【54.流星群を見に行こう】
あのあと三分ほど言い合った二人の出した結論は「王族の方とご一緒するのは勇気がないけど、リタとは話をしたいから食堂まで一緒に行こう」というものだった。二人の結論というか、ほぼほぼミシャの意見で、ナタリアはそれに異論がないだけ、みたいな感じだったが。
もしもエミリー様にお水でもこぼしたら、スパゲティのソースを飛ばしでもしたら、考えるだけで恐ろしい——真っ青な顔でそんなことを話していたミシャは、相当臆病な性格なんだろう。そんな子に無理強いすることは出来なかった。
二人と一緒に食堂へ向かうまでの間、クラスメイトについての話をした。
ミシャは臆病かつ人見知り、ナタリアは人付き合いにあまり興味がないタイプらしく、リタほどではないものの他の生徒とはあまり話したことがないらしい。
「アイリとは、前から仲良くしたいなって思ってたんだけど……最近クラスの子によく囲まれてるから、今話しかけたら迷惑かなって、迷ってるんだ」
「アイリはいつ話しかけても、迷惑なんて思わないと思うよ」
「……改めて考えると、リタはよく目立つ人たちの誰かしらと一緒にいるわね」
言われてみればそうかもしれない。ラミオやニコロはもちろん、アイリも最近はそんな感じだし。リタ自身は、攻略対象じゃないからと見落としていたエミリーも、流石に王族なのでクラスでは目立つ方——なはずだ。彼女も大抵一人で過ごしているタイプだが。
「アイリとは前に一回だけ授業で話したことあるんだけど……優しいよね」
「そうなんだよ! アイリは可愛い上にめっちゃ優しいんだよ!!」
「う、うん、そう思う……」
リタの返事の勢いに、若干引き気味のミシャ。推しを褒められるとテンションが上がってしまうオタクの性も、そろそろ抑えられるようになった方がいいかもしれない。
「二人はすごく仲良しなんだね」
「えへへ……アイリとは固い友情で結ばれていると信じたいんだよね! 向こうは迷惑かもだけど!」
一時期は少し離れることも考えたが、やっぱり支障がない限り、アイリが拒否しない限りはそばにいたいと思ってしまう。
そもそも友達かつルームメイトなのになんの理由もなく距離を置けるわけがないことに、今更気が付いた。
「二人もよく一緒にいるよね」
「うん、ナタリアとは幼馴染なの」
「幼馴染でこの学校に通ってるなんてすごいね」
「お互いにギリギリ合格だけどね」
ナタリアは自虐的な感じでそう言ったが、それでも二人の年齢を考えると充分すごいことだと思う。
「すごいと言えば、あなたたちの方じゃない。特待生なんて、第一王子様以来だし」
「いやー……」
私はアイリのおまけみたいなものだから——そう言ったら、謙遜が過ぎて嫌味に聞こえてしまうだろうか。
言うか迷っていると、すれ違った女子生徒の集団の話声が、微かに耳に届いた。その中に出てきた「流星群」という言葉で、あることを思い出す。
「あ……そういえば今日だったっけ、流星群」
最近はリュギダスのことで頭がいっぱいで、すっかり他のイベントや日付のことを忘れていた。
「クラスの子も話してたね。なんか、今年は特に綺麗に見えるらしいよ」
この町で毎年見られる流星群は、国外でも有名だ。
Ⅰのニコロルートでは彼と一緒に星を見に行くイベントが用意されているのだが——今日の日付を思い出すと、ゲーム内と綺麗に一致する。ただ、これは三年生の時に起こるイベントなので、またも時系列がズレている。
「前に家族で見に来たことがあるけど、すっごい綺麗だったなぁ」
「でも残念なことに、流星群のピークの時間帯を考えると寮の門限を破ることになるから、学生の間はお預けね」
学生寮は夜の八時以降は外出禁止。住み込みの寮母に見つかった場合、罰則を受けることになる。罰の内容は外出理由によって変わるが、常習かつ悪質だと判断された場合は退学もありえるので、なかなかリスキーだ。
「でも、バレなきゃ大丈夫じゃない?」
「バレた時のリスクと天秤にかけると、安易に破る気にはなれないわ」
「……それもそっか」
ちなみにゲームの展開通りなら、この日は地下室の件の話し合いのため、寮母を含めた学校関係者全員が夜中の校内に集まり、主人公たちは見つからずに寮を出ることに成功する。
ただ、必ずしも全ての出来事がゲームと同じになるとは限らない。確証のないことを彼女たちに教えるのはやめておくことにした。
それから適当な話をしていると、食堂の前に着いていた。二人とはそこで別れ、リタはアイリたちを探す。
昼休みに入って少し時間が経ってしまったので、食堂は多くの生徒で溢れていた。
その中で割と早めに二人を見つけられたのは、アイリという存在が光り輝いているからなのか、単純にエミリーの髪の色が目立つからだろうか。
「ごめん二人とも、ちょっと遅れちゃっ……て?」
疑問形になってしまったのは、目の前の光景を不思議に思ったから。
二人の間には一席分のスペースが開けられていた。
確かに三人でいる時は、いつもリタの両隣に二人が座っているが……二人の状態なら、隣同士で座ればいいのに。
「ううん、大丈夫だよ。……どうかした?」
空席を見て思わず呆けてしまったリタだったが、アイリにそう尋ねられて、「なんでもない」と言って、少し迷ってから真ん中のスペースに腰を下ろした。
「ちょうどリタ様が入ってくる瞬間が見えたんですけど、さっき一緒だったのってクラスの方ですよね? 珍しいですね」
「どうせ友達少ないですよ……」
ぼやきつつ、高く積まれた皿の一番上を取る。
目の前の大皿に盛られていたチキンのトマト煮込みを一人分そこに取り分け、そばに置いてあったパンを二つとって座り直した。
