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【88.真面目な初日の過ごし方】

 大理石的な何かで作られている玄関をまたぐと、見えて来るのはシャンデリアと螺旋階段。

 そこでまたリタはテンションが上がりかけたが、グッと堪えてクールに振舞う。


「すごく立派な家だね」

「私と結婚してくれれば使いたい放題ですよ」

「うむ。俺様でもいいぞ」

「あ、はい……」


 兄妹から冗談のように投げかけられた言葉に、冗談で返すべきか分からなかった。

 それにしてもラミオは、自分の妹が自分の思い人にアプローチを仕掛けているところを見て、何か引っかかることはないんだろうか。


「部屋は二階に各自用意してあるから、荷物を置いて来てくれ」

「えっ!? 一人一部屋なんですか!?」

「ああ。その方が自由に過ごせるかと思ったんだが……問題あったか?」

「い、いえ、全然……いちいち驚いてすみません」

「気にするな。そういう感情に素直なところも良い」

「光栄です」


 ラミオの言葉は軽く流しつつ、リタはアイリたちと共に荷物を運びに二階へと移動した。

 ちなみにラミオやエミリー、スピネルたちの部屋は、毎年使っている専用のものが一階にあるとのこと。


 それにしても一人一部屋なんて贅沢だが、友達との旅行特有のワイワイ感は失われてしまった気もする。まあ、この旅行にそんなものを望んでいるのはリタだけかもしれないが。


 二階の扉には、それぞれの名前が書かれたネームプレートがかけられていた。

 リタが自分の名前の書かれたそれを見上げていると、隣の部屋らしいアイリが、こちらを見て困ったように微笑んだ。


「寮生活に慣れちゃったから、リタと別々の部屋なんて、なんか変な感じ」

「私もだよ。アイリ、寂しくなったらいつでもこっちの部屋に来てね」

「うん、リタもね」


 そんなやりとりのあと一人部屋に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、外の景色がよく見える大きな窓。その手前には、ホテルでしか見たことのないようなキングサイズのベッドが置かれている。

 シワ一つないシーツの上に荷物を放り投げる気になれず、そばにあったテーブルにバッグを置く。


「……それにしても大きいな」


 リタたちの年齢なら四、五人くらいは一緒に寝られるんじゃないかという大きさのベッドに腰をかけると、ふわふわしていて、まるで羽にでも座っているような感触だった。


 ベッドだけじゃなく部屋自体も広いので、一人でいると逆に落ち着かない気持ちになる。


「これなら男女別で同じ部屋でもよかった気が……いや、王族と同じ部屋っていうのはダメ……でもないか。寮では普通にルームメイトがいるんだし」


 王族エミリーのルームメイト、という単語で嫌な記憶を思い出しかけたので、リタは首を振ってベッドから立ち上がった。


 とりあえず旅行初日となれば、なんでもいいからみんなで遊びたい。

 そんな子供みたいな思いを抱えながら扉を開くと、ちょうどノックしようとしていたらしいスピネルが目の前にいて、少し驚いた。


「あ、ご、ごめん……そっか、さっき話があるって言ってたっけ」

「……はい、到着早々お疲れのところ申し訳ないのですが、入ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 彼女を部屋に招き入れつつ、とりあえずリュギダスのことを切り出されたら謝罪しかないよなーまた怒らせたら今度こそ切り裂かれそうだし、などと考えた。


「……話というのは、エミリー様のことなのですが」


 でしょうね、と思いながら頷く。


「……今回私は、皆様全員の安全を守る責任があるので、エミリー様だけを注視することは難しいです。……なので、不躾なお願いですが、可能な限り見ておいてあげてほしいんです」

