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【59.変わっていくものと変わらないもの】

「最近ウィルに何か変化があったか? ……何でそんなこと聞くの?」


 リタに廊下で捕まえられて、次の授業のある教室まで連行されたニコロは、リタの問いかけをオウム返ししつつ首を傾げた。

 その表情は不審とまではいかないが、質問の真意を探っているように見える。


 リタだって本当は、ウィルに近いニコロにこんなことを直接聞くのは控えたかったが、あれから数日が経ってもウィルに変わった様子は見られず、困り果てていたのだ。


「えっと、噂で聞いたんだけど……最近夜中に出歩いてるとか」


 実際に見たとは言えず、噂ということにすると、ニコロは迷う素振りもなく頷いた。


「それは確かにしてるらしいけど、今に始まったことじゃないよ」

「そうなの?」


 問いかけつつ、アイリも似たようなことを言っていたことを思い出した。


「うん、ウィルは入学直後からよく夜に出かけてる。夜中の空気感とか、誰もいない感じが好きなんだって。本当は寮の門限を破るのはダメなんだけど……注意しても聞くタイプじゃないから」

「じゃあ、最近ウィルに変わった感じはないってこと?」

「変わった……っていうのかは分からないけど、何か考え込んでいる事は増えたかな」

「どんなこと?」

「そこまでは流石に。前に聞いたら、はぐらかされたし。でも何かの本に夢中になると、いつもあんな感じだから……これも最近に限った話でもないかも」


 つまり、ウィルは元々少し風変わりな人物だったから、最近変な言動や行動があっても、ある意味普段通りということだ。なんて厄介な。


「……リタ、もしかして君、本当にウィルのこと好きなの?」


 ニコロの若干嬉しそうな表情に、リタは場合が場合だけに、少しうんざりした。


「すぐ色恋に発展させるのやめてよ……単にこの前、幽霊の噂を聞いて、ウィルのことなんじゃないかって思って気になっただけ」

「ああ……夜の校舎に出たっていう。確かにウィルは夜に出歩いてるけど、でもえんじ色のローブなんて持っていないはずだよ」

「ニコロが気付いてだけって可能性は?」

「んー……まあ、もちろん持ち物を全て把握してるわけじゃないから、それもありえるけど。でもウィルは外を散歩してるだけだから、校内に入ることはないと思うけど」


 だとしたら、あれは誰だったのか。まさか本当に幽霊——なんてことは流石になくて、リュギダスが取り憑いた別の誰か。

 そもそもたとえウィルの中にリュギダスがいた時があったとしても、怪しいと思った時から日が経ってしまっているし、もうとっくに憑依先を移している可能性の方が高いかもしれない。


「この件といい地下室の件といい、不可解なことが続くと不安になるね」

「うん。私は大丈夫だけど、万が一アイリに何かあったらと思うと怖い」

「それには激しく同意するけど……君も女の子なんだから気をつけた方がいいよ。前に言ってたストーカーの件もまだ解決してないんだろ?」

「まあ……でも私は幽霊以外の不審者なら、魔法で吹き飛ばせるから」

「そういう問題でもない気がするけど……」


 ニコロは何か異議を唱えかけたようだったが、少し考えて結局口を閉じた。リタには何を言っても無駄と判断したのかもしれない。


「とにかく、今は理事長が留守だから。危ない行動は控えた方がいいよ」

「そうだね、気をつける」


 とは言ったものの、いつ動き出すかを決めるのは向こうだ。

 リュギダスが理事長の帰りを待ってから行動してくれるような優しい性格なら、リタも助かるのだが――望みは薄い。


「アイリに何かあったら、ニコロも守ってあげてね」

「もちろん。……というか、さっきからやたらアイリの心配をしてるけど、何かあったの?」

「い、いや、心配性なだけ」


 この世界で普通の教育を受けた人なら、絶滅したはずの悪魔に襲われるなんてこと想像もしない。

 ゲームをプレイしたことで、この先に何が起こるか薄っすら分かっているリタは、無意識に異端な考えに偏ってしまっている。

 そのことを自覚して、周囲に変なことを言うヤバい奴だと思われないように気をつけないといけない。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。校内にいる限りは、先生たちが守ってくれるはずから」


 そうなってくれればどれほどいいことか。

 作中では、リュギダスの作り出した結界により、守ってくれるどころか騒動に気付きすらしなかった先生たちの姿を思い出し、リタが苦い表情になった時、背中に誰かがぶつかってきた。


