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【78.最終試験・三人一組】

 そしてあっという間に、試験の最終日がやって来た。


 その日は朝から天気が悪く、曇り空を見ていると、リタはホリエンでの様々なバッドエンドを思い出し、憂鬱な気持ちになった。


「リタ様、大丈夫ですか?」

「あ、うん、平気平気」


 相変わらず距離が近いエミリーに、ヘラヘラと笑ってみせたが、作り笑顔だとバレたんだろうか。余計心配そうな顔に変わってしまった。


「分かりますよ……試験、嫌ですよね。私も早く終わってほしいです」

「そうだね……」


 今日が無事に終わってほしい。そう思いながらパンを食べようとしたら、横から何かが近付いてきたのが視界の端に映った。

 そちらに顔を向けると、エミリーが笑顔でこちらにスプーンを差し出して来た。


「はい、あーん」

「え?」

「あーん、してください」

「ア、アーン」


 棒読みで言いつつ、差し出されたスプーンを口にする。まったりとしたコーンスープの味が、口内に広がった。


「美味しいですか?」

「お、美味しいです」

「よかったです。今日は色々と大変でしょうから、元気出してくださいね」

「はい……」


 思わず敬語で返してしまっているが、これはリタが相当に驚いているからだ。

 

 リタは以前エミリーに「はい、あーん」をしたことがある。お店のケーキが美味しかったので、ついその勢いで。

 しかしその時は、食べかけを人に差し出すなんてマナー違反だと窘められたはずだ。


 そんな行為を、今はアイリがクラスの子と食べているから二人きりとはいえ、こんな場所で行うなんてエミリーらしくない。そんなにもリタが落ち込んでいるように見えたんだろうか。