「私がエミーを? ……何か危ない目に遭う可能性があるとか?」


 いつの日かの誘拐未遂を思い出し、緊張した表情になったリタを見て、スピネルは首を振った。


「……犯罪絡みの危険があるわけではないです」


 キッパリと否定され、リタは安堵する。

 よく考えれば、そんな可能性があると分かっているなら、そもそもこの旅行自体が行われるわけがない。


「なら、見ておいてほしいっていうのはどういう意味?」

「……あまり多くは言えませんが、この場所は元々エミリー様にとって、良い思い出のある場所ではないんです」


 毎年来ているのに、良い思い出がないとはどういうことなんだろうか。

 さっぱり事情は分からないが、「多くは言えない」と言っているし、聞いたところで答えてくれるとは思えない。


「分かった。私に出来ることがあるかは分からないけど、何かあったら極力対処するよ」

「……アルベティ様もご休息の中、申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」


 礼儀正しく頭を下げ、廊下に戻って行くスピネル。

 彼女は、怒らせなければ比較的穏やかな人らしい。ただ、エミリーに対して過保護なのは相変わらずのようだ。


 閉められた扉を眺めつつ、スピネルが一体何を危惧しているのか、少し考えてみた。


「……やっぱりあの二人関連なのかなぁ」


 先ほど見たばかりの光景を思い出し、リタが何とも言えない気持ちになっていると、扉がノックされる音が聞こえた。


「リタ、ちょっといい?」

「はい!」


 アイリの声が聞こえて、飛びつくように扉を開けた。


「なになに? どうしたの? 寂しくなった?」

「そんなにすぐ寂しくなるほど子供じゃないよ……。そうじゃなくてニコロがね、せっかくだからみんなで集まってやらないかって」

「なにを?」

「宿題」

「――」


 危うくアイリ相手に「は?」と言ってしまうところだった。


 確かにリタたちには、長期休暇特有の大量の宿題が出されている。旅行に行く前に、アイリに促されて一応持って来てもいる。

 だからって別荘に到着して早々やることが"みんなで宿題"なんて、そんな馬鹿真面目な話があるだろうか。


「先に片付けておいた方が、後が楽でしょ?」

「それはそうだけど……何もこんなところに来てまでやらなくても……」

「宿題が終わったら遊びに行く予定みたいだから、とりあえずやれるところまでやろうよ」

「……はーい」


 気持ちが全く乗らないとはいえ、アイリに誘われたら断るなんて選択肢はない。

 リタはゲンナリした顔で部屋を出た。



 というわけで、ジョーとスピネルが淹れてくれた紅茶を味わいつつ、みんなで宿題タイム。


 真面目なアイリ、ニコロ、ラミオ、ウィルが黙々と宿題を片付けて行く中、集中力が切れがちなリタとエミリーは途中でお絵描きをして楽しんで、四人に呆れた目を向けられていた。


