【65.意外な犯人】
「……えっと、リタがいつまで経っても帰って来ないから、何かあったのかなって校内を探してたんだけど……まさかニコロと一緒にいるとは思わなかった」
「「ちっ違うんだよアイリ!!!」」
「な、なにが?」
綺麗に否定の声がハモッた二人の勢いを見て、アイリは若干引いていた。
「別に僕たちは何か疚しいことがあって二人でここにいるわけじゃないんだ! これには……その、言い表せない、深い事情があってっ……」
「ニコロ、なんかその言い方だと、より誤解を招く気がしてならないんだけど!」
しかし慌てているのはリタも同じだ。
アイリの大事な幼馴染のニコロと、こんな時間にこんな謎の場所で二人きりの現場なんて、一番見られちゃいけない立場なんだから。
――さて、どう言い訳したものか。
隣で珍しく慌てふためくニコロを見ていると、逆に落ち着いてきたリタが腕を組んで考え始めようとした時、ぺたりとアイリの手が触れた。リタの手に。
「……二人でなにしてたの?」
「――」
問いかけてくるアイリの声色がいつもより明らかに低くて、その表情はどこかつまらなさそうで、リタの心臓は嫌な音を立てた。
今、アイリが拗ねている――というより、嫉妬しているのは明らかだ。表情を見れば馬鹿なリタにも分かる。
この世界はゲームと完全に一緒なわけじゃなく、目の前のアイリはゲームの『アイリ・フォーニ』と完全に一緒の存在ではないと分かっているのに。
作中で『リタ』をイジメる『アイリ』が、それによって退学に追い込まれる『アイリ』の姿が浮かんで消えない。
「ほ、本当に違うんだよ、アイリ。実は私たち、待ってる人がいて……」
「リタ、それを言ったら」
「でも言わないとこの状況を説明できないよ」
「それは……そうだけど……」
アイリのためにこんなことをしているニコロが、彼女を巻き込みたいわけがない。
それは理解しているが、こんな時間ギリギリまでこんな場所で二人、実験をするでもなく陰で身をひそめていたなんて、いくら人の言うことを信じやすいアイリが相手とはいえ、適当な嘘で誤魔化せるような状況じゃない。
これ以上彼女に変な誤解を受けるよりは、本当のことを言ってしまった方がお互いのため、のはず。
正直、アイリに嫉妬される展開が恐いというリタの私情も大いに含まれている判断だった。
というわけで、『催淫の石』のこと、誰かが媚薬なりなんなりをここで作ったかもしれないこと、その人物が騒ぎになっている幽霊の原因かもしれないことを話した。
流石に、アイリが狙われているかもしれないということは、不確定要素過ぎる上に彼女の不安を煽るだけだと思ったので言わないでおく。
「……それで、二人で校則違反してまで、夜の校舎に忍び込むかもしれない人を捕まえようとしてたってこと?」
二人が無言で頷くと、アイリはなんとも言えない顔をする。
「でも、そういう人がいるかどうかの確証はないんでしょ? なのに、なんでここまでして……」
それはリタも抱いた当然の疑問。
しかし馬鹿正直に答えれば、せっかく伏せておいた、アイリが襲われるかもしれない可能性を話さなくちゃいけなくなる。
「えっとね、実はこの石を発見したのは私たちじゃなくて、別の女の子で、その子から相談を受けたんだよ。もしもそんなことを企んでる人が校内にいたら怖いからって。でも犯人が大柄な人だったり、魔力が高い人だったら、一人で挑むのは怖いでしょ? だから、魔法に自信のある私たちが代わりに引き受けたんだ」
「リタ……」
ニコロが何とも言えない顔でこちらを見ているが、どういう気持ちなのだろう。こんなにスラスラと嘘をつくリタにちょっと引いているんだろうか。
「……その相談ってリタが受けたの?」
「ううん、ニコロ。で、私はたまたまそれを聞いちゃって……ニコロ一人じゃ心配だから、無理やり付き合わせてもらってるっていうこと」
「……、……そっか」
何か言いたそうな間はあったが、とりあえずは納得してくれたらしい。
アイリは小さく頷いた後、眉をキリッと釣り上げた。
「でもその人のこと、何時までここで待つつもりなの?」
「ニコロ、何時まで?」
