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【89.寝不足の二日目】

 あまり長居するのもなんですので――ということで、用を終えたエミリーは早々に自分の部屋に戻ることになった。


 リタ的には、このまま他の人も誘ってトランプ大会でもやりたい気分だったが、どうも先ほどからエミリーはどことなく眠たげにしているのでやめた。


「では、夜分遅くに失礼いたしました」

「うん。……ごめんね」


 綺麗な所作で頭を下げるエミリーを見て、リタは思わずそう言ってしまった。

 案の定、言葉の意味が分からずポカンとした顔をするエミリー。


「私、何かリタ様に謝られるようなことされましたか?」

「んー……」


 転生のことは話せない。

 となると、今回の出来事――エミリーがリュギダスに取り憑かれたこと――を見抜けなかったのはリタの怠慢のせいだと、説明のしようがない。


 危険な目に遭わせてしまったことをずっと気にしていて、つい謝罪の言葉がこぼれてしまったが、こんなのはただの自己満足だ。

 それに事情を詳しく話せない以上、意味不明な謝罪は彼女を混乱させるだけでもある。


「えいっ」

「ひゃぁ!? なっなななんですか!?」

「いや、今すごくハグしたい気分だったから、嫌だったらごめんねって意味で先に謝ったの」

「ど、どういう気分なんですか!」

「いやー……エミーは子猫みたいで可愛いね」

「全然褒められてる気がしないんですけど!?」


 抱きしめている間中、ずっとバタバタ暴れて「離せ」と言わんばかりの感じが、とても猫っぽかった。

 このままだと引っかかれるかもしれないので、パッと体を離す。


「……リタ様、やっぱり悪魔と対峙した時に何かあったんですか? 情緒が不安定なように感じられますけど……」

「うん、ちょっと色々あったから人肌恋しくなっちゃった。ごめんね」

「い、いえ……私はリタ様を愛してますから、心の準備さえ頂ければ、その、いつでも歓迎といいますか……」


 とか言いつつ、エミリーの「心の準備」とやらは果たして何年かかるのか。

 そう思うくらい真っ赤っ赤な顔で話す姿を見て、リタはいつも通りの彼女が戻ってきたことに、心底ホッとした。


「やっぱりエミーはそうやって照れてるところが可愛い」

「…………馬鹿にしてますか?」

「これ以上ないくらい褒めてる。今日は疲れてるだろうから、早く寝るんだよ」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか! 子供扱いしないでください!」


 別に馬鹿にしていないのに、怒らせてしまったらしい。まあ、子供扱いしているのは否定出来ないけど。


 少し笑いながら「ごめんね」と言うと、エミリーは唸りながら睨みつけてきた。

 こうしていると、猫というより小型犬っぽい感じがあるなぁ――などとのんきに考えているリタの胸倉が、緩い力で掴まれた。


「あ、あれ? 怒った?」

「……別に、怒ってはいませんけど」


 なら、この喧嘩をする時みたいな体勢は何なんだろうか。

 前世では喧嘩や暴力なんかとは無縁の生活だったから、胸倉を掴まれるなんて初めての体験かもしれない。


「目を瞑ってください」


 え、もしかして本当に殴られる?


 そう聞いて「はい」と言われたところで、リタに拒否権はない。

 だったら聞かない方がマシだと思い、覚悟して目を瞑った。


「……」


 パンチかビンタかどっちだ、などと考えてビビっていたけど、いつまで経っても痛みは襲ってくることはなくて。

 そろそろ目を開けてもいいんだろうかと思った頃、頬に何かが触れる感触がした。


「え」

「で、では、おやすみなさい!」

「あ、エミー今の……って、足はや……」


 呆けている間に、エミリーは早足で階段を駆け下りていった。素早い動きだったにも関わらず、育ちの良さからか派手な足音は立てていなかったのが流石だ。


 しばらくその場に固まった後、リタは自分の頬を押さえながら自室に戻り、ベッドに腰を下ろして冷静に考える。


「……やっぱりこの世界では友達同士でほっぺにキスするのが割と普通なのかな」


 前にアイリにもされたし、恐らく今エミリーにもされた。

 どちらの時もそんな雰囲気ではなかったのに、急にキスしてくるものだから心臓に悪いが、深く考えるともっと恥ずかしい気持ちになりそうなので、やめておこう。


「というか十三歳の子にキスされて照れてるって、私相当キモい奴なのでは……? いやでも十三歳って意外と子供全開かというとそうでもない気が……いやでも相手は女の子だし……」


