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【76.数日後の脅威に向けて】

 そして放課後、デラン先生に謝りに行ったリタは、のんびりとした声で言われた。


「うーん。もしもあれが実戦だったら、リタの命はなかったよね」

「す、すみません……倒れるまでとは思ってなくて、自分の魔力量を正確に把握出来ていませんでした」

「うん、まあそれを試すための授業でもあるからね。……あ、もしかして、アイリに言われてここに来たの?」

「はい……先生が少し怒ってるように見えたって言われて……」

「あはは……ごめんね。別に怒ってたわけじゃなくて、万が一何かあったら大変だから急いで対応しなきゃって焦ってつい言葉が早口になっちゃったの。私、普段がこんな喋り方だから、それで怒ってるって思われちゃったんだろうねぇ」


 確かに先生が急に早口で喋り出したら……上手くイメージ出来ないくらいには、のんびりとした喋り方の人だ。

 その上、リタは授業中に自己責任でぶっ倒れてしまった後だったので、アイリが誤解するのも無理ない。


「怒ってないから大丈夫だよ。それにしてもすごい魔法だったねぇ。事前に言われてなかったら、私の保護魔法もギリギリだったかも、なんて」

「……あの、先生」

「んー?」


 入学してまだ間もないリタにとって、一番信頼出来る教師は彼女だ。それに試験に立ちあうのも担任なので、リュギダスが現れた際、真っ先に助けを求めることになる。


「ただの噂だと思うんですけど、どうしても気になってることがあって……聞いてもらえますか?」

「うん? なぁに?」


 悪魔云々の話は、一生徒が話したところで確実に信じてもらえない。

 だから悪魔ではなく、人間の悪漢がこの学校に忍び込んで悪さを働こうとしている。試験中は警備も手薄になるので、その日を狙っているという噂を聞いた――という今作った嘘を、極力真実に聞こえるように話してみた。


「うーん……確かに試験中は先生たちが試験にかかりきりになっちゃって、いつもより見回りも疎かになっちゃうかもしれないね……」

「私が聞いた話だと、最終日に直接襲いに来るかもって……ほら、うちのクラスって王族の方々がいらっしゃるので。エミリー様たちも、町で何度か危ない目に遭いかけたこともあるみたいですし」


 王族を快く思っていない危険な思想を持った連中は、実際に一定数存在する。

 以前エミリーが攫われかけた時も、複数人でしつこく追い回し、同行人がいる中でも白昼堂々実行してきた。


「なるほどねぇ……、うーん、じゃぁ先生が頑張って、ちょっと警戒態勢をお願いしてみるよ」

「本当ですか!?」

「うん。理事長もご不在だし、事が起こってからじゃ遅いからねぇ」

「ありがとうございます!」

「そんなに心配してるなんて、リタはクラスメイト思いだねぇ」


 なんだか微笑ましいものを見る目で見られて、複雑な気持ちになったリタは、適当に誤魔化しながら早々に職員室を後にした。




 夕食と入浴を終えて部屋に戻ると、ここ最近はいつも期末に向けての勉強を行っていたアイリが、リタにベッドに座るよう促した。

 大人しくその指示に従うと、アイリも自分のベッドに腰を下ろす。


「今日の授業の時のことなんだけど……、ありがとう」

「え? …………ああ、インカムで話したこと?」

「……もしかして忘れてた?」


 なんのことを言っているのだろうと少し思案したせいで、アイリが暗い表情になってしまった。


「ち、違うよ、忘れてたとかじゃなくて……改めてお礼を言われるようなことじゃないと思ってたから」


 あの時リタは、逃げ出すアイリを見て、何とかしてあげたいという思いだけで勝手に動いてしまった。

 自分の力でトラウマを克服しようとしていたアイリには、むしろ余計なお世話だと思われても仕方ないと思っていたくらいだ。


「そんなことないよ。私、ダメだって分かってるのに逃げちゃってたから……リタの言葉がなければ、ナタリアたちに顔向け出来なかった」

「……もう大丈夫そう?」

「うん。……私、結局みんなに嫌われるのが恐かったんだと思う。それを、人を傷つけるのが恐いっていう言葉で言い訳して逃げてた。本当は人の心配じゃなくて、自分がどう見られるかを気にしてたなんて……カッコ悪いよね」

「アイリ」


 名前を呼ぶと、アイリは俯けていた顔を上げて、リタの方を見た。


「私だって誰かに変な風に見られたら嫌な気持になるよ。だから人の目が気になることがカッコ悪いことなんて思わないし、そもそも人を傷つけたくなかったのも、言い訳じゃなくて本当の気持ちでしょ」


