【73.試合の合間】
「はーい、じゃぁ第一戦はFチームの勝ちだねぇ」
パチパチと、四人の健闘を称える拍手の音が鳴る。
もちろんリタも全力で拍手を送ったが、その左手首には細身の銀の腕輪がはめられていた。
先ほどの四人の戦いについてのデラン先生の意見や、各々の今後の課題などが話された後、あみだくじの結果で決まった第二戦が始まった。
応援で盛り上がるクラスメイトの輪よりも少し後ろにいるリタと、当たり前のようにその隣にいるエミリー。
「リタ様はどちらが勝つと思いますか?」
「うーん……、アイリ!」
「いや、アイリはさっき戦い終えて……って、ああ、そういうことですか」
呆れたような顔をしたエミリーの視線の先には、クラスメイトの群れから離れ、こちらに駆け寄って来るアイリの姿。
流石の彼女でも疲れたのか、目の前まで来たときには若干息が弾んでいた。
「アイリ、お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「ありがとう二人とも」
にこりと微笑んでリタの隣に移動したアイリは、その手首にはめられた異物に気が付いたらしい。
「あれ? リタ、そんなの着けてたっけ?」
「あ、いや、これはね……」
「デラン先生からの罰です」
「え!?」
本当のことを言うべきか迷う間もなく、あっさりエミリーにより真実を告げられてしまった。
アイリは青い顔をして、オロオロと腕輪がはめられた左手首に触れてくる。
「ば、罰って……爆発したりするの?」
「そんな物騒なもの生徒に着けたら、逆に先生が怒られると思います……」
「私もさっき聞かされただけだからよく分からないんだけど、デラン先生流の罰らしくて……何か悪いことを二回するごとに一本着けるんだって。で、これが五本揃うと……」
「揃うと?」
「世にも恐ろしいことが起こる、らしい」
とはいえ、あののんびりとした声で言われたので、あまり恐ろしさは感じなかったが。
「それよりアイリ、さっきはリタ様と何をお話ししてたんですか?」
「え」
アイリが場から逃げ出したのを見て、リタはナタリアからインカムを譲ってもらい、遠くの位置まで移動して通話した。
他のみんなは試合を見るのに夢中で気が付いていなかったが、しょっちゅうリタを目で追いかけているエミリーはもちろんそれを見逃さない。
かといって近付いて会話内容を確認しないのは、彼女なりのマナーだろう。
「えっと……内緒かな」
「あー! もう! 二人して同じこと言って! もういいです知りません私は子供らしいと怒られても全力で拗ねます!」
「ま、まあまあ、ざっくり言えば励ましただけだから。ね、アイリ?」
「うん。リタのおかげで勝てたよ」
「そういう二人だけの世界みたいな空気が嫌なんです! もう! リタ様なんてさっさと腕輪五本になって先生に怒られ……って、あれ? そういえばなんで今回で一本なんですか? リタ様、既に一回なにかしでかしたんですか?」
「う、うん……まあ、夜中の不法侵入がバレたこと、かな」
これは先日の幽霊騒動の件のことだが、そのことを知らないエミリーの中では、流星群の日のことだと思ってくれるだろう。
「夜中に不法侵入って……リタ様って案外素行が悪いですよね」
「伸び伸びと生きているとも言うよね」
「物は言いようですね……」
はあ、と呆れたように溜息をつくエミリー。
それを見て、リタはピンときた。
「こんな女は、王族に相応しくないと思わない?」
「王族どうこうは分かりませんが、私の伴侶には十分相応しいと思います」
「……ありがとうございます」
「はい」
エミリーの愛の大きさを実感して、リタは肩を落とした。
そんな話をしているリタたちの元に、ニコロとナタリアがやって来た。二人から少し離れた位置にいるミシャは、いまだにエミリーとの対話を恐れているらしい。
「どこに行ったのかと思えば、やっぱりリタのところだったんだね」
「あ、ニコロ……大丈夫? 痛いところとかない?」
「あるよ? 体中、すっごく痛い」
「だだだ大丈夫!? さすった方がいい!?」
「だ、大丈夫だよ、子供じゃないんだから……魔法で戦えばこれくらいの怪我、当然だよ」
