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【72.過去との決着】

 映像の中の二人は未だに見つめ合ったまま動かない。二人の心情的には、動けないという方が正しいのかもしれない。

 

 アイリは、開始前ああ言っていたものの、人に対して……それも親しいニコロに向かって魔法を撃つことを躊躇っている。


 一方のニコロは、単純に実力差がある上に、魔力不足の現状で自分からは仕掛けられないという感じかと思ったが――彼を見て、リタは首を傾げた。

 ニコロがアイリを見つめる表情は真剣そのもので、アイリがいつ仕掛けて来るのかという緊張が感じられる。


「……もしかして」


 ニコロも、アイリが人に魔法を撃てないことを知らないのかもしれない。


 今まで知っていると思い込んでいたが、よくよく考えてみれば、アイリとニコロは魔法の話をすることはあまりなかったらしいし、この学校に来るまであの事件以外で人に向かって魔法を撃つような体験もしていないだろう。

 経緯を考えると、トラウマになってしまったことを知られたら、あの時その場にいたニコロは責任を感じてしまうかもしれない。そう思ったアイリが隠していてもおかしくない。


「となると、ニコロからしたら不気味だろうなぁ……」


 いつでもトドメをさせるはずなのに、いつまでも仕掛けてこない。何か考えがあるのかと、自分がニコロの立場ならそう勘ぐってしまうところだ。


 ともあれ、状況は一対一。アイリたちが勝つには、アイリがニコロを撃つしかなくなってしまった。


「頑張れ、アイリ……!」


 普通に考えれば、ニコロが圧倒的に不利な状況。周囲もやはり判官贔屓なのか、ニコロを応援する声が多い。

 そんな中、リタは一人必死にアイリたちの勝利を願った。



* * *



 勝たなくちゃいけない。

 ナタリアが頑張ってニコロの魔力を削り、エミリーを倒してくれたんだから、絶対それに報いなくちゃいけない。

 アイリの頭はそんな思考でいっぱいだった。


「……正直な話、僕が負けないためには、タイムアップまで逃げるのが一番だと思うんだ」

「もちろん逃がさないよ」

「だよね……」


 軽い溜め息をついて、こちらに向かって杖を構えるニコロ。

 彼の残りの魔力量を考えれば、自分の勝率はかなり高い。あとは気持ちの問題だと決意を固め、アイリも杖の先をニコロに向ける。


「『風属性準中級魔法:ディラーヤー』!」


 先に仕掛けたのは向こうだった。

 魔法陣から出現した風の塊がこちらに向かって飛んでくる。それを避けると同時に、屋根の上から地面に飛び降りた。

 足元を強化していれば、二階程度くらいの高さからなら、飛び降りても多少痺れるくらいで済む。

 とはいえ、一瞬動きは鈍った。その隙を狙って、ニコロが一気に距離を詰めてくる。


「『風属性中級魔法:ウィンドカッター』!」


 目の前に迫って来る、無数の風の刃。こんなのが直撃したらどうなるか、想像するだけで恐ろしい。

 早く魔法を出して打ち消さないと――そう分かっているのに、アイリの杖から出てきたのは保護壁シールドだった。


 急いで出現させた無詠唱のシールドが中級魔法に耐えられるはずもなく、シールドで防ぎきれなかった風の刃が左腕にかすり、服ごとその身が切り裂かれた。


「いたっ……」

「……アイリ?」

「っ……『雷属性初級魔法:エリット』!」


 ニコロの戸惑うような声をかき消すように、初級魔法を撃つ。それは彼を狙ったはずが、大きく横に逸れていった。


 アイリは、自分のトラウマをニコロに話せていない――正確にはリタ以外の誰にも言えていない。言ったところでどうにかなるわけでもないと思っていたから。

 親しい友人であるニコロには言うべきだったのかもしれないが、あの場に居合わせていた彼にそのことを言ってしまえば、このトラウマを自分のせいだと思い込んでしまうかもしれないと危惧した。