 結局そんなことを考えてベッドで悶えている間に時は過ぎ、リタが眠りについたのは大分遅い時間になってしまった。



◆ ◆ ◆



 コンコンとドアがノックされる音が聞こえた。


 起きなくちゃいけない。

 そう思ったが、同時にあまりの眠気に立ち上がるのが億劫になり、開きかけた目を再び閉じてしまった。


「んん……」


 そういえば今日はもう冬休みだ。いつもみたいに早起きしなくても遅刻したりする心配はない。だったらもう少しだけ眠ってても許されるんじゃないだろうか。


 眠気で、よそ様の別荘に来た昨日のことをすっかり忘れているリタは、そう思って意識を眠りへと落とした。


 すると、ガチャリと扉が開かれて、誰かが入って来る音がする。


「リタ、朝だよ」

「! は、はい!」


 聞き心地の良いその声が聞こえた瞬間、慌てて飛び起きた。

 見上げた先にいたのは、呆れたように笑っているアイリの姿。


「あ、アイリ、おはよう」

「おはよう。ごめんね、あんまり遅いから迎えに来ちゃった。もうみんな下に揃ってて、後はリタだけだよ」

「うわ、完全に寝坊だ……ごめん」


 エミリーの行動の意味を考えている間に眠れなくなったなんて、我ながらなんて間抜けな話だろうか。


 リタが恥ずかしい気持ちになっていると、頭にアイリの手が置かれた。そのまま髪を撫でるように動かされる。


「ふふ、すごい髪ぼさぼさ。だらしないなぁ」

「……」


 だらしないとか言いつつ、どこか楽しそうに髪を整えてくれるアイリは、なんかお姉さんっぽく振舞いたい子供みたいで、可愛くてトキめく。


 出来ればずっと見ていたいけど、流石にいつまでもリタの髪をなだめてもらうわけにもいかない。


「もう目も覚めたし、自分でとかすから大丈夫だよ」

「うん。じゃぁみんなには言っておくから、着替えてから来てね」


 アイリが部屋を出て行ったのを確認して、リタは慌てて身支度を整えた。




 ジョーのお手製らしいハムと卵のサンドイッチを食べ終え、みんなで今日の予定を確認していたところで、呼び鈴が鳴った。


 何だろうと思っていると、対応に出て行ったジョーが少し困った顔をして戻ってきた。


「ラミオ様、ユージャ様とカーラ様がお越しになりました」

「む……すぐ行く。みんな、少し待っててくれ」


 部屋を出て行ったラミオを見て、エミリーが呟くように言った。


「なんか、面倒なことになりそうですね……」

「面倒って?」

「あの二人……というかカーラの方なんですけど。昔からラミオにべったりなんですよ。好きらしくて」


 そういえばラミオはモテるのだということを、久しぶりに思い出した。

 見た目も良く成績も優秀、出自も立派で性格もそう悪くないので、人気が出るのはごく自然なことなのに、いつもつい忘れてしまうのは何故だろうか。


「でも住んでいる場所が遠くて、ここでくらいしか会えないから、いつも滞在中は行動を共にしたがるんですよね」

「なるほど……それで今も誘いに来たと」

「恐らくそうでしょうね。あの女、しつこいですから」

「あの女って……」


 酷い呼び方に、リタは苦笑した。

 エミリーも少し前まではラミオへの愛がすごかったから、恐らく過去に何かしらあったんだろう。


「でもそれなら、今日のお出かけ、ラミオ様は一緒に行けなさそうかな」


 アイリの言葉に、エミリーはムスッとした顔で「そんなわけないです」と答えた。


「ラミオが、せっかく来てくれたみんなよりあの女を優先するとは思えません。断ってきますよ」


 やたら自信満々な声だった。


 遠くにいたウィルの「ラミオ様がいない方が気楽でいいけどな」という呟きは、エミリーの耳に届いていないようでよかった。

 そう思っていたら、扉が開いて、ラミオが戻ってきた。どこかぐったりした表情をしている。


「手強かった……」

「大人しく帰った?」


 エミリーの問いかけに、ラミオは若干悩んだ後で頷いた。どうやら帰すのに相当苦戦したらしい。


「待たせてすまなかったな。今日は昨日決めた通り、市場へ行こう。俺様たちが案内する」