「……そっか」
このやりとりを見て、やっぱりニコロはアイリのトラウマのことを知らなかったんだろうと、リタは確信を得た。
それにしても、アイリが本当に体をさすり出しそうな体勢で近付くものだから顔が真っ赤になってしまっているニコロは、年相応の男の子という感じで可愛らしかった。
「アイリ、最後の一撃、すごい威力だったわね」
「ナタリアこそ、最後……というより全体的にすごかったよ。いっぱい助けられた。ナタリアと一緒でよかった」
「そこまで褒められると流石に照れるわね」
うふふ、と微笑み合う二人。
クラスメイトと仲良くお喋りするアイリ。ああ、なんて尊い光景なんだろうと、いつもならのんきに感動に浸っているところだが。
リタはもうすぐ来るであろう自分の番に備えて、珍しく少し緊張していた。
アイリが今日の模擬戦でトラウマ克服を目標としていたように、今日はリタにも目標がある。
一言で言うと、自分の実力を把握すること。
魔力というのは数値化出来ない。なんとなく自分には高い魔力がある、という感覚でしか分からない。
だから今のリタは全力を出し切った場合、どれくらいの威力の魔法を撃てるか、正確には分かっていない。
今までは別にそれでも困らなかったのだが、リュギダスとの戦いに備えて、どれくらいの魔力を消費すればどれくらいの威力が出せるのか、またそれを撃った時に自分の体がどうなるのか等、最低限知っておきたい。
本来ならそれを試すために訓練所があるのだが、今は期末前ということもあり賑わい過ぎている。極力目立ちたくないリタからすれば、クラスメイトしかいない授業中の方がマシだと思った。
そこまで考えて、リタはふと思い至った。
「ごめん、私ちょっと先生のところに行ってくる」
みんなに言い残して、何か言われるよりも先に駆けだした。
クラスメイトから少し離れた場所でトラキングの映像を見ていた先生に近付くと、声をかけるよりも先に顔を向けられた。
「なぁに、リタ。腕輪なら外さないよ?」
「そんなことお願いしませんよ……こんな態度でもちゃんと反省してるので。そうじゃなくて、今回の模擬戦って本当になんでもありなんですか?」
「一応そのつもりだけど……どうして?」
「私、一度自分の魔法を全力で使ってみたいと思ってて……それをチーム戦でやるのは、迷惑だとは思うんですけど……」
「んー……確かにリタの場合、全力を出せば一人で圧勝出来ちゃうかもしれないしねぇ」
「……やっぱりダメですか?」
今回の授業の趣旨は、即興で組んだ相手との連携や、二対二という特殊な状況に置かれた場合の対応などを見ることのはず。
期末前に自分の実力を出来るだけ人の目につかないところで試しておきたい、なんて勝手な理由で、チームメイト――セシリーのそれらの評価機会を奪うのも忍びない気もしてきた。
「別にダメではないよぉ。授業とはいえ、全力で戦うのはマナーみたいなものだからね」
「……作戦なしの全力ぶっぱでも?」
「まぁ、それはそれで作戦みたいなものだけど……ただ留意しておいてほしいのは、場合によっては、リタ自身の成績に差し支えるかもしれないこと」
「成績……」
この学校にも通知表が存在する。ゲーム内でも一年が終わるごとに配布されているが、流石にどんな内容かなどの細かい描写はない。
「たとえば、チームメイトと相談せず、一人で前線に出て魔法をぶっ放して魔力が尽きて倒れる……みたいなことになれば、協調性に難ありって評価せざるを得ないからねぇ」
「う……」
リタは前回の実技授業の時を思い出し、苦い顔になった。
あれも最初はニコロたちと作戦を立てていたが、最後は自分一人で突っ走って負けてしまった――という風に見られている。
協調性の評価を落とされたところでどうなるかは分からないが、一学生として反省する素振りくらいは見せておかないといけない。
「すみません……」
「いやいや。……まぁ本当のことを言うとね、リタは自分が思ってるほど悪い方じゃないよ。気が付いてないかもしれないけど、その腕輪、他にもちらほら着けてる子いるでしょ?」
「え?」
