【85.アイリの秘密】
そんなわけで、部屋に戻って早々に説明スタート。
事情を一から話すと夕飯の時間を過ぎてしまいそうなので、必要最低限にまとめようとした結果、最初の一言はこうなった。
「まず初めに、私、大昔の争いで生き残った悪魔の子孫なんだ」
「……」
ポカン。
まさにそんな効果音がふさわしい表情だった。
「えっ……そ…………そっか……」
「そ」と「そっか」の間で、目まぐるしく表情を変えつつも、最終的には真面目な表情に落ち着いたアイリは、こくりと頷いた。
自分で言っておいてなんだが、なかなか受け入れがたいことだと思うのに、とりあえずは受け入れる体勢に入ったらしい。
アイリの心の広さに感動しつつ、リタは続けた。
「だから魔族の血がちょっとだけ流れてて、同族……つまり魔物とかが近くにいると、なんとなく気配が分かるの」
これはゲーム内の『リタ』の設定なのだが、今までリタ自身はあまりピンと来ていなかった。何故ならリタとして生きてきた人生の中で、魔物と遭遇することがほぼなかったから。
ただ、最近エミリーに感じていた妙に良い匂いや不思議な感覚。
くっつかれても離れたい気分にならなかったあれが、そうなのかもしれない。あの時、彼女の中にいたリュギダスの気配が、そうさせていたんだろう。
改めて考えると、エミリーの体越しとはいえ、ラスボスとあんな風にくっついたり仲良くしていたのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになる。
まあ、今までのエミリーとの思い出の全てが、INリュギダスというわけではないだろうけど。
「えっと……不審者って、もしかして魔物のことだったの?」
「というより、悪魔かな」
「え……? でも悪魔は……」
「大昔に絶滅したはずなんだけど、その生き残りがこの学校の地下室に封印されていて、その封印を自力で解いちゃって出てきた悪魔に襲われたんだ」
「……」
想像だにしていなかっただろうとんでもない話に、呆然とした顔になるアイリ。
この世界で普通の教育を受けて生きてきた女の子としては、とても正常な反応だ。
たとえばリタが前世で「恐竜が実はこの時代に生き残っていて襲われたんだ」なんて人から言われても、信じることは難しいのと一緒である。
「これは私の勝手で話してることだから、完全には信じなくていいよ」
「あ、いや、信じてないというか……予想外の展開で、頭がついていけない感じかな……」
アイリは腕を組みながら目を閉じて、何かを考えるような間を取った後、リタの方を見た。
「でも、色々と納得はいくかも。リタが目を覚ます前にウィルと軽く話してたんだけど……学校に侵入して、試験の最中に生徒を襲って逃げるなんてこと、先生たちに一切バレずに出来る人なんているのかなって」
確かにこの学校は建物自体が理事長の魔法で守られているし、その中にいる教師たちはみんな優秀な魔法使い。そんな場所に、誰にも察知されずに忍び込むことも出ていくことも容易ではない。
「でも最初から中にいたなら、侵入も何もないもんね。それにリタが……倒れてたのに、エミーは気を失ってるだけで、その周囲には誰もいないっていうあの状況もよく分からなかったの。その不審者は学校に忍び込んでまで、何がしたかったんだろうって……」
「まあ、こんな面倒なところに忍び込む用があるとしたら……普通に考えたらエミーの方だもんね」
王族を誘拐するためなら、こんな七面倒なところに忍び込む輩もいるかもしれない。
しかしそのエミリーは気絶しているだけで連れ攫われていないし、リタだけが死んでいるというのは、まあ、誰がどう見ても妙な光景だ。
「リタたちを襲ったその悪魔はどうなったの?」
「私が相討ちの形で倒した。で、向こうは魂だけの状態だったから死体も残らなかった」
「そっか……」
頷きつつも、難しい顔をしているアイリ。
言っていることは分かるけど、今まで培った常識が邪魔をしてすんなりとは飲み込めないといった感じだろう。
「とりあえずこれが、私がアイリに隠してたこと。ごめんね、いきなりバーッと話しちゃって」
悪魔のことを省いて説明するのは難しい状況だったからついこうなってしまったが、本来は段階を置いて話すべきことだった気がしてならない。
しかしアイリは首を振って否定した。
「ううん、私から聞いたんだもん。むしろ話してくれてありがとう」
「……アイリって本当、良いね」
「え、なにが?」
「いや、色々と」
何それ、と言って笑われてしまったけど、やっぱり「良い」ものは「良い」としか言いようがなかった。
こういう漠然とした気持ちが、好きという気持ちに繋がって、推しになっていくのかもしれない。
うんうんと頷くリタの隣で、アイリは顔を伏せた。その横顔が何か悩んでいるように見えて、思わず聞いていた。
「どうかした?」
「あの……今のって、最初から最後まで全部、他の人には言わない方がいい話だよね?」
「んー……まあ、そうかも」
リュギダスの存在は知っている人もいるけど、それも極少数。
悪魔が現代にいたと言ったところで、ほとんどの人には変な目で見られるから、アイリのためにも言わない方が無難だ。
「そんな大事な話を聞いちゃったから、私も話す」
「なにを?」
「えっと……、とは言っても、もしかしたらリタはもう知ってるのかもしれないけど」
「なにを?」
思わず連続で同じことを聞いてしまった。
やたらキリッとした表情のアイリに見つめられ、こういう表情もやっぱり良いんだよな、なんて思いながら見つめ返した。
