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80/133

【80.ゲームとの明確な相違点】

「レイラ、下がって」

「何を言ってるんですか、エミリー様相手に不躾な……」


「――ああ、ようやく気付いてくれましたか?」


 機嫌が良さそうな声と共に、周囲に真っ黒な霧が広がった。


 リタは咄嗟に再度保護魔法を発動させようとしたが、それよりも先にエミリーの手が目の前に迫って来た――と思ったら、何が起こったのかも分からない間に、意識を失ってしまった。



◆ ◆ ◆



 ざっざっという音で、目が覚めた。

 重い瞼を開けたリタは、すぐに気を失う前のことを思い出し、反射的に起き上がった。


「!」


 少し離れた場所に見えるのは、エミリーの後ろ姿。その足元には、意識を失っているらしいレイラが倒れていた。

 リタの起き上がる音に反応し、こちらに振り向くエミリー。

 その表情が笑顔なのを見て確信する。


「リュギダス……」

「……これは驚きましたね。私の名前まで知っていたんですか」


 話しているのはエミリーなのに、その声色はエミリーとは全然違う、別の誰かのものだった。

 本人も否定しないのであれば、もう間違いない。

 目の前にいるのは人間じゃない――そう理解した瞬間、リタは駆け出しながら早口で唱えた。


「『風属性中級魔法:ウィンドショットウェーブ』!」


 強烈な突風がリュギダスに向かって飛んでいく。

 奴はそれを見て鼻で笑うような仕草を見せ、一体何をしたのか、手を振り払うだけでその魔法をかき消した。

 続けて足元に魔法弾を連射させると、高く飛び上がり、場所を移動して回避する。その跳躍力はどう見ても人間のそれではなかった。


 しかしリュギダスが攻撃に気を逸らしている間にリタはレイラの元に行き、彼女を庇える場所に立つことが出来た。


「この状況で他人の心配とは……度し難いですね」

「……」


 なんて返そうか考えて、リタは結局黙り込んだ。


 本当は今すぐにでも逃げ出して助けを呼びに行きたいところだが、ここにレイラを置いていくわけにはいかない。


 それにしても、周囲は木ばかりなので分かりにくいが、先ほど気を失った場所とは別の場所に移動している。

 どんな方法を使ったかは分からないが、その光景をトラキングで見た教師たちが不審がって駆けつけてくれるかもしれない。


「安心してください。認識阻害で今この場所は誰にも認識できないようになってますから、誰かに邪魔をされる事はないですよ」

「……」


 まるでこちらの心を読んだようなタイミングの台詞に、リタは恐ろしい気持ちになったが、それを悟られないように言葉を返す。


「誰の邪魔も入らない場所で、何をするの?」

「これは私としては非常に珍しい提案なんですけどね、対話です」

「対話?」


 てっきりすぐにでも襲い掛かって来るのかと思いきや、悪魔のものとは思えない平和的な提案に、素っ頓狂な声が出た。


「……もしかして仲良くなれたりする?」

「それはまあ、あなた次第ですかね」


 エミリーの顔でにっこりと微笑まれて、複雑な気持ちになる。


 ここからレイラと逃げ出すこともそうだが、早く奴をエミリーの体から抜き出したい。

 けど、さっきあんなにもアッサリと意識を失わされたことを考えると、下手に近付くのは危険だ。


「あなたが私の存在をどこでどうして知ったかはさておき、人間共は私が封印されている間にすっかり平和ボケしたようじゃないですか。教育機関までもが悪魔は絶滅したなどとほざいて、王族の娘であるこの肉体までもがそう信じている」