言われて改めてクラスメイトたちを見て見ると、確かに何人かの腕に同じ腕輪がはめられていた。中には既に二本貰っている猛者までいる。
「……意外と悪い人が多いんですね」
「というより、私の基準がちょっと厳しいっていうのもあるかも」
にこにこして言う先生の顔を見ていると、とてもそうは思えないが。
「まぁ戦い方についてはリタたちに任せるよ。相手の子が危なかったらちゃんと防ぐから、その点は心配しないで」
「……本気でやると思うので、本気で防いでください」
「おおう……どうしたの、リタがそんなにやる気だなんて珍しい。あ、でもくれぐれもチームメイトとの対話は疎かにしないようにねぇ」
「はい! ……あ、それと私の成績が下がるのはいいんですけど、セシリーの方はあくまで私が巻き込んじゃうだけなので……」
「心配しなくても、リタの行動でセシリーの成績に影響が出ることはないよ」
「よかった……。じゃぁ戻ります! 授業中に失礼しました!」
一礼し、先生の元からみんなのいる場所へ戻ると、いつの間にかミシャも会話の輪に混ざっていた。ただ、いつも曲がり気味の背筋がシャンっとしているのを見るに、相当緊張しているらしい。
「あ、リタ、おかえり」
「ただいまー」
「先生に何か質問だったの?」
「うん、ちょっと考えてることがあって――」
リタの試合を見れば、リタがやりたいことはみんなに伝わるだろう。
だから隠す必要もないと思い、ざっくり事情を説明すると、エミリーは目を丸くして驚いていた。
「自分の実力を測りたいだなんて……リタ様でもそういうことを考えるんですね。前に目立ちたくないと仰ってたので、てっきりそういうことには関心がないのかと思ってました」
「まあね……」
目立ちたくないのは事実なので、上手い言い訳が思いつかなかった。
「でも自分の力量をきちんと把握しておくのは良いことだと思うわ。いざという時、役に立つだろうし」
「そうだよね! いざって時がもうすぐ来るかもしれないしね!」
無自覚なナタリアのナイスフォローに助けられていると、アイリの隣にいたニコロが、苦い顔で口を開いた。
「でも、セシリーとはちゃんと相談してからの方がいいよ」
「そうだね……セシリーはただでさえ……その」
アイリがニコロと似たような顔をして口をつぐんでしまったのは、「ただでさえリタのことを快く思ってない」という風なことを言おうとして、リタが傷つくことを危惧したんだろう。
リタは心配をかけないように「もちろん」と答えたものの、彼女が素直に話をしてくれるイメージが浮かばなくて、少し参った。
◆ ◆ ◆
「じゃぁ試合開始ぃー、『出でよ強風』!」
五試合目ともなると、強風で吹き飛ばされる心の準備もついているので、リタもセシリーも焦ることなく着地することが出来た。
場所は住宅街の一角のような道。目の前にはカラフルな屋根のレンガ造りの家が無数に並んでいる。とりあえず見渡せる限りの場所に相手の姿はない。
「あ、あのさ、セシリー」
「……」
「……」
あの授業の時の態度については完全にこちらが悪いのだが、こうも露骨な無視をされて、リタは少しイラついてしまった。
が、これはただの八つ当たりだ。リュギダスの襲来が迫っている今、心に余裕がなくなってしまっているのかもしれない。
「セシリー、あの時はごめん」
「…………別に、授業の時のことはそんなに気にしてないけど」
「え、じゃあなんでそんなにつっけんどな態度を……?」
「アイリと二人で話してる時、あんたの話ばっか聞くから。何がそんなにいいんだか、アイリってばいっつもリタリタ言ってて……個人的に気に入らないだけ」
要するに、こちらも八つ当たりに近いものということらしい。
自分のことばかり話すアイリを想像して緩みかけた頬を何とか引き締め、リタは真面目な顔で頭を下げた。
「な、なによいきなり。気持ち悪いわね……」
「私、この授業で試したいことがあるんだ」
「ああ……なんか始まる前にも言ってたわね。……なんなの?」
意外にも素直に聞く姿勢になってくれたセシリーに事情を説明すると、彼女は呆れたような顔で大きな溜め息をついた。
続く