「『記憶の石』を使った時に思い出したこと」
「!」
そう切り出されて、リタは今から何を言われるか気が付いた。
何故ならあの時アイリが蘇生魔法を使えたということは、その思い出した記憶というのは、きっとゲーム通りのはずだから。
「小さい頃に会ったお祖母ちゃんとの会話だったの。私、すっかり忘れちゃってて……あのね――」
「あ、ちょっとストップ」
意を決して口を開いたところ悪いが、リタは思わずストップをかけた。
「私が今話したのは、アイリを巻き込むことになっちゃったから、その事情説明のため。だからアイリの大事な話は、アイリが話したいって思った時でいいんだよ」
「……」
ポカンとした後、何か考えるような表情になるアイリ。それを見て、リタは少し焦った。
流石にこの止め方は、あからさま過ぎただろうか。いかにも事情を知ってます感が出ていたかもしれない。
「そう、だね……、……うん、なら今はやめておこうかな」
――と思ったら、話すかどうか悩んでいただけらしい。
相変わらずアイリは勘が鋭くないというか、人を疑うことを知らない性格をしていて、隠し事の多いリタとしては非常に助かる。
「ごめんね、中途半端に話を止めちゃって……」
「いやいや全然。大事な話っていうのは勢いで言うもんじゃないからね、うん」
アイリが今話そうとしていた記憶の話。
それは、全ルートで明かされることになる『アイリ・フォーニ』の秘密――彼女の素性についてだろう。
リタを救ってくれたあの蘇生魔法は、光属性魔法だ。
闇属性魔法が魔族にしか使えないのと同じで、光属性魔法は天族にしか使えない特別なもの。
つまりそれが使えるアイリには、天族の血が流れているということ。
そしてアイリはそのことを小さい頃に会った祖母から聞いていたが、時を経てすっかり忘れてしまっていた。
天族の掟で、天族の存在は同族以外には隠さないといけない。
過去がゲーム通りなら、アイリも祖母とそういう約束を交わしているはず。
リタの秘密を聞いたからという責任感で、その約束を破らせるのは忍びないと思ったから止めた。
それにしても、アイリの素性がこの世界でも同じかどうかの確証はなかったけど、リタに魔族の血が流れていたのと同様、流石に生まれるまでの道筋は同じだったようで何よりだ。
「……」
アイリの方を見ると、微妙に気まずそうな顔をしていた。
自分から話すと言った手前、リタの提案とはいえ途中で止めてしまったことが気まずいんだろうか。
「そういえばアイリ、ちゃんとお昼食べた?」
「え……」
あえて話題を大きく逸らしたが、アイリの気まずげな表情はあまり変わらなかった。
「えっと……う、うん、食べ、たよ……」
「……絶対嘘じゃん」
「う……だって目を覚ます保証もなかったし、そばから離れるの嫌だったんだもん。でもそんなこと言ったら、リタ気にするでしょ」
「めっちゃ気にするよ。私のためにアイリが一食抜いた事実に、このことでアイリの健康に万が一のことがあったらと思うと、寝こけてた自分が許せない」
「そういう冗談言うと思ったから内緒にしてようと思ったのに……」
冗談でもないんだけど、まあ本気で言ってると分かったら気持ち悪がられそうだ。
寮の食堂は時間にならないと開かないので、 変な時間にお腹が空くとしんどい。
そんなことはアイリも分かっていただろうけど、それでもそばにいてくれたことに対し、感謝が五割、申し訳なさが五割。
アイリの身体の健康のために早く食堂が開く時間にならないかなと思っていたら、扉がノックされる音が聞こえてきた。
「お客さん? 誰だろ……」
「大丈夫? 私が行こうか?」
「大丈夫大丈夫」
それにしても、数時間前まで死んでいた体だからか、アイリの心配性がいつもより加速している気がする。
リタが「はーい」と、間延びした声をあげながら扉を開けると、そこに立っていたのはデラン先生だった。
いつもより真面目なその表情を見た途端、リタはシャキッと背筋を伸ばした。
「先生……なんでここに?」
「リタが目を覚ましたって聞いて様子を見に来たんだよ。体調は大丈夫?」
「あ、はい、全然! 元気いっぱいです!」
「そっか……何があったかはまだ調査中だし、リタたちへの取り調べも明日からになるけど……目を覚ましたって聞いて、様子だけでも見ておきたくて」
先生たちが駆けつけてきた頃には、アイリによる魔法の行使も終わっていた。
だから先生にはリタが命を懸けたことはバレていないはずだが、訳も分からず自分の教え子が二人も気を失っていたのだから、心配するのも当然だ。
「ごめんね……試験の前に忠告してくれてたのに、結局対処出来なくて、リタたちを巻き込む形になっちゃって」
「い、いえいえ、全然」
それにしても、先生に対してリュギダスのことをどこまで話していいか分からないので、対応に困る。
今ここで「何が起こったの?」と聞かれたら、なんて答えればいいんだろうか。
リタがソワソワした気持ちでいると、そっと肩に手が置かれた。
「無事でよかった……」
心底安堵したような声音に、リタは色々な人に多大な心配をかけてしまったことを痛感した。
「……すみません」
「むしろ謝るのは先生たちの方だよ……あ、理事長もね、お仕事が無事終わったらしくて、明日には戻って来られる予定だから」
「そうですか……」
ゲームでもいつもピンチには駆けつけてくれない優秀な魔法使い先生の顔を思い出し、リタは苦い笑いを浮かべた。
続く




