけど……ニコロがせっかく勇気出してたから応援してあげたくなって」
「そうですか……」
エミリーは顎に手をあて、首を傾げた。
「……リタ様って、アイリに対しては保護者のような気持ちなんですか?」
「え、どうだろう……友達相手に保護者っていうのも、なんか変じゃない?」
「けど……前にも言いましたが、アイリに対して過保護ですよね」
確かにそんな感じのことを以前も言われた気がする。何ならアイリ自身にも、過保護なことは指摘されている。
リタは控えているつもりなのだが、そんなにアイリを特別視していることがバレバレなのも、今更だが少し恥ずかしい。
「……まあでも、そのおかげで私的にはラッキーです! 思いもよらずリタ様とデートが出来て」
「私も二回目のデート、楽しみだよ」
にっこり笑ってそう言うと、エミリーは照れたように視線を逸らした。
自分から言う分には平気なのに、相手から返されるのはやはり不得手らしい。
そういうところは年相応で可愛いなと思っていると、軽く服の裾をつままれた。
「リタ様は何か気になるものとか、買いたいものとかありますか? 私、ここら辺のお店は大体網羅してますので、ご案内します」
せっかく聞いてもらったが、リタが興味のあるものなんて、アイリを除けば食べ物くらいだ。とはいえ、昼食はラミオのお気に入りのお店に決まっている以上、下手にお腹をふくらませるのもよくない。
「エミーのおススメのお店とかじゃダメかな」
「私のですか? いいですけど……リタ様に気に入っていただけるかどうか……」
「大丈夫大丈夫。エミーが楽しい場所なら私も楽しいから」
「……そうですか。では、案内します」
エミリーに連れられて来たのは、隅の方にひっそりと建つお店だった。
絵本の中に出てきそうな煙突付きの小さな木造の家だが、屋根の色が紫で、全体的に今にも崩れ落ちそうなボロボロの感じが、なんとも言えない怪しさを感じさせる。
「えっと……ここは?」
「可愛い小物とか雑貨を置いてるお店です」
全くそんな雰囲気ではないのだが、本当だろうか。見た目だけで判断すると、怪しげな魔法薬なんかが置かれていそうだ。
「さ、行きましょう!」
戸惑うリタとは対照的に、ノリノリで歩いていくエミリー。
その後に続いて中に入ると、外観から感じる印象よりは遥かに明るい雰囲気の店内だった。
年季を感じる棚に所狭しと並べられた小物類は、確かに可愛い造形のものが多い。
「可愛いね」
「でしょう? 昔からあるお店なので、外観は少し趣がある感じなんですけど、売っているものはみんな可愛いんですよ」
「そう、だね……」
虫をモチーフにしたらしい置物から視線を逸らしつつ、肯定した。恐らくエミリー的にはあれも可愛いものにカウントされているんだろう。
それから二人で「あれが可愛い」「これも可愛い」などと小声で話しながら、しばらく商品を見て回った。
リタが何か買っていこうかと考えていると、月の刺繍の入ったハンカチを手にしたエミリーが、ふと黙り込んだ。
「どうかした?」
「あ、いえ……このお店、私のお気に入りで、別荘に来るたびに寄るんです」
「うん」
「初めて来た時はお父様たちと一緒だったんですけど、その後は毎回付き合わせるのも悪いと思って、一人で」
「ラミオとは?」
「ラミオは好奇心の塊みたいな子供だったので、一つの場所に留まらず次へ次へって感じでしたから。頼めばついて来てくれたかもしれませんけど……自分の好みを押し付けてるみたいで、出来ませんでした」
昔の何かしらを思い出したのか、エミリーは微かに微笑んだ。しかし直後に、不機嫌そうに唇を尖らせる。
「それに、ここにいる間はカーラがラミオにつきっきりでしたから。あの子にここを知られるのが嫌すぎたので」
「なるほど……」
