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【77.期末試験の始まり】

 楽しい時間ほどあっという間に過ぎる――とは言うが、リタにとって楽しくないはずの期間は何故だかあっという間に過ぎて行ってしまった。


 木曜日から始まった期末試験は、様々な教科の座学と実技の試験を行い、金曜日も同様、そして小休止となる土曜日を迎えた。

 もちろんその間に呑気に休む生徒などいるはずもなく、みんな自分の部屋や自習室、訓練所で残りの試験の対策に必死だった。

 リタとアイリも、寮の食堂で朝食を食べ終えて、早々に自分たちの部屋に戻ってきた。

 だが、机にだらしなく倒れ込むリタを見て、アイリは首を傾げた。


「疲れてる?」

「疲れてるというか……記憶がほぼない」


 正確には、休みの日に嫌なことを思い出したくなかった。

 勉強は苦手な方じゃないし、実技にいたっては結果に自信しかない。だがそれでも「試験」と名の付くものが好きな学生は、そういないだろう。リタもその一人だ。


「そっか……頑張ろうね」


 リタの死にそうな顔を見て、何かを勘違いしていそうなアイリが、寂しげな顔でそう励ましてきた。


「結果に自信がないわけじゃないよ。ただちょっと色々考え過ぎただけ」

「よかった……リタが留年したら、私も危なかったから」


 何がどう危ないのかは分からないが、ツッコまないでおくことにした。


 それより、渡すならまだアイリが勉強を始めていない今しかない。

 リタは机の中にしまっていた布製の小袋を取り出し、彼女に声をかけた。


「アイリ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なに?」

「実戦試験の時、これを持っててほしいんだ」

「これなに? 中見てもいい?」

「あ、いや……出来れば見ないでくれると助かる」

「……お守りかなにか?」

「そう!」


 まさにピッタリな言葉が出てきたので、強く頷いた。


「その割には、結構重いけど」


 その『お守り』の中に入っているのは、とあるメモと、前にリタが回収した『記憶の石』だ。直径五センチほどの石なので、確かにお守りとして持つにはやや重みを感じるかもしれない。


「今は詳しく言えないんだけど……試験中、何かあった時にだけ中を開けてほしい」

「……それはどういうこと?」


 なんとも言えない表情をしたアイリの視線が突き刺さる。

 今までの行動のせいで、リタがまた何かするんじゃないかと怪しんでいるんだろう。


「試験中に何かが起こるかもしれないから念のため、としか今は言えない。……というか、私も詳しくは知らないんだ。そういう噂を聞いただけだから」

「……リタが危ないことしようとしてるわけじゃないんだよね?」

「もちろん。私だって何も起こらないように祈ってるくらいだもん」


 それにしても、アイリに対して真顔で嘘をつける自分に、なんとも言えない気持ちになる。

 しかし全ては、彼女が危険な目に遭わないようにするため。


 リタが転生したこと、悪魔の存在、試験中に起こるかもしれない襲来――全て真剣に話せば、アイリなら信じてくれるかもしれない。

 でもそんなことをしても今は何のメリットもない。


 ゲーム通りに進むのなら、リタかアイリのどちらかの前に悪魔が現れる、出来れば自分の方におびき寄せたい――なんて言ったところで、アイリは確実に反対する。

 そして別の策を考えるだろうが、そんなものはないのだ。


 実はゲームの中で、主人公の体調が悪く、最終日の試験を休むかどうかの選択肢がある。

 そこで『休む』を選択すると、主人公は自室で眠ってしまうのだが、妙なにおいで目を覚ますと、目の前には無残な姿になった大量の生徒たち。

 そしてリュギダスが取り憑いた人物が笑いながら攻略対象を主人公の目の前で殺し、何が起こったか分からないまま主人公自身も殺されるという、とんでもないバッドエンドを迎える。


 つまり万が一を考えると、最終日を欠席することは出来ない。

 かといって教師たちにリュギダスの存在を伝えたところで、事情を知っている教師なら信じてくれるかもしれないが、そもそも何故そんなことをリタが知っているのかと問い詰められること必至。

