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【67.惚れ薬の恐ろしさ】

 少しの間の後、少女の口が開いた。

 その頬は、暗闇でもはっきりと認識できるくらいには赤く染まっていた。


「リタ・アルベティ様……」

「あ、私の名前知ってたんだ……」


 それにしても『ニコロ様』よりも聞き慣れない響きと、こちらに向けられた潤んだ瞳に恐怖を覚え、リタは思わず後ずさった。


「ご、ごめんリタ、思わず弾いちゃってそっちに薬が――」

「リタ様!」

「うわっ!?」


 いきなり至近距離から飛びつくように抱きつかれたリタは、その衝撃を受け止め切れず、二人して倒れ込む。結果、後頭部を強打する羽目になった。

 リタがその痛みに悶え苦しんでいる間に、少女の手が両頬を包み込むように触れてきた。


「いったぁ……な、なに」

「ああ、なんて可愛くて美しいお顔。好きよ、リタ様」

「は? いや、それは薬の力で――」


 リタの言葉は封じられた。いや、正確には口だろうか。ぐっと顔の距離を詰めてきた少女は、あっさりと唇同士を触れさせたのだ。

 事情を知らない者が見れば、見目麗しい少女同士の口付けで、絵になるワンシーンかもしれない。

 ただリタからすれば、夜中の校舎に忍び込んで違法薬物を調合した挙句、それをニコロにぶっかけようとしていた犯罪者に、恐らく前世を含めた人生初のキスを奪われたことに、多大な衝撃と絶望を与えられた。


「……」


 あまりのショックで呆然と相手の口付けを受け続けていたリタだったが、少女の体がいきなり強い力で引きはがされた。

 我に返ったリタが上を見ると、アイリが暴れる少女を後ろから押さえ込んでいた。肉体強化を使っているのか、その体からは微量な電気のようなものが見える。


「ニコロ」

「え? あ、ああ……『拘束バインド』」

「ちょっと放してよ! リタ様は私の運命の人なの!」


 両手足が縛られて完全に自由を失わされ、ニコロに対してギャンギャンと喚く少女。その姿は、つい数分前まで『ニコロ様』と惚けていた少女と同一人物とは思えない。


 たった一瞬でこんなにも人の心を変えてしまうなんて、なるほど、違法薬物に指定されるわけだ――と、のんきに考えるリタは、いまだに地面に倒れ込んだままの姿勢。

 一度目を瞑り、さっきまでの行為は夢だったと思うことにしようと決意し、開いた。


「リタ、大丈夫? 倒れた時、すごい音がなってたけど……立てるかい?」

「ちょっと頭が痛いくらいだから平気」


 しかし念のため、ニコロが差し出してくれた手を取り、ゆっくりと起き上がらせてもらった。

 その最中も「私のリタ様に触るな!」とか「その手を放せ汚らわしい!」とか口汚く喚く少女を見ていると、本当に違法薬物の恐ろしさを感じさせられる。


「あの……詳しくないから分かんないんだけど、惚れ薬の対象って……」

「薬を摂取してから最初に見た相手」

「……持続時間は?」

「それは……調合の割合が分からない限り何とも言えない。短いものなら一時間程度だけど、長いものは……」

「一生、ですか?」

「……」


 特に意味はないが思わず敬語で尋ねると、神妙な顔をしながら無言で頷くニコロ。

 リタは嫌な予感を抱きつつ、チラリと彼女の方を見た。目が合った途端、彼女の顔が分かりやすく輝く。


「ねえねえ、この拘束を解いてくれない?」

「だ、ダメ。今から警備員さんのところに連れて行くから」

「えー……いいじゃない。夜中の校舎に忍び込むなんて、みんな結構やってるのよ?」

「いや、君がしたことはそれだけじゃなくて……まあいいや」


 今の彼女が惚れ薬のことを覚えているのか分からないし、説明するのも面倒だった。


「とりあえず……どうやって運ぶ?」

「僕がおぶるよ」

「いや、それは危なくないかな……」


 先ほどリタの手を取ったことがそんなに気に入らないのか、少女はニコロのことを、今にも襲い掛かりそうな目で睨みつけている。いくら拘束している状態とはいえ、背中を見せれば何をされるか分かったものじゃない。