「リータ様、何のお話ししてるんですか?」

「あ、エミー」

「エミリー様……?」

「あれ、リンナイトとリタ様なんて、珍しい組み合わせですね」


 何故かきょとんとした顔をしていたニコロだったが、エミリーにそう話しかけられると、いつも通りの爽やかな笑顔で答えた。


「幽霊の噂のことを話していたんです」

「幽霊……?」


 首を傾げるエミリー。彼女も友達が少ないので、リタと同じように噂話が回ってくることがないのかもしれない。


 夜の校舎に現れた謎の人影のことを話すと、聞き終えたエミリーはおかしそうに笑った。


「幽霊だなんて、随分と子供じみた噂ですね」


 どうやら全く信じていないらしい。

 どの世界でも学校には七不思議なんかが生まれるものだが、それを真に受けて幽霊だなんだと恐れるのは、確かに幼稚なことかもしれない。

 まあ「子供じみた」と言っているエミリー自身は、リタ的に見ると十分子供な年齢だけど。


「僕も心霊の類はあまり信じていませんが……悪意を持って学内に侵入した不審者とかよりは、幽霊の方がマシかもしれませんよ」

「でも相手は子供なんでしょう? 不審者だとしたら、より恐れることもないと思いますよ」

「子供でも、脅威な存在の可能性もありますけどね……」


 言いながら、リタの方を見てくるニコロ。

 魔力があるこの世界では、子供だから非力というわけじゃない。エミリーもそのことに気が付いたようで、なるほどと頷いた。


「ならいっそのこと、幽霊退治にでも行きますか?」

「幽霊退治って……夜中の校舎に忍び込む気ですか?」

「はい。それも楽しそうですし」

「……」


 ニコロの目が、驚きすぎて点みたいになっていた。

 彼ほどではないが、リタも少し驚いた。

 エミリーの境遇を考えると、一度でも校則違反をしたら家に連れ戻されるかもしれないのに、随分と大胆な提案だと思ったから。


「ダメですよ、そんなことは……危険ですから」

「流石、リンナイトは優等生ですね」

「いや、普通かと……、リタもそう思うよね?」

「あっ、うん、そうだね、ルールは守らないと! うん!」

「……なんか焦ってない?」

「あああ焦ってない!」


 訝しむようなニコロの視線から逃げるようにエミリーの方を見ると、なんだか貼り付けたような、作り物のような笑顔をした彼女と目が合った。


「なにか疚しいことでもあるんですか? リタ様?」

「え……ない、ですよ?」


 思わず敬語になってしまったのは、この間校則を破ったばかりで疚しさを感じているからだ。


「へえ。……実は私、数日前の夜中に目が覚めて、なんとなく眠れなくて窓の外を見ていたんですけど」

「あ、あー、あるよね、そんな日。私も前に悪夢でうなされて起きたことあるよ」

「その時、寮に入っていく生徒の姿をお見掛けした気がしたんですけど」

「そんな時間まで外出してるなんて……悪い人もいるもんだなぁ」

「綺麗な黒髪と、銀色の髪の二人組でしたね。顔までは見えませんでしたけど」

「ぐ……」


 ぐうの音も出ない、というのはまさにこのことだろう。

 いっそのこと思い切り責めてくれればいいのに。エミリーの突き刺さるような視線と、ニコロの無言の圧力を前に、リタは心の中で白旗を上げた。


「その日は流星群が綺麗だったから……」

「だからって校則違反は関心しないね。幽霊のことはさておき、地下室の件も考えると、校内に不審者がいる可能性もあるのに……先生たちの目の届かない夜中に忍び込むなんて」