というか、そんなにつきっきりとは。
本当にモテるって大変なんだなと、しみじみ感じる。
「なので誰かと一緒に来るのは久しぶりで……それにこうやって一緒の物を見て可愛いって言い合うのも、なんか不思議な感覚だなぁって」
「不思議?」
「はい。一番近い感情で言うと、楽しいですね」
「……」
王女として生まれた彼女が、どんな幼少期を過ごしたのか。それはゲームにもファンブックにも記載されていないことなので、リタには想像することも難しい。
ただ、友達と遊んだり、家族と出かけたりなんていう一般的な行動が、気軽に出来なかったことは容易に察せられる。
「ねえ、エミーはどれが一番気に入った?」
「え? えっと……どれも可愛いですけど、強いて言うならこのハンカチですかね」
「ならお揃いで買わない?」
「えっ」
「あ、お揃いは嫌?」
「い、いえ、嫌とかじゃなくて……いいんですか? リタ様の気に入ったものじゃなくて」
「私も気に入ってるよ。それにエミーと一緒のがいいんだ……って、なんかこの言い方も変かな……」
上手くは言えないが、恐らく相当きっちりとした環境で育てられたんであろうエミリーに、少しでも年頃の女の子らしいことをと思っての提案だった。
しかし友達とお揃いなんて子供っぽいだろうか。嫌な人は嫌だろうか。などとリタが脳内で不安を感じ始めた時、
「へ、変じゃないです! 私もリタ様と一緒がいいです!」
少し大きな声でそう言われて、思わず目を丸くして驚いてしまった。
でもすぐにエミリーの言葉に嬉しくなり、リタは目の前にあったハンカチを手に取った。
「じゃぁお揃いで買おっか」
「はい! あ、お支払いは私が!」
「いやいや、ちゃんと自分の分は自分で買うから……」
両親の仕送りに感謝しつつ、リタはエミリーと並んで店員のおばあさんのいる場所へと移動した。
その後、エミリーのおススメの他のお店を巡っている間にお昼が近くなり、約束した飲食店の前に行くと、既にラミオたちが待っていた。近くにアイリたちの姿はない。
「り、リタ……待っていたぞ……!」
「すみません、お待たせしちゃって」
「いや、俺様たちも今来たばかりだから問題ない!」
嬉しそうに輝きだすラミオの表情。
リタたちを見つけるまで、かなりぐったりしていたように見えたが、一体どれほど振り回されたんだろうか。
「ラミオ、大丈夫?」
「ああ。そっちは……楽しかったようだな」
「うん。ごめんね、二人とも押し付けちゃって」
「問題ない。俺様もそこそこは楽しめた」
エミリーとラミオが話しているのを見ていると、つんと背中をつつかれた。
振り返ると、不機嫌な表情でこちらを睨むように見ているカーラがいた。
「……あなたって本当にラミオの友人なの?」
「有難いことに仲良くして頂いています」
にこりと微笑むと、ますます眉をひそめられてしまう。
分かってはいたけど、相当快く思われていないらしい。
「ふーん……、……ま、大丈夫そうね」
一体何の品定めなのか。……まあ、ラミオの相手としてということは分かるけども。
リタの全身を見終えたカーラは、頷いてから、あからさまに距離を取った。
「ちょっと、リタ様に失礼なことしないでよ」
「リタ様ぁ? 何なのその呼び方……庶民に敬称を付けるなんて」
「そんなの私の勝手でしょ。リタ様、この子が無礼なこと言ったら無視しちゃっていいですからね」
「はあ!? ちょっとエミリー、あなたね――」
不穏な空気になり始めたところで、遠くから「すみません」というニコロの声が聞こえてきた。
同時に三人が駆け寄って来る――とはいっても、マイペースなウィルだけは歩いていたが。
そのことにより、エミリーとカーラが睨み合うのをやめてくれたので、リタはホッとした。
続く




