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【70.C対F-1】

 前触れもなく飛ばされたアイリは、何とか転ばずに着地した。

 同じチームであるナタリアも近くに着地出来たことを考えると、先生の魔法は無造作なように見えて狙った場所に飛ばされたんだろうと思うが。


「まさか吹き飛ばされるとは思わなかったね……」

「せめて事前に言ってほしかったわね」


 アイリは乱れた髪を整えつつ、周囲を見回した。

 模擬市街地は広く、吹き飛ばされたばかりなのでもちろん見渡せる範囲に敵チームの姿はなく、すぐに襲われる心配はなさそうだ。


「ナタリアの属性って確か……炎と雷だっけ」

「ええ。で、魔道具はこれ」


 彼女の手には弓の形の魔道具。腰元に巻かれているベルトには何本かの矢がストックしてある。ちなみにこの矢も魔力で作られた物だ。


「アイリは雷よね? クラスの子が話してるのを聞いたけど、身体強化がどうたらとかもあるんだっけ」

「うん。すごくざっくり言うと、肉体の限界まで身体能力が上がる」

「私は遠距離型だから相性は良さそうね。とりあえず相手を見つけないことには始まらないから、移動しながら話しましょう」


 二人は周囲を警戒しつつも、相手を見つけるために走り出した。


「相手の属性は……確かエミリー様が火と水で……」

「ニコロは風と水」

「風か……となると、向こうがこっちを見つける方が早いかもしれないわね」

「うん。それと、上からの攻撃にも注意した方がいいかも」


 アイリとニコロは友達になって長いが、例の事件以降、攻撃系の魔法についてはお互いあまり触れなくなっていた。だからニコロがどんな魔法を得意としているかなど、アイリはほぼ分からない。

 しかし風属性魔法を使役する魔法使いの場合、リタがよくしているように、自分の体を浮かび上がらせて戦うことが多い。


 なので上の方も警戒しつつ走ること五分ほど。


「……それにしてもこの試験場ってどれくらいの広さなのかしら。結構走ったつもりだけど」

「確かに……」


 周囲には、カラフルな色合いの住宅や何かのお店のような建物が所狭しと並んでいる。

 模擬市街地というだけあって身をひそめる場所は多そうだし、ニコロやエミリーが馬鹿正直に正面からやって来るとは思えない。


 アイリは何かのお店と思われる三階建ての建物の前で足を止め、その扉を静かに開いた。


「とりあえずここに入って、上から探してみない?」

「そうね。このままあてもなく走り回っても見つからなさそうだし、あたしの体力が尽きそう」


 中に入ると、流石に商品までは置いていなかったが、たくさんの陳列棚が並んでいた。出入り口近くにある階段を上って三階まで行く。


 一応警戒してはいるものの、流石に特定の建物内で偶然鉢合わせるなんてことはそうあるはずもなく。三階の一番奥にある扉を開くと、屋上に出ることが出来た。


「アイリ、視力に自信は?」

「普通くらいかな……あそこの青い屋根くらいまでが正確に見える限界」


 アイリが指さした方向を見て、ナタリアは目を細めた。


「あたしはかなり良い方……で、偶然にも一人発見」

「えっ、ど、どこ?」

「さっき言った青い屋根の奥の奥の……って、もう多分説明しなくても見えてるわよね」


 確かに徐々に近づいてくる人影は、話している間に、アイリの目にもぼんやり見える程度の距離まで迫って来ていた。屋根と屋根を軽々飛び越えているその足元には、黄色の魔法陣。


 風魔法による跳躍を認識したアイリたちは、屋上から室内に戻った。


「ニコロって視力良いほう? あたしたちの姿、あの距離からバレたかしら……」

「多分……というか、一瞬だけど目があった気がする」


 アイリは以前から、ニコロとはよく目が合う。ただの偶然だと思っているが、まさかこんな授業中の最中にも起こるなんてツいていない。


「ということは、エミリー様にも位置は伝わったわね……どうする? エミリー様が来る前に、二人でニコロに仕掛ける?」

「いや、でも一対二じゃ分が悪いだろうから……、ナタリアってニコロの前で魔法使ったことある?」

「同じ授業だった時に何度か」

「それならより確実に、ニコロは攻撃が届く範囲には不用意に近付いて来ないと思う。回避されるリスクがあるなら、魔力温存のために無駄撃ちはしない方がいいかも」


 とはいえ、せっかく見つけた相手の居場所を見失いたくもないだろうから、最低限様子をうかがえる場所には留まるはず。

 このままこの建物内にいれば、エミリーと合流した途端に乗り込まれてしまう。


「……」


 正直、アイリは自分の魔力量には自信がある。二人が同時に攻撃を仕掛けてきたところで、それを跳ね除けて勝ち切れるかもしれない。

 不安なのは、土壇場でそれが出来るかどうか――精神的な事情だ。


 リタに初めて会った時、凶悪犯に対してすら、心の中で何度も何度も「相手は悪い人で、自分がどうにかしなければ誰かが危険な目に遭うかもしれない」と言い聞かせて、ようやく撃つことが出来た。