 そうでなければ、あんなに正確なコントロールは身に付いていないはずだ。

 何度も練習していたのは、魔法が思いもよらぬ方向に飛んで行ってしまわないように、それで人を傷つけないようにと考えてのことだろう。


「……ファンやめないでくれる?」

「もちろん! ……というか、つい咄嗟にファンとか言っちゃって、同級生になに言ってんだって感じだけど」


 本当は「推し」と言いかけたのだが、この世界でその言葉の意味が通用するとは思えなかったので、似たようなものを探した結果「ファン」しか出てこなかった。


「大体私の中では、アイリは出会った時からずっとカッコいいよ」


 笑顔で告げると、アイリは目をぱちくりさせた後、また少し俯いてしまった。

 だがその赤くなった横顔を見れば、さっきみたいなマイナス的な感情からではないのが分かる。


 本当にアイリは可愛いなぁ――なんて思いながら、リタがデレデレした顔と気持ちでいると、顔を上げたアイリがこちらを見てきたので、キリッと表情筋を引き締めた。


「あ……そ、そういえば、セシリーとぶつけたおでこ、リタの方は大丈夫だった? セシリーの方はちょっとコブになってたけど……」

「ほんと? それは申し訳ないことしちゃったかも……私は平気だよ」


 どうやらセシリーと比べると、リタのおでこの方が耐久力で勝っていたらしい。

 確認してみて、もコブが出来ている気配はない。


 そういえばあの時、セシリーはアイリに撫でてもらってたな、と羨ましい気持ちがよみがえってきた。

 かといって年下――精神的に――の女の子相手にそれを要求するのもダサいので、やめておく。


「本当に?」

「え? うん、全然――」


 リタが答えると、アイリは立ち上がってこちらにやって来た。

 そのままリタの正面に立ち、おでこの辺りに手を置かれる。そのまま撫でるように動く手に、リタの脳内が「?」で埋め尽くされた。


「アイリ? 私、本当に痛くないよ?」

「うん。……あの時ね、エミーが撫でてるの見て、ちょっと羨ましいなって思ってたんだ」

「え?」

「最近気付いたけど、私、思ったよりヤキモチ妬きなのかも」

「……、…………えっ」


 予想外過ぎるカミングアウトに、リタが変に間をあけてしまったからだろうか。アイリは何かを誤魔化すように手を振った。


「な、なんてね、冗談だから。……あの、ほら、私友達少なかったから、そういう……ごめんね、なんか重いこと言って」

「ぜっ全然! 可愛いと思います!」

「可愛くはないと思う……」

「可愛いよ! アイリなら何でも可愛い!」


 思わず立ち上がったリタは、そのまま俯きがちだったアイリの頭を撫でた。


「それに、その……私もそういう嫉妬とか、しないわけでもないし。あの時だってセシリーに対してとかね」


 手を繋いだり抱きしめ合ったりなんかと違って、頭を撫でるというスキンシップは前世でもあまり友達にはやったことがないが、前者よりも気軽にやれる気がした。年下の従妹を褒めていた時のことを思い出すからだろうか。


「……なんか」

「なに?」

「自分より背の低いリタに撫でられると、変な感じ」

「アイリちゃん、それ地味に私のコンプレックスだから触れるのはやめてね?」

「あ、ごめん……でも可愛いよ」


 可愛かろうが何だろうが、嫌なものは嫌なのだ。

 別に高身長に憧れているわけではないが、アイリよりは一センチでもいいから高くなりたい。そうすれば色々とカッコつけられる機会も増えそうだから。


 リタはアイリに「可愛い」と思われるより「カッコいい」と思われたい。

 何故なら彼女はリタにとって愛でる対象であって、自分が彼女に愛でられるのはむず痒いような複雑な気持ちになるからである。


「可愛いのはアイリの方だよ。私が可愛いとしても、アイリはその百万倍可愛い!」

「リタはいつも変なところで張り合ってくるね……」


 小さな溜め息をつきながらも目を閉じるアイリ。呆れたようなことを言いながらも、頭を撫でられる行為を嫌がっている素振りは感じられなかった。

 なので構わず撫で続けていると、お互い無言になり、妙な空気を感じ取ったので、リタはおずおずと手をひっこめた。


「……もういいの?」

「う、うん。触りすぎると、アイリの髪のキューティクルが私に吸われるかもしれないから……」

「吸われないと思うけど……まあいっか。じゃぁ寝るまでの間、勉強しよっか」

「ええぇ……ほんと真面目だね」

「期末まであと二日だよ? ここで頑張るのは普通で、真面目のうちに入らないよ」


 アイリにハッキリと言われて思い出す。


 そう、問題の期末試験は二日後なのだ。

 つまりリュギダスがやって来るのも二日後――ではなく、様々な科目の座学や実技の試験を行うため、期末試験は全五日間を要する。

 奴の襲来は、ゲーム通りならその最終日に行われる実戦技術の試験中なので、七日後だ。


「……よし! 私も頑張って勉強する!」

「うん。一緒に次の学年に進もうね」


 リュギダスとの戦いが控えているとはいえ、誰もそんなことは知らないのだから、試験を疎かにしていい理由にはならない。

 しかもリタは試験も受けずに特待生に選んでもらった立場。

 半端な成績じゃ理事長に顔向けできないし、何より失望されてその資格を取り上げられてしまう可能性すらある。


 自分の机に向かうアイリを見て、リタも心の中で活を入れ、試験勉強へと取り組み始めた。



続く

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