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【56.今目の前にいる彼女】

「なに言って——」


 リタは深く考えずに返事をしようとしたが、こちらを見るアイリの表情が真剣なことに気が付き、言葉を止めた。

 アイリを他の人に重ねて見てる——その他の人というのがゲームの中の『アイリ・フォーニ』のことを指すのなら、


「そうかもしれない……」


 素直に頷いたものの、それは人によっては失礼に感じることかもしれない。リタ自身は他人と重ね見られても特に気にしないが、アイリがどう思うかは分からない。


「ごめん……こういうの嫌かな」

「嫌というか……ちょっとショックっていう方が合ってるかも」

「ご、ごめん」

「謝ってほしいわけじゃなくて……リタとその人の間に何があったかは分からないけど、私はその人じゃないから、変に気を遣わないで。私、リタを嫌ったりしないから」


 握られていたアイリの手に、少し力が込められた。

 リタが気まずくて逸らしていた視線を戻すと、目の前のアイリの表情はいつもの優しいものに戻っていて、少しホッとする。


「……本当に? なにがあっても?」

「うーん……よっぽどのことじゃない限りは」

「よっぽどのことって?」

「えー…………思いつかないよ」


 それはつまり、現状アイリのリタへの好感度はかなり高いということなんだろうか。


「……リタはその人のこと、今でも大好きなんだね」

「うん。アイリと同じくらい」

「それは光栄だなぁ……、あっ」

「え?」


 アイリが声を上げるのと同時に後ろを指さしたので、リタも振り向いた。しかしそこには何もない。


「今、流れた、星」

「え、流れ星? うそ、どこどこ?」

「すぐ消えちゃった。流れ星って本当に一瞬だよね……消えるまでにお願いごとなんて出来るのかな」

「難しいからこそ、出来たら叶いそうじゃない?」


 ちなみにリタは前世で流れ星を見つけた時、「金、金、金」と浅ましい願いを短く伝えてみたことがあるが、少なくとも生きている間に叶うことはなかった。


「そういえば、願いごと思いついた?」

「あんまり。やっぱりリタが言った通り、世界平和が無難なのかも」

「あ」


 話している間に、真っ暗な空に一本の線が走った。かと思ったら一瞬で消える。


「本当に一瞬だ……」

「あ、しか言えないよね」

「でも綺麗だった」


 流れ星といえば願いごとというイメージが強かったけど、そんな野暮なこと考えずに素直に楽しんだ方が得なのかもしれない。


「……さっき話した、小さい頃のお願いの話だけどね」

「うん」

「友達が欲しいってお願いしたの」

「じゃあ叶ってるじゃん」

「どうだろうね」


 リタが自分を指さしながら言うと、アイリは空を見上げたまま笑った。


「えっ、私たちって実は友達ではない……?」

「まさか。……でもその時に願ったのは、私を一番好きでいてくれる友達」

「……ニコロは?」

「ニコロは私にとって唯一の友達だったけど、やっぱり男の子の友達と一緒の時の方が楽しそうだったから。それが羨ましくて、そう願っちゃったのかも。子供っぽいでしょ」

「それでも叶ってるじゃん」

「……」


 無言でこちらを見てくるアイリ。その目はまん丸に見開かれていて、驚いているのがよく分かる。


「なにそのビックリした顔。私はアイリが大好きだって、さっきアイリ自身も言ってたじゃん」

「……だってリタって、誰のことも好きって感じだから」

「そっ——」


 そんなことないよ! 私はアイリ以外どうでもよくて、ちょっと前までクラスメイトの名前も顔もほとんど覚えてなかったんだよ!? ——果たして、こんなセリフを吐かれて引かずにいる人は、何人ほどだろうか。

