【69.二対二の模擬戦】
というわけで、二時限目。
クラス模擬戦の内容は、以前エミリーが予想通り対人戦だった。しかもチーム戦――二対二であるところまで正解していて、恐いくらいの的中率だった。
今回の授業は、校内にある模擬試験場で行われる。
クラス全員でそこに向かう途中、リタは隣を歩いていたエミリーに耳打ちした。
「エミー、すごいね。大当たりだ」
「何がですか?」
「ほら、今回の授業、前に対人戦じゃないかって言ってたじゃん」
「そうでしたっけ? ……あの、それよりもリタ様、ちょっと相談したいことがあるんですけど、今日の放課後にお時間もらってもいいですか?」
「あ、うん。えっと……じゃあ、教室でもいい?」
「いえ、人に見られるのはあまり……私の部屋に来てもらってもいいでしょうか?」
「分かった」
人に聞かれたくない話って、一体なんだろうか。まさかスピネルのことか、それともルームメイトのこと――は、リタにわざわざ何か言うことでもないはずだから違うか。
そんなことを考えながら歩いていると、目的地に着いていた。
目の前には、ドーム形の屋根が特徴的な超巨大なレンガ造りの建物。これが模擬試験場だ。
「俺、ここに来たの初めてかも……」
「私も。あんまり授業で使わないしね」
周囲で話しているクラスメイトたちと同じく、リタもゲーム以外のリアルでここに来たのは初めてだった。
他の建物を見た時も感じたが、見慣れた背景のはずなのに、目の前にすると壮観だった。
模擬試験場の全域には転移魔法が施されていて、授業内容によって市街地仕様になったり森林仕様になったり、会場ごと移動させて切り替えられるようになっている。ちなみに今は市街地仕様だ。
集まったクラスメイトたちの前に立ったデラン先生の手には、白色の箱。
「じゃあ、まずはくじ引きで組む相手を決めてもらうねぇ。同じアルファベットの人同士がチームだよ」
魔法弾当ての時はバランスを重視して事前に先生が決めていたが、今回は急遽組んだ相手といかに連携を取れるかを見たい、という意図らしい。
それにしたって、これでうっかりリタとアイリがチームになった日には、誰にも負ける気がしないが。
そんな偉そうなことを思いながら列に並び、自分の番が来たリタは、箱に手を突っ込んで、中に入っていた紙切れを引っ張り出した。
開いてみると、紙にはでかでかと「B」の文字。
「アイリ、Bだった!?」
「ううん、F」
大げさなほどにショックを受け、その場に崩れ落ちるリタ。
「そ、そんなに落ち込まなくても……、私はリタと別々でホッとしたよ」
「え!? あ、アイリ……私のこと嫌い……?」
「そうじゃなくて……リタと一緒だと、何だかんだ甘えちゃいそうで。私、今日はちゃんと撃つから」
見上げた先に見えたアイリの表情は、いつもより真剣だった。
確かにそのことを考慮すると、リタとアイリは同じチームじゃない方がいい。リタはきっと、アイリが無理に頑張ろうとしていたら、無意識に手助けしてしまうから。いつまでもそうしていたら彼女のためにならない。
「じゃぁ私、Fの子探してくるね」
「うん」
クラスメイトの方に駆けていくアイリの姿を見送った後、リタも自分の相手を探すことにした。
期末試験が数日後に迫った今、本来ならのんきに授業に参加している場合でもない気もするが、今のリタが足掻いたところで、出来ることなんて限られている。
リュギダスは世界を滅亡させかけたこともある凶悪な存在だが、それは大昔の話。ゲーム内でだって、決して勝てないようなレベル設定ではなかった。
それに、ゲームと違って最後まで己だけで戦う必要はない。たとえ当日に理事長がいないとしても、他の先生たちの力を借りることは出来るはず。
今の段階で「悪魔が襲ってくるんです」なんて言ったところで信じてもらえるわけないが、いざ襲われた段階になれば、流石にみんな信じる信じないはおいて、とりあえず助けてはくれるだろう。
つまり期末試験でのリタの理想の行動は、アイリではなく自分がリュギダスに襲われ、なんとか逃げて先生たちに助けを求める。
そのために必要なのは、奴を倒せる力ではなく、逃げられる時間を作るために怯ませられる力。これくらいなら、今のリタにでもなんとか出来るはずだ。
「うげ……まさか、あんたがB?」
「あ……セシリー」
でかでかと「B」と書かれた紙を片手に掲げ、嫌そうな顔で声をかけてきたのはセシリーだった。
