【58.謎の多い属性魔法】
次の授業のためにやってきた教室に入ると、窓際の席に眠たげな顔をしたウィルを見つけた。
「あれ、ウィルって帰ったのかと思ってた」
思わず声に出して驚くと、隣にいたアイリが説明してくれる。
「お昼休みに軽く仮眠したから、その後は授業に出るって言ってたよ」
「ああ、なるほど……何気に真面目なんだね」
「勉強好きみたいだから。……それにしても珍しいね。リタがウィルのこと気にするなんて」
「えっ、えっと……アイリと仲良しなニコロの親友だから、なんとなく仲良くなりたいなーって思って」
「そうなんだ」
我ながら下手な嘘だったが、アイリは素直に信じたようだった。
「でも、リタも男の子と仲良くなりたいって思うんだね。ちょっと意外かも」
「別に男の子だからとかじゃなくて……ほら、ウィルって頭いいじゃん。勉強とか教えてもらえたら、今後助かりそうだな、とか……打算的な考え」
「でも前はニコロに教えてもらうって言ってなかった? 二人に教えてほしいの?」
「……よく覚えてるね」
ダメだ、これ以上何か言おうものなら、流石のアイリにも怪しまれてしまいそうだ。というか、今日に限ってどうしてこんなにツッコんでくるんだろう。
そう思ったリタが話題を切り替えようと思案していたら、軽く服の裾をつままれた。
「それに、男の子に教えてもらってたら周囲に色々気にされちゃうかもしれないよ。特にニコロは」
「あー……確かに」
ニコロも、ラミオほどじゃないけど目立つ存在だし、嫌われがちなリタが二人きりで接触するのはお互いのために控えた方がいいかもしれない。
「だから、いざとなったら私と一緒に勉強しようよ。私は二人ほど成績良くないけど……」
「え? でもそれだとアイリに迷惑じゃない?」
「迷惑なわけないよ。むしろ他の人と知らないところで勉強される方が……なんか嫌」
「……そうなんだ?」
何故だろう。知らない間にリタに学力を追い越されるのが嫌とか、そういう感情なんだろうか。
前世ではアイリのことを全て知った気でいたリタだったが、やはりこの世界ではまだまだ理解度が足りないのかもしれない。
嗚呼この世界のアイリは奥が深いなぁ、なんて、よく分からない感慨に浸っていると、先ほどからつままれっぱなしだったリタの服の裾を解放しつつ、アイリが言った。
「そういえば、昨日の流星群綺麗だったね」
「そうだね。まー綺麗さに感動しちゃって、お願いするのは忘れちゃったけど」
「そうなの? 私はちゃんと心の中で唱えたよ」
「嘘⁉︎」
そう言われると、途端に損した気持ちになってくるから不思議だ。
「なにお願いしたの?」
「期末試験が無事終わりますように」
「わざわざ星にまで願うなんて……」
よほど不安でたまらないんだろうなと、改めて気の毒になってきた。
「そんなに嫌なことばっかり考えてたら、ノイローゼになっちゃうよ」
「分かってはいるんだけど……考えないようにすればするほど、頭の中がいっぱいになっちゃって」
それは相当重症だ。
まあ、実際当日は試験そのものよりももっととんでもない事態に巻き込まれるかもしれないんだけどね、ははは……――なんて冗談みたいに思ってしまったが、本当に冗談で終わればいいのに、とリタは心底思った。
「……あ、席なんだけど、ウィルの隣でもいいかな?」
「いいよ。ニコロは別授業みたいだね」
ニコロがいなくて退屈なのか、単にまだ眠いだけか、ウィルは本のページをめくりながら何度かあくびをもらしていた。
本当は攻略対象であるウィルに積極的に絡みに行くことは控えたかったが、今は場合が場合だから仕方ない。掴むことは不可能だと思っていたリュギダスの憑依先、1%でも可能性があるなら確認しておきたい。
リタとアイリが揃って近づくと、それに気が付いたウィルは顔を上げ、二人を見て首を傾げた。
「同じ日にリタと二度も話すことになるなんて、珍しいこともあるもんだな」
「そうだね。隣いい?」
「いいよ。……でもどうしたんだ? さっきといい、俺に何か話でも?」
「や、用は特にないんだけど……ウィルとあんまりガッツリ話したことなかったなあと思って」
