表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/133

【68.悶々としつつも着々と進む日常】

 あの後、ニコロが呼んできた警備員により、少女が惚れ薬を調合した事実が発覚。


 それにより騎士団送りになった彼女は、当然だが退学処分を受けることとなった。

 いくらニコロが良い男だったからといって、せっかく入学したエクテッドの初年度に、なんて勿体ないことをしでかしてしまったんだろうか。

 しかも計画は失敗に終わり、ニコロへの想いも忘れてしまうという酷い結末付き。悪いことはするものじゃない。



 同時に夜中の校舎に無断で侵入したことが明るみになったリタとニコロだったが、その処分は思っていたよりも軽かった。

 その件について軽くお説教した後に説明してくれたデラン先生曰く、忍び込んだ理由が身勝手なものではなく、少女の犯行を防ぐためだったということが考慮された結果らしい。


 というわけで、リタたちの罰は反省文三枚の提出で済んだわけだが――


「……」


 リタは今、それ以上の罰を受けている真っ最中だった。


 少女を警備員に引き渡して、とりあえず自室に戻った時には普通に話してくれたアイリだったが、その翌日にデラン先生からリタとニコロだけが呼び出されたのを見て、察してしまったらしい。罰はルームメイトの連帯責任だというリタの話が、嘘だということを。


 まさかこんなに早くバレるとは。あの時ニコロが何か言いかけていたのは、こういう未来を見越していたからだろうか。


「……あ、あの、アイリ?」

「……」


 ちなみにアイリは、先生の呼出し後からずっと、行動こそ共にしてくれるが一切口をきいてくれず、無言の入浴を終えて部屋に戻ってきて今に至る。

 明らかに変な二人の様子に、エミリーは首を傾げていたが、気遣いなのか深くは聞いて来なかった。そんな状況だったからか、彼女のルームメイトのことが話題にあがることもなかった。


