【79.悪魔の憑依先】
試験場の中は、以前と違って森林仕様になっている。ちなみに土や植物は全て本物なので、ラミオの土属性魔法を存分に披露出来る環境だ。
開始の合図と同時に散らばっていくクラスメイト達を横目に見つつ、とりあえず魔道具を手に移動しながら会話を始める。
「どうする? とりあえず三人で動くか? バラバラに動」
「バラバラに動きましょう!」
「お、おう」
あまりに食い気味の返答に、流石のラミオも戸惑ったようだった。
つい気持ちが焦ってしまったが、ここはゲーム通りに動いた方がいいはずだ。
ゲームではそれぞれ別々に行動し、攻略対象(今回の場合はラミオ)とたまたま遭遇したところに、憑依対象(恐らくレイラ)が襲い掛かってくる、という展開になる。
ラミオを巻き込まないために、ラミオよりも先にレイラと遭遇するように動き、様子を見たい。
彼女の中に本当にリュギダスがいるとしたら、そこで襲い掛かって来るはず――とはいえ、どれに対しても、上手くいく確証はない。
どう動いたところでラミオを巻き込むことになってしまうかもしれないし、そもそも憑依対象が違う人の可能性だって全然あるのが恐ろしいところ。
しかしどう足掻いたところで確証を得ることは出来ないのだから、今はゲーム通りにこの世界が進んでいることを願うしかない。
「しかし……群れで襲って来た場合、集団でいた方が確実に対処出来ませんか?」
渋るような態度を見せるレイラ。それを見て、リタは思いついた。
「なら、二手に分かれない?」
「二手?」
「ブルーコボルドなら私は何体来ようと対処出来る。ラミオ様はどうですか?」
「まあ、俺様も余裕だな」
「なら私とレイラが二人で動いて、ラミオ様が一人で動きましょう」
「ちょっと、どうしてそこでその組み合わせなの? 普通に考えたら――」
そこで何か思い至ったような顔をして、言葉を止めるレイラ。
実力順で考えたら、リタが一人で行動するのが妥当。
しかしそれを提案すれば、ラミオがリタよりも下であることを認めることになる。彼を崇拝しているレイラには、そんなこと出来ないはずだ。
「そうだな。このフィールドは俺様の魔法と相性がいいし、俺様は一人でも十分だ。逆にレイラは属性的に不利だろうから、リタがそばにいてフォローした方がいい」
「……くっ……分かりました。ラミオ様がそう仰るなら従います」
”くっ”って……嫌そうな反応を隠しきれていない。
しかしラミオは気にする様子もなく頷いた。
「よし、では俺様はあちらの方向に行くから、二人は逆方向から攻めてくれ」
「はい、お気をつけて」
笑顔でラミオと別方向に走り出したレイラだったが、リタと二人きりになった途端、その表情から見事に笑顔が消え去った。
クールに見えて意外と分かりやすい子だなと思わず苦笑しかけたリタだったが、彼女は今リュギダスかもしれないのだ。油断している場合じゃない。
「……何故この組み合わせなんですか?」
「さっきラミオ様が仰った通りだよ。レイラの属性は雷と水だよね? 逆にラミオ様は土と火、しかも土が得意だからこの場所と相性がいい。だから私がレイラのサポートに回った方が良いかなって」
「……あなたが一人で、私とラミオ様が組んだ方が得策では。曲がりなりにも特待生でしょう」
意外にも、ラミオがいないところでは普通に認めてくれるらしい。
「ラミオ様は近距離が得意だから、一人の方が立ちまわりやすいかなって思って。仲間同士とはいえ、魔法は当たっちゃうわけだし」
「……私がそんなイージーミスをするとでも?」
「普段なら思わないけど、どんなイレギュラーがあるか分からないじゃん。数十匹の敵に囲まれて焦ったりとか……これは私も同じだから、お互いラミオ様の足を引っ張る可能性があるくらいなら、遠距離でもいける私たちが二人で行動した方がいいかなって思って」
「……」
返事はなかったが、抗議もなかったので、とりあえずは納得してくれたのだろう。
後はここからどうすべきか。リタは走りながら考えた。
ラミオを巻き込まないためにも、ゲーム通りにいくわけにはいかない。
