【74.上級よりも上の魔法】
リタの提案に、セシリーは眉を歪めつつも、オッケーを出してくれた。
本心から納得してくれているかは分からないが、再確認して「やっぱり嫌」と言われても困るので、リタは遠慮なくやりたいことをさせてもらうことにした。
念のため杖を持ち、二人並んで走りながら、ロータリーの真ん中で一旦立ち止まる。
「つか、こんな探し回るより、あんたが風使って上から見た方が早くない?」
「あれはあれで結構魔力使うし、出来れば自力で探し出したいんだよね……」
「あんたの都合で私の体力削られるのも癪なんだけど」
「う……分かったよ、なら……」
瞬間、リタはセシリーの腕を引っ張って無理に移動させた。
「きゃっ、何すんの――」
セシリーの抗議の声は、破裂音にかき消された。
先ほど彼女が立っていた場所に飛んできた魔法弾が、地面にぶつかって消えたのだ。
「こっちが見つけなくても、向こうが先に見つけてくれたみたいだね」
何とも都合が良くて助かる。
そう思いつつリタは杖を構えたが、魔法弾が飛んできた方向を見ても人の姿は見つからない。建物の陰に隠れているのか、それとも屋根の上か。
相手を探しながら辺りをうろついていると、気が付けばセシリーとの距離がやや離れていた。
「あんまり離れすぎてもよくないか……」
無意識に呟きながら、リタがセシリーの方へと振り向いた時だった。
「『雷属性準中級魔法:ビーリング』!」
「『雷属性中級魔法:エリティクス』!」
属性魔法を撃ちながら、別々の建物から飛び出してくるクラスメイトの二人。
二人とも雷属性の魔法かつセシリーへの集中砲火。
雷はセシリーが得意とする水魔法の弱点となる属性だし、先に彼女を片付けて二対一に持ち込みたいということだろう。
「もう! 何で私ばっか狙ってくんのよ!?」
セシリーは魔法も発動せず、呑気に文句を言っている。代わりにリタが杖を振るった。
「『出でよ土の保護壁』」
水に強い雷は、土属性には弱い。おかげで、控えめな魔力のシールドでも無事相殺することが出来た。
やっぱり様々な属性が使える『リタ』の設定は便利だなあと、今は自分の体だというのに他人事のように思った。
それよりも、これまたなんて都合の良い展開だろうか。
今日リタがやりたかったこと――全魔力を使った魔法のぶっ放しに最適な環境を向こうから作ってくれるなんて。
一人を倒すために全力を使って、万が一にも体力不足で倒れてしまったら、セシリーに大迷惑をかけることになっていたかもしれない。なので相手が固まって襲撃に来てくれて助かった。
「や、やばい! 一旦逃げるぞ!」
クラスメイトの声を聞きながら、目を瞑ってイメージする。
目の前にいるのはリュギダス、人類を滅ぼそうとする恐ろしい悪魔。全力で挑まなくては負けてしまうかもしれない。
頭の中に鮮明なイメージがわいてきて、自然と杖を握る手に力がこもる。
「セシリーも離れてて」
「はいはーい」
彼女の適当な返事に力が抜けそうになったが、何とか集中力を保つ。
多くの魔法使いが、使える二属性の内のどちらかを得意としている。これは好き嫌いではなく、生まれつき感覚として、使いやすさが違う。
ゲーム的に言うと、攻略対象たちのステータスを割り振る際、得意な属性はそうでない属性よりも強化に必要な経験値が低い。
『リタ』は使える属性が多いからなのか、何かに特化はしていない――という設定なのだが、これは実質どの属性も得意ということだ。
使用出来る全ての属性を低い経験値で強化することが出来る、制作陣の贔屓キャラと呼ぶに相応しい壊れっぷりだった。
これは、この世界の自分にも適用されている。確信はないがリタはそう思っている。
「『火属性最上級魔法:ディス・フリティア』」
そうでないと、入学してから数ヶ月で、上級よりも更に上の魔法を使えるようになんてならないだろう。
杖の先に出現した魔法陣から赤い光線のようなものが伸びていく。逃げていくクラスメイトを決して逃さないように素早く正確に。
「え、今なんて……」
聞き間違いかとクラスメイトが振り向いたのと、それが届いたのは同時だった。
