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【57.怪しい動き】

 それからしばらく、他愛のない会話をしながら流れ星を待った。

 空を見ながら会話をすれば、流石にお互い見逃すこともなく、日付が変わる頃には、二人で見つけた流れ星の数は両手じゃ数えきれないほどになっていた。

 

「くあー」

 

 唐突に鳥の雛の鳴き声みたいなあくびをもらし、リタは目をこすった。

 

「眠い?」

「うーん……そろそろ限界かも」

「もう一生分の流れ星を見た気分だし、そろそろ寮に戻ろっか」

「うん……あ、そうだ」

 

 リタはゆっくりと屋上の端の方へ行き、その下の景色を見た。眠気で足を滑らせないように気を付けながら。

 

「さっきは私に危ないって言ったのに、自分は眠い状態で見て平気なの?」

 

 後ろからついてきたアイリは、呆れたような声を上げながらも、リタが落ちないようになのか、手を繋いでくれた。

 

「いやー、やっぱり高いところに来たら景色を見たくなっちゃうよね」

「もう、調子いいんだから……でも本当に綺麗だね」

 

 屋上から見えるのは、夜の街並み。リタがよく知る前世で言うところの高層ビルのような目立つ建物は、この世界には存在しない。

 その代わりに、点々と見える民家の光や町の露店の灯りが、前世の夜景とはまた違った綺麗さをもたらしていた。

 

「……ん?」

 

 ふと視線を下げると、校門の辺りに動く影が見えた気がした。


「ねえ、今あの辺に誰かいなかった?」

「どこ? ……あ、あの校門のところ?」

「そうそう」

 

 すっかり暗さに慣れたせいか、少し目を凝らすとその人影が認識出来るようになった。

 そこにいたのは、ピンク髪の小柄な少年——ウィルだった。

 

「ウィルだ……こんな時間にあんな場所で、何してるんだろう」

「お散歩とかかな?」

「お散歩……?」


 確かにウィルはただ歩いているだけで、何か目的があるようには見えない。

 一体どこに行くのだろうかとしばらく見ていたら、校門の辺りをうろついた後、校舎の方に向かって歩き出した。


「……校舎に用事があるのかな?」


 アイリの問いかけに返す余裕もなく、リタは考え込んだ。


 夜の校舎に一体なんの用事があるんだろうか。今日は流星群の日だが、それにしては来る時間が遅いし、そもそもウィルは星を見たがるような性格じゃない。

 だとしたら何を……と考えて真っ先に思いついたのは、リュギダスの件。


 ウィルは、ゲーム内でもラストに取り憑かれるキャラの一人だから、この世界でもそうなっている可能性は高い。

 ただウィルが憑依対象となるのは、ニコロルート——つまり主人公がニコロが結ばれる世界線の出来事だ。

 もちろん主人公(その2)であるリタには、ニコロとのフラグに全く心当たりがない。となると、


「アイリ、最近ニコロとどんな感じ?」

「え? なんで唐突にニコロの話?」

「気になったから。たまには恋の話とかしたいお年頃なんだよ」

「ええー……前にも言ったけど、ニコロは家族みたいなものだから、そういうの期待しても何も出てこないよ」

 

 そう話すアイリの頬には、朱がさす気配すらない。仕草、表情、そのどれを見ても照れている感じはないし、嘘をついてる様子もなく、本心から言っていることが伝わってくる。


 アイリは相変わらず脈無しっぽいが、ニコロがアイリに好意を寄せているのは事実。その上、今のところアイリのことを好いてる攻略対象は恐らく彼だけ。

 リタにその気がないのに、ラミオルートのレイラとの対話イベントが発生したように、アイリにその気がなくとも世界がニコロのルートに進むこともあるのかもしれない。

 

「……ウィル、見えなくなっちゃったね」


 アイリの声に考えることをやめて下の方を見渡すと、確かに彼の姿が消えていた。

 

「よく見えなかったけど、校舎の裏とかに行ったのかな……それか中かな」

「なんだったんだろうね。でもウィルって夜行性みたいなところがあって、気が付いたら門限過ぎてもどこかに行ったりするって、前にニコロが言ってた」

「そうなんだ……」

 