「……エミー、ごめん。心配かけて」

「いえ、全然。今日はお互い頑張りましょうね」

「うん」


 期末試験はクラスごとに実施される。リュギダスがリタとアイリのどちらを狙って来ようと、同じクラスであるエミリーも危険に巻き込まれる可能性がある。

 リタにとっての最優先はアイリだが、エミリーはもちろんのこと、ニコロたちやミシャたちにももちろん情がある。

 彼らを守れるかの保証はないが、何とか自分が上手くやらないといけない。


「あ、そういえばエミーもあのケーキ食べた?」

「ああ……はい。でもリタ様がどうしてそれをご存じなんですか?」


 ラミオとのことを説明すると、エミリーは「なるほど」と言いながら唸った。


「ラミオってば、あからさまな媚を感じますね」

「媚って……優しさじゃないかな、普通に」

「本気で言ってますか? 明らかにリタ様を特別扱いしてるじゃないですか」

「…………まあ」


 あれだけ堂々と告白されたし、最早周知の事実と化しているから否定は出来ない。


「リタ様! 何か欲しいものはありますか!? 私もリタ様のためなら何でも捧げられます!」

「え……いや、特にないかな……」

「そうですか……」


 そもそも何か素敵なものを貰ったところで、リタはそれを全部アイリに横流ししてしまう可能性がある。

 でもそれはエミリーの気持ちを考えると最低すぎる行為なので、彼女からは何も受け取らない方がいい。


「エミーは……えっと、その、こうして一緒にいてくれるだけで嬉しいから。私、アイリがいないとすぐ一人ぼっちになっちゃうし」

「リタ様……なんて謙虚な……」


 若干の涙目で見られ、気まずいので視線を逸らすと、その先にアイリの姿が見えた。

 セシリーをはじめとするクラスメイトに囲まれ、楽しそうに食事をしている。

 みんなに愛されるアイリ――前世からずっと夢見ていた光景が、この世界には存在する。それを何としても守りたい。

 そのためなら自分の何を犠牲にしたっていいと、リタは改めて決意した。



◆ ◆ ◆



 魔法薬学、魔法石学の試験を終えた後、いよいよ最後の項目――実戦技術の試験がやって来た。


 会場である模擬試験場に移動する途中、普段なら騒がしいクラスメイトたちも流石に静かで、それぞれ精神を集中させているようだった。

 ちなみにアイリは、相当緊張しているのか歩き方がおかしい。


 リタはとりあえず周囲にならって静かに歩きつつ、頭の中では必死にこの先のことを整理していた。


 リュギダスが自分の方に来た場合は、まず不意打ちで一撃食らわせて、もう一人の生徒の手を引き、先生の待つ場所へと全力ダッシュ。


 アイリの方に来た場合は――正直、初手はどうしようもない。

 悪魔が現れればリタはそのオーラを感じ取ることが出来るので、試験を放り出して駆けつけるつもりだが、その間にアイリや組むことになった生徒がどうなるかは分からない。何とか凌いでくれることを祈るしかない。


「はい、じゃぁ今回の試験の説明をするね」


 心なしか、いつもより真面目なトーンのデラン先生。その隣には男女の教師が立っている。

 どの試験も立ちあいの教師は一人だったから、これが先生の言ってくれていた警戒態勢というやつなんだろう。


「この試験では、みんなが騎士団になったと仮定して、魔物の大群からこの先にある町を守るために動いてもらいます。試験場の中には、グリーンコボルドとブルーコボルドの群れが潜んでいるので、三人一組で全員同時に入ってもらって、組ごとに協力して撃退してもらいます」


 ざっくりとした説明の後、補足のように細かい説明が続く。


 魔法の使用制限は無し。評価基準は、個人の戦闘力はもちろんのこと、共闘というのを活かせるかどうか。三人のうち一人でも魔力切れ又は戦闘不能者が出たら減点、二人ならその時点で失格、等々。


 ちなみにコボルドとは、体は人型、頭は狼のような――ただし何故か目だけトカゲっぽい――形をしている魔物だ。


 この世界では毛のある魔物は基本的に毛並みの色によって大きさが異なり、大型であるほど強い傾向が多い。

 グリーンとブルーは現在観測されている種の中の下から一番目と二番目で、グリーンは全長二メートル強、ブルーは四メートルほど。


 グリーンはリタやアイリはもちろんのこと、他の生徒からしても一匹だけならそこまで強敵ではない。だが集団で襲って来られると厄介だと思う人も多そう、それくらいのレベル。

 ブルーについては一匹でも手強いと感じる生徒が多いだろう。


「全チームにインカムを配布するので、何か緊急事態があったらすぐにこれで連絡してください。あ、ちなみに今回の敵は本物じゃなくて、幻影魔法で作り出した偽物だから、怪我をすることはないから安心してね」


 基本的に魔力だけで戦う魔法使い同士の戦いと違って、魔物は鋭い爪や牙を使っての物理攻撃も仕掛けて来るため、まさか本物の群れの中に学生を放り出すわけにはいかないんだろう。


 それにしてもインカムを配布するのは、ゲーム内には無かった展開だ。これもデラン先生の警戒の一つなのかもしれない。


「試験の様子はトラキングで見てるから、ダメージ判定は先生たちで行います。致命傷を負ったり、軽微なダメージでもそれが積み重なったら、こっちの判断で戦闘不能扱いにするから気を付けて。失格になった瞬間、今いるこの場所に自動転移させるからね」


 デラン先生が一通りの説明を終えたところで、隣にいた男性教師が一歩前に出た。


「組分けは予めこちらで決めている。これから発表していくので、名前を呼ばれた生徒は返事をするように」


 見た目よりも渋い声で、次々に名前を呼ばれていく生徒たち。


 ゲーム内でも、主人公たちの意思は関係なく組み分けが行われるのは同じ。

 ただどのルートでも必ず、主人公は攻略対象とリュギダスが取り憑いている人物と一緒になる。

 それはこの世界でも適用されるのか。それとも、


「チームD、アイリ・フォーニ、エミリー・トリチェ、ウィル・ロデリタ」


 アイリの名前が呼ばれて、思わずそちらを見た。

 アイリとエミリーとウィルだなんて、随分とまあ友人同士で固まっているなと思いつつ、一瞬ウィルのことが気になったが、彼がリュギダスに取り憑かれるのはニコロルートでの話。