光線が目標に触れた瞬間、耳をつんざくような轟音と共に大爆発が起こった。その爆風は術者であるリタですら吹き飛ばされ、しりもちをつく羽目になるほどの勢いだった。
猛烈な火炎が広範囲に広がり、相手どころかその周辺全てを焼き尽くすように荒々しく燃え盛っている。
「うわー……模擬戦でこんな無駄な威力……絶対先生に怒られるわよ」
「許可、は……とってる……」
答える声が弱々しいのは、一気に魔力を放出した影響で体力も根こそぎ持っていかれたからだ。
例えようのない疲労感が一気に体にのしかかり、それは次第に眠気に似た何かへと変化していった。
「……大丈夫? なんかフラフラしてない?」
「だいじょ、ぶ、ない、かも」
「は!? ちょっとなに倒れかかってんのよ! あんたが失格になって私の成績が更に下がっちゃったらどうしてくれんのよ!?」
ギャイギャイと騒ぐセシリーに申し訳ないと思いつつ、何とかその場に踏みとどまろうとしたが、無理だった。
倒れないようにするどころか、意識を保つことに精一杯で、それも次第に抗えなくなっていく。
気が付けばリタの視界は真っ暗になり、目を閉じてしまったんだということに気が付くよりも先に、意識も落ちてしまった。
◆ ◆ ◆
目の前に広がったのは、懐かしい光景だった。
すぐにこれが夢だと分かったのは、リタの姿が今のものとは違う、前世の姿だったから。
『アイリ』を推し始めて、ネットを通じてたくさんの人と交流し、イベントに参加し、楽しかった日々の思い出。
何故今こんな夢を見るんだろう。もうすぐ来るかもしれないリュギダスを恐れての、一種の回避行動だろうか。
それとも、今まで極力考えないようにしていた――前世でのあまりに早い死への後悔からだろうか。
理由が何であれ、今くらいは楽しい夢に浸ってもいいのだろうか。
前世の家族や友人たちとの思い出に触れて、温かい気持ちになっていると、
「さっさと起きなさいよ!!」
「うわっ――っだぁ!!」
いきなり近くで聞こえてきた怒声に、鼓膜を破壊されるかと思った。
その衝撃で飛び起きると、こちらを覗き込んでいたらしい誰かとおでこ同士がぶつかり合い、派手な音が鳴る。
「いったぁ~……」
「痛いのはこっちよ! 急に起き上がらないでくれる!?」
「ご、ごめんなさい……」
リタと同じように赤くなったおでこを涙目でさすっているのは、セシリーだった。
「二人とも大丈夫?」
そしてその隣には、オロオロと二人を交互に見ているアイリと、冷めた顔でセシリーを見ているエミリー。
周囲を見回すと、そこは見慣れない部屋。しかしカーテンで仕切られたベッドが複数並んでいる特徴的な場所なので、ここが保健室であることはすぐに分かった。
単なる魔力切れなので治癒魔法の必要もないと判断されたのだろう、養護教諭の姿はなく、室内にはリタたち四人しかいないようだった。
「リタ様、大丈夫ですか? 怒鳴り起こされて、おでこもぶつけて散々ですね」
「あ、ありがとう」
躊躇いなくリタのおでこを撫でてくるエミリーに、少し戸惑った。
今日のエミリーはそうでもなかったが、そういえば最近の彼女はこういう距離感だったと思い出す。
「ぐ……アイリ、私も撫でて!」
「よしよし」
「はぁー……アイリは私の天使ね」
「お、大げさだよ」
なにあれ羨ましい。私もしてほしい。
リタがそんな思いを込めて二人の方をガン見していると、セシリーの反応に苦笑していたアイリと目が合った。が、すぐに逸らされる。
その反応に軽いショックを受けつつ、さすり続けてくれているエミリーの優しさに甘えていると、セシリーの冷たい声が降ってきた。
「ところで、全力で魔法を撃ちたいって話は聞いてたけど、気絶することまでは聞いてなかったんですけど?」
「いやー……私も気絶しちゃうとは思わなくて……面目ないです」
やはり実際試してみないと分からないこともあるものだ。
さっきの、リタの魔力どころか体力まで根こそぎ持っていた魔法が、今のリタが使える一番強い魔法。
だが、あんなのをリュギダスに向けて撃った日には、こちらが戦闘不能状態になってしまうことが分かった。
「……というか、今何時?」
「ちょうどお昼休みだよ」
