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【64.幽霊騒動-2】

「……その幽霊もどきが逃げた時にさ、黒い霧がかかったって話でしょ? それはなんだと思う?」

「それは遠目だから霧に見えただけで、普通にカラースモークじゃない?」

「からーすもーく?」

「……リタは魔法薬学の授業、あまり受けてないのかい?」


 無言で頷くと、ニコロはどこか呆れたような顔をして「カラースモークは魔法薬の一種だよ」と言った。


 彼のざっくりした説明によると、名前の通り色のついた煙で、特に人体に害はないらしい。

 使用用途は、主に戦闘の際は煙幕のような目くらまし。一般人的にはドッキリの仕込みで使うこともあるそう。

 リタの前世で言うところの、防犯用のカラーボールのような仕組みで、ビー玉程度の小さな丸い物に入れ、対象にぶつけた衝撃で外装を割って使用するらしい。


 相変わらずゲームに出てこない魔法薬なんかについての知識が薄いリタは、素直に感心した。


「となると……」


 その黒い霧が、ニコロの言うようにカラースモークで、誰にでも使用できるものなのだとしたら。

 リタは最初から凄い思い違いをしていたのだ――この幽霊騒動にリュギダスは一切関わっていない。


 ウィルの件といい、見当はずれが二連発して、ガックリと肩を落とした。


「発見された時のために、わざわざカラースモークまで用意してるなんて……よりその生徒がやろうとしたことが気にならない?」

「そりゃ気にはなるけど……調べることなんて出来ないでしょ?」

「出来ないけど、その生徒を見つけることは出来るかもしれない」

「どうやって?」

「さっき見せた『催淫の石』だよ。あの量は明らかに使いかけで、置いて行ったとかじゃなくて忘れて行ったんだと思うんだ」


 普通そんな大事なものを忘れるだろうか――と考えて、その相手が夜中の校舎に忍び込んで実験をしていたんだとしたら、ありえるかもしれないと思った。


「そもそも許可なしに学校に魔法薬の素材を持ち込むのは校則的にアウト。しかも悪用される可能性の高い素材は、申請したところで学校側がそう簡単に許すとも思えない」


 ようするにこの『催淫の石』は学校に無許可で持ち込まれたものだと言いたいんだろう。

 まあ主な使用用途が媚薬や惚れ薬なんてものの材料なんだから、学校側が持ち込みを許可するとも考え辛いし、リタもそう思う。


「つまりこれを忘れて行った生徒は、警備員や他の生徒、もしくは先生なんかに見つかったりしたら大変だと焦ってるかもしれないんだ」

「でも幽霊騒動ってもう何日か前のことなんでしょ? 今でも取りに来てないってことは、もう取りに来る気がないってことなんじゃないの?」

「その可能性もあるね。ただ、取りに来る可能性だってあるし、そもそもこれを忘れていったのはつい最近かもしれない。一度警備員に目撃されたって、夜中の実験をやめていない可能性もあるし」

「……それで?」

「だから実験室を見張って、取りに来た人物を捕まえる」


 予想外の発言に、リタは目を丸くして驚いた。


「いや……わざわざニコロがそんなことしなくても、先生に言った方が早くない?」

「先生方が犯人を見つけるために徹底的に実験室を見張ってくれると思う? 地下室の鍵の件ですら解決にかなり時間を要したのに……この程度の証拠できちんと対応してくれると思うかい?」


 確かに確証のない話だし、相談する先生によっては真面目に取り扱ってくれなさそうではある。最悪、被害が発覚してから動き出す、なんて対応になることも全然あり得る。


 そもそも今は理事長の不在に加え、期末試験の準備で、先生たちは皆かなり多忙なはず。誰に持ち掛けたところで、常時より対応が遅くなるのは間違いないだろう。


「……というか、なんで私にこの話を?」

「複数犯だったり、実力によっては僕だけじゃ返り討ちにあう可能性があるから……出来れば協力してほしいんだ。最初はウィルに頼もうと思ったんだけど、あいつ、最近前にも増して魔導書に夢中で」

