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【60.エミリーの部屋にて】

 帰り支度をしつつ、リタは考えていた。

 隣にいるアイリに、エミリーとの件を話すべきかどうかを。

 話せばワンチャンアイリがエミリーの部屋についてくると言い出すかもしれない。その展開はリタ的には大歓迎だが、エミリー的にはどうなんだろうか。

 アイリとの浮気(エミリー曰く)で怒らせてしまったのに、その償いの場にアイリを連れて行ったら、喧嘩を売ってると思われそうだ。


「ごめん、アイリ。今日はちょっと用事があるから、先に部屋に帰っててくれる?」

「うん、分かった」


 きっとこれが正解なはず。

 何の用事?とか深掘りしないアイリに心の中で感謝しつつ、リタは鞄を持って教室を後にした。


 ちなみにエミリーは授業が終わって早々に一人で帰ってしまったのだが、この短時間で部屋の掃除でもしているのだろうか。



 アイリに追いつかれないように早足で女子寮に行き、エミリーの部屋の扉をノックすると、数秒後には中から「はーい」という明るい声が返ってきた。

 どうやら怒ってはいなさそうだと安心していると、扉が開かれた。


「リタ様、お待ちしてました!」


 出迎えてくれるエミリーは、怒っていないどころか、いつもよりテンションが高く見えた。


 中に入ると、室内は最初から片付ける必要もなさそうなくらい綺麗に整頓されていた。前にお邪魔した時とあまり変わらない、可愛らしい雰囲気の部屋だ。

 相変わらずというか、ルームメイトの子の姿はない。幸いリタは大好きなアイリと一緒になれたが、みんながみんなルームメイトと仲良しこよしというわけでもないんだろう。


「来てくれてありがとうございます!」

「いや全然。……それで、私は何をすればいいのかな?」

「え? もう十分ですよ?」

「え?」


 部屋に呼び出して何かお願い事でもするのかと思えば、部屋に来るだけで良かったらしい。


「もしかして、もっと際どいお願いをしてもらいたいですか?」

「い、いや、結構です。…………じゃぁ、帰ってもいい?」

「いいわけないじゃないですか! 入ってまだ一分も経ってませんよ!? 何のために来たんですか!」

「ごめんなさい……」


 冗談で言ったつもりが、想像以上に怒られてしまった。


 エミリーは不機嫌な表情のまま、リタに一歩近づいてくる。

 もしかして殴られる——そんなわけないのだが、何故かそんな不安に駆られると同時、右手になにかが触れた。

 それがエミリーの手だと気が付いた時には、彼女に握られた手を引かれていた。


「え、エミー?」

「立ちっぱなしもなんですし、ベッドに座りましょう」

「うん……」


 つい頷いてしまったが、何故わざわざベッドなのだろう。部屋の中にはクッションもあるのに。

 その理由を聞けないまま、リタはエミリーに連れられてベッドの前に立っていた。


「あ、なにかおやつでも食べますか?」

「いや、大丈夫」


 少し考えた後、リタは大人しくベッドに腰を下ろした。エミリーはその隣に平然と座る。


 ベッドに並んで座るなんて、同性同士だしお互い子供だから、リタの感覚では特に気にすることじゃない。

 ただ、この世界の王族――しかも自分のことを好きだと言う相手に対して、この距離感はどうなんだろうか。

 ラミオも違和感を覚えていたみたいだし、やっぱり勇気を出してズバリ聞いてみるべきなんだろうか。


 リタがエミリーの距離感について頭を悩ませていると、不意に話しかけられた。


「リタ様のことだから、てっきりアイリと一緒に来るのかと思っていました」

「流石にそこまで無神経じゃな、うえ?」


 返事の途中で変な声が出たのは、エミリーが脈絡もなくもたれかかってきたからだ。


「あ、あの、どうしたの? 今日なんか近くない?」

「そうですか? 友達同士ならこれくらいのスキンシップは一般的だと学びましたが」

「一体どこでそんな学びを……まあ、人によってはそうなのかな」


 リタも勇気を出せば、アイリとハグくらい普通に出来る。

 エミリーとだって食べさせあいっこをしたこともあるから、もしかしたらこれもそんなに動揺することじゃないのかもしれない――のだが、思い出すのは、この間のラミオとの会話。

 それに、デートの際、手を繋いだだけで照れていたエミリーの姿。


「夕飯までの時間だけですけど、せっかくリタ様を独り占め出来るので、今日はたくさんお話したいです」

「……うん」

「どうしましたか?」

「ううん、なんでも。私もエミーと話すの好きだよ」


 そう答えながら、リタの頭の中では以前のラミオとの会話が蘇っていた。


”照れ屋な性分なんだ。特に好いている相手にほど、それが過剰になる節がある”