「……風魔法では浮かばせられないの?」

「どうなんだろう……やったことないから……」


 アイリの提案に、いつも使っている竜巻の魔法を思い浮かべたが、あれはなかなか乱暴な風なので人を運ぶのには適していない気がする。

 正直丁寧に運ばなくちゃいけない義理もないのだが、いくら相手が悪党とはいえ、魔法を使って無用な怪我を負わせるのは道徳的によくない。


「んー……分かった。私がおぶるよ」

「リタ様が!?」

「そ、それはそれで危なくないかい? こんな状態じゃ何をされるか……」

「大丈夫だって。惚れ薬って別に媚薬の効果があるわけじゃないんでしょ? 興奮してるわけじゃないなら、話くらい通じるでしょ」


 ニコロにそう返しながら、リタはその場に屈んで少女に話しかけた。


「というわけで、警備員さんのところまで大人しく運ばれてくれる?」

「運ばれたら私と付き合ってくれる?」

「大人しくしてくれてたらね」


 なんの罪悪感も持たずに嘘をついた後、リタは廊下に散らばった割れた小瓶と、こぼれた薬の方に目を向けた。


「……もしかしてわざわざ運ばなくても、警備員さんをここに呼んだ方がいいのかな。現物見てもらった方が説明も早いだろうし」

「確かに……じゃあ、僕が呼んでくるよ」

「あ、ちょっと待って。アイリ、その前に先に寮に戻っててくれないかな」

「え……どうして?」

「夜中にここにいることがバレたら、何かしら私たちにも罰があるかもしれないから」

「そんなこと言われたら……余計に私だけ帰るわけにはいかないよ」


 それはそうだ。ここで「分かった」と素直に帰ってくれる性格なら、そもそも今ここにいないだろう。

 だからリタは出来るだけ自然に「デラン先生にちょっと聞いただけだから確証はないんだけど」と話し始めた。


「この学校って何かしでかしたらルームメイトとの連帯責任になるんだよ。だからここで帰っても、どのみちアイリにも罰がいくと思う」

「……それなら、より帰る必要もなくないかな?」

「でも同部屋の人間が揃って校則破りなんてことになったら、罰が倍になって最悪退学もありえるかもしれない……そうなったらマズいから万が一のために……ダメ?」

「……それなら、リタが戻って。私がここに残ってるよ」

「出来ると思う?」


 言いながら、リタは少女の方を手で示した。

 少女は自力で拘束魔法を解こうとしているのか、バタバタと暴れながら「リタ様!」と連呼している。


「私がここから立ち去ったら絶対面倒なことになるよ。だからお願い、アイリ」

「…………、…………分かった」


 随分と長い間があいたが、頷いてくれた。

 その間、アイリはリタと少女を何度も交互に見ていたが、果たして何を考えていたのか、無表情なのでよく分からなかった。



 というわけで、念のためにニコロよりも先にアイリが、寮に戻るため校舎の出口の方向に向かって行った。

 その背を見送った後、ニコロは目を細めてリタの方を見た。


「……今の、連帯責任がどうこうっていうのは、本当の話?」

「嘘だよ。だってそうでも言わないと、絶対帰ってくれなさそうだし」

「リタ、君は……まあ、僕もアイリのためならそれくらいの嘘はつくけど、それにしたって……」

「元々お互いアイリを巻き込む気はなかったんだし、結果オーライってことで。あ、今の話が嘘だっていうのはアイリには内緒にしててね?」

「いや、でもいずれ……、まあいいや、分かった。元々は僕が君を巻き込んじゃったことが原因だしね。じゃあ、警備員さんを探してくるよ」


 よろしく、というリタの返事と共に、駆け出していくニコロ。


 拘束された少女と二人になってしまったリタは、さっきからずっとマシンガントークを仕掛けて来る少女を無視していたのだが、やがて限界を迎えた。


「……あのさ、惚れ薬のことは覚えてるの?」

「もちろん! そのためにわざわざたっかい魔法石を買ってバレないように夜中に調合したんだから!」


 どうやらそこら辺の記憶は消えていないらしい。

 それと、高価な魔法石だから勿体ない精神で回収しに来るかもしれないというニコロの推測も、正解だったらしい。


「その惚れ薬を使ったら――」


 どれくらいの期間、相手を好きになるように調合したの? と聞こうとしたが、やめた。

 これで「一生」なんて言われた日には、事情はどうあれ罪悪感を抱くことになりそうだから。

 きっと一時間くらいで切れるはず。彼女には申し訳ないが、リタの精神衛生上、そう思い込ませてもらうことにする。


「それよりリタ様、この拘束を解いてくれない?」

「やだよ。解いたら逃げるでしょ?」

「逃げないわよ。どうせ警備員を呼ばれてるならもう逃げられないし、そもそもリタ様を置いて逃げるわけないじゃない」

「……君さ、どうしてエミーを快く思ってないの?」


 どうせもう会うことのない相手だろうし、暇つぶしもかねて聞いてみることにした。

 以前、エミリーを探していた途中で一度だけ彼女と会った際、明らかにそういう態度をとっていた。

 リタはアイリ以外の人の交友関係にそれほど興味はないので、本当にただの時間つぶし目的だが。


「えぇー……だってあの子、好かれる要素ないじゃない。態度大きいし」

「でもせっかくルームメイトなのに、仲良くしないと気まずいじゃん」

「気まずさよりも仲良くする苦痛の方が無理。それに、あんなでも王族でしょ?」


 あんなって、酷い言われようだと呆れた。


「苦手な上に気まで使わないといけないなんて最悪だし……大体、たまーに喋ったと思ったら、いっつもラミオ様の自慢で鬱陶しいんだもん」

「あー……」


 出会った頃のエミリーを思い出して、なんとなく察する。

 でも相手は王族なんだし適当に話を合わせておけばいいのに、とも思うが。


「大体、ラミオ様のことは別に嫌いでもないしカッコいいとは思うけど、私の中ではだんっぜん……、……あれ?」

「ん?」

「……いや、なんか今、リタ様以外の人の顔が思い浮かびそうになった気がして……私、ラミオ様よりカッコいいと思う人がいたんだけど……でもリタ様はカッコいいというより可愛いという感じだし……んん?」


 戸惑うような表情で首を傾げる少女。

 どうも、他に好きな人がいる状態で惚れ薬を使うと、その想いが上書きされるのではなく、過去に好きだった人への想いを忘れてしまうらしい。


 となると、もしもあの時リタにかかっていたとしたら、一体どうなっていたのか。

 アイリへの想いは恋慕とは違うと思っているが、アイリが最優先というこの感情を忘れてしまっていたかもしれない。


 そんなもしもを考えて、なんて恐ろしい薬だと、リタは改めてゾッとした。



続く

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