 周囲の目を気にしない自由人といった感じのウィルなら、何の用もなく門限を破って、夜の校内を散策することもあり得そうではあるけど……。


「今校舎に戻ったら、ウィルと鉢合わせちゃいそうだね」

「うーん……でもお互いに校則破っちゃってるから、そうなっても大丈夫だと思うよ」


 確かに理屈的にはそうだし、普段ならリタも気にしない。

 でも今のウィルにリュギダスが取り憑いている可能性がある以上、アイリと一緒の時に遭遇するのは極力避けたい。


「あのさ、やっぱりもう少しだけ星見て行かない?」

「いいけど……大丈夫なの? 眠いんじゃなかった?」

「なんか話してたら目が冴えてきちゃった」

「ならもう少しだけここにいよっか」




 アイリが付き合ってくれたおかげで上手く時間をずらせたのか、寮に戻るまでの道のりでウィルに会うことはなかった。


 部屋に着く頃には、アイリの方が眠気のピークを迎えていたらしく、ベッドに入って数分もすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 逆にリタは目が冴えてしまったので、ベッドで横になりながら、さっき見たウィルやリュギダスのことを考えた。


 Ⅱのラストバトルでは、リュギダスに取り憑かれた生徒に対し、『リタ』が魂を引きずり出す魔法を使うことになる。そして魂状態になったリュギダスと対戦するという流れ。


 つまり奴が襲来して来る前に何とかするという手段も取れるのだが、そのためには奴が誰の中にいるか確実に分かっている状況を見つけることが絶対条件。

 もしも間違ってただの人間にその魔法を使おうものなら、どうなるか想像するだけで恐ろしい。


「普通の人の魂なんて抜き出しちゃったら、殺人事件だもんな……」

 

 しかし、いくらリュギダスが傲慢で目立ちたがりな性格をしているとはいえ、今その瞬間誰に憑依しているかなんて、簡単に教えてくれるとは思えない。

 だから結局探し出すのは諦めて、大人しく奴から襲ってくるのを待つしかないだろう。


「……でもやっぱり、さっきのは気になるよなぁ」


 夜中に出歩いていたウィルの姿と同時に思い出したのは、ゲーム内に少しだけあったヒントのようなシーンのこと。


 ラミオルートで、リュギダスはレイラに試験前から何度か取り憑いていたとを話していた――もちろんその正確な日時までは分からないが。


 奴曰く、魂と肉体には相性というものがあって、相性の悪い肉体に取り憑くと実力が十分に発揮できない。だから主人公たちを襲うことが出来る器かどうかを試していたらしい。

 もしもこの行動がこの世界でも行われていると考えると、先ほど見かけたウィルの思惑が気になる。


「とりあえずウィルにはそれとなく探りを入れてみるとして……最悪なのは、私じゃなくアイリの方にいっちゃう場合だよなぁ……」


 ゲーム通りなら、リュギダスが襲撃してくるのは期末試験の最終日だ。


 内容はⅠとⅡどちらも同じ。三人一組で、試験場内に潜んでいる対象の魔物を討伐する。

 その組み合わせは選択肢などではなく作中で勝手に決められ、主人公である『リタ』と『アイリ』は、攻略対象と、リュギダスが憑依している相手と自動的に組まされることになる。

 しかし現状誰のルートにも入っていないとしたら、この組み合わせはどうなるか分からない。


 もし試験の際に取り憑かれている人物が分かったとしても、リタがその相手と組めなければ対処の難しさは段違いだ。


「こんな大事な要素が運任せしかないってのも最悪……」


 どうかこの世界がⅡ基準で出来ていますように。ラスボスが襲ってくる主人公がリタでありますように。ゲーム通り、組んだ相手にリュギダスが取り憑いていますように。

 いるかも分からないこの世界の神様に祈ることしか出来ないなんて、不甲斐ない。


「……まあ、でも実際は、アイリの方が強かったりするもんなぁ」


 好きな相手なんだから当たり前の感情だが、アイリを危険に巻き込みたくないというのはリタの願望でしかない。

 アイリが襲われた場合でも、それこそゲーム通りなら彼女には対処できる術がある。でももしもということもあるから、安心は出来ない。


 そもそもアイリには危険な目に遭ってほしくないし、そのために自分が出来ることは可能な限りしておかなくちゃいけない。



 そこまで考えている間に、どこかにいっていた眠気に再度襲われたリタは、いつの間にか意識を落としていた。



◆ ◆ ◆



「リタ様、おはようございます!」

「おはよう、エミー……って言っても、もうお昼だけど」

 