「えっと……警備員さんが幽霊を見たっていう、夜中の11時くらいまでかな」
「11時!?」
予想よりも遥かに遅い時間帯に、アイリよりも先にリタの方が驚いてしまった。
犯人が取りに来るのか、そもそもいるのかすらの確証もないのに、そんな時間まで張り込むなんて。
どれだけアイリを心配しているんだ……と感動すると同時に、無断でリタをそんな時間まで付き合わせようとした事実に、なんとも言えない気持ちになった。
まあ、ニコロの中の優先度は『アイリ>>>>>他の人たち』くらいだろうから、仕方ないのかもしれない。
「11時って……ニコロ、女の子をそんな時間まで拘束することについて、何か思うことはなかったの?」
「それはもちろん……あったけど……」
でもアイリのためだし、とは言えず、気まずそうに視線を逸らすニコロ。
なんだか可哀想に思えたので、リタは助け船を出すことにした。
「アイリ、そんなに責めないであげて。ニコロに頼まれたわけじゃなくて、話を盗み聞いちゃったお詫びに参加させてくれって、私の方から持ち掛けたんだし」
「えっ、リタそれは――」
何か言いたげなニコロの口を、急いで手でふさぐ。
「でも……」
「それに一人じゃ出来ないこともあるじゃん。男の子だからって11時まで一人でいて平気かは分からないし、犯人が強敵の場合はニコロよりむしろ私の方が適任だし」
「そんなことは……」
「そもそもニコロだって好きでこんなことしてるわけじゃないよ。優しいから、誰かに頼まれたら断れないの、アイリなら分かるでしょ?」
アイリには申し訳ないが、言葉を全て遮って言い捲ってしまった。
極力彼女の中でのニコロの株を下げないように、ニコロは悪くない感を出すため色々と嘘をついてしまったので、口をふさがれたニコロの視線を痛いほど感じる。
そちらに顔を向け、にっこり微笑みながら手を放した。
「リタ、僕は……」
「そうだよね、ニコロ? 私は自分の意思でここにいるんだよね? 時間までは聞いてなかったから、ついビックリしちゃったけど」
「……、……そうだね」
貼り付けた笑顔を浮かべるリタを見て、意図を察してくれたんだろう。ニコロは長い間の後に肯定してくれた。
彼を嘘に付き合わせるのも気が引けたが、リタ的には、これを機にアイリの中でニコロへの印象が悪くなってしまうことの方が遥かに嫌だった。
「というわけで、私とニコロは大丈夫だから、アイリは早く寮に戻った方がいいよ。もうすぐ完全下校の時間でしょ?」
「……こんな話聞いた後で、素直に帰るわけないでしょ」
「え?」
「私も付き合う」
「「ダメだよ! 危ないから!」」
リタとニコロが同時に拒絶すると、アイリは不機嫌な感情を隠す気のない、彼女にしてはレアな表情をした。それにしてもニコロとはよく声がハモる。
「ニコロはその子に頼まれたからだけど、リタは話を聞いて首を突っ込んでるんでしょ? じゃぁ同じ条件の私が突っ込んでもいいよね?」
「いや、でも私がいなくなるとニコロ一人になるから……」
「ならリタが帰って私が残ってもいいよ?」
「……」
というわけで、アイリのための行動のはずが、そのアイリを巻き込んで犯人を待つことになるという、本末転倒な事態を迎えたのだった。
◆ ◆ ◆
「あ、アイリ、本当に帰らなくていいの? 僕たちだけで大丈夫だよ?」
「そうそう! むしろ人数が少ない方が、警備の人や犯人にもバレにくいという利点すらある!」
「……その話何回目? 何を言ったって、二人が帰らない限りは帰らないから無駄だよ。それに、もう下校時間もとっくに過ぎちゃったし」
アイリの言葉を聞きながら見た窓の外は、日もすっかり落ちて真っ暗だった。
室内には時計がないので正確な時間は分からないが、今頃、他のみんなは食堂で夕飯を食べている頃だろうか。と、そこまで考えて気が付いた。
「ここって、下校時間が過ぎた後も施錠されないんだね」
「みたいだね。警備員さんの見回りもほぼ来てないし……相当警戒されてないみたいだ」
魔石や魔法薬なんかが収納されている棚はきちんと施錠されているし、それだけで十分だと思われているのかもしれない。