「あー……」


 そういえば、ニコロはハドラーの魔導書の件を聞いたんだろうか。物が物だけに、慎重になっているのかもしれない。爆速でアイリに話してしまったリタの方がどうかしているんだろう。


「……ごめん。いくら強いからって、女の子にこんな危険なこと頼んで」

「いや、それは全然いいんだけど……」


 犯人が誰か分からない以上、より力のある人間に頼み事をするのは合理的だ。

 ただリタが気になったのは、自分が頼まれたことよりも、このやたら積極的な行動原理のほうだった。


「ニコロ、なんでそんなにやる気なの? 言い方は悪いけど……たとえ先生の対応が遅れて何か被害があったとしても、ニコロとは無関係な可能性の方が高いのに」


 彼が優等生なのは知っているが、それにしたって、誰に頼まれたわけでもないのにこんなことをするなんて度が過ぎている気がする。


 ニコロは少し考え込んだ後、「これは僕のただの憶測だけど」と前置きしてから、続けた。


「媚薬を使った場合、その効果が切れても記憶は残るんだ。そうなったら当然、被害者は相手のしたことを抗議するよね?」

「だろうね」

「もちろんそれは加害者も想定しているはず。だとしたら、それの対策なり何なりを講じていると思うんだ。例えば一番単純な方法で、脅しとか」

「脅し?」

「個人ならともかく、家の力を使えば不可能ではないはずだよ」

「でもここの生徒の大多数がそもそも良家の子供だし、脅すなんてこと……」


 そこまで言って、リタは恐らくニコロと同じ思考回路に辿り着いた。


 加害者が相当高い地位にいる家庭出身者でもない限り、貴族の子供を脅すのは難しい。

 貴族社会がどうなっているのかリタには分からないが、誰の方が立場が上だとか下だとか、そんなにすぐ分かるほど単純なものではないだろう。


 しかし、被害者が庶民だとしたら。貴族の自分の方が高い立場にいるのは一目瞭然だ。

 そして今校内には、ちょうど目立つ庶民が二人。内一人は、大人しい性格で、いかにも脅しやすそうに見える。


「……もしかしてアイリが狙われるかもしれないって考えてるの?」

「うん。……確証なんてないし、そもそもそんなことを企んでいる奴が本当にいるのかすら分からない。『催淫の石』だって先生の誰かが持ってきたのかもしれない。幽霊騒動とも関係ないかもしれない。今話したことは全部僕の憶測……ですらなくて、妄想に近いレベル」