「ご、ごめんね。あの時はアイリを巻き込みたくない一心で……」

「……」

「連帯責任の件も良く知らない状態で話しちゃって……というか、まあ、咄嗟に出た嘘なんだけど……」

「……」

「私もニコロも反省文で済んだし、結果オーライということで一つ……、……あの、ごめんなさい、本当に」


 かつてリタは思っていた。

 アイリと会えなくても、どこかで幸せそうに笑ってくれていればそれだけで幸せだと。

 しかし目の前でこうもあからさまに無視されると、リタの精神はズタズタだ。

 アイリを巻き込まないためとはいえ、安易な嘘までついて追い返したのはやはり良くなかったのかもしれない。


 リタがガックリと項垂れつつ反省文の続きを考えていると、後ろから蚊の鳴くような声で話しかけられた。


「……リタは、どうしても私に気を使うんだね」


 どこか寂しそうなアイリの声音を聞いて、屋上で流星群を見た時の会話を思い出した。


「あ……いや、今回のは嫌われるのが怖いとかじゃなくて……本当に巻き込みたくなかっただけ」

「リタはニコロに巻き込まれに行ったのに? 私が自分の意思で巻き込まれにいくのはダメなの?」


 正確には、リタはニコロに巻き込まれたのだが、アイリの中ではそうなっているので仕方ない。


 それにしても、どう返したものか。

 アイリが狙われるかもしれないから二人で動いていた――ということを知ったら、今以上にアイリが落ち込むか怒ってしまうのは、火を見るよりも明らかだ。


「……私はアイリが大事だから、巻き込まれてほしくないんだよ」

「それが通るなら、私だってリタ……ニコロもだけど。友達に危険なことしてほしくないし、そこに自分だけが関われないのは嫌だよ」

「…………ごめん」


 色々と頭の中で言い訳を考えたが、結局素直に謝ることしか出来なかった。

 リタだって逆の立場だったら絶対に怒っているだろうから。アイリの気持ちが理解出来てしまう以上、上手く言いくるめられるとは思えないし、してもいいとも思えなかった。


「……本当にごめんって思ってる?」

「すごく思ってる」


 はあ、という小さな溜め息に、リタはビクリとする。


 呆れられただろうか。

 やはり彼女に嫌われるかもしれないと思った瞬間、ゲームの『アイリ』を思い出して恐くなってしまうのは、最早一種のトラウマなのかもしれない。


「私も反省文、一緒に考えるよ」


 しかし次に聞こえてきたのは、想像していたよりも優しい声。

 え、と思うと同時に、リタは振り向いた。すると、思ったよりも近くまでアイリが寄って来てくれていて、ちょっと驚く。


「リタの中では、罰は連帯責任なんでしょ?」

「あ、アイリ……!」

「もう、なんで泣くの……これからは私のためとか、そういうことあんまり考えないでね」

「いやそれはもう無意識で考えちゃう……」

「そこは嘘でも"うん"って言おうよ……」


 恥ずかしながら少し涙がこぼれてしまったリタが手でそれを拭っていると、アイリの手が顔に向かって伸びてきた。

 もしかして指で涙を拭うなんて少女漫画みたいなことしてくれるんだろうか――と、リタが下心だかなんだかよく分からない欲望を抱きつつ動きを止めると、その手は予想通り頬に触れた。

 しかし特に涙を拭う気配はなく、そのまましばらくお互い黙り込むという、謎の時間が流れる。


「あの……アイリ? どうかした?」

「あ…………えっと、リタって、好きな人できたことないって前に言ってたよね?」

「うん。恋とは無縁の人生だったから」


 なんで今更そんな話を、と思って首を傾げていると、頬に触れていたアイリの指が、リタの口元をなぞるように動いた。


「えっなっ、なななに?」

「なら、昨日のあれ、初めてだった?」

「え?」


 初めてという単語に、昨夜の光景が脳裏にフラッシュバックした。

 前世の漫画なんかでよく見たことがあったが、キスというのはいきなりされると本当に何の対応もとれないものなんだということを学んだ、嫌な出来事だった。


「えっと……その話は、あまり思い出さないでもらえると……」


 あの出来事は既にリタの中では黒歴史として封印している。キスのことはもちろん、彼女の今後も含めて、出来れば二度と掘り返したくない記憶だ。


「初めてだった?」

「あ、はい」


 リタの言葉はガン無視で質問を繰り返すアイリの声に妙な圧を感じたので、コクコクと頷く。

 その返事に、アイリは「そっか」と呟くように答えて、また無言に戻ってしまった。


 リタには最早アイリが何をしたいのか全く理解出来ないから、謎な時間が流れるのは別にいいのだが、口元に触れられたままだと心臓に悪いので、早くどかしてほしい。


「えっと……でもあれは、事故みたいなものだから」

「事故?」


 願いが通じたのか、アイリの手が離れていった。

 おかげで胸の早鐘が収まったリタは、ようやく余裕を持って話せるようになった。


「うんうん、事故事故あんなの事故! キスってのはね、好きな人として初めてカウントされるんだよ!」


 これは前世だかなんだかで誰かが言っていた台詞。まさか自分に言い聞かせるように言う日が来るとは思わなかった。


 それよりもこの謎な会話の流れ……もしかしたらアイリはファーストキスを奪われたリタを慰めようとしてくれているのかもしれない。だとしたら、無駄な気を使わせてはならない。


「というか、アイリはそんなこと気にしなくていいよ。どちらかと言えばニコロの方に責任取ってほしいくらいだし」

「……責任って、ニコロとキスしたいってこと?」

「は!? ちっがうよ!!! ニコロに謝ってほしいってこと!!」


 どこをどう解釈したらそうなるのかは分からないが、ニコアイのカップリングが失くなってしまうかもしれないこの誤解だけはあってはならない。


 リタが思わず立ち上がって抗議すると、アイリが一歩、こちらに近付いてきた。

 慣れない至近距離に照れて後ずさろうとするも、リタの後ろにあるのは机なので、これ以上は下がれない。


「……あ、アイリ? こんな無益な話やめて、反省文書こ? 早く提出しないと怒られちゃうよ?」

「うん」


 頷きつつもアイリは離れる気配がなく、むしろより近付いて来て――リタが何をする間もなく、右頬に唇を触れさせた。


 その後すぐに離れて「じゃぁ、私も反省文手伝うよ」と自分の机の方に行ってしまったので、リタは一連の行動に何一つ口を挟めなかった。というより、何が起こったのか把握することに結構な時間を要した。