有名な学校の割に、国全体が平和ボケしている影響なのか、意外と警備体制などは杜撰。
誰かに『催淫の石』のことを相談したところで、まともな対応はしてもらえないと思うニコロの気持ちが少し分かった気がした。
「それにしても、媚薬を作ろうとしてる人なんて本当にいるのかな」
「僕だっていないと信じたいけど……そうなると、この石を持ち込んだのは誰なのか、逆に気になるけど」
「ま、先生たちがこんなもの持ち込むわけないしね」
もう何度目かのそんな話をしていると、静かな室内に『くぅー』という、小動物の鳴き声みたいな音が響いた。
リタとニコロが揃って音のした方向に顔を向けると、真っ赤になって俯いているアイリの姿。
「アイリってお腹の音も可愛いんだね、すごいよ!」
「……怒っていい?」
「褒めてるのに……、あの、お腹空いたなら今からでも寮に――」
「帰らないってば」
ガックリと肩を落とすリタ。
ちなみに、アイリの頑固さを分かっているからなのか、ニコロはもう彼女の説得は諦めたらしい。
「ご飯についてはちゃんと考えてたんだ」
言いながら、ショルダーバッグを下ろすニコロ。
最初から何だろうと思っていたその中身は、紙袋に包まれたサンドイッチと、ボトルに入った飲み物だった。
「ただ、飲み物は念のため多く持ってきたけど……サンドイッチは二つしかないんだ」
「じゃぁ私と半分こしようよ、アイリ」
「え……悪いよ。私は勝手にここにいるだけだし」
「さっきのお腹の音が可愛かったからそのお礼ってことで」
「なにそれ……」
取ってつけた理由に呆れたような顔をしつつも、アイリは「ありがとう」と言って、リタが半分に分けたサンドイッチを受け取った。
それを食べつつ、アイリも加わった疑似授業を小声で繰り広げつつ三人が時間を潰していると、遠くの方から足音のようなものが聞こえてきた。
「誰だろう……警備員さんかな」
「とりあえず静かにして様子を見よう」
三人は身を寄せ合い、机の陰に隠れた。
一歩一歩、こちらに近付いてくる足音。それは校内を巡回している警備員のものにしては速いような気がした。
たったったっと、駆けるような足音が実験室の前で止まる。
もしかして本当に、誰かがあの石を取りに来たのだろうか。
リタが息をのんだ瞬間、音が立つのを警戒しているかのように、ゆっくりと扉が開かれた。
そのまま誰かが中に入って来る気配がするが、電気を点ける様子はない。警備員なら電気を点けて確認するだろうし、そもそも灯りを持って移動しているはず。
室内が暗い上にターゲットが遠いので見にくいが、入ってきた人物は小柄で、どう見ても大人じゃない。
おぼつか無い手つきで机の上を触っている様は、何かを探しているように見える。
諸々含めて、あの人物が、夜中に忍び込んだ生徒であるのは間違いないだろう。
……となると、どうするのか。
そこら辺の大事なところを何一つ聞いていなかったなと、リタが今更ながら考えていると、隣にいたニコロがいきなり立ち上がった。
「『拘束』」
「へ?」
間抜けな声を発したのは、入ってきた生徒ではなくリタだ。
まさか話し合う間もなく拘束魔法をかけるとは予想外だったので、普通に驚いてしまった。
「わっ……いたぁ!」
驚いたような声と、どこかに何かをぶつけたような音がして、その生徒は盛大に転んだようだった。
以前リタもガイルスに嫌がらせとしてやられたことがあるが、意表を突いた足元への拘束魔法はとても危ない。
ちょっと気の毒に思いつつ、気になったのは先ほど聞こえてきた声。
「電気点けるね」
リタはそれを確認するべく、急いで電気の元に移動した。
一瞬警備員にバレるかとも思ったが、犯人の姿を確認してすぐに消せば問題ないだろう。
パチンとスイッチを押した途端、照らされる室内。
その入り口から少し離れた場所で転んでいたのは、特徴的な紫色の髪をした少女だった。
「女の子……?」
犯人が女性である可能性を考慮していなかったのか、戸惑ったような声をあげるニコロ。
リタは先ほど聞こえた悲鳴からなんとなく性別の察しはついていたのだが、その姿を見て、ニコロよりも驚いた。
続く