 自分が持つ力を自覚しているからこそ、それを相手にぶつけたらどうなるかを知っているからこそ、撃てなくなってしまう。


 そんな自分が、よりにもよって友達である二人相手に強い魔法を撃つことが出来るだろうか。

 ここは校内で、ダメージを軽減するリボンもあって、危険なら先生が保護魔法を使ってくれると分かっていても、それでも必ず撃てると、自分を信じ切ることが出来ない。


 さっきリタに宣言した通り、今日は魔法を撃つつもりではいる。でもいきなり上級魔法をぶつける自信はない。

 試してダメなら負けるだけなのだが、今回は二人一組の授業。アイリの勝手な事情にナタリアを巻き込むことは出来ない。

 だから力で押し切る以外の、もっと確実に勝てる方法を考えないといけない。


「風使い相手はこれだから嫌なのよね……こっちは気軽には飛べないっていうのに」

「んー……、……ナタリア、ちょっといい?」


 ちょいちょいとアイリに手招きされたナタリアは、彼女の方に耳を寄せた。

 そして伝えられた内容に、「アイリって意外と……」と呟き、なんともいえない表情になった。



* * *



 一方その頃、ニコロはインカムでエミリーにアイリたちの居場所を伝えた。幸い、二人のいる場所からエミリーがいる場所はそう遠くない。


 しかしニコロにとって誤算だったのは、アイリと目が合ってしまい、向こうにも自分の位置がバレてしまったこと。本来なら上空に留まれるアドバンテージを活かして、気付かれずにこちらだけが位置を把握したかった。


「合流する直前に、僕が二人に攻撃を仕掛けて隙を作って、そこにエミリー様が奇襲を仕掛けて頂くという形でいきたいのですが……あ、いや、いきたいんだけど、いいかな?」


 言い直したのは、エミリーから開始直後に出された「敬語禁止令」を思い出したから。

 ニコロがリタとアイリの友人であるから――とのことらしいが、相手の立場を考えるととても喋り辛い。


『そう出来たら理想的ですけど……二人は固まって動いてるんですよね? 一瞬とはいえ、二対一になって大丈夫ですか? しかも片方はアイリですし……』

「もちろん面と向かっての対決は避けるよ。相手の様子を伺いつつ遠距離から攻撃を仕掛けるつもりだけど……エミリー様はどれくらいで到着出来そう?」

『全力で走れば三分ほどで』

「じゃあ、それまでの間、僕が何かしらの方法で二人の気を引く。その途中、どちらでもいいから隙が出来たら攻撃してほしい」

『分かりました。ではまた後で』


 耳元から意識を外し、ニコロはアイリたちのことを考えた。


 ナタリアは弓型の魔道具を用いる。

 風魔法で宙に浮かべるとはいえ、それにも限界がある。遠距離攻撃主体のナタリアは、風魔法をメインに扱うニコロが苦手とするタイプだ。


 ニコロの攻撃で二人の注意を引きつけて、その隙にエミリーがどちらか片方に攻撃を当ててくれるのが最善だと思っているが、相性の悪いナタリアと、実力差のあるアイリ相手にそう簡単にいくかどうか。


「『出でよ竜巻』」


 風の力で大きく飛び上がり、先ほどアイリたちがいた建物に杖を向ける。

 あの建物には螺旋状の階段がある。アイリたちが出てくるとしたら、そこに繋がっている扉か真正面の入り口しかないはず。

 果たしてどちらから出てくるか。

 もしくは立てこもって待ち伏せる可能性もある、その場合ニコロは一人で襲撃するよりエミリーの合流を待った方が得策になるが――思ったよりも早く事態は動いた。


 正面入り口が開き、飛び出してきたアイリが右に曲がって走り出したのだ。


「速い……しかもエミリー様がいるところとは逆方向か」


 アイリが何の考えもなく一人で飛び出していくとは思えない。

 自分をこの場から引き離したいのか、ナタリアと一対一の状況を作らせたいのか。


 ナタリア相手に狭い場所で挑めば、ニコロが優位かもしれない。でもこれが何らかの罠だった場合、ナタリアに気を取られている間に後ろからアイリに撃たれる可能性がある。


 迷った結果、ニコロは一人で判断することは出来なかった。


「エミリー様、アイリが一人で逆方向に移動したんだけど、どうする? 合流してから動く?」

『アイリが? ……せっかく見つけた彼女を見失う方が後々まずいことになるかもしれません』


 確かに、アイリを見失うリスクの方が大きいだろう。

 仮にここでナタリアを倒せたとしても、アイリがどこにいるか分からない状態で場に残っていたら、逆転負けする可能性も低くない。それほど彼女の力は、この四人の中だと圧倒的だ。


「そうだね……分かった。ナタリアは多分まだ建物の中。僕はアイリの後を追いかけます」


 つい敬語禁止を忘れて敬語で報告し、ニコロはアイリが走っていった方向に目を向けた。小さくではあるが、彼女の背はまだ確認できる範囲にある。


 追いかけるとは言ったものの、この距離だと肉体強化中のアイリに走って追いつくことは難しい。かといって、このまま竜巻を発生させ続けて宙に浮かびながら追いかけてもすぐに追いつけるかは分からないし、無暗に魔力を消費するのは愚策だ。

 となると、ニコロが今出来ることは、


「『風属性中級魔法:ウィーギラス』!」


 アイリの姿が見える範囲にある内に、その背に向かって攻撃魔法を撃つことだった。



続く

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