【幕間.取り調べ中】
騎士団本部内にある取調室の一室で、取調官の男は思わず机を叩いた。
「そう怒らないでくださいよ、騎士さん」
一方の相手はその行為に驚くこともなく、飄々とした様子で、諭すような言葉を吐いてくる。
その態度はまるで取り調べられている最中の容疑者のものとは思えない。
彼はエクテッドの教員であり、校内の地下室に不正に侵入し、その中にあった魔導書のいくつかを窃盗した容疑でここに連れて来られた。
名門校エクテッドにしては珍しい事件だが、教員が校内で窃盗などの犯罪を行う事例は多いので、今回もいつもと似たようなパターンだろうと、騎士団の中ではこの件を軽く考えている者が多い。
しかし今、取り調べを担当している男――エリックは違う。
彼は騎士団の中でも数少ない、エクテッドに封印された悪魔の存在を知っている人物であり、今回の窃盗が地下室で行われたことと悪魔の件が無関係とは思えなかった。
「別に怒っちゃいない。素直に話してほしいだけだ」
「さっきから素直に話していますよ。僕は地下室の鍵を使い、無断で侵入し、魔導書を盗みました。その証拠に、僕の部屋から学校にあったはずの魔導書が発見されたでしょう?」
確かに彼の言う通り、彼が一人暮らししていた部屋からは、学校の地下室に保管されていた魔導書数冊が見つかっている。
地下室への鍵は職員室に保管されていた為、教員なら誰も見ていない隙に持ち出し、返却することも可能だろう。
その上、本人も自供済み。誰がどう考えても、彼が犯人なのは間違いない。
「でも、どうしてわざわざ自首しに来たんだ?」
「正直突発的な犯行だったんで、誰かに見られていない保証もない。その内、関係者全員に家宅捜索なんかが入るかもしれない。その前に自首して少しでも罪が軽くなった方がいいかと思いまして。騎士さんたちの対応が遅かったおかげで、盗んだ魔導書の内容は、全部頭に叩き込めましたしね」
こちらを挑発するようにヘラヘラと話す男は、全く反省しているようには見えない。
窃盗は軽微な犯罪というイメージが強く、あまり反省の色が見られないパターンが多いが、それにしてもあのエクテッドの教員という立場にいる人間が、こんな短絡的な犯行に及ぶなんて。
頭の片隅に悪魔の存在がチラつくせいか、エリックにはどうもこの件の裏には何かもっと重大な何かが隠れている気がしてならなかった。
「君にとってその魔導書は、教員という職を失ってまで盗み出したい価値のあるものだったのか?」
「僕は別に教師になりたかったわけじゃないんです。ただ強力な魔法を学びたかっただけ。そしたら思いの外才能があったみたいで、勝手に理事長が見初めてくれたんですよ」
「……それで? 盗んだ魔導書はどうするつもりだったんだ?」
「だから、頭に叩き込みましたってば」
「それだけか?」
エリックの問いかけに、男はニヤァと、嫌な笑いを浮かべた。
それから嬉しそうに手を叩き「ありがとうございます!」と叫ぶ。
「僕ね、ずっとそれを聞いて欲しかったんですよ。いやー、いつ話そういつ話そうって、そればっかり考えてて」
男は四十代のはずだが、まるで子供のような無邪気な口調で話している。
気味が悪い――というのがエリックの素直な感想だったが、それと同時に、彼は何かに操られているようにも感じた。
男が自首してきた後、彼について同僚である教師たちに聞き込みを行ったが、そこで聞いた印象と、目の前にいる男の印象はあまりにも違い過ぎる。
「僕が盗んだ魔導書の一冊に、火石の生成方法が書かれていたんです」
「火石なんて、大抵の魔法使いなら作り方くらい知ってるだろ」
火石――魔法石の一種である、火の力が固まった石だ。
魔法使いはおろか一般人にも馴染み深いもので、小さく削り、料理の際に使用したり、暖房や明かりに用いたりする。
「もちろんただの火石じゃありませんよ。特別な手順を踏むことによって、一つの火石に数百個分の力を加えることが出来るんです」
「数百……?」
「そこにね、わずかな衝撃を与えると、その力が一斉に解放されるんです。そしたらどうなると思いますか?」
問いかけておきながら、エリックが答えるよりも先に男は笑いながら続けた。
「まあ、僕も試してないから正確には分からないんですけどね。爆破つが起こって、その周囲数キロくらいは焼け尽くされちゃうんじゃないかな」
「……本当の目的はそっちって事か?」
「そうですね。今はまだ無事でいるみたいですけど……いつ誰が触れるか分からない。もちろん騎士さん達は、それを設置した場所、知りたいですよね?」
にこにこと気味の悪い笑顔を崩さない男を見て、エリックはつい感情的に怒鳴りつけそうになったが、堪えた。
怒鳴って手をあげたところで、この男には何の意味もない。
目の前にいる男は、もしかしたら人ではない何かに操られているだけなのかもしれないんだから。
「知りたいと言ったら、教えてくれるのか」
「はい。ただフェイクとしてたくさん普通の火石をバラまいておいたので、どれが本物か、当てられるといいですけど」
「……どこだ?」
男が告げたのは、王都から離れた都市にある駅の名前だった。利用客も多い場所なので、彼の言っていることが全て本当なら、今すぐにでも誰かがその火石に気が付いてしまってもおかしくない。
「お前、自分が何をしたのか分かってるのか……こんな事をする目的はなんだ」
「人を殺したい。逆にそれ以外あると思いますか?」
迷いのない瞳を見て、やはりエリックは彼を操る何者か――悪魔の存在を感じざるを得なかった。
しかし今は悠長に取り調べを続けている場合ではない。急いで上にこのことを報告して、可能な限りの人員を集結させて捜索を開始しないといけない。
部屋を出て行こうとしたエリックの背に、男ののんびりとした声がかかる。
「あなたの声、格好いいですね。僕もね、昔はそんな声をしていたんですよ」
「残念ながらそんな冗談に付き合ってる暇はない」
「まあそう言わずに。昔の自分を見てるようなんで、親切心で教えてあげますよ」
足を止めたエリックに、男はにこりと笑った。
「その火石はね、ある魔法をかければ効力を失わせることが出来るんです。わざわざ見つけるよりも、広範囲にそれをかけちゃった方が遥かに手っ取り早いでしょう」
「……ある魔法ってなんだよ」
「そこまでは流石に。それを察してくれる優秀な魔法使いにでも依頼したらいかがですか?」
騎士団に所属しているエリックも、魔法の腕や知識にはそこそこの自信がある。それでも男の言う火石をどうにかする魔法なんて思いつかない。
自分よりも遥かに優秀で、この状況をすんなり信じて協力してくれる魔法使い。
取調室の扉を乱暴に閉めたエリックは、歩きながらある人物――エクテッドの理事長に連絡を取ろうとしていた。
終わり