「ニコロは組にいないし、大丈夫、多分……」


 自分に言い聞かせるように、小声で呟く。

 それにアイリが襲われた場合も、ちゃんと例の『お守り』を預けたから、きっと大丈夫なはずだ。


「チームE、ラミオ・トリチェ、リタ・アルベティ、レイラ・スフィノ」


 何とか自分の中の不安を消し去ったのも束の間、最悪の組み合わせが発表され、リタは思わず「げ」と、小さく声を上げてしまった。

 ――が、もしかしたら最悪と言うほどではないかもしれない。


 これは明らかにラミオルートの組み合わせだ。

 ということは、今リュギダスが取り憑いているのはレイラかもしれないという可能性が高まった分、むしろ対リュギダスにおいてはプラスかもしれない。


 レイラの方を見ると、向こうもこちらを見ていたせいか視線がぶつかった。

 気まずさからすぐに逸らしつつ、緊張のせいか早まる鼓動を抑えるように、深呼吸した。




 試験を始めるため、組ごとになるよう移動させられる生徒たち。その最中、ラミオは非常にご機嫌そうな表情だった。


「二人とも、今日は共に励もう!」

「はい、ラミオ様!」


 元気いっぱいなラミオと、それにつられるように、いつもより覇気のある返事をするレイラ。

 そんな二人を見ながら、リタも怪しまれないようにいつもと同じテンションで挑むことにした。


「目指すは全撃破ですね!」

「なんという高い志……流石リタだな!」

「……」


 大仰に頷くラミオの隣で、レイラは何とも言えない冷ややかな視線を送ってきている。


「先生方はチームプレイも評価の対象だと仰っていたからな。その点、俺様たちなら相性はバッチリだろう」

「……そうですね」


 自分とリタの相性には自信がないのだろうけど、ラミオの言葉だから否定出来ないらしいレイラ。

 さっきから彼女の言動はどう見ても本物としか思えないが、ゲーム内のリュギダスも、主人公たちに最後までその存在を気付かせないほど正確に憑依対象になり切っていた。

 奴は対象の記憶を見ることが出来る上、高い知能を持っている。周囲に気付かれないようその人を演じることくらい、容易いのだろう。


「さて、このインカムだが……誰が持っておく?」

「えっと……私が着けてもいいですか?」

「ああ、もちろん」

「いえ、私はラミオ様の方が適任だと思います」

「む、そうか?」


 もしもの時に連絡しやすくなるし、インカムはリタが着けておきたいところだが……レイラが何とも恐い目で睨みつけて来る。

 特別な役目は何でもラミオがやらないとダメだと思っていそうな彼女をどう納得すべきか考えて、結局リタは諦めることにした。

 無理に着けたがるのもリタのキャラらしくないし、レイラの中にリュギダスがいた場合、不審に思われることは極力控えたい。


「分かりました。ラミオ様が着けていてください」

「うむ……では、俺様が装着しよう」


 インカムを耳に着けるラミオから視線を外し、少し離れた場所にいるアイリたちの方に目を向けた。


 試験前だからか、三人は特に何かを話している様子もなく、それぞれ別々の方向を向いて立っている。


「……三人そろって精神統一してるのかな」


 エミリーの性格なら、アイリと何かしらの話をしててもおかしくないと思ったのだが。アイリが緊張していることに気が付いて、触れないようにしておいてくれているのかもしれない。



 生徒たちが既定の位置――試験場の入り口――に並び終わったのを確認し、デラン先生が手をあげて話し始める。


「では改めて……制限時間は開始の合図から二十分間。終了したらインカムで通知するから、ちゃんと身に着けておいてね」


 先生は「これが最後の試験だから、みんな頑張ってね」と話した後、開始の合図を告げた。



続く

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