 エミリーは変わらずリタを好いてくれているように見える。

 となると、リタと接触することに徐々に慣れてきたんだろうか。

 リタは人を恋愛的な意味で好きになった経験がないので分からないが、好きな相手だからといって、いつまでも新鮮な気持ちで恥ずかしがるものでもないのかもしれない。


「……リタ様? 大丈夫ですか?」

「あ、うん。ちょっと考え事しちゃってた」

「もー……今くらい私に集中してくださいよ」

「ごめんごめん」

「……もしかして、昼間リンナイトと話していた件のことですか?」

「え? いや」

「リタ様も心霊なんかを信じるタイプなんですか?」


 本当はエミリーのことを考えていたんだけど、わざわざ本人に言うことでもないかと思い、リタはその話に乗ることにした。


「私はあの噂の正体は、不審者か生徒だと思ってるよ」

「まあ、現実的に考えれば生徒の誰かですよね。宿題に必要なものを忘れたとか、単なる好奇心とか、校舎に忍び込む理由なんていくらでも思いつきますし。警備の方が近付いたら逃げたのも、いかにも校則を破った生徒っぽい反応ですし」


 エミリーはリタの言葉にうんうんと頷いて同意してくれたが、「でも」と続けた。


「それにしても幽霊の正体が生徒なら、警備の方が見たっていう、黒い霧は何なんでしょうね?」

「さあ……何かの魔法とか、魔法薬とかじゃない?」


 あくまで何も知りませんという風を装って返すと、エミリーは無言でリタの方を見てきた。

 もしかして表情で嘘をついているとバレたんだろうか、なんて一瞬ヒヤリとしたが、次に放たれた言葉で、それは杞憂に終わった。


「せっかく二人きりなんですから、こんな暗い話じゃなくてもっと明るい話をしましょう!」

「それもそうだね。じゃぁアイ……らっラミオ様の話とか?」

「ラミオの話ですか……」


 癖でつい言いかけたものの、アイリの話題がこの場にそぐわないのは明らかだったので、急いでラミオに軌道修正したが、どうもエミリーの表情は晴れない。

 お兄様ラブではなくなったものの、ラミオのことは尊敬しているから良いかと思ったんだが、今のエミリーからすると彼は恋敵でもあるから、このチョイスも間違っていたのかもしれない。


「それより、リタ様のことが聞きたいです! 過去のこととか!」

「え、でもそれは前にも話したし……」


 そもそもこの世界でのリタの人生は、そこまでたくさん話すこともない。

 エクテッドに来る以前は家族との思い出以外、ほぼ学校でイジメられている思い出しかないし、まさかそんなことを話すわけにもいかないし。


「じゃぁ、リタ様の好きなものは?」

「好きなもの……甘いものとか」

「将来の夢は?」

「え? えー……現状維持、かな」


 アイリの幸せを見届けること――というのを、極力濁して答えると、エミリーは冗談だと思ったらしい。


「そういう目標みたいなものじゃなくて、将来やりたいこととか、就きたいお仕事とかないんですか?」

「んー……あんまり考えてないかも」

「珍しいですね。わざわざこの学校に来たのは、何か就きたい仕事があるからだと思ってました。この学校を卒業すれば魔法関連の就職に有利ですし、在学中にコネクションも作りやすいですし」

「いや、私はそういうのまだあんまり考えてなくて……単に魔法を学びたかったから。あと特待生に選ばれて嬉しかったっていうのもあるし」

「じゃぁリタ様の夢は、今よりもっと強い魔法を使えるようになることですか?」

「まあ、そんな感じかも」


 我ながらなんてザックリした夢なんだろうと思ったが、これはこれで、魔法のある世界に転生したからこその夢なのかもしれないとも思った。


「そういうエミーの将来の夢は?」

「リタ様と添い遂げることです!」

「うん……えっと、そういう方向じゃなくて、したいこととか、お仕事的なこととか」

「ないですね。リタ様と添い遂げること以外、特には。……個人的に何かを願ったところで、叶えられるかも分からない立場ですし」


 そういえば、エミリーも立場的には第一王女。跡継ぎはほぼ第一王子で確定している状態とはいえ、リタが思うほど自由な身分ではないのかもしれない。

 スピネルに対しても、今くらい自由でいたい、ということを言っていたくらいだし――これは単に護衛を断るための口実かもしれないが。


「……でも安心しました。リタ様が思った通りの方で」

「え? ……大した夢がないことが?」

「ようするに強くなりたいってことですよね? 抽象的な感じがリタ様っぽいなぁって」


 褒められている気がしないのだが、にこにこした顔をしているエミリーを見るに、褒めているつもりなんだろう。


 それにしてもさっきから意識しないようにしていたが、それが無理になってくるくらい、彼女がやたら体をくっつけてきて落ち着かない。

 なのに不思議と離れたい気分にならないのは、彼女から香る匂いの影響だろうか。

 前にエミリーがリタに対して「良い匂いがする」と言ったが、エミリーの方が遥かに良い匂いな気がする。


「私も、リタ様はその才能を遺憾なく発揮できる道を選ぶべきだと思います」

「んー、でも実戦とかはちょっと怖いんだよね……」



 その後は、ひたすらエミリーに褒められるという、リタの自己肯定感が上がるだけの時間が過ぎて行ったわけだが、果たしてこれはエミリーへのお詫びになっていたんだろうか。疑問に思うリタだった。



続く

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