 それこそ、出会って間もないアイリに対しての異様な特別視を気味悪がられてしまうかもしれない。


「そんなことない、こともない……けど、私にとって特別なのはアイリだけだよ」


 極力言葉を選びつつリタが見つめ返すと、アイリは視線を逸らし、上を見たり下を見たりしながら、よく分からない間を置いた後、ぼそりと言った。


「…………でも、エミーとデートしてた」

「え? エミー?」

「ウィルとも二人で出かけてるし、気が付いたらよく知ってる風だったし」

「いやそれは」

「ラミオ様には告白されるし、ニコロもリタのことは妙に特別視してるし……リタと知り合ったのは、みんなより私の方が先だったのに」

「……えっ……あの、妬いてるの?」

「や、妬いてないよ! そういうのじゃなくて……リタがこの先誰かともっと仲良くなったら、置いて行かれるかもしれないって、勝手に寂しくなってただけ」


 それはある意味で妬いているということじゃないだろうか——とも思ったが、追及すると怒られそうだったのでやめておく。


「他の人には悪いけど、私の一番はずっとアイリだよ」

「……それは、私がさっき言ってた人に似てるから?」

「なんかその言い方だと、私がアイリじゃなくて、その子と似てる子を好きって思われてそうで嫌だな……」


 どうやらアイリは、自分が他人の代わりとして見られていることを結構気にするタイプらしい。

 リタはどうにか誤解を解きたくて、口を開いた。


「んー……例えば、誰かを好きになる時ってキッカケがあると思うんだけど……私がアイリを好きになったキッカケが、私の好きな相手に似てたからっていうのは、本当」

「うん」

「でもアイリは……その子と違うところもある。私の好きな子は、普段は優しくて可愛い女の子なのに……すごい魔法が使えて――」


 喋りながら、リタの頭の中に前世の記憶が鮮明によみがえってきた。


 前世の自分はホリエンを何度もプレイして、アイリやその世界観を深く理解していた。

 しかしそのアイリはあくまでキャラクターで、何度プレイしたって、当然彼女の言動は変わらない。

 あの時の自分が好きになったのは、ゲーム内にいる『アイリ・フォーニ』だ。


「規格外の強さで、魔法でバタバタと敵を倒していって」


 ホリエンの『アイリ』も、平和主義で争いを好まなかった。でも組織との戦闘シーンでは、当たり前だが人間相手に普通に戦っていた。

 人に魔法が撃てないなんて素振りも全くなくて、それに思い悩む姿も見たことがない。


 だからこの世界で彼女と初めて会ってしまった時も、魔法で自分を格好良く助けてくれたと思っていた。

 でもあの時はきっと相当な無理をしていて――そこまで考えて、リタは今更ながらに気が付いた。


”私、魔法の力加減がイマイチ上手く出来なくて……人に向かって撃つのも苦手なの”


 上級魔法で相手を倒した後、不安げな顔でそう言ったアイリは。

 今リタの目の前にいる彼女は、リタの推しの『アイリ・フォーニ』と、顔も名前も境遇も同じだが、もう完全に同じ存在ではないのかもしれないということ。


 それはアイリだけじゃなく、ニコロもラミオもウィルもスピネルも。エミリーだって、今の彼女はブラコンを拗らせて家族と仲違いするようなことはないだろう。


 転生をキッカケに、リタが『リタ』らしからぬ行動をとったことにより、世界の歴史が変わってしまったのと同じように、この世界に住む人たちも多かれ少なかれ変わったのだ。

 今のリタには、それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。


「……リタの好きな人は、すごくカッコ良いんだね。私とは全然違うよ」

「そ、そんなことないよ! アイリは……」


 今のアイリが、たとえゲームの中の『アイリ』とは違う人格だとしても、彼女がアイリ・フォーニであることも確かなのだ。


 なんだかリタ自身なにを言ってるのか分からなくなってきたが、転生なんていう人知を超えた出来事が起こった結果なんて、リタのちっぽけな頭で整理できるはずもない。


 『アイリ』とアイリの違いとか、違ったからどうこうとか、そんな小難しいことは考えたって分からないんだから仕方ない。


「とにかく、私はアイリが……君が好き」


 必要なのはきっと、リタがこの世界に存在するアイリを幸せにしたいと強く願っているという事実だけだ。

 画面越しに見ていた「推し」と同じくらい優しくて可愛い、リタの大好きで大事な友達が、不幸な目にあわなければそれでいい。


「この気持ちは誰かへの代わりとかじゃなくて……今、目の前にいるアイリへの気持ちだから」

「……そっか。ありがとう……っていうか、ごめんね、本当に変なこと気にしちゃって」

「ううん、私の方が先に変なこと言っちゃったから。私の方がごめん」

「あ、謝らないでよ……元々は私がリタの……その、一番が、自分だったらいいのにって思ってて。だから、リタの大好きな子って聞いて……今まで言ってくれてた好きとかも全部……その子に向けてたのかなって思ったら……ちょっと嫌だなって、思っただけ、だから」

