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【87.冬休み突入】

 それからの日々は、せわしなく過ぎていった。


 今回の出来事はクラスメイトの間でかなり話題になっていたので、デラン先生が理事長の指示通りに、悪魔を不審者に置き換えた偽りの事情を説明。


 クラスで浮いているリタは質問責めに遭うことはなかったが、代わりに何故かアイリがクラスメイトの質問を受けまくっていて大変そうだった。


 また、今回の騒動に巻き込まれた生徒たちの再試験実施が決まり、試験を受け直した。

 リタはレイラと軽く言い争いつつも、何とか三人で協力して試験をクリアすることが出来た。




 そんなわけで、気が付いたら冬休みまであと一日と迫っていた。


「はあ……疲れた」

「リタ様、お疲れですか?」

「エミーは疲れてないの? 再試験もあったのに」

「あれくらいなら許容範囲ですね」


 流石、小さい頃から躾けられたお姫様といったところだろうか。

 同じく再試験になったラミオも、今日も元気そうにラミオガールズたちに囲まれている。


「それよりもうすぐ冬休みですが、リタ様のご予定は? 帰省なされるんですか?」

「あー……ちょっと悩んでる」


 家族に会いたいという気持ちがないわけじゃないが、実際はアイリの動向次第だ。

 アイリは家族との仲が悪いと言うほどじゃないが、良いとも言えない。もしも彼女が帰らないと言うのなら、リタも帰らないつもりだった。


「エミーは?」


 聞き返しつつも、なんとなく答えは想像出来ていた。


 ゲーム内の『ラミオ』は、毎年長期休暇には国内の別荘に出かけて、知り合いのパーティーに出席するのがお約束だ。恐らく兄妹であるエミリーも変わらないだろう。


 なお、『ラミオ』と恋人同士になってからは、主人公がその別荘に招待されるイベントがあったりもする。


「私は近隣にある別荘に行く予定なんです。その近くに住んでいる知人のパーティーに出席するのが、昔からの過ごし方なので」


 思った通りの答えだった。


 長期休暇に別荘に行ってパーティーだなんて羨ましい――前世のラミオルートで見た立派な建物のことを思い出していると、エミリーは視線を上にやったり下にやったり、急に落ち着きがなくなった。


