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【86.理事長の呼び出しととりあえずの決着】

 人類滅亡を企んでいたリュギダスは滅び、この世界には平和がもたらされ、主人公は愛する人と結ばれて幸せになりました。ハッピーエンド。


 これがⅠ、Ⅱ共通のホリエン全ルートのざっくりとしたストーリーだ。

 ちなみにホリエンのタイトルにある「エンジェル」というのは、『アイリ』のことを指している。


 しかしリタにとって重要なのは、Ⅱの合間に挟まれる「アイリの退学」というイベント。

 リュギダスがいなくなったからといってまだまだ安心は出来ない。


「エミー、明日は学校に来てるといいね」


 上から降ってきた声に顔を上げると、さっきまで寝る仕度をしていたアイリがリタの方を見ていた。


 夕食の際、食堂にエミリーの姿はなかった。

 まだ病院から戻ってきていないのか、それとも疲れて夕飯も抜きで眠ってしまったのか。聞ける相手もいなかったので、どちらかは分からない。


 なお、ミシャとナタリアには何があったのかと物凄く心配されたし、レイラにも事情説明をと問い詰められたが、詳しいことは話せないので、のらりくらりと誤魔化す形になった。


「うん。あとは、アイリたちの再試験も無事行われるといいんだけど……」

「そっちは多分大丈夫だよ。先生も理事長に掛け合ってくれるって言ってたし」


 そもそもこの大事な時にいない理事長も悪いし――なんてことは流石に言えない。

 リタは世間知らずなので想像でしかないが、理事長の仕事というのは相当忙しいだろうから。


「えっと……じゃぁ明日に備えて早めに寝よっか」

「うん、おやすみー」

「うん……おや、すみ」

「……どうかした?」


 明らかにソワソワしていて様子がおかしいのを隠せていないアイリに問いかけると、彼女は視線を下に動かしつつ遠慮がちに言った。


「あの……今日だけ、一緒に寝てもらってもいいかな?」

「え……あー……うん、いいよ」

「ほんと!?」


 分かりやすく明るくなる顔を前に、リタは恥ずかしさをグッと堪えて再度頷いた。


 今日は色々とアイリに心配をかけてしまったから、そのお詫びとしてこれくらいは応じてあげないと悪い。

 そもそも添い寝なんてお詫びというよりリタにとってはむしろご褒美――いや、前に一度一緒に寝たとはいえ、まだあの距離感は緊張して寝れないかもしれないが。


「あ、前は私がリタのベッドにお邪魔したから、今度は逆にする?」

「えっ!? い、いや」


 無理、と言い切ろうとしたが、それはそれで誤解を生んでしまいそうなことに気が付き、止めた。


 アイリのベッドで寝た方が彼女の存在感を強く感じてしまって眠れなさそうだが、汚い――とリタは思っている――自分のベッドに招くよりは、綺麗なアイリのベッドで寝る方がアイリのためなんだろうか?