 そのことについて上手い言い訳も思いつかないし、信頼関係のない教師相手に「転生」という証拠のない事実を説明したところで、頭がおかしいと思われるのがオチだろう。


 そもそもこの世界でリュギダスがどう動くか分からない以上、あまり余計なことはしない方がいい。

 被害を最小限に抑えるためには、ゲーム通りにリタかアイリを襲いに来たところを何とかするのが一番――だと、リタは考えた。


「事情は分からないけど、分かった。私もこれを開けることがないように祈ってるよ」

「うん」


 アイリはそれ以上の詮索はせず、素直に受け取ってくれた。そのことに安堵しつつ、リタも自分の机に教科書を広げる。

 今はただ、あの小袋を使わせるような展開にならないことを願うことしか出来ない。


 そしてとりあえず勉強だ、と意気込んだところで、コンコンと控えめなノックの音が響いた。


「誰だろ……出て来るね」


 この部屋にお客さんが来ること自体珍しい――というか、初めてのことなんじゃないだろうか。そんなことを思いつつリタは扉を開けようとして、一瞬何かを思い出しかけた。

 期末試験前のエピソードの一つに、これと似た展開があった気がする。


「……リタ? 出ないの?」

「あ、いや、出る。ごめん」


 思い出すために、つい止めてしまっていた動きを再開して扉を開けると、目の前に立っていたのはラミオだった。

 その姿を見た途端、リタは先ほどの既視感が何か、ハッキリと分かった。


 アイリに来客の正体がバレないように、慌てて廊下に出て扉を閉める。


「リタ、勉強中にすまないな」


 記憶の中にあるゲームの映像と、全く同じセリフを吐くラミオ。


 リタが思い出したのは、Ⅱのラミオルートの展開。

 三年生時――リュギダスが襲ってくる直前の期末試験の土曜日、ラミオは『リタ』の部屋にやって来る。この時点で二人は恋人同士なので、仲良く試験勉強をするというイベントだ。なおアイリは退学済みなので、自室で存分に二人きりでイチャつけるという悲しさ。