「そうか? 前に……、いやまあ、そうか。それで?」
「せっかく知り合ったんだし、仲良くなりたいなぁと。ね、アイリ」
「えっ……う、うん。私も普段はニコロを通しての会話が多いから。よかったら一緒にお話ししようよ」
「……まあ、そういうことなら」
ウィルは自分の隣の椅子に一瞬だけ目線を移してから、再び本を読む作業に戻った。
仲良くなりたいという趣旨は聞いたはずなのに、気にせず読書を続ける辺り、彼に友人が少ない理由が何となく分かる気がする。
「ならば、俺様もそのお話とやらに混ぜてはもらえないか?」
「うおぁっ!?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこにはラミオと、おなじみのラミオガールズ。一体いつからそこにいたのだろうか、まったく気が付かなかった。
「……リタ、お前いつも俺様の登場に驚いてないか?」
「すみません……」
ラミオは大抵、脈絡も足音もなく当たり前のように現れるから、いつまで経っても慣れずに驚いてしまう。流石に足音は立てているかもしれないが、少なくともリタは気が付けていない。
「まあいいだろう。それほど俺様のことを意識しているということだ」
なんて前向きな捉え方だろうか。むしろ意識の外に置きすぎているせいで、いきなり現れているように思えて驚いているのに。
しかしこの前向きさは、今のアイリには少し見習ってほしいかもしれない。
「……それより、俺様も彼とは前々から話をしてみたいと思っていたんだ。何せリタと仲の良い男児など、ニコロと俺様を除いては君しかいないからな。ライバルになる可能性のある男のことは、理解しておきたい」
「いや、それは単にリタの友達が少ないからでは」
ウィルの淡々とした口調で正論を吐かれると、心にくるものがある。
「それを抜きにしても、優秀な者には単純に興味がある。俺様ともぜひ仲良くしてもらいたいものだ」
「……王族の方にそんなことを言われて、拒否できる人間なんて存在するんでしょうかね」
「ウィ、ウィル、その言い方は失礼だよ」
アイリが遠慮がちに注意をすると、ラミオは首を振った。
「構わん。俺様もここにいる以上、一学生。立場は皆と同じだからな」
「でも前までは結構王族アピールが激しかった気が……」
リタが失礼なことを言いつつ視線を向けると、ラミオはそれを否定することなく、今度は頷いた。
「そうだな。しかしあれから色々と考えたんだ。俺様は自分の生まれ育ちに誇りを持っているが、それをひけらかすのは逆に格好が悪いんじゃないかと」
まあそれはそうかもしれないと思うリタに、ラミオの視線が向けられる。
「それに、リタもそういう男は好みじゃなさそうだしな」
まあそれも合っているかもしれない。
ラミオは何かに納得したようにまた頷いた後、ウィルの隣に腰を下ろした。
「……何故ラミオ様が俺の隣に来るんですか」
「すまないな。リタの隣にニコロ以外の男が座ることは許容できないんだ。かといってアイリ・フォーニをこの位置に座らせるのも、彼に悪いだろう」
この発言的に、ラミオはニコロの思い人が誰か分かっているらしい。
リタはクラスに友達が少ないのでそういう情報を把握していないが、もしかしてもう周知の事実のようになっているんだろうか。
「ではラミオ様の隣には私たちが!」
「いや私が!」
「いえここは私が」
誰かが何か言うよりも先に、ラミオの隣、その隣、その隣、と席を埋めていくラミオガールズ。
リタたちはその様子を黙って見守った後、何も言わずに彼女らの隣に腰を下ろした。
ここまで人数が増えては、ウィルの中にリュギダスがいるかを推測する隙などあるはずもなく。
ラミオがウィルに五言ほど話しかけて、それにウィルが一言で返し、何故かラミオガールズが五言返すという、よく分からない会話風景が続いた。
時折ラミオに話を振られては、リタとアイリがぎこちなく返すという、リタにとっては虚無な時間。
この状況が嫌というわけではないが、今のリタにはラミオたちと交流を深めることよりも優先しないといけない事案があるので、普通に焦る。