「おっしゃる通りでございます……」


 項垂れるリタを見て、ニコロは溜息をついた。


「……まあでも、多分アイリから言い出したんだろ?」

「えっ、なんで分かるの?」

「ちょっと前に、アイリと流星群の話をした時……明らかに見たそうな反応をしてたから」

「その時、ニコロは誘われなかったの?」

「……リタがいるのに、アイリが僕を誘うわけがないだろ」

「そっか……」


 確かに女子寮から二人で抜け出すのと、男子寮と女子寮それぞれから抜け出すのじゃ難易度が違う。

 アイリとニコロが恋愛関係に発展していない現状なら、同性かつルームメイトであるリタを誘う方が自然だ、とリタは納得した。


「……それで? どうして私は誘ってくれなかったんですか?」


 ニコロからエミリーに視線を戻すと、不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。


「先生にバレた時のことを考えたら、エミーを巻き込まない方がいいと思って……」

「ふーん」


 何ともそっけない返事。その声音も表情も、怒っています感バリバリだった。


「えっと……ごめんなさい」


 果たしてこれは、何に謝っているのだろう。

 校則違反をしたことか、その行為にエミリーを巻き込まなかったことか――後者については、リタとしては思いやりのつもりだったのだが。


「私がリタ様のことを好いているのは、存じてますよね」

「う、うん」

「その上で浮気ですか」

「浮気……」


 そもそも付き合ってもいないのに、浮気も何もない気がするが。


 隣にいるニコロが、リタとエミリーを交互に見て何とも言えない顔をしているので、変な誤解を生みだす前に話を終えたい。


「とにかく、反省してます。次からは絶対声かけるから……ごめんなさいっ」

「……では、許す代わりに、一つお願いを聞いて貰えますか?」

「私に出来ることなら!」

「簡単です。でも今は無理なので、今日の放課後、私の部屋まで来てください」

「? 分かった」


 簡単な用事ならここで言ってくれればいいのに、わざわざ部屋に呼び出す意味とは。


 眉こそつりあがっているものの、エミリーもまさか本気で怒っているわけではない、と思いたい。

 先日、デラン先生が大量に出した宿題を代わりにやれ、とかくらいで済ませてくれればいいのだが。


「じゃ、約束ですよ。では私は、次の授業は別教室なので」


 そう言って教室の外に去っていくエミリー。

 てっきり同じ授業を取っているからここに来たのだと思っていたが、単にリタたちの姿を見つけて声をかけに来ただけだったらしい。


「……エミリー様って、案外フランクな方だったんだね。たまに社交界でお見掛けする程度だったけど……大人しい印象だったから、少し意外だな」

「あー……会った時に比べて、最近ちょっと砕けてきた感じかも」


 主に距離感とか。

 しかし初対面の時も大人しいという印象はないので、ニコロが見た社交界では、単に退屈だったか緊張していただけのような気がする。


「……リタと接すると、良くも悪くもみんな変わるのかもしれないね」

「みんな?」

「規則を破ってまで星を見に行くなんて……アイリも君と知り合って、行動的になった気がする」

「それは……」


 リタと知り合ったからというよりは、アイリ自身が色々な人と交流するようになった結果、成長しているだけだと思う。……規則を破る行動が、成長と呼べるのかは怪しいところだが。


「……変な言い方しちゃったけど、リタには感謝してるんだよ。アイリは周囲の顔色を窺い過ぎなところがあったからね」


 話ながら、昔を思い出したのだろうか。ニコロは苦い顔をした。


「僕はアイリに何もしてあげられなかったから……前にも言った気がするけど、君がアイリと友達になってくれて感謝してるよ」


 ニコロの言葉は素直に嬉しかったが、リタにはそれより気になることがあった。


「でもアイリが言ってたよ。ニコロに色々救われてたって」

「え?」

「あの事件の後も、ニコロだけはそばにいてくれて、唯一の友達だったって」

「……そんなの当たり前だよ。だって僕は、あの時なにも出来なくて……アイリだけに全てを押し付けることになって」


 ニコロはそこで言葉を止めて、首を振った。


「……いや、違うか。大事なのは僕がどう思うかじゃなくて、アイリがどう思ってるかだもんね」

「私もそう思う」


 リタはニコリと微笑んで、ニコロに自分の思ったことを告げた。


「たとえアイリが私と出会って変わったんだとしても、昔からアイリをずっと支えてたのはニコロだよ。ニコロがいなかったら、今のアイリもなかったし、私もアイリと出会えなかったかもしれない。むしろ私の方がニコロにめちゃくちゃ感謝してる」

「……心底、君には敵わないと思うよ」

「それ完全にこっちの台詞……まぁどのみち、お互いアイリには一生敵わないだろうけど」

「違いないね」


 まあ、リタはそもそも彼女と戦う気すらないが。

 ニコロはおかしそうに笑った後、何か思いついたように手を叩いた。


「そうだ、今の話で思い出したけど、一つだけ感じたことがあるよ。最近のウィルの変化」

「えっ、なに?」


 もしかして何かリュギダスに繋がるヒントになるかも。


「少し前に、ウィルが君と食事をした事を話してくれたんだけど、その時すごく楽しそうだった」


 リタの期待は、ニコロの笑顔の前に、あっけなく空振りに終わった。

 ニコロって男の子にしては珍しく、意外と恋バナが好きなタイプなんだろうか。



続く

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