「……僕に気なんて使わないで、全力で来てよ」


 どうやら何か別の誤解をされているらしい。ニコロは少しムッとした顔でそう言った。


 別に気を使いたいわけじゃない。模擬戦なんだから、全力で挑むのが相手に対するマナーだということもよく分かっている。

 ニコロのためにもエミリーのためにも、何よりこの状況を作ってくれたナタリアのためにも、自分は勝たなくちゃいけない。


「『雷属性中級魔法:エディエーション』!」


 青色の魔法陣から放たれた複数の電気が、放射状にニコロへと向かって伸びていく。

 コントロールだけは完璧にと、いつも練習している魔法。

 威力も申し分なく、これを当てることが出来れば勝てる――が、ニコロがそう簡単に諦めるわけもなく、彼は竜巻を出現させ、大きく飛び跳ねて回避した。


 アイリは魔法弾を連射して、ニコロの行き先を封じる。

 適当に放った何発かが彼の体に当たり、小さな悲鳴が上がった――いや、それは正確には悲鳴というほどのものでもなく、ただ反射的に口から漏れただけの声だった。

 連射した中の一発の魔法弾が与えるダメージなど、たかが知れている。女子の全力ビンタの方が遥かに痛い程度だ。

 ニコロはこの程度の痛み、なんとも思っていない。この程度じゃ人は倒れたりしない。そう分かっているはずなのに。


「っ……」


 脳裏によみがえるのは、あの時の光景。

 初めて人に魔法をぶつけてしまった時。

 まだ魔法についてなんの知識もなかった頃で、あれはきっと詠唱の必要ない無属性魔法の何かしらだったんだろう。それこそ全魔力を注ぎ込んだ魔法弾だったのかもしれない。

 とにかく、自分が相手に何の魔法を撃ったのかすら覚えてないような子供の頃の話。


 相手は苦しそうな呻き声を上げてその場に倒れ、動かなくなった。

 他の子たちが外に出て大人を呼んできて、その後どうなったか、正直アイリはよく覚えていない。恐らく呆然と、その場に突っ立って行った。


 あんなに苦しそうな声を聞いたのも、大人が倒れたのを見たのも、血だまりが出来るほどの怪我を目にしたのも、全部全部初めてのことで混乱していた。


”アイリはなにも悪くないよ”


 何度もニコロから聞いた励ましの言葉。でもそれに反して、他の人の態度は変わっていった。


 あんな強力な魔法を人に向かって撃つなんて信じられない。

 自分の身を守るためとはいえあまりに野蛮だ。

 撃たれた相手が気の毒だ。

 そもそも庶民であんな高い魔力を持っているなんて、あの子は本当にあの夫婦の子供なのか。


 今でも耳にこびりついて離れない、町の人たちの噂話。

 今でも目に焼き付いている、苦し気に呻く男の姿。


「『雷属性――」


 もしも威力の加減を間違えたら。なんらかのアクシデントでダメージ軽減のリボンが機能を果たさなかったら。変な箇所に当ててしまったら。ニコロが、友達が大怪我を負うかもしれない。

 考えれば考えるほど、嫌な予想が止まらなくなって、詠唱が途中で途切れてしまう。


 ここにいたら次の攻撃が飛んでくるかもしれない。そう思ったアイリは、走り出した。


 一対一の状況で、相手は魔力の使い過ぎで完全にこちらが有利な状況――そこから離れるなんて明らかにおかしな行動だと分かっていても、その場から逃げるように動くその足を止めることが出来なかった。


 リタに初めて会ったあの日、自分と年の変わらない子が、人を助けるために強力な魔法を使っているのを見て、自分もそうなりたいと思った。

 彼女のために、あの事件以来初めて人に対して魔法が撃てた時、何かが変わるかもしれないと思った。


 ここはどんな魔法でも受け入れてくれる場所で、相手が全力で挑んできてくれているのに。自分の魔法を綺麗と言ってくれる人もいるのに。

 ここまで恵まれた環境が揃っても、まだ自分は変われないんだろうか。


『アイリ!!』


 突然、耳をつんざくような大声で名前を呼ばれた。


 思わず走るペースが少し落ちて、耳につけたインカムに触れる。たった今そこから聞こえてきた声は、チームメイトのナタリアのものではなかった。


「り、リタ? え……なんで」

『ナタリアにこっそり貸してもらった。あ、ちゃんと誰にも聞こえない位置で喋ってるから――って、そんな場合じゃなくて、あの……本当はアイリ自身が乗り越えようとしてることだから、口出しすべきじゃないって分かってるんだけど』


 模擬戦の映像は、トラキングによってみんなに見られているはず。

 事情を知っているリタだけが、アイリの行動の意味を理解出来ているんだろう。


『アイリは今、何が恐いの?』


 時間がないせいか、あまりにストレートな問いだった。


「私は……」


 ニコロが怪我をするかもしれない――真っ先に浮かんだのはその恐怖。

 でもそんなことはないと、本当は分かっている。

 先生の目がある授業中に、命の危機に陥るほどの怪我をさせられるわけがない。ダメージ軽減のリボンを貫通するような魔法は、自分よりも高い実力を持つ先生が絶対に止めてくれる。