そもそもレイラの中に本当に奴がいるのかを確認することから始めなくちゃ。
どうしようか、とりあえず適当に魔族を煽る言葉でもぶつけてみて、
「ガアアァオッ!!」
――なんて思っていたけど、試験中に呑気に話している時間なんてそうあるはずもなかった。
いきなり木の後ろから飛び出して来たグリーンコボルドが、リタに向かって右腕を振り下ろしてくる。
「うわっ!?」
咄嗟に後ろに避けようとしたが、恐らく間に合わないし、体勢を崩してしまう。
だから魔法弾を撃って、その右腕を跳ねのけた。
「『土属性初級魔法:ティエダ』!」
相手が魔法弾で怯んだ隙に、土を水しぶきのような形で噴出させる。
その中のいくつかが目の中に入ったのだろう、グリーンコボルドは悲鳴を上げて後ずさった。
リタが最後の一撃をどうすべきか考えていると、隣にいたレイラが杖を構えた。
「『雷属性準中級魔法:ビーリング』!」
雷の塊がグリーンコボルドの腹部に命中し、そのまま後ろに倒れ込んで動かなくなった。
「ありがとう、レイラ」
「別にこれくらい、お礼を言われるほどのことじゃありません。それより次にいきますよ、ラミオ様のためにも私たちが討伐数一位じゃないと許されません」
「うん……」
リタはレイラのことをそこまでよく知っているわけではないが、この言動はどう見てもレイラにしか思えない。
悪魔というのは、ここまで完璧に人を演じられるほどの知能があるんだろうか。
「それにしても、だだっ広い空間だね。走ってるだけでも体力持っていかれそう」
周囲を見回してもクラスメイトの姿も見当たらない。流石に声くらいは聞こえてくるが、それも何を言っているか分からないくらい遠くからのもの。
「……あなたが上から上級魔法を叩き込んだ方が早いんじゃないでしょうか」
「うーん……さっき先生が、私たちを騎士団だと仮定するって言ってたよね? ということは、騎士団らしくない行動をとったら、評価が悪くなる気がするんだよね」
「上級魔法で敵を倒すことがそんなに駄目なことなんですか?」
「そっちじゃなくて、上から叩き込む方。上空から広範囲の攻撃魔法を撃てば、一気に敵を倒すことは出来るだろうけど……他の生徒たちを巻き込むことになるかもしれない」
ちなみに現在リタたちの腕には、お馴染みの魔力ダメージを軽減するリボンが巻かれている。だから実際巻き込んだとしても大怪我を負わせることはない。
だが、だからといって騎士団らしからぬことをして評価が下がらないとは限らない。
「騎士団は周囲にいる仲間を巻き込むような魔法で敵を討伐しないと思うんだ」
「……ならこの試験って、他のみんなは敵じゃなくて、あくまで味方だと想定して動かないといけないんでしょうか」
「どうなんだろう……」
そういう意味で考えると、火属性の魔法は実は使い辛いのかもしれない。木々の生い茂るこの場所で火を放つと周囲に燃え広がってしまい、近隣に被害が及ぶかもしれない。
「騎士団らしくって考えると、意外と面倒な試験っぽいね……」
強力な魔法で敵を撃破しなさい、という簡単な内容ならどれだけよかったことか――なんて、真面目な学生モードに浸っている場合じゃなかった。
試験よりも、今リタにとって重要なのはリュギダスだ。レイラの中に奴が取り憑いているかどうか確認しないと。
「そういえばさ、レイラは」
「後ろ!」
「うぉわっ!?」
レイラの指示に、とにかく前のめりに倒れるように動くと、先ほどまでリタがいた場所を通り過ぎる鋭い爪。
慌てて振り返ると、そこにいたのは低い唸り声をあげながらこちらを睨むように見ているブルーコボルドだった。しかもゆっくりとした足取りで、後ろからもう一匹現れる。
先ほど倒したグリーンの約二倍の大きさの魔物を前にすると、幻影だと分かっていても少し恐怖を感じた。
「あなた、さっきから集中力が足りませんよ」
「ごめん……」
最もな叱責に、軽く落ち込む。
しかしこれは一体どういうことなんだろう。レイラの中にリュギダスがいるとしたら、奴はここまで真面目に試験に付き合うだろうか。