 リュギダスは、ざっざっと地面を蹴り、つまらなさそうに言葉を続けた。

 しかしそれからすぐに、打って変わってとびきりの笑顔でこちらを見る。


「だから私はこれから人間を皆殺しにします」

「……それ、笑顔で言うこと?」

「もちろんですよ。ようやくあの鬱陶しい封印から解かれ、自由の身になったんですから。早く人間共の泣き叫ぶ声が聞きたいじゃないですか」


 恋する乙女みたいな恍惚な表情でそんなことを言われても、人間であるリタとしては同意しかねる。


 対話なんて言葉を聞いて、一瞬でも期待したのが馬鹿だった。

 やはりこいつはゲーム内のラスボスで、人間を強く恨み、なぶり殺したいと考えている恐ろしい悪魔だ。


「……せっかくだから、封印のことについて聞いてもいい?」

「私は今最高に気分がいいので許しましょう。ただ手短にお願いします」

「封印はどうして解かれたの? 誰が解いたの?」

「誰って、私が人間ごときの手を借りるとでも? 私自身ですよ」

「え……」


 それは色々なパターンを考えていたリタにとって、予想外の答えだった。

 ゲーム内では組織の生き残りの手で封印を解いていたものだから、てっきり誰かが何かの手違いで、又は組織の代わりとなる誰かが校内に存在しているとばかり思っていた。


「でもハドラーの封印が――」


 ヒュッと風を切る音がしたと思ったら、後ろで何かが爆発する音がした。


 振り向くと、後方に生えていた木々が黒い炎に包まれ焼け落ちている。

 無詠唱で魔法が使えるなんて、流石ラスボス。制作贔屓キャラの『リタ』よりも遥かにチートだ――なんてことを、現実逃避のように考えた。


「その名前は不愉快なので、出さないでもらえますか?」

「……封印が自分で解けるなら、どうして何百年も出てこなかったの?」

「逆ですよ、何百年かけて出てきたんです。あの忌々しい封印を打ち破る事は不可能だった。だから肉体が完全に壊れ切るのを待って、魂だけの状態ですり抜ければいいと思って待ち続けたんです」


 何百年もひたすら待っていたのかと考えると、人間基準で考えると途方もない話だが、悪魔の体感的にはどうなんだろうか。


「それにしても私は運が良い。何百年待った結果、偶然にもこんな都合の良い肉体を手に入れる事が出来たんですから」

「……いつからエミーに?」

「最初は入学の前、こいつらが呑気に校内を見学しに来た時ですね。その後はちょくちょく他の人に入ったり、まあ色々」


 そういえば前に、エミリーからそんな話を聞いたことがあった。

 よく思い返せば、あの時も記憶がないと言っていたのに、校内で長時間迷子になったからだろうと勝手に決めつけてしまっていた。


 さっきからリタは、自分の勘の鈍さを呪いたい気持ちでいっぱいだ。


「魂だけの状態になろうと、人間の肉体に私の魔力は負担が大きすぎる。あまり長い時間取り憑く事は出来ないはずなんですけど……この肉体とは相性が良いみたいでね。本当は表立って動き出すのはもう少し待ってもよかったんですが、この肉体が入学してきたので、ちょうど良いかと思って」


 奴の言うことが本当だとしたら、もしかするとゲーム本編でも、主人公たちが入学した時点で既に封印は解けていたのかもしれない。

 しかしエミリーが入学してこなかったから、襲来のタイミングがズレた――ということだろうか。こんなこと考えたところで、答え合わせなんて出来ないけど。


「……それならもっと早く行動に移せばよかったのに。なんでわざわざこんな試験中に?」

「一つは、あの邪魔者のいないタイミングが良かったから。二つは、魔力を蓄える時間が必要だったから。三つは……単なる趣味ですかね。まさか試験中に襲われるなんて思ってもないでしょう? 人間は思ってもみないタイミングで命を奪う時が一番良い顔をするんです」


 ペラペラと話し終えた後、「さて」と言って、リュギダスは仕切り直すように手を叩いた。


「そろそろ本題に移っても良いですか?」

「本題?」

「人類皆殺しの件です」

「……つまり、その最初の犠牲者が私になるってことが言いたいの?」

「何を言ってるんですか、リタ・アルベティ」


 やれやれといった感じで首を振りながら近付いて来る。

 思わずレイラを庇うように前に出ると、手が届くほどの距離でリュギダスが立ち止まった。

 そのまま真っ直ぐに見つめられ、気味が悪くて、二、三歩後ずさる。


「あなたは私に協力すべき存在ですよね」

「……それはどういう意味かな」

「言わなくても分かるでしょう?」


 こちらに伸ばされる手。そこに黒い何かがまとっているのが見えて、リタは咄嗟に払いのけた。


「『土属性上級魔法:アーティスクエイク』!」


 地面に展開された魔法陣を中心に派手な地割れが起こる。リュギダスは大きく飛び上がってそれを避け、リタの後ろに着地した。


 もしもレイラに何かされたらまずいと、慌てて振り向こうとした時、左腕に熱さを感じた。

 目を向けると、左腕に十センチほどの赤い線があり、みるみるうちに身が裂けて傷口が広がっていく。

 何かで切られたのだと気が付いたのは、真っ赤な血が流れてからだった。


「っ……」


 焼けるような痛みに、顔が歪む。流れ落ちる血を見て、焦って左腕を強く握りしめると、出血の勢いが少しだけおさまった気がした。

 リュギダスはリタの血が染み込んだ地面を踏んで、にこりと笑う。


「あなたの中には、魔族の血が流れていますよね?」


「…………滅茶苦茶薄くだけどね」


 大人しく認めると、「やっぱり」と言って、より楽しそうに微笑まれた。


 奴の言う通り、『リタ・アルベティ』は、あの争いの中で生き延びた悪魔の子孫だ。

 数百年という長い年月により、最早人間といっても差し支えないレベルにまで血は薄まり、身体能力を含めた肉体も人間とほぼ変わらないが、この黒い髪は根強く残る遺伝故だろう。