魔法弾当てゲームの時、アイリと同じチームで最後まで残っていた女子生徒だ。
最近やっとクラスメイトの顔と名前を覚えたリタは、まだ年齢までは勉強不足状態なのだが、見た目の情報だけで考えると、数歳ほど年上っぽい感じがする。
「今度は一緒のチームだね」
「最悪……ぶっちゃけ、あんた苦手なのよね」
「そっか……でも今日もっと苦手になることするかもしれないから、今から謝っておくね。ごめん」
「は!? ちょっと、変なことしないでよ!? チーム戦なんだからね!?」
甲高い声で喚くセシリーにどう答えたものか悩んでいると、デラン先生の集合の声がかかった。
先生はいつの間にやら地面に巨大なあみだくじを書いていて、どうやらそれで戦う相手を決めるつもりらしい。随分とまあ、アナログな方法だ。
全生徒が無言で、あみだくじの行方を目で追いかけるというシュールな時間を経て、まず選ばれたのはCチーム。
「はーい、じゃぁCの子だぁれ?」
先生の問いかけに手を挙げたのは、エミリーとニコロだった。リタの数少ない友達同士が組むことになるなんて、なんていう偶然だろうか。
「じゃあ、エミリー。何番の線から始めてほしい?」
「えっと……では、三番で」
「はーい。誰になるかな、誰になるかなぁ」
歌うように口ずさみつつ、指定された三番の線を棒で辿っていく先生。
いつでものんびりした人だなぁと、リタがちょっと羨ましい気持ちで見守っていると、棒が行き着いた先に書かれていたのは「F」だった――これまた、なんていう偶然だろうか。
「うん、じゃぁ最初はC対Fで決定。Fの子は?」
先生の問いかけに手を挙げたのは、アイリとナタリアだった……またも知人同士、偶然が続きすぎて謎に恐ろしい。
ナタリアは元から真面目な表情をしているイメージだが、今日はアイリもキリッとした顔をしているため、二人そろって武士みたいな面持ちで並んで立っている姿は、失礼だが少し面白い。
「やだ、一回戦アイリじゃん! 声かけてこよーっと」
スキップするような足取りで、そそくさとリタの元から離れていくセシリー。
彼女はあの授業以来、すっかりアイリのファンみたいになっている節がある。
リタも人を押しのけてでも前に行こうかと思ったが、こう見事に知り合いばかりの対決だと、どちらを応援していいか分からなくなりそうなので、やめておいた。もちろん気持ち的にはアイリ一択なのだが。
「り、リタ、リタ」
「あ、ミシャ。どうしたの?」
「特に用はないんだけど……友達が戦うの見るのって、なんか落ち着かないなぁって思って、リタなら共感してくれるかと思って……」
「分かるよ……自分が戦うわけでもないのにソワソワしちゃうよね」
「そうなの! みんな怪我しなきゃいいんだけど……」
不安げなミシャに励ましをかけている間に授業は進んでいき、気が付けば四人の腕には、いつの間にやら現れていたおなじみのリボンが巻かれていた。
その後、先生が四人に何かを手渡しているのが見えた。
「なんだろ、あれ」
「インカムじゃないかな」
「ああ……」
魔法の世界に似つかわしくない現代的な名称だが、この世界の食事事情と同じで、制作上の都合というものだろう。
ちなみにリタの前世と同じ名称かつ同じ使い道である『インカム』だが、この世界では『マジックアイテム』と呼ばれるものの一種だ。
マジックアイテムというのは、読んで字のごとく、魔法の道具。
製造時に魔法石や魔法薬が使われていたリ、本体に魔力が込められているので、使用するのに魔力を必要としない誰にでも使える便利なものだ。
「広い場所でのチーム戦だからかな」
「お互い連絡取り合える方が作戦とかも立てやすそうだしね」
ミシャと話しつつ、なんでこの世界にはインカムはあるのに携帯電話はないのかと、今どこにいるのかも分からない理事長の姿を思い出し、リタは心底悔しい気持ちになった。
そんな中、先生が唐突に「あ、今回は使用魔法についてはルール無用ね」と、サラリと言ってのけたことにより、四人ではなく他の生徒から質問が上がった。
「魔法で建物破壊したりとか、なんでもありってことですか?」
「うん。ただし、このリボンが千切れた時点で行動不能とみなします。それと、制限時間は十分。時間切れになった場合、残ってる人数に差があったら多い方の勝ち、なかったら引き分けね」
「ということは、今回は上級魔法をぶっ放されて即負けとかもありえるってことか……」
誰かの呟きを受け、一斉に突き刺さるクラスメイトの視線が、リタは痛かった。