思ったよりも時間が経っていたことに驚いた。もしもセシリーに怒鳴られなかったら、夕方くらいまで眠っていたかもしれない。
「せっかくアイリとご飯を食べようと思ったのに、アイリがお昼も食べずにあんたの様子を見に行くって言うから……私も仕方なくついてきたの」
「へえ。それで嫉妬して怒鳴り起こしたわけですか」
「う……ね、寝すぎもよくないじゃないですか。あくまで厚意ですよ、厚意」
エミリーの視線から逃げるためか、セシリーは彼女から何歩か距離を取った。
それよりも「お昼も食べずに」という一言が引っかかったリタは、アイリの方を再び見たが、またも視線を逸らされてしまった。
「みんな、心配かけてごめん……、あとセシリーは授業で迷惑かけてごめん。先生にはあらかじめ言っておいたから、セシリーの成績には影響ないと思う」
「あっそ。じゃ、目も覚ましたことだし、アイリ、食堂に戻らない?」
「あ、私は」
「はい、お二人はぜひぜひ。リタ様の様子は私が見ておきますので!」
「え、いや」
「ならお言葉に甘えて、エミリー様お願いしまーす。ほらアイリ、行こ」
「あ、あの」
「では、また次の授業で」
終始なにか言いたげだったアイリを、セシリーが引っ張り、エミリーが追い出すような形で、二人は保健室から出て行ってしまった。
アイリに二連発で視線を逸らされてしまったリタとしては、せめてまともな会話くらい交わしたかったので、心の中で激しく落ち込んだ。
しかしまあ、アイリとは部屋に戻ればいくらでも話すことが出来る。彼女と相部屋であるという事実に、改めて感謝した。
「リタ様、二人きりですね!」
「うん……でもエミーも私に遠慮せず、ご飯食べてきていいんだよ? お腹空いてるでしょ?」
「遠慮じゃなくて、リタ様といることを優先したいんです。私にとっては食事よりもリタ様との時間の方が大切ですから」
「そっかぁ……」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、なんて答えていいか分からなくて困った。
ちなみにリタの方も、魔力を使った影響なのかいつも以上に空腹で仕方ないのだが、なんとなくそれを言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
「……そういえば授業の時、相談したいことがあるって言ってたよね? 誰もいないみたいだし、今話す?」
「ああ……あれはもう解決したので大丈夫です!」
「え? 解決って、いつの間に……」
リタが意識を失っていたのは数時間ほどだが、その間に一体何があったんだろうか。
首を傾げると、エミリーは座っていた椅子から立ち上がり、何故かリタのいるベッドの方に腰を下ろした。
「でもよかったです、リタ様がちゃんと目覚めて」
「そんな大げさな」
「見ていただけのこちらからすれば、いきなり倒れたら心配しますよ。……それにしても、すごいですね。まさかその歳であんな魔法が使えるなんて、驚きました」
「まあ、魔力切れでぶっ倒れて迷惑かけちゃったけどね……」
「それでも流石です! ……ちなみにあれがリタ様の今の全力ですよね?」
「うん……あれ以上の魔法は、今は全然使える気がしないや」
「でもリタ様なら、もっともっと上を目指せますよ」
「そうだといいなぁ……、……あの、エミー?」
「なんですか?」
エミリーの顔をジッと見つめると、にこりと微笑まれた。
隣に腰を下ろすだけに留まらず、腕を組み、話すたびに身を寄せて来る彼女の行動は明らかにおかしいと思うのだが、笑顔を前にするとなんとも指摘し辛い。
「ちょっと近くないかなぁ、って、思うんだけど」
「あ、すみません。リタ様って落ち着く匂いがするので、ついくっつきたくなるんですよね」
そういえば前にもそんなことを言われた気がする。
「……リタ様はどうですか?」
「え? なに」
なにが?という問いかけが途切れたのは、近くにいたエミリーがより顔を近付けてきたからだった。
綺麗な青い瞳に映り込む自分が見えるような距離まで来られると、流石に動揺してしまう。
こんな状況でもエミリーは綺麗に微笑むだけで、彼女が一体なにを考えているのか分からなくて、リタは一瞬、妙な違和感を覚えた。
続く