せめてアイリが苦痛に思ってないといいけど、と隣に視線を移すと、にこにこと笑顔を浮かべた彼女と目が合った。
「……え、アイリ、もしかして楽しいの?」
「楽しいよ? ラミオ様たちと話すことってあまりないから新鮮だし」
小声ながらも、本当に楽しそうな声音で返されて、リタは安心した。
アイリは大勢でいるのが苦手なのかと思っていたが、これくらいの人数、もしくは見知った相手なら平気らしい。
「……そういえば最近、妙な噂が出回っているようだな」
「ああ……あの幽霊の件ですか? 本当なんでしょうかね」
「目撃した警備員はいるらしいですけどねー、誰かは知りませんけど。しかし、地下室の件といい、変なことが多いですよね、最近」
「幽霊って何のことですか?」
ラミオたちの会話に「幽霊」なんていう、非日常的な単語が出たからつい口を挟んでしまった。
それにしても相変わらずリタには噂が回ってこないのが、なんとも切ない気持ちになる。
「数日ほど前、夜の校内の見回りをしていた警備員が目撃したらしいんだ」
「……幽霊を?」
「ああ。遠目だったから顔は見えなくて、小柄な感じだったという情報しかない。えんじ色のローブを羽織って体を隠していたから、性別も不明だとか……まあ、霊の類に性別があるのかは分からないが」
「それって幽霊じゃなくて、普通に夜中に忍び込んだ生徒じゃないんですか?」
実際リタ達も昨日似たようなことをした。流星群でもなくとも、課題や荷物を置き忘れてきたとか、いくらでも事情はありそうだ。
「しかし、生徒ならわざわざえんじ色のローブを羽織って行くか?」
「寒かった、とか」
言っていて、自分でも無理があることは分かっていた。
「見かけた警備の人は、声はかけなかったんですか?」
「かけようと近づいたら、黒い霧のようなものに包まれて消えたらしい」
「こわーい! やっぱり絶対幽霊ですよ!」
ラミオガールズの一人が怯えたような声をあげたが、リタはその黒い霧に、思い当たる節があった。
この世界には五属性の魔法がある——のだが、実は光属性と闇属性というのも存在する。
しかしそれを使役出来る者は非常に少なく、認知度も低い。
とはいえここは魔法学校なので、流石にその存在自体は授業で教えられている。ただ使用者が少ない影響か他の属性魔法よりも謎が多く、どんな魔法があるのか、この魔法を使える人たちの共通点は何なのか等々、分からないことだらけだ。
恐らくその黒い霧は、闇属性の魔法によるものだろう。リタはゲームでそういう魔法を目にしたことがある。
この幽霊の噂がどこまで広まっているかは分からないが、まだ生徒の間で盛り上がっている程度なら、誰もその霧から闇属性魔法に思い至らないのも無理はない。
そしてこの闇属性魔法の最大の特徴を、この世界に住む多くの人は知らないが、ホリエンプレイ済みのリタは知っている。
闇属性魔法が使えるのは、魔族の血が流れている者だけだということ。
つまりその黒い霧が闇属性魔法であった場合、その正体は幽霊などではなく、リュギダスが取り憑いた人間かもしれない。
「小柄……」
呟きながら、リタはついウィルの方を見てしまったが、気が付くと彼は本を片手にうつらうつらしていた。
ウィルの中にリュギダスがいるとしたら、自分の話をされていることになるのだが、見事なまでの無関心。これは演技なのか、ウィルの中に奴がいないのか、いたとしても単に眠気が勝っているのか。さっぱり分からない。
「不法侵入とか幽霊とか、学校の中だっていうのに物騒なことばかりですね」
「私、なんか怖くなってきちゃったかも」
「まあ、理事長先生が帰ってきたらきちんと解決してくれるはずですから、しばらくの辛抱ですよ」
「そうだな。爺が戻ってきて、無用な心配から解放してくれればいいんだが」
ラミオとラミオガールズたちの会話を聞きながら、リタはずっとウィルを観察していたが、彼はいよいよ本格的に意識を落としていた。
眠ってもなお手にした本を落っことさないのは、読書好きとしての意地だろうか。
続く