「ラミオ様、どうしてここに?」

「うむ……俺様も女子部屋に足を運んでいいものか悩んだのだが、こんな時期だし、誰かを呼び出して頼むのも気が引けてな」

「ま、まさか一緒に勉強しようというお誘いですか?」

「そんなわけないだろう……俺様はリタと一緒だと集中して勉強出来る気がしない」


 気まずげなラミオの回答に、リタはゲームとは違う展開に安心した。


 でもだとしたら、このタイミングで何の用なのだろうかと視線を下ろすと、その用件がすぐに察せられるものがあった。


「この間話したパティシエの試作品だ。受け取ってくれるか?」

「あ、ありがとうございます……でも本当に貰っちゃっていいんですか?」

「当たり前だ。俺様がわざわざ多めに届けてくれるよう頼んだんだからな、むしろ貰ってくれないと余って困る」


 では有難く、と言わんばかりにその白い箱を受け取ると、一瞬ラミオの指先が触れた。その途端、バッと勢いよく距離をとられる。


「……ラミオ様?」

「あ、ああ、何でもない! ……その、許可なく触れて、すまなかったな」


 どちらかというとリタの方から触れたような形になってしまったのだが。

 それにしても、そっぽを向いて誤魔化しているようだが、明らかに顔が赤くなっている。

 たったあれだけの接触で照れるのか、と驚きつつ、普段の態度とのギャップを感じて、少し可愛いと思ってしまった。

 男性相手に思うことではない気もするが、リタからすると今のラミオは「男性」というよりも「子供」という年齢なので、それも仕方ない。


「ごほん……勉強には糖分が良いらしいからな、ぜひ食べてくれ。アイリ・フォーニも一緒に」

「はい、感想もちゃんとお伝えさせて頂きます。届けてくれてありがとうございます」

「ああ。……では、失礼する。残りの試験もお互い頑張ろう」


 若干早口でそう言って、立ち去っていくラミオ。リタは一礼しつつ、彼の姿が見えなくなった後で、部屋に戻った。


 すると、扉を閉められたのが気になったのか、アイリがこちらを見ていた。


「誰だったの?」

「ラミオ様。ほら、前に言ってた試作品の」

「え、わざわざ届けてくれたんだ……私、お礼言ってないけど追いかけた方が……いや、それはそれで失礼かな」

「気になるなら、味の感想を伝える時にでも一緒に言ったらいいんじゃないかな」


 箱を開けてみると、中にはチーズケーキが入っていた。トッピングのラズベリーとブルーベリーがカラフルで、見た目にも美味しそうだ。

 親切なことに、紙ナプキンと使い捨てのお皿とフォークも入っていて、すぐにでも食べることが出来るようになっている。


「せっかくだし、先に食べてから勉強始めない? 冷めたら勿体ないし」

「ケーキだから冷めても関係ない気がするけど……そうしようか」

「わーい!」


 はしゃぎつつも、ケーキを崩さないように慎重に移動させる。

 お互い無事に移動させたところで、リタは心の中で手を合わせて「いただきます」をしつつ、二人そろってケーキを一口。


「美味しい! 流石王族のパティシエさん……天才だ……!」

「本当、濃厚で美味しいね。エミーのところにも同じものが届いてるのかな」

「多分そうじゃない? ……そういえばエミー、ルームメイトがいなくなっちゃって今は一人なんだよね」


 寂しいだろうな、と一瞬考えたが、あのルームメイトの態度を思い出すと、いない方がマシという可能性も高い。


 それにしても、ラミオがケーキを届けに来るなんてイベントはゲーム内には存在しない。

 ただホリエンⅠでもⅡでも、三年生時のこの日に主人公の部屋を訪れる展開があるのはラミオルートだけだ。

 それに先日のレイラの一件と、(不覚にも)ラミオがリタに好意を抱いていることも踏まえると、リタにとっては若干嫌な結論が導き出されつつある。


 ――もしかしたらこの世界は、ラミオルートに進み始めているかもしれない。


「……アイリ」

「ん?」

「ニコロとは、最近どう?」

「……前にも似たようなこと聞かれた気がするんだけど……何も無いってば」

「ほんとに? 一欠片も? 一トキメキも無い?」

「無いよ」


 ニコロが見たら病みルートに直行するんじゃないかというくらい、無残な即答だった。


「同じ年の男女だけど、私たちは家族みたいなものだから。きっとニコロに聞いたって同じ答えが返って来るよ」

「いや、ニコロは…………うん……どう、だろうね……」


 それはない、と言ってあげたいところだったが、なんとも言えなかった。

 全く気付かれていない片思いを、本人の許可なしに伝えてしまうのは倫理的にどうなのか。

 そもそも変なことで動揺させたらアイリの試験に影響が出てしまうかもしれないし、今はタイミング的にも絶対に言っちゃいけない時だ。


「…………ねぇ、どうしてそんなに私とニコロのことを気にするの?」

「え? や、前にも言った通り、恋の話をしたいお年頃だから……」

「本当にそれだけ?」

「……逆にそれ以外になにかあると思う?」


 質問に質問で返すと、アイリは手に持っていたフォークで、一口大に切り分けたケーキをぷすぷすと刺しつつ、小声で答えた。


「……リタがニコロのことを好き、とか」


 予想外過ぎる返答に、危うく口に含んでいたケーキをアイリに吹きかけるところだった。


「どこをどう捉えたらそうなるの!?」

「結構普通に捉えたならそうなると思うけど……ニコロのことが気になるんでしょ?」

「ちっがうよ!! アイリのことが気になってるの! 別に相手はニコロじゃなくてもいいの!」


 いや、正確にはよくないのだが――攻略対象であれば誰でもいい。そしてその中で現状一番アイリと近いのがニコロだからだ。


「え……なら、私のことが気になるの?」

「そうだよ! …………、うん? うん、そうだよね……?」


 思わず力強く肯定してしまったが、今の会話の流れだと、別の意味に捉えられてしまいそうだと気が付いた。


「こ、この気になるっていうのは、友達としてね? 恋の話がしたい相手だからって意味でね?」

「あ、そうだよね……ビックリした」


 一瞬変な空気になりかけたが、アイリはそれを誤魔化すかのように「あはは」とわざとらしく笑った。


 それにしても、アイリはニコロとの関係について嘘をついてる気配がないし、この世界がニコロルートに進んでいる可能性は限りなく低そうだ。


 となると、先ほどの仮説、リタを主体としたラミオルート行きがあり得るのだろうか。

 アイリの幸せを見届けるまでは、自分は恋とは無縁でいたかったリタだが、これはこれでレイラにリュギダスが取り憑いているという確証にもなるかもしれないので、良いのかもしれない――レイラには色々と悪いが。


「……リタは、そういう人いないの?」

「え?」


 ルート分岐のことで頭がいっぱいだったリタは、ケーキを食べ終わっていたことにも、アイリが何故か妙に真剣な顔でこちらを見てきていることにも、声をかけられるまで全く気が付いていなかった。


「恋の話がしたいなら、リタ自身のことでもいいでしょ。リタはそういう人いないのかなって」

「えぇー…………な、内緒」

「……私には聞いてくるくせに」


 ここでラミオの名を出せば、よりルート分岐は完璧なものになるのかもしれない。

 しかしそれは、そう簡単にしちゃいけないことのような気もした。

 もしも世界が定められたルートに向かって動き始めたら、どうなるか分からない。抗えない力によって、ラミオと結婚することになるかもしれない。

 そうなればアイリと気軽に会えなくなってしまうし、リタに恋愛感情が無い以上はラミオにも悪い。


 それに何より、Ⅱの主人公である『リタ』がメインのルートを決めてしまったら、アイリの退学の件が防げなくなる可能性がある。そうなったら本末転倒だ。


「だ、だって、私の恋の話なんて聞いてもつまんないじゃん?」

「そんなことないよ。私、リタが誰を好きなのか興味あるもん」

「……アイリ、勉強しよう!」


 勢いで押し切ろうとそう叫ぶと、アイリは食べ終わったお皿を片付けつつ、不満げな目でリタの方を見て「ずるい」とこぼしただけで、それ以上は何も言わなかった。



続く

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