「あ、アイリ……!」


 恥ずかしかったのか、後半は常人には聞こえないレベルの早口&小声になっていたが、リタの耳が彼女の声を聞きもらすわけはなかった。


 アイリはこの世界で出会った頃からずっと可愛くて優しい、リタが思い描いた通りの女の子だ——今のアイリを見てそう感じられるのは、ここがホリエンの世界だから当たり前とかじゃなくて、アイリが本当にそういう子だからなんだと思う。


「やっぱりアイリの願いは叶ってるよ! 私は何があってもずっとアイリが一番だもん!」


 リタは勢いで抱きしめかけたが、何とか踏みとどまった。この世界の同性間のスキンシップはどれくらいが正解なのか、いまだよく分かっていない。


「あ、でもどうせなら私もアイリと同じことお願いしよっかな。他にこれといった願いも思いつかないし」

「え……リタはそんなお願いしなくたっていいでしょ」

「なんで?」

「なんでって……、……今までの流れで、なんとなく察せられない?」


 やや拗ねたように言われてしまい、頑張って察しようと努めたが、分からなかった。

 黙って首を振ると、アイリが深い溜め息をつく。彼女と出会って以来、こんなに分かりやすく呆れられたのは初めてで、ちょっとショックだ。


「…………願わなくても、もう叶ってるって言いたいの」

「もう叶ってる……?」


 首を傾げつつ同じ言葉を繰り返したが、流石のリタもここまでハッキリ言われて分からないほどの馬鹿ではない。


「アイリも私のこと一番好きって思ってくれてるの?」

「…………私の方がそう思ってなかったら、妬いたりしないでしょ」


 やっぱり妬いてたんだ——とか、いつもならそんな軽口を挟んでいたかもしれないが、言葉が詰まって出てこなかった。


 今までもアイリに好きと言われたことはあったし、流石にある程度は好かれている自覚もあった。でも改めて本人の口から肯定してもらえると、自分が想像した以上に嬉しくなってしまった。

 嬉しすぎて、今度は感情が制御出来ずに目の前のアイリを思いきり抱きしめた。


「アイリ大好き!」

「わっ……、もう、やっぱりリタってわんちゃんみたい」

「前にも言われたけど、それ他の人なら誉め言葉と捉えないやつだよ」

「えー……最大級の可愛さの表現なのに」


 それを最大級と言えるほど、アイリが犬好きとは知らなかった。

 きっとこの先も、前世では知らなかったアイリが増えていくんだろう。でもどんな一面を見ても、彼女に愛想が尽きる気がしない。むしろどんなところも可愛いと思ってしまいそうだ。


「…………あ、流れ星」

「えっ!? どこどこ……って、もう見えないか」


 咄嗟にアイリの体を離して空を見上げるも、時すでに遅し。


「まさか二度も見逃すなんて……私めちゃくちゃ運いいのに」

「そんなに自信あるの?」

「ある!」


 アイリとの関係もそうだが、リタは日常生活においてどちらかといえばツいていると感じることが多い——というより、『リタ』がそういう設定だったので、そうだと思い込んで生きている。その方が幸せになれそうだから。


 まあラミオやエミリーの時のような、思いがけないトラブルを背負ってしまう例外もあったので、実際のところ『リタ』みたいにツいてるのかは分からないが。


「私も運には少し自信があるの。昔から怪我や病気の治りも早いし」

「あー……アイリは良い子だから、天使様が守ってくれてるんだね」

「ふふ、なにそれ」


 当たり前だがただの冗談だと思われたようで、アイリはおかしそうに微笑んだ。



続く

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