 どっちでもいいよ、と言って笑顔を浮かべるアイリを前に、リタは三分ほど迷った後、


「アイリの方に……」


 お邪魔することにした。



 というわけで、準備万端といった感じのアイリのベッドに、自分の枕を持参して腰かけるリタ。


「お、お邪魔します」

「うん、いらっしゃい」


 謎の掛け声をかけあって、枕を置いてアイリの隣に寝転がる。

 すぐそばに彼女の顔があって、やっぱりこの距離感は慣れないと思い、リタはドキドキする前に眠るため、ギュッと目を瞑った。


「……」


 だというのに、アイリは何故か無言でリタの手をとり、赤ちゃんみたいに握ったり放したりしてくるものだから落ち着かない。

 仕方なくリタは目を開け、対話を試みることにした。


「眠れないの?」

「ううん。リタは寝てていいよ」

「いや……手が気になって」

「あ、そっか……じゃぁ放すね」


 暗がりでも分かるくらい、しゅんとした顔をしながら手が解放されて、なんとも居たたまれない気持ちになった。

 前々から感じていたが、アイリは何となくスキンシップを好む傾向がある気がする。


「……私、人と寝るの好きなのかも」

「そうなの? 狭くない?」

「むしろ狭いところでぎゅって出来るのがいいなぁって思う」


 人肌に触れることで落ち着く的な感じだろうか。

 リタも人と触れ合うのは苦手じゃないが、相手がアイリとなると「自分なんかが気軽に触れ合っていい相手なのか?」という疑問と謎の緊張の方が先走ってしまう。


「リタは狭いの嫌?」

「んー……相手によるかなぁ」

「私は?」

「嫌だったら一緒に寝たりしないよ」

「……でもなんかリタは必死に頼んだら、嫌なこともしてくれそう」


 確かにアイリに頼まれれば、多少の嫌なことくらい難なく乗り越えられる自信はある。


「リタに無理させるのは嫌だから、嫌なことがあったらちゃんと言ってね」

「うん」


 頷いたものの、アイリが本気で自分を困らせるようなことをしてくる日なんて来るんだろうか。

 上手く想像出来ないなと思いつつ目を瞑っていると、相当疲れが溜まっていたのか、リタは思ったよりも早く眠りに落ちることが出来た。



◆ ◆ ◆



 翌日、リタたちが食堂に行くと、ところどころに包帯やガーゼを着けた痛々しい姿のエミリーに出迎えられた。

 しかしその表情はとても明るく、リタを見つめる瞳はキラキラと輝いているようにすら見えた。


「リタ様……お会いしたかったです……!」

「え、エミー、大丈夫? こんなにいっぱい怪我して……」

「あ、これは病院の先生に大げさに手当てされただけです。ほぼほぼただの擦り傷ですよ」


 あっさりと言っているところを見るに、嘘ではないようだ。


 とりあえず元気なようで、リタは安堵した。

 リュギダスの気を逸らしたり、攻撃を防ぐために何度か魔法を使ったが、それが原因でエミリーに大怪我をさせてしまったんじゃ、あまりに寝覚めが悪い。


「リタ様こそ、その腕の包帯は?」

「私のも擦り傷みたいなものだよ」

「そうですか……。あ、先生にアイリも巻き込まれたと聞きましたけど、怪我は……ないみたいですね」

「うん。私が駆けつけた時にはもう全部終わった後だったから」

「試験中に一体何があったんですか?」

「あー……なんだろう、詳しい説明は難しいというか……」


 リタはエミリーからの質問を誤魔化しつつ、二人と共に移動し、いつもの場所に座った。


 昨日ミシャやナタリアから聞かれた時も感じたことだが、どこまで素直に話していいものなのだろうか。


 とりあえず魔族の血が流れていることは、広まり過ぎても面倒なことになるだろうから、今のところアイリ以外に教えるつもりはない。

 しかし悪魔のことはどうなるのか。公にするのか秘密にするのか――理事長が戻って来るまでは、自己判断で話すのは控えた方が良さそうだ。


「それよりエミー、本当に擦り傷だけだったの? 他に何か支障あったりしない?」

「んー……傷というわけじゃないんですけど、試験の時だけじゃなくて、最近記憶が抜け落ちることが多かったんです。でも何か魔法をかけられてる気配もないし、とりあえず様子見ということになったんですけど……」

「記憶って……大丈夫なの?」

「記憶がない間、何をしてるか分からないのがちょっと怖いですけど、今のところ実害はあまり感じてないので……大丈夫、ですかね、恐らく」

「そっか……怖いね」


 アイリが本気で心配しているのを見て、そういえばリュギダスがエミリーに取り憑いていたことは話していなかったことを思い出した。

 そのせいで二人の今後の関係に支障をきたすかもしれないし、そのうち話しておいた方がいいのかもしれない。


「この後、理事長ともお話しすることになっているので、その時にでも相談してみようかなって思ってます」

「あれ? エミーも呼び出されてるの?」

「え、リタ様もですか?」

「うん……私はデラン先生にだけど……」


 リタはデラン先生で、エミリーは理事長。この差は一体なんだろうか。


 なんて考えながら朝食をとっていたリタだったが、その後アイリと分かれてエミリーと共に職員室に行ってみれば、その理由は先生の一言であっさりと判明した。


「二人とも、お話があるから理事長室についてきてくれるかなぁ?」



 というわけで、先生に案内されてやって来た理事長室。

 ゲーム内での出番は少ないものの、設定資料集を読み込んでいるリタは見覚えのある場所ではある。

 全体的に落ち着いたシックな雰囲気で、理事長専用の机の後ろには背の高い本棚が大量に並んでいる。あちこちにやたら高そうな調度品が置いてあるので、うっかり落とさないように注意して移動しないといけない。


「わざわざ呼び出してすまなかったね」


 おっとりとした口調でそう告げたのは、いつ見てもザ・魔法使いといった格好をしているベンハルト・ライリ理事長だ。

 こうして近くで見るのは初めてなので、緊張からか無意識にリタの背筋が伸びた。それはエミリーも同じなのか、それとも王族だから育ちが良いのか、しゃんとして立っている。


「まあそう固くならずに、座りなさい」

「失礼します。ほら、君たちはそこに」


 リタたちは先生に促されるまま、テーブルを挟んで二つ設置されているソファの片方に並んで座った。それを確認した後、先生はその向かいに腰を下ろす。


「早速本題じゃが……今回の件、君達はどこまで把握している?」


 リタは隣にいたエミリーと顔を見合わせ、発言権を譲るように頷いた。


「私は一切何も知りません。病院に付き添ってくれた先生にもお話ししたことですが、昨日は記憶が混濁していて……目が覚めたら学校の保健室で寝ていました」

「ふむ。リタの方は?」

「私は……悪魔と対峙しました」

「「悪魔?」」


 驚きのあまり意図せず漏れてしまったのか、綺麗に声をハモらせたのはエミリーと先生だった。


 流石にここは嘘をついたり誤魔化したりする雰囲気ではないと思ったのだが、言ってよかったのだろうか。

 不安になったリタが理事長の方を見ると、彼は深く頷いていた。


「こうなった以上、巻き込まれた君達と、担任のデラン先生には説明しておかなければならんな」


 そんな前置きと共に理事長が話し始めたのは、かつてハドラーがリュギダスを封印したこと、代々優秀な魔法使いが封印を管理していたこと、その流れで人が集まって学校が出来上がったという一連の流れだった。