「あの教室で、教師の中から初めてあなたを見た時から気が付いていましたよ」

「……髪色で?」

「いえ、香りで。どれだけ血が薄まっても、魔族と人間では匂いが全然違いますから」

「ああ……だからやたら匂いのこと言ってきたんだ」


 エミリーがリタの匂いを指摘してきた日のことを思い出す。

 それにしても、あのやたらスキンシップが激しかった時はもしかして全て奴が取り憑いていたのかと考えると、別の気持ち悪さを感じる。


「この場所は人臭くて、ずっと気分が悪かったんですよ。人間は死骸になった後が一番良い香りなんですけど……我ながらよく今まで一匹も殺さずに我慢したものです」


 自分を褒めるように頷きつつ、リュギダスはこちらに背を向けた。

 油断しきったその姿に、リタは音を出さないように一歩踏み出して、様子を窺う。こちらの動きに奴が反応する気配はない。


 今しかないと思い、駆け出した。

 そう遠くなかった距離を一気に詰め、杖を突きつけて早口で唱える。


「『闇属性上級魔法:エクソシーム』」

「っ……」


 貼り付けたような笑顔だったリュギダスの表情が、一瞬歪んだ。


 これは以前校舎裏で練習した闇魔法だ。

 ゲームで『リタ』はこの魔法でリュギダスの魂を抜き出し、その状態で最後の戦いが始まる。

 ここから逃げるにしても、戦うにしても、何にしてもエミリーの体は返してもらわないといけない。


 とりあえずこれで奴を引っ張り出して――と考えている間に、腹部に蹴りを入れられた。


「っ……げほっ……」


 数メートルほど吹き飛ばされ、急いで体勢を立て直して目線を上げると、そこにいるのはもちろんエミリー。


「へえ……流石ですね。闇属性魔法も使える上に、この場に適した魔法を覚えているなんて」


 しかしその中にはまだリュギダスがいる。

 整ったその顔は、先ほどと同じ貼り付けたような笑顔を浮かべている。


「なんで……」


 今、確かに自分は魔法を唱えた。それに魔法陣が出現したということは、きちんと発動したはずだ。


 リタが目の前の状況を理解出来ずにいると、リュギダスはその表情を見て不愉快そうに眉をひそめた。


「何を驚く事が? この程度の魔法が私に効くわけないじゃないですか」

「だって……これで……」


 リュギダスの言葉で自分が魔族であることを知った『リタ』は、学校にあった魔導書でたまたま見かけたこの魔法を思い出し、窮地を脱するため、一か八かで放つ。


 Ⅱのどのルートでも共通した流れであり、何度もプレイしたから間違いないはずだ。


 さっきの詠唱も決して間違えていなかった。

 ゲーム内の『リタ』は練習などせず、ぶっつけ本番で成功させていたし、魔力不足ということもない。

 リタは何度か練習した分、ゲームよりも確実に決められたはずなのに。だとしたらどうして目の前のリュギダスに魔法が効かないのか。


 理由が分からず何も言えなくなったリタを見て、奴はおかしそうに笑った。


「そんなに露骨に落ち込まなくても。まあでも、これもあなたのおかげでもあるんですよ。外に出てから、たまにあなたから魔力を頂いてましたからね」

「え」


 いつの間に、と思うと同時に思い出したのは、前に見た黒い何かを吐き出す気持ちの悪い夢。それに、最近妙に疲れたような感覚がしていたこと。


「それに、そうですね……あと何年かあの忌々しい封印の中にでもいたら、この程度の魔法でも効いたかもしれませんね」

「――」


 間抜けなことに、リタは敵の言葉でようやく理解した。


 この世界は本編と比べて、入学時期が二年ズレて、リュギダスの復活時期も二年ズレて、計四年間のズレが生じている。

 そのことによりこの世界が色々と変化したことは分かっていた。けど、ハドラーがかけた封印の仕組みをすっかり失念していた。


「あの封印は年月によって魔力を削り取ってたから……」


 封印内で過ごすはずだったその四年分で、今のリュギダスの強さが原作とは変わった結果、さっきの魔法が効かなくなってしまったのだ。


「なら、エミーは……」


 Ⅱでの『リタ』は、どのルートでもさっきの魔法でリュギダスの魂をその肉体から追い出していた。もうゲームを参考にしても、エミリーの中からリュギダスを追い出す方法はない。


 つまり、奴を倒すためにはエミリー諸共――そこまで考えたリタは、その場に崩れ落ちそうになった。



続く

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