 それだけ言って、ニコロは真っ直ぐにリタの方を見た。


「それでも僕は、アイリが危険な目に遭う可能性が1%でもあるなら、その杞憂をなくしたい」

「この試験前に?」

「うん」

「勉強の時間も削って張り込むの?」

「うん」

「……もしかして私を誘ったのも、私がアイリを好きだから協力を得やすいと思って?」

「うん」


 どこまでも馬鹿正直なニコロに、リタは苦笑する。

 しかしそれが分かってしまえば、リタの中にあった迷いも消えた。

 リュギダスのことや試験のこと、やらなくちゃいけないことは色々あるが、リタの考えもニコロと同じだ。

 わずかでもアイリが巻き込まれる可能性のあることを放ってはおけない。



 というわけで、リタは協力することになった――のだが。

 揃って図書室を後にしたリタは、ニコロの隣を歩きながら訊ねた。


「張り込みって、具体的に何するの?」

「そのまんまだよ。実験室に行って、隠れて誰かが来るのを待つ」

「それで誰かが入ってきたとして……それが犯人確定とはならなくない?」

「何かを探してる素振りがあれば、話を聞く。そもそもこの試験直前の時期に、実験室に来る時点で十分怪しいよ。しかも閉鎖される直前の今日に」


 確かにそうだが、怪しいという理由だけで裁けるものなんだろうか。

 それに疚しい計画を立てている相手であればあるほど、話をしたところで素直に白状するとも思えないのだが。

 その疑問を口にすると、ニコロは「そうだね」と頷いた後、なんともいえない顔で笑って言った。


「最悪の場合は……多少、脅すことになるかもしれない。力尽くで」

「そこで私の出番ってこと?」

「まあ……でもリタは直接手を下さなくても、いてくれるだけで効果があると思う。ラミオ様との決闘の話は、結構広く知れ渡ってるみたいだし」

「そうなんだ……」


 王族の名誉のためにも、リタが目立たないためにも、あまり知れ渡ってほしくない話ではあるのだが。ラミオ本人が言いふらしている説すらありそうで恐ろしい。


「でも……犯人がいたとして、わざわざ石を取りに来ると思う?」

「半々ってところかな……」

「その半分の根拠はどこから? このまま放置して最悪先生に見つかったとしても、誰の仕業かはバレないと思うから、回収しに来る方がリスキーだと思うけど」

「それはそうだけど……『催淫の石』ってものすごく高価なんだよ。それをあれだけの量残しておいたままじゃ、勿体ないと思うんじゃないかなって」

「……つまり、来ると思う根拠はお金だけ?」

「うん。でもお金は馬鹿に出来ないよ。いくら貴族の出だからって無限に湧いて出るわけじゃないし」


 まあ、リタの前世でも本物の金持ちほどケチと言われていたし、意外とどの世でもそういうものなのかもしれない。

 たとえばリタも超レアなアイリのグッズをどこかに置き忘れた場合――そもそも外に持っていかないが――は、全力で取りに行く。……この例えは、ちょっと違う気もするが。


「でもリスキーなのは間違いないし、張り込んでも無駄に終わる可能性も高い……しつこいようだけど、試験前にこんなことに付き合わせてごめんね」

「いいよ。アイリに危険が及ぶ可能性がわずかでもあるなら排除しておきたいっていうのは、私も一緒だから」

「リタ……、お詫びと言ったらなんだけど、犯人を待つまでの間、僕が試験に出そうな問題を出すよ」

「あ、ありがとう……」


 それは本当にリタにとって「お詫び」にもならないものだが。

 勉強よりもアイリに関わる昔話でも聞いている方が百倍楽しいのだが、真面目なニコロにそんな提案は出来そうもなかった。



 扉を閉め切った実験室の一番奥のスペースに身を潜め、ニコロのお詫びという名の疑似個人授業を受けて待つことになり――どれくらい経っただろうか。


 窓から見えていた空の色は夕焼けから徐々に薄明へと変化していき、すっかり日も落ちた。

 廊下から聞こえていた生徒たちの声もほぼなくなり、校内が静まり返る中、リタはふと気が付いた。


「……あの、もしかしてなんだけどさ」

「なんだい?」

「この計画って、寮の門限とか諸々破ること前提?」

「そうだよ。あれ、言ってなかった?」

「聞いてない! 仮に犯人がいたとして、また門限破って夜中の校舎に忍び込んで回収に来るとかあり得る!?」

「僕はむしろそれしかないと思ったよ……ちょうど地下室の鍵のことも解決して、先生たちや警備の人の見回りも控えめになったし」


 それはそうだが、バレた時のリスクを考えると、より回収に来る可能性は低くなる気がするのだが。


「校則を破って夜中の校舎に、高価なものなので勿体ないから取りに来ましたー、なんて間抜けな人、本当にいるのかな」

「少なくとも学校に『催淫の石』を持ち込んだ挙句、それを忘れるような人間だからね」

「……確かにその時点で、結構間抜けだね」


 変に納得してしまった。


 しかしニコロほど真面目な子が、校則違反をしてまで、いるかどうかも分からない犯人を待っているなんて。彼のアイリへの想いの強さを感じてリタは感動した。


 なのでそれにとことん付き合うと決めた、その時だった。

 ガラリと音を立てて、実験室の扉が開かれた。


「なんっ……もっ、もしかしてきた!?」


 驚いて大きくなりかけた声量を抑え、隠れるようにニコロの方に身を寄せる。


「そうかもしれない……とりあえず何かを探るような動きをしていないかを確に――は?」

「え?」

「あ」


 ニコロとリタの呆けたような声と、入ってきた人物の声が綺麗に重なった。


 入ってきた人物――アイリは身を寄せる形になっていた二人を交互に見て、しばらく無言の後、そっと視線を逸らした。



続く

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