 ちなみに場所は校内にある食堂。リタは昼食の真っ最中だった。

 

「今日は朝食の時間にも会えませんでしたし、朝から別々の授業続きでしたもんね。リタ様に会えなくて寂しかったです」


 そう言いながらリタの隣に座るエミリー。お互いの肘がくっつきそうなほどの近さだったが、なんだか最近この距離感にも慣れてきた気がする。


「リタ様はお一人なんですか?」

「うん。アイリはあっち」

 

 リタが手で示した先には、クラスメイトに囲まれて昼食をとるアイリの姿。

 

「へえ、珍しく人気なんですね」

「珍しく?」


 確かにああして別の友人と行動しているアイリを見るのは数日ぶりくらいだが、リタ的には、珍しくと言うほどの感覚でもなかった。


「リタ様はあちらでご一緒しないんですか?」

「クラスの子とはまだちょっと距離感が掴めなくて……下手に空気悪くしたらアイリに気を使わせちゃいそうだし」

「ご友人思いですね」

「そんな褒められたものじゃないよ。ビビリなだけ」

「それにしても、クラスの方も物好きな……あ、リンナイトも合流しましたね」

「本当だ」

 

 女子ばかりの集まりに向こうから声をかけられた挙句、すんなり輪に入っていけるなんて流石ニコロだ。

 ちなみに彼の後ろにいたウィルはさりげなく場から逃げ出していたのだが、その姿を見てリタは昨夜のことを思い出した。


「……エミー、ごめん、ちょっと席外してもいい?」

「構いませんけど……?」


 不思議そうな表情のエミリーをその場に残し、リタは椅子から立ち上がってウィルの方に急いだ。

 ニコロたちから離れ、出入り口の方に移動しようとしていた彼の背に声をかける。

 

「ウィル」

 

 名前を呼ばれて立ち止まったウィルは、そのままゆっくりとした動きで振り向いた。その目元にはクマのようなものが出来ていて、見るからに寝不足なことが分かる。

 

「……やあ、最近はよく君と話す機会があるね」

「うん。ウィルはニコロたちと一緒じゃなくていいの?」

「あいにく、俺にはあんな大勢と食卓を囲む趣味はない」

 

 言葉の途中で、ウィルは小さなあくびを漏らした。


「それに、我慢の限界が来たから食事自体を断念することにしたんだ。最近寝不足でね」

「寝不足……」

「ああ……例の件でしばらくは寝不足が続きそうだよ。というわけで、申し訳ないが用がないのなら、俺は部屋に帰って寝させてもらう」

「あ、ごめんね、呼び止めちゃって」


 よほど眠いのか、今にも倒れそうな足取りで食堂を後にするウィル。

 その姿を見送りながら、リタは首を傾げた。


「いつも通りのような気もするけど……どうなんだろう」


 リュギダスは取り憑いた人物の記憶を覗き見れるという設定なので、その記憶に基づいて本人っぽく演じることは容易い。そのため、いつも通りだからといって、取り憑いていないということにはならない。


「……とりあえず、しばらく様子を見てみよう」


 とはいえ、あの調子だとそのうち彼は学校を休んでしまいそうだが。



 エミリーの元に戻ると、彼女の手には黒い液体が注がれたカップが握られていた。


「あれ、今日はコーヒーなんだ」

「たまには気分を変えてみようと思いまして。……ところで、ロデリタに何か話があったんですか?」

「あー……だったんだけど、部屋に戻っちゃった。なんか眠いんだって」

「また読書ですかね」

 

 あんなに熱心になるということは、彼は取り憑かれてなどおらず、ハドラーの魔導書に夢中だということであればいいのだが。


 今のリタには、自分の心配が杞憂で終わることを祈ることしか出来なかった。



続く

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