二人きりになった瞬間、襲われたっておかしくなかったはず。
となると考えられるのは、レイラの中に奴がいないという可能性。
しかしそれなら、一体奴は今どこに――
「ガアアァァッ!!」
「うわっ……この!」
今度は噛みつこうとしてきたブルーコボルドを躱し、魔法弾を連射する。怯んだ隙に距離を取ると、隣から飛んでくるレイラの怒声。
「ちょっと! なんでさっきから魔法弾ばかり使ってるんですか!?」
「ご、ごめん、タイミングを計ってて……」
リュギダスのことを思うと無駄に魔力を消費出来ないのだが、このまま魔物にやられて会場外に転移させられたら元も子もない。
こんな時にグリーンじゃなくブルーに遭遇するなんてツいていないが、仕方ない、最低限の攻撃で仕留めよう。
そう思い、リタが体勢を整えた時だった。
「動かないでください!」
レイラのものではない声が後ろから聞こえてきて、何事かと思いつつもとりあえず言われた通り制止すると、誰かが自分の背を踏んづけて、高く飛び上がった。
「いだっ……な、なん」
まさか踏み台にされるなんて思わなかったリタは、蹴られた衝撃で倒れかけたが、何とか膝をつく程度で済んだ。
そのまま見上げると、見えたのは、風に揺れる見慣れた金色の髪。
「え」
「エミリー様……?」
リタとレイラの呆けたような声なんて耳にも入っていないであろうエミリーは、空中で細身の剣型の魔道具を構え、ブルーコボルドの胸元目掛けてそれを突き刺し、唱える。
「『火属性上級魔法:リ・フィクスプロージョン』」
緑色の魔法陣から、火花のようなものが散った――ように見えた瞬間、周囲数メートルを巻き込むレベルの大爆発が起こった。
強烈な衝撃と爆風が辺りに広がり、近くにいたリタたちにも襲い掛かってきたので、リタは急いで自分とレイラを守るような形で保護魔法を発動させた。
「な、何なのですか、一体……」
「今の……エミー様だった、よね?」
「ええ」
明らかに分かり切っているのについ聞いてしまったのは、さっきの光景がリタの思うエミリーからあまりにもかけ離れた行動だったからだ。
人を足蹴にしたことはもちろんのこと、近くにクラスメイトがいるにも関わらず大爆発を起こす魔法をチョイスしたこと。二匹同時に倒したかったのだとしても、もっと別の魔法もあったはずだが。
「そもそもエミーって上級魔法使え――」
瞬間、ぞわりと鳥肌が立つような悪寒を感じ、言葉が途切れた。
しかしそれが何によるものなのかは分からず、リタは首を傾げた。
そんな中、爆風は徐々に勢いを弱め、周囲に舞い上がっていた砂や草なんかが落下していく。
視界が開けてくる中、さっきまでそこにいたはずのエミリーの姿が見つからなかった。
「あれ、エミーは……?」
「リタ様、試験中に会えるなんて奇遇ですね」
「うわっ!?」
いきなり後ろから声をかけられ、リタとレイラは揃って驚いた。
いつの間にか目の前にいたエミリーが自分たちの真後ろに移動していたのだ。驚くのも無理ない。
「え、えっと……お一人、ですか?」
「やめてくださいよ、リタ様。今更そんな取ってつけたような敬語。私たちの仲じゃないですか」
ふふふ、と微笑むエミリーは、確かにエミリーだ。
何を言っているんだと思われそうだが、リタの目には、目の前にいるのはエミリーではなく、エミリーの姿をした『何か』に見えた。
そして今のエミリーを見ていると、先ほどと似た悪寒を感じる。
「……もしかして」
今更だが、リタは基本的に馬鹿だ――これは勉強云々の話ではなく、地頭の話。
馬鹿であり、詰めも読みも甘い。
リュギダスの件が変えられない未来だということを察しつつも、対策を後回しにしていたこともそうだが。既に一度取り憑かれたことがあるから、二度目はないだろうと勝手に思い込んでいた。
王族らしからぬ人前での過度な身体的な接触など、最近のエミリーから感じていた妙な不自然さ。
おかしいと思いつつも、年頃だからかなぁなんて曖昧な結論を出さずに、その可能性を少しでも考えるべきだったのだ。
彼女に、奴が取り憑いているかもしれないということを。
続く