「数百年も前に封印された悪魔が今も生きていたなんて、すごい話ですね……」


 呆けたような声のエミリーに合わせて、リタもうんうんと頷いておいた。

 リタが前々から悪魔の存在を知っていたと判明すると、何故知っていたのかという面倒な話になるかもしれないので、あくまでリュギダスに遭って初めて知ったという体でいないとならない。


「今回の件は全て、奴の力を侮っていた儂の責任じゃ。二人には迷惑をかけてすまなかった」


 その場から立ち上がり、深々と頭を下げた理事長に対し、リタはオロオロと「いえ、そんな」という反応しか返せなかった。


 一方のエミリーは、それを見ても特に気にした様子はない。そういえばラミオ同様、彼女も理事長とは幼い頃からの知り合いだったことを思い出した。


「それで、リタ……お前さんが見たことを話してもらえるか?」

「あ、はい。えっと……」


 どこまで話していいものか考えつつ、リタはとりあえず、リュギダスがエミリーの中にいる状態で対峙したことや、奴が人類殲滅という恐ろしい野望を抱いていたことなどをざっくりと話した。


「それで、どのようにして倒したんじゃ?」

「えっと……今まで習った魔法や、魔導書で学んだ魔法などで応戦しました」


 流石にこの点で本当のことを言うと、魔族や天族の話に及んでしまうので、それっぽい言葉で濁しておいた。


「悪魔と対峙してその程度の怪我で済むとは……お前さんが優秀である事は重々承知していたが、それほどまでとは思わなんだ」

「いや、相手も長年の封印で大分弱ってましたし……魂だけの状態でしたから」


 理事長は「ふーむ」と唸るように呟いた。それから何か言いたげな目でリタの方を見てくる。

 もしかしたら、リタが色々と隠していることを薄々感じ取っているのかもしれない。


「そうか……お手柄じゃったな」


 しかし深く問い詰められることはなく、リタはホッと胸をなでおろした。


「して、今回のことじゃが……」


 その後理事長から言われたのは、悪魔が生き残っていたという事実を公にすると要らぬ混乱を巻き起こす可能性があるので今回のことは他言無用ということ。

 詳細を求められたら、学校に忍び込んだ不審者の仕業で、既に騎士団に逮捕されたと説明してほしいとのことだった。


 アイリはともかく、安易に他の人に話さなかった判断は正解だったらしい。




 理事長室を出たリタたちは、最後にデラン先生から秘密の念押しと、再度巻き込んだことへの謝罪を受けた後、先生と分かれて教室へ向かうことになった。


「悪魔だなんて、なんだか現実味がありませんね……」

「そうだね」

「でも記憶のことが悪魔の仕業かもしれないって分かったことは、よかった……んでしょうか」

「よかったんだよ。その元凶が滅びたってことは、もうエミーに危険が及ぶことはないってことなんだから」


 エミリーにはただでさえ記憶の件で怖い思いをさせてしまったから、それをこれ以上長引かせたくない。

 そのために言い切ると、エミリーは頷きつつも、どこか不安そうに顔を伏せた。


 彼女は以前記憶のことをリタに相談しようとしたが、リタが魔力切れを起こしてしまったことにより、その機会を失わせてしまった。

 あの時点で気付けていれば、別の解決策があったかもしれないし、エミリーの不安をもっと早く取り除くことも出来たかもしれないのに。


 改めて自分がしてしまったことを思い出して反省したリタは、少し考えた後、エミリーの背に手を添えた。


「な、なんですか、急に」

「いや……色々ごめんなさいの意を込めて」

「リタ様に謝られることはないと思うんですけど……、……慰めですか?」


 確かに、リタが謝る理由を説明することは難しい。

 慰めということにしておいた方が無難かと思いながら頷くと、エミリーはリタの前に駆け出てきた。


「それなら背中じゃなくて頭の方がいいです」

「え?」

「……頭、撫でてもらえますか?」

「あ、う、うん」


 いいんだろうかと迷ったのは一瞬で、すぐに以前エミリーを抱きしめて慰めた時のことを思い出した。

 今更頭くらいならいいかと、随分低くなってしまった心の中のハードルを自覚しつつ手を伸ばす。

 壊れ物に触れるように慎重に、綺麗な金色の髪を撫でた。

 その触り心地の良さは、流石育ちが良いと思うべきかエミリーの普段の手入れの成果と思うべきか。


「……」


 きゅっと目を瞑り、素直に撫でられているエミリーの頬が若干朱に染まっているのを見て、さっきまでの申し訳ない気持ちが若干薄まり、リタはその姿を素直に可愛いと思った。



続く

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