 気を取り直すようにそう言うラミオに、みんな賛同した。



 というわけで、運動もかねて歩いて行こうという話になり、ジョーとスピネルに見送られて別荘を後にした。

 ラミオとエミリーは目立つ髪色を隠すために、それぞれ帽子を被っている。


 綺麗な景色を眺めつつ、市場までの道のりを二列になって並んで歩く。

 王都よりも緑が多く存在する道は、歩いているだけで何だか気分がよくなってくるから不思議だ。


 ちなみに、いつもはエミリーの護衛という名の監視をしているスピネルだが、事前に伝えられた通り、ここに滞在している間は他の仕事でかかりきりらしい。だから、今も実は後ろから見張られている、ということはないだろう。


 ニコロと話しているアイリの背を見つめながら、ふとある疑問が浮かんだリタは、隣にいたエミリーの方に顔を近付けた。


「ねえ、エミーはさ」

「ひゃっ!」

「あ……ごめん、いきなり話しかけて」


 それにしたって、そんなにビックリしなくてもと思ってしまうくらい、肩を跳ね上げられてしまった。


 見ると、エミリーの顔は赤く染まっていて、その反応は驚いたというより照れているという感じだった。


「す、すみません……今リタ様の顔を近くで見ると、ちょっと心臓に悪いので……」


 すすすと離れていく姿を見て、リタは昨夜のことを思い出した。


 寝ている間に照れの感情はすっかり消え去ったリタだったが、やった本人はそうでもないらしい。

 いつの日か、同じことをしたのに翌日にはすっかりいつも通りだったアイリを思い出して、リタはどちらの反応が正しいのか分からなくなった。


「えっと……なんですか?」


 明らかに離れた場所から問いかけられる。

 なんだろうか、この切ない感じ。


「エミーはあの……親戚の人たちと仲良いの?」

「カーラたちですか? ……仲が良いの定義って、どこからですか? 会話はします」

「話してて楽しいか、とかかなぁ」

「それならノーですね。けどまあ、親戚として最低限の仲ではありますよ」

「そっか……」


 可もなく不可もなくといった感じだろうか。


 昨日スピネルが言っていた「エミリー様にとって良い思い出のある場所ではない」という言葉は、なんとなくあの兄妹が関わっているのかと思ったけど、どうなんだろう。


 でもその場合、リタに出来ることなんてあるんだろうか。

 あまり仲が良くなさそうなあの兄妹とエミリーを会わせないようにするくらいしか思い浮かばない。



 ――だというのに、市場に着くなり、それすら遂行出来なかったことが発覚。



「ラミオ、来ちゃった」


 語尾にハートマークがつきそうな甘ったるい声でそう言ったのは、今日も綺麗な縦ロールを携えたカーラだった。隣にはユージャの姿がある。

 その近くには、二人が乗って来たと思われる馬車もある。


「カーラ……俺様は友人たちを案内すると言っただろう。来たところで構ってはやれないぞ」

「それでもいいの。勝手についていくから」

「しかしお前が良くてもな……」


 ラミオの気まずそうな視線が、リタたちの方に向けられた。


 とりあえずリタは、気にしていないということをアピールするために手を振っておいた。

 アイリとニコロは笑顔と苦笑の合間のような表情をし、ウィルは興味がないのか無礼にもラミオたちの方を見てすらいない。


「別に俺たちが一緒だっていいだろ。わざわざ可愛いカーラが来てやったんだから感謝してほしいくらいだぜ」


 いくら親戚とはいえ、王子に対して何たる物言い。


 リタが呆けていると、隣にいたエミリーが小声で言った。


「ユージャは妹至上主義者なんです」

「なるほど……」


 分かりやすく言うとシスコンだ。

 ブラコンだったエミリーとシスコンのユージャ、そしてカーラはラミオに片思い――去年まで四人はどんな風に交流していたのか、逆に気になってきた。



続く

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