「どうかした?」

「えっと……これはあくまで、立場とか関係なく、リタ様の意思で返事を決めてほしいんですけど」


 何を今更、というような前置きが置かれたと思ったら。


「その別荘に、リタ様も一緒に来てくださりませんか? パーティードレスはご用意するので、一緒に出席してくださるとありがたいんですけど……」

「……え? 一緒に? 私が?」

「はい! あ、小さいところなので、行くのは私とラミオだけですし、お父様たちと鉢合わせることなどはないのでご心配なく」


 そんな心配はしていなかったけど、想定外のお誘いに面食らった。


 さっきも思い出した通り、ラミオルートでは主人公が一緒に別荘に行くこともあったが、それはあくまで付き合ってからの話。

 そんな関係性でもないのに、王族の別荘にホイホイついて行ってもいいものなんだろうか。


「せっかくのお休みなのに、私がついていったらお邪魔じゃない?」

「お邪魔なんてことあるわけないじゃないですか! むしろ、休暇中ずっとリタ様に会えないほうが私的には辛いんです!」

「そ、そっか……」


 この、重い愛情を感じてなんて返したらいいものか分からない感じも、なんだか懐かしい気がする。


「それと、アイリも一緒にいかがですか?」

「えっ、私も?」


 さっきからずっとリタの隣で次の授業の準備をしていたアイリが、突然話を振られて目を丸くした。

 まさか自分も誘われているとは思わなかったんだろう。

 リタも複数人で招待される展開になるとは思ってなかった。


「はい。もちろん他の予定があるなら無理にとは言いませんけど」

「えっと……、リタはどうするの?」

「えー……んー……」


 正直な話、リタは「アイリ次第」と答えたいところなのだが、決定権という名の責任をアイリに押し付けるのは気が引けた。


 アイリの方をチラ見すると、にこりと微笑まれた。それが何を意図するのかはよく分からなかったけど、可愛いから幸せな気持ちになった。


「じゃあ、せっかくだからお邪魔しようかな」

「ほんとですか!?」


 パッと輝くエミリーの表情。

 王族の別荘だなんて聞いただけで気を使ってしまいそうだけど、別にエミリーの両親が来るわけでもなし、そこまで緊張するような事態にはならないはず。

 それよりも、せっかく誘ってくれた厚意を無下にする方がなんだと思った。


 それに、もしもゲーム通りの展開が起こるなら、あの別荘で確認したいこともある。


「アイリはどうしますか?」

「私もお邪魔じゃなければ……」

「そんなの全然。遊ぶ時は大人数の方が楽しいですし、リタ様もアイリがいた方が楽しいですもんね?」

「否定はしないけど……エミーと二人でも私は楽しいよ?」

「またまた心にもないことを」

「……」


 果たしてエミリーの中でのリタのイメージ像はどうなっているのか。そんなにもアイリラブに見えているんだろうか。

 まあ合っているのだが、少し複雑な気持ちになった。


「でもよかったです、リタ様たちが来てくれて。男の子ばかりに囲まれることになったらどうしようかと不安で」

「え? ラミオ様の他にも誰か一緒に行くの?」

「はい、リンナイトとロデリタが。この二人はラミオが誘ったんですけど……何でも男同士の交友を深めたいとかで」

「へー」


 やはり攻略対象同士、通じるものが何かあるのだろうか……なんてメタ的なことを考えるリタ。


 それにしても六人で旅行なんてイベント、ゲームでも見たことがないし、なんとも楽しそうだ。

 最近のゴタゴタで疲れが溜まっていたリタだったが、少し元気が出た気がした。



◆ ◆ ◆



 というわけで冬休みに突入したわけだが、一晩で何泊もの荷物をまとめるのはなかなか大変だった。

 にも関わらず、今朝エミリーから伝えられた「すっかり言うのを忘れてたんですけど、ドレス以外の衣服も全てこっちで手配済みなので持っていく必要はありません」という言葉に、リタとアイリは深く落ち込んだ。


 それにしても、てっきり魔導列車で移動するものだと思っていたのだが、よく考えれば王族の二人が一緒にいるのにそんなわけもなく。


 学校を出た六人を出迎えたのは、立派なたてがみの白馬三頭が引く目立つ馬車と、執事服に身を包んだ見知らぬおじいさんと、スピネルだった。


「皆様、お迎えに上がりました」

「ご苦労。みんな、彼はジョー・サリーニ、うちで執事長を務めてくれている。そして隣がスピネル、エミーの侍女をしてくれている」


 丁寧に頭を下げる、品の良いおじいさん――ジョーと、スピネルを手で指し示し、紹介するラミオ。


 ニコロがこちらの自己紹介を始めようとしたが、彼らは既に把握済みだと遠慮した。


「付き添いは最低限の方がみんなも伸び伸び出来ていいかと思ってな。二人に頼んだ」

「お心遣い感謝いたします、ラミオ様」

「ふむ……ニコロ、お前、そろそろもう少し砕けた話し方にならないか? 俺様は単なるクラスメイトなんだぞ」

「えっと……善処します」


 ラミオは不満げな顔をしていたが、まあ相手の立場を考えると難しいものがあるだろう。


 そういえばリタもアイリも、そしてニコロも、エミリーに対しては大分フランクに接するようになったが、ラミオにはいまだ敬語のままだ。

 良くも悪くも「王族」というものをあまり感じさせない雰囲気が、エミリーにはあるからだろうか。



 ジョーに促され、ラミオを先頭に馬車に乗り込んでいく。

 最後にリタが乗り込もうとしたところで、スピネルに後ろから声をかけられた。


「……アルベティ様、少しお伝えしたいことがありますので、お暇な時にお時間頂けますか」

「あ、うん」


 わざわざ時間をとってまで話なんて、一体なんだろうか。

 もしかしてエミリーがリュギダスとの戦いに巻き込まれた件についてとか……だとしたらなんて言い訳したらいいものか。


 考えつつ馬車に乗り込むと、エミリーとアイリが並んで座って仲良く話をしていた。

 その光景を見て、やはり前に見かけた、謎に間を開けて座っている二人の姿などは、エミリーの意思ではなかったのだと思えた。


 おのれリュギダス――と、先日倒したラスボスを憎み直していると、アイリから声がかかる。


「リタ、早く座らないと出発しちゃうよ」

「はーい」


 着席してから間もなく、馬車は動き出した。

 リタはこの世界に来て何度か馬車に乗ったことがあるが、それとは比にならないない座り心地の良さだった。


 そのおかげか長時間の移動でもそれほど疲れを感じることなく、目的地に辿り着いた。



 ところで今更だが、リタたちの住むこの国はケイスリー王国という。

 世界的に見ると小さめの島国で、モデルは恐らくリタの前世でいうところの日本であり、治安の良さが一番の長所だ。なので王子と王女が王都の外に出かけるのにも護衛は二人で十分だと判断されたんだろう。