 そんな真面目な四人にも流石に疲れが溜まってきた頃、ノックの音と共に「失礼致します」という声が聞こえて、ジョーが入ってきた。


「こちら、お口に合えばよろしいのですが」

「わ、ありがとうございます! クッキー大好きです!」

「それは何よりです」


 思わずはしゃぐと、クスクスと笑われてしまった。

 しかしそんな反応も、目の前に置かれた美味しそうなクッキーを前にしたらどうでもよくなる。


 リタは「いただきまーす」と、未だに直らない前世からの口癖と共にクッキーを手にし、口に放り込んだ。


「美味しい!」

「リタ様は本当に甘いものがお好きですね。こっちのも美味しいですよ、はい」


 言いながら、薔薇の形をしたクッキーを持ち上げ、リタの口の前まで運んでくれるエミリー。甘いものを欲していたリタは、遠慮なくそれを頂いた。


「ほんとだ! こっちも美味しい!」

「……リタ、食べさせてもらうなんてお行儀悪いよ」

「え、そうなの?」

「こういう砕けた場所ではマナー違反ってわけではないけど、あまり見ない光景ではあるね」


 何故か若干不機嫌そうなアイリと、苦笑気味のニコロ。

 手を止めたラミオも、リタとエミリーをしげしげと見つめた後、言った。


「二人は随分と仲が良いんだな」

「それはもちろん、将来を誓い合った仲だから」

「そうか……感慨深いな」


 エミリーはさも真実かのようなトーンで身に覚えのないことを言わないでほしいし、ラミオも謎に感慨に浸らないでほしい。


「そ、それより、みんなも一休みしてクッキーを頂こうよ。せっかく持ってきてくれたんだから……って、私が言うことでもないけど」

「いや、その通りだ。根の詰め過ぎも良くない。遠慮なく食べてくれ」


 ラミオの一言で、ペンを握りっぱなしだったみんなも、ようやく落ち着いて休憩することになった。


 もしかしてだが、主人であるラミオやエミリーよりも先にお菓子に飛びついた自分は、相当無礼な奴だったのではないだろうか。

 リタは不安な気持ちになりつつも、その後もエミリーが勧めてくれるクッキーを遠慮なく頂いた。



 結局、到着早々の勉強会は夕飯の時間直前まで続いた。

 途中、ラミオとエミリーに何度か来客が訪れていたが、この周辺に住んでいたり、別荘を持っていたリする知り合いらしい。王族ともなると休暇中も交流が多くて大変そうだ。


 リタはせっかくの初日が勉強漬けで終わったことに落胆したが、豪華な夕飯で見事に立ち直った。

 今日一日勉強尽くしだった分、明日はラミオたちが近くの市場を案内してくれるとのことで、なおさらテンションが上がった。



 その後、広過ぎるお風呂に一人で入るという落ち着かなさ過ぎる体験を経て、あとは寝るだけとなった時刻。

 リタは部屋のベッドに座りながら考えていた。


「みんなで一緒にトランプしようとか誘いに行った方がいいのかな……でもみんな疲れてるだろうから眠いかな」


 果たして、このまま初日を勉強だけの思い出で終えてもいいものなんだろうか。

 一応持ってきていたトランプやボードゲームの類を頭に思い浮かべながら悩むこと数分。リタのくだらない悩みは、ノックの音で中断された。


 立ち上がって出てみると、廊下にいたのはエミリーだった。

 普段は制服姿ばかり見ているので、ピンク色のパジャマに身を包んだ姿はまだ見慣れない。


「どうしたの?」

「夜分遅くにすみません……少しお話があるんですけど、いいですか?」


 頷くと、エミリーは丁寧に頭を下げてから部屋に入ってきた。

 どこに座ればいいか迷っている様子だったので、リタはベッドに腰かけ、隣に座るように促した。


「どうしたの?」

「ここに来るより前にアイリの部屋にお邪魔したんですけど……そこで全部話しました。悪魔の件のこと」

「え」

「あ。アイリに話すことは理事長には事前に確認を取っていますので、ご心配なく。他言無用という約束も、アイリなら守ってくれるでしょうし」


 その辺の真面目さは流石エミリー、勝手に話してしまったリタとは大違いだ。


「でもどうしてアイリに?」

「私、悪魔に取り憑かれていた時の記憶が全くないので……その間に何か迷惑をかけていたら嫌だなと思って。案の定、直接言われはしませんでしたが、何か思い当たる節があるような顔をしていたので、言って良かったです」


 エミリーに問いかけられ、気を使って誤魔化したものの、表情で丸分かりだったであろうアイリを想像して、少し和んだ。


「それで、リタ様にも何か仕出かしていたなら、改めて謝りたいと思ってお伺いしたんですが……」

「謝ることなんてないよ。たとえ何かあったとしても、悪いのは悪魔で、エミーは被害者なんだから」

「それ、アイリにも言われました」


 苦笑交じりに返されたが、事実なので言うことが被るのも仕方ない。

 むしろ非がある度合いで言えば、エミリーよりも見抜けなかったリタの方が遥かに上だが、これは言えないので黙っておく。


「では、リタ様に対しては何か粗相などはしていませんか?」

「……、……うん」

「その間は確実に何かあった間じゃないですか!?」

「い、いや、ないない。粗相ってほどじゃないんだけど……」


 思い出したのは、やたら距離感が近い時のこと。


 気になって仕方がないという顔で見つめられたので、仕方なく話すと、エミリーは何とも言えない表情をした。


「それは……悪魔的にはどんな気持ちだったんでしょうか……」

「さあ? 悪魔も人恋しくなったり……するわけないか」

「不可解ですね……」


 同じ魔族の匂いは落ち着くから――という理由なことは知っているが、本当のことは言えなかった。


「それにしても、すみません……人前で過度な身体接触なんて、礼儀知らずなことを……」

「ううん、私は全然気にしてないよ」


 それにしても身体接触だなんて、随分と堅苦しい表現だ。


「……あの……本当に気分を害されたりしてませんか?」

「そんなのあるわけないよ!」


 気分を害するなんて大げさな言葉に、リタは全力で首を振って否定した。

 慣れない距離感に戸惑う気持ちや、最初こそ恥ずかしさがあったのは事実だが、嫌だと思ったことはない。


「……そうですか」


 リタの言葉を信じていないのか、微妙に落ち込んだ様子のエミリー。

 しょんぼりとした姿に、何だか言いようのない気持ちになって、気が付いたらその手を握っていた。


「……リタ様?」

「緊張するっていうのはあると思うけど、エミーみたいな可愛い子に触れられるのが嫌な人なんてほとんどいないと思うよ」

「そ、そういうお世辞はいいですから」

「本音だってば。……あ、ちなみにちょっと気になってたんだけど、デートした日はエミーだったんだよね?」

「はい……あの日の記憶はきちんとありますから」

「よかった……」


 リュギダスと仲良くデートしていたなんて流石に嫌すぎるから、ホッとした。


 そういえばあの日も手を繋いだんだっけ、なんて思い出しつつ手を握ったままでいると、隣に座るエミリーの顔が分かりやすく赤くなっていった。


「……エミーって言葉ではガンガンくるのに、意外と照れ屋だよね」

「なっ、慣れてないだけです! 手を握ったりとか、そういうスキンシップとは無縁な人生で……昔から友達もほぼいなかったですし……」


 なんだか悲しい空気になってきたので、慰めるように「じゃ、これからは私で慣れていこう」と言ったら、逃げるように手を振り払われてしまった。微妙にショックだ。


「逆にリタ様のそういうところはどうかと思います! こういうことは伴侶になってからするものだって、昔スピネルも言ってました!」

「スピネルが……なるほど……」


 やたらスキンシップに過剰というか硬派な考えだと思ったら、スピネルの教えだったとは。


 エミリーに何やら重い感情を抱いているらしい彼女的には、その教えにどういう意図があるのか――深く考えない方がよさそうだと思った。



続く

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