「まあリボンでも受け止められなさそうな規模の魔法が使われた場合は、ちゃんと先生が守ってあげるから、その点は安心して。じゃぁそろそろ始めるから、みんなは外に出てね」
指示されるまま、大人しく試験場の外に出るクラスメイトたち。
中に残ったのが四人と自分だけになったのを確認し、四人の方に向き直る先生。
「それじゃぁ、準備はいいかな?」
先生の問いかけに無言で頷く四人。
先生はいつも通り、のんびりとした声で「スタート」とかけ声を発した――と、同時に自身の杖を取り出し、
「『出でよ強風』」
「うわっ!?」
驚いたような声は果たして誰のものだったのか、それを確認することは出来なかった。
何故なら四人は先生が起こした強風にあおられ、それぞれ左右の方向に吹き飛ばされていったから。
「せ、先生、今のはなんですか?」
「一応実戦を想定しての授業だからねぇ。向かい合ったままスタートするよりも、どこにいるか分からない状態の方がそれっぽいでしょ?」
だったら最初から吹き飛ばすことは言ってほしいと、四人は思っていることだろう。
「四人の姿は、きちんとここに映るようになってるから、みんなも自分ならどう対応するか考えて見てね」
言いながら先生が指を鳴らすと、試験場の外に張り付けてある魔石が光り、煙のようなものが大きな四角形に広がった。
そこには、四分割で四人それぞれにフォーカスを当てた映像が映っている。
これは『トラキング』と呼ばれるマジックアイテムによるものだ。
五センチほどの光る球のようなものが宙に浮きながら自動で対象を追いかけて映像を撮影してくれる。この煙に映し出されているのは、それから送られてきている映像。
「あ、あんな急に吹き飛ばされても、みんな綺麗に着地してるのすごいねぇ……」
リタの隣で映像を見ていたミシャが、感心したようにそう言う。
確かに四人とも既に体勢を整え、お互い何か話し合いながら走り始めていた。
なお、トラキングで送られてくるのは映像だけで、音声を聞くことは出来ない。
アイリのトラウマが無事克服出来ますように、と願いながら見つめていたリタだったが、ふと目に入ったエミリーを見て驚いた。
「あれ? エミーの魔道具って杖じゃなかったっけ」
エミリーの手にあるのは、ラミオのものよりもかなり細身の剣。
前に授業でチラ見した程度だが、彼女が使用していたのは杖だったはず。
まさか友達の魔道具すら覚え間違えているのか――とリタは己の視野の狭さに、複雑な気持ちになった。
「あ、ほんとだ。前に見た時は杖だったけど……新調したのかも」
「やっぱり!? やっぱり前は杖だったよね!?」
「う、うん……確かそうだったと思う」
そういえばエミリーと初めて町で会った日、彼女はあの魔道具の店に入ろうとしていた。もしかしたらあの時から新調する予定だったのかもしれない。
「それにしても剣なんだ……ラミオ様は何となくそういう性格に見えるけど、エミリー様も意外と近距離型がお好きなんだね」
「エミー自身が好きというか、ラミオが好きだったからお揃いにしようと思ったんじゃないかな」
魔道具はその形によってそれぞれ特性があり、その一つが距離による威力の変化だ。
剣や斧やハンマーなどの近接武器は近距離攻撃では威力が増し、弓や銃やブーメランなどの遠隔武器は遠距離攻撃での威力が増す。
しかし逆の使用をすればデメリットにもなる。
例えば剣型の魔道具で遠くの敵を攻撃したり、弓型の魔道具で近くにいる敵を攻撃すればその威力が落ちてしまうのだ。
ちなみに杖が一番普及率の高い杖は、そのメリットデメリットが一切ないバランス型だ。
どの距離で使用しても威力が一切変化しないので、使いやすいと感じる人が多い。
「近距離といえば……アイリの魔法の使い方とか見てると、アイリこそ近距離戦が似合いそうだよね」
「あー……そう、だね」
肉体を強化して速度を上げ、一気に距離を詰めて近距離から魔法を撃つ――それが出来たら格好いいだろうけど、今のアイリには絶対に無理だ。
目の前で人に魔法をぶつけるなんて、彼女は想像しただけで気分が悪くなってしまうんじゃないだろうか。
「……それにしても、難儀な組み合わせだなぁ」
トラウマを克服しようとしているアイリの相手が、よりによって友達のエミリーとニコロとは。
見知らぬ相手すら躊躇するアイリが、彼らに対して攻撃することなんて出来るんだろうか。
続く