 ……警戒心が薄すぎる気もするが、二人は相当な手練れなのかもしれない。


 ラミオたちの別荘があるサチフェンは、王都ルバネスの近くで、この国のほぼ中央に存在する町。

 年中気候が穏やかで、自然も多く過ごしやすいため、別荘地としての人気が高い。



 馬車が到着した先にあったのは、白を基調とした三階建ての家。

 事前にエミリーは「小さいところ」と言っていたが、学校の寮くらいの大きさはある気がする。


「うわぁ……すごい、大きい! すごいね!!」


 語彙力が低下するほどテンションが上がっているのはリタだけのようで、みんな平然とした顔のままだ。

 アイリはともかく、ニコロたち貴族のお坊ちゃんはこの規模の建物は見慣れているのだろう。

 ウィルにいたっては呑気にあくびをしている。


「ふふ、リタ様ったら子供みたいで可愛いですね」

「みんな立派な子供だと思うけど……」


 微笑まれると急に恥ずかしくなって、リタは大人しくなった。


 それぞれの荷物を持って別荘の中へ移動しようとした時、後ろから「あーら、奇遇ね」という甲高い声がかかって、全員が足を止めた。


 声の方を見ると、少し離れた場所に、似たような髪色の男女二人組が立っていた。

 縦ロールが特徴的な女の子の方はリタたちと同じ年くらいで、その隣の短髪の男の子の方はやや上くらいだろうか。


「げっ……」


 リタの隣にいたエミリーが、心底嫌そうな声を漏らしたのが聞こえた。

 知り合いだろうかと首を傾げていると、ラミオが二人の方に歩み寄っていく。


「二人とも久しぶりだな。元気にしていたか?」

「ええ、もちろん。ラミオも代わりないようで何よりだわ」

「にしても、今年は随分と大所帯なんだな」


 ラミオ相手に親し気に話しているところを考えると、相当高い地位にいる子供たちだろうかと、リタも思わず嫌な声が漏れかけたが、耐えた。


 すると、ラミオが二人を連れてこちらにやって来る。


「念の為みんなにも紹介しておこう。俺様たちの親戚の、ユージャ・ウィリアムソンと、妹のカーラだ」

「親戚っつっても遠縁だけどな」

「彼らの家もこの近くに別荘を所有しているから、昔からよくここで遊んでいたんだ」


 なるほど、それでこの気さくさなわけだ。

 リタが一人で納得していると、妹――カーラがこちらに歩み寄ってくる。

 彼女は無言で、アイリとリタの顔や体をジロジロと見てきた。その目つきは、どう見ても好意的なものとは思えない。


「……お二方は随分と、なんというか、簡素なお召し物ね」


 言葉を選んだようだが、ようするに「質素な服だな」と言いたいらしい。


 全員が私服を着ている今、リタとアイリが庶民であることは衣服を見ればすぐに分かる。

 つまりこの言葉の真の意味は「お二方は庶民ですね」になるわけだけど、遠回しに伝えてくる辺り、どうもカーラは仲良くなれそうにないタイプの貴族様らしい。


「無作法で申し訳ありません」


 しかし相手は王族の遠縁。とりあえず適当な笑顔を浮かべつつ、特に意味もなく謝っておいた。


「カーラ、失礼なことを言うな。俺様の大切な友人だぞ」

「……はーい」


 ムスッとした表情でリタたちから離れたカーラは、そのままラミオの方に近付いてその腕を掴んだ。


「でもラミオの友人じゃなくてエミリーの友人でしょう? ラミオ、前にここには大事な人しか連れて来ないって言ってたじゃない」

「うむ。まあ……そういうことだ」


 どういうことだよ――と思ったが、ラミオはそれ以上何か言われる前にスピネルたちの方に歩いて行った。


「カーラ、声はかけられたんだし帰ろうぜ」

「分かってるわよ。ラミオ、また遊びに来るからね」


 微妙に不機嫌そうな表情のまま、どこかへ去っていく二人。


 先ほどカーラは「奇遇ね」なんて言っていたが、もしかしてラミオたちが到着するのを待ち伏せしていたんだろうか。


 それにしても――


「どうかしましたか? リタ様」

「あ……いや、なんでもない」


 さっきのエミリーの嫌そうな声と、エミリーには声もかけてこない様子を見ると、何だか嫌な予感がする。


 せっかくみんなで来たんだから、楽しい旅行になってほしいなと、心底思った。



続く

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