 だったら今、自分が恐がっているのは。


「――ま、みたいだって……」

『え?』

「……子供なのに大人にあんな大怪我させられるなんて、人じゃなく悪魔みたいだって、町の人に何度言われても平気だったけど……一度だけ、お父さんに言われたことがあって……それが、ずっと引っかかってたのかも……」


 言葉にしてみれば、なんて子供っぽいことなんだろう。


 父が言ったのは冗談だと分かっている。本気でそう思っているなら、もっと酷い育てられ方をしたはずだから。

 ただ、たった一瞬でも家族に「気味が悪い」と思われた事実が嫌だった。同時に、とても恐くなってしまった。


 ……ああ、自分はこんなことをいつまでも引きずって、今までずっとリタに心配をかけて、今も逃げ出してナタリアたちに迷惑を、


『アイリの馬鹿!』

「わっ…………み、耳元で響くんだから、あんまり怒鳴らないでよ」

『あ、ごめん……それに馬鹿っていうのも違った。お父さんにそんなこと言われたら私だって凹むし……で、その後に蹴り飛ばす』


 なんて逞しい、と思うと同時に、ちょっと羨ましかった。

 流石に蹴り飛ばしたいとまでは思わないけど、両親を小突きたいと思う日は、アイリにも何度かあった。


『けど、アイリはそういうことしないよね』

「……うん。出来ないかな」

『私はそんなアイリが好きだよ。誰にでも優しいアイリが好き。授業では出来なくたって、人のためなら恐くても魔法を撃てるアイリが好き。誰に何を言われようと、たとえそれがご両親であろうと、アイリが何か言われて傷つくなら、私はその十倍でも百倍でも、アイリが好きだって伝えるから!』

「……リタは、どうして私なんかにそんなことまでしてくれるの?」

『アイリは私の大切な人だから。だから……えっと、アイリファンの私のためにカッコよく勝つとこ見せてよ――って、わっ、せ、先生!? いやこれは』


 何か揉めるようなやりとりの後、向こう側から電源が切られたのか、なんの音もしなくなった。


 恐らく今頃怒られているであろう彼女の姿を想像して、アイリはくすりと笑う。

 それから身を翻し、来た道を戻った。魔法で強化したものの、その足取りはいつもより遥かに軽く感じられた。



 元の場所まで戻ると同時に、足元に飛んできた魔法弾を、後ろに飛んでかわす。


「いきなり向こうに向かって走って行っちゃったから、遠くからとんでもない魔法でも撃たれるのかと思ってヒヤヒヤしちゃったよ」


 そんな言葉と共に現れたニコロは、少しだけ息が上がっていた。難しい理屈はアイリにも分からないが、魔力と体力はリンクしていて、魔力を消費し過ぎると体力も削られてしまう。

 今までの戦闘を見ても、ニコロの限界が近いのは誰が見ても明らかだった。


「ごめん、ニコロ」

「……謝られるようなことは、まだされた覚えがないけど」


 本来なら、もっと早く片が付くべき試合だった。それをここまでグダらせてしまったのは、全て自分のせいだ。


 アイリは杖を握る手に力を込め、地面を蹴って走り出した。

 対するニコロは回避することなく、杖の先端をこちらに定めて叫ぶ。


「『風属性中級魔法:ウィーギラス』!!」


 かなりの魔力を使っているであろうに、全く衰えていない、むしろいつもより威力のある魔法を前に、ふと思い出した。


 エクテッド入学を決めたことを事後報告した際、ニコロはとても驚いたが、同時にとても喜んでくれた。まあその後、今年度最後の入試試験に飛び入り参加したニコロの行動力に、アイリもかなり驚いたが。

 いつかアイリと魔法の力比べがしたい――純粋な笑顔でそう言ってくれた彼に向かって杖を構える。


”アイリが何か言われて傷つくなら、私はその十倍でも百倍でも、アイリが好きだって伝えるから!”


 先ほど耳元で響いた大好きな人の言葉を思い出すと、いつものように手が震えることも、動悸が激しくなることもなかった。ただ穏やかに、静かに唱える。


「『雷属性中級魔法:エリティクス』」


 魔法陣から出現した巨大な雷が放たれた。

 幼い頃から何度も何度も入念にコントロールの練習を続けたことは無駄じゃなかったようで、雷は狙った方向へ真っ直ぐに進み、ニコロの魔法をかき消し、その影響で多少落ちたものの決着をつけるには十分な威力で、彼を撃ち抜いた。



続く

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