 間抜けな顔で突っ立ちながら、先ほどのアイリの行動を思い出し、自分の頬に手を添えて改めて考えても、何がなんだか分からない。


「……あ、あの、アイリ、今のはどういう??」

「どこまで書いた? 見せてもらっていい?」

「あ、うん。……えっと、今のは」

「もう結構書いてるんだね。ならこの続きは私が書こうかな」

「うん……あの――」


 二連発でスルーされつつも、しつこく問いかけようとしてリタだったが、言葉を止めた。

 リタの手渡した書きかけの反省文を手にしたアイリが、隠しようもないくらい真っ赤になっていたから。

 それはもう耳まで見事に赤いのだが、本人に自覚はないのか、それとも誤魔化したいのか、いつもと同じ調子で話している。


 その姿が可愛らしくて、同時に「追及されたくない」オーラをバンバンに感じたので、リタはその行動について訊ねるのはやめることにした。



◆ ◆ ◆



 とはいえ、アイリにキスされた(頬)という衝撃は、翌日になってもなかなかリタの頭からは消えてくれず、悶々とした気持ちのまま朝食の場についた。


「今日のパン、焼き立てだね」


 ――だというのに、この差は何だろうか?


 リタの隣に座るアイリは、いつも通り微笑みながら、いつも通りお上品にパンを一口サイズにちぎって食べている。

 その姿も大変可愛らしいが、追及をやめたことにより昨日の出来事を処理出来ていないリタからすると、いつも通りな彼女の姿には理不尽なものを感じる。


「確かに、いつもよりフワフワですねー」

「ね、美味しいよね」


 あははうふふ、と笑い合いながらパンを食べているアイリとエミリー。最近、二人の間に距離があるように感じることもあったが、どうやら杞憂だったみたいだ。

 いや今はそれよりも、昨夜のあれは一体、


「それにしてもリタ様、さっきから何だか呆然としてますけど、大丈夫ですか?」

「あ、全然、大丈」


 答えながらアイリの方に目を向けると、ばっちり視線が合ってしまった。

 思わず固まるリタに対し、にこりと微笑むアイリは、やはり普段通りに見える。


「リタ様もパン食べてみてください。美味しいですよ」

「うん……オイシイネ……」

「……アイリ、どう見てもリタ様の様子がおかしいですけど」

「なにか考え事でもしてるんじゃないかな」

「……」


 これ以上エミリーに余計な心配を与えるのも何なので、少し考えを改めてみよう。


 この世界は、治安や世界での立ち位置などはリタの前世でいうところの日本と同じだが、街並みや全体的な雰囲気は欧州を感じさせる。

 ザ・和食といった感じの料理もないし、そもそもリタたちの名前からしても、体感的には外国だ。

 つまりアイリは、前世のリタから見れば外国人。となると頬にキスくらいなら、友達同士でするのかもしれない。

 特にあの時のリタは、ファーストキスを名前も知らない犯罪者少女に奪われたことで、多少なりとも傷ついていた。だから慰めのつもりだったのかもしれない。


 そうだ、そうに違いない。あのキスに込められていたのは、きっと「元気出して☆」というメッセージだ。


 正直アイリは性格的にそういう慰め方をしてくるとは思えないし、そういう明るい雰囲気でもなかった気はするけれど、細かいことは気にしない。一度気にし始めたら、しばらくアイリのことで頭が埋め尽くされてしまいそうだから。

 いつもならそれでも問題ないが、今日はそうもいかない。


 何故なら今日は火曜日――先日話した模擬戦が行われる日だ。考え事をしているような状態で挑めるものではない。


「……」


 それにしても、昨晩の行動を抜きにしても、今日のアイリは本当にいつも通りだ。


 模擬戦がもしも対人戦だったら、彼女は例のトラウマを向き合わなくてはいけなくなるはずなのだが……


「リタ、どうかした?」

「あ、いや……あの、今日の模擬戦、大丈夫そう?」

「……うん。ここまで来たらもうやるしかないなって感じ」


 そう言ったアイリの表情に、嘘はないように見える。

 もちろん不安はあるだろうが、それを表に出さないようにしているんだろう。


 リタは初めての実技授業に挑んだ日のアイリを思い出して、彼女も日々成長しているんだなぁと、親みたいなことを思って感動した。



続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