「拗ねないでくださいよ。それにリタ様が友人を増やせないのは、ほぼラミオの影響ですから」
「初日に決闘したから?」
「それもそうですし、その後もラミオが一方的に迫っているせいかと」
「まあ……ラミオって人気あるもんね」
「でも、リタは話さえすればみんなと仲良くなれると思うよ」
隣でお上品にパンをちぎって食べていたアイリが、そんなことを言う。
「ほんと? 私、喋るのは好きでも、あんまり話上手じゃないけど」
「だってリタ、優しいから」
前にもそんなことを言われた気がするが、リタはアイリが好きだから彼女に優しくしているだけで、リタの性根が優しいというわけではないのだが。変に否定すると謙遜合戦が始まりそうだからやめておく。
「まぁ私としては、リタ様の人気が出ない方が嬉しいですけど」
「私もあんまり目立ちたくないから、今の方が気楽ではあるかも」
いつも通りパンにかぶりつこうとして、アイリを見習って一口ずつちぎって食べてみた。なんだか物足りなくて、小鳥にでもなった気分だった。
「……そういえば、少し前に職員室で先生方が話してるのを聞いてしまったんですけど。今度の定期試験、実技の方は集団で何かするみたいですよ」
「えっ!?」
唐突にエミリーから放り投げられた爆弾発言に、リタはギョッとした。
ゲームでリュギダスが襲ってくる三年生時の定期試験は、三人一組で行うものだった。試験の内容は毎年変わるので、ここまで条件が揃ってくると、いよいよ嫌な予感しかしない。
「しゅ、集団で……」
一方アイリも別の意味で不安を感じたのか、顔を青ざめさせていた。
前回はリタが誤魔化したが、アイリは未だに人に魔法を撃つことが出来ない。幸か不幸か、その後に行われた必修授業での実技は対人戦なども無く、まだクラスのみんなにそのことはバレていない。そして必修以外の実技は相変わらず回避している。
「……リタ様もアイリも、どうしてそんなに不安そうなんですか? お二人の実力なら学年トップも目指せると思うんですけど」
「さすがにトップは無理じゃないかな……」
アイリは本気で言ってそうだが、彼女が実力を遺憾なく発揮できればその可能性は充分ある。まあ、発揮できないかもしれないのが彼女にとって一番問題なのだが。
「逆に、私はちょっと自信ないんですよね……座学の方で何とかカバー出来るといいんですけど」
そういえば、リタはまだエミリーの魔法を直接見たことがなかったことを思い出した。
「エミーって何属性の魔法使うの?」
「えっ……今更ですか? ……私に興味なさすぎませんか?」
「ご、ごめん。何故かいつもエミーを見過ごしてて……」
「もう……もっと私に興味持ってください。火と水です」
ちなみにラミオは火と土だ。魔法の才能は遺伝による要因が強いので、血縁者は同じ属性魔法を使えることが多い。
「リタ様は五属性使えるんですよね?」
「まあ……うん」
入学の際に使用できる属性を学校側に申告して以降、表立って言ったことはないはずなのだが、噂はどこからか巡るものらしい。
「不思議ですよね……どんな優秀な魔法使いでも、三属性が限界だって聞いてたのに。リタ様ってとんでもない突然変異ですよね」
「ははは……」
庶民出身だということも考えれば、最早「突然変異」の一言じゃ片付けられないほどの才能なのだが、笑って誤魔化しておく。
これは制作陣たちが『リタ』を贔屓することに必死だった結果だろう。
「属性といえば……アイリもアイリで、雷のみなんでしたっけ?」
「うん。魔法が使えるって気が付いてから何度か試したけど、雷しか使えなくて……」
「それもそれで不思議ですよね……でも魔力量はすごいですし、見習いたいです」
「うん……」
にこりと微笑むエミリーに、アイリは微妙な反応だった。その反応をリタが疑問に思うよりも先に、エミリーが声を上げる。
「とにかく、上位目指して頑張りましょう!」
「うん、頑張ろう!」
「うん……」
張り切るリタ達とは違い、アイリの表情はイマイチ晴れないままだった。
◆ ◆ ◆
夕食を終えて寮に帰ってくると、アイリは溜息をついてベッドに腰かけた。それは一体今日何度目の溜息だろうか。リタは十回を過ぎたあたりから数えるのをやめたので、定かではない。
「また憂鬱な日々が始まっちゃったね」
「うん……すべての授業と試験が座学だけならいいのに」
それはなんとも、魔法学校らしくない地味な光景になりそうだ。
「まあ、なるようになるよ……って、軽く捉え過ぎか」
「ううん、逆に私が深刻に考えすぎなところあるから。いつかは乗り越えなきゃだし、もし本当に集団試験なら、他の人に迷惑かけるわけにもいかないし……やるしかないもんね」
思ったよりも前向きな答えが返ってきて、リタはホッとした。
周囲に認められるようになったことで、アイリも少しは過去のことが振り切れつつあるのかもしれない。
グッと両手を握り、やる気を絞り出しているらしいアイリが可愛らしい。
微笑ましい気持ちで眺めていると、彼女は手を下ろして窓の方に歩いて行った。
それから少しの間の後、口を開いた。
「ねえ、聞いた? 今日は流星群の日なんだって」
「…………えっ?」
間を置いてからの反応になってしまったのは、その台詞に聞き覚えがあったから。
それは先ほど思い出した、ニコロルートの流星群イベント内にあるアイリの台詞と、一言一句同じだった。
「あれ、聞いたことない? この町、流星群が綺麗に見えるって有名なんだよ」
「そ、そういえば、聞いたことあるような、ないような?」
ゲーム内のイベントを踏襲した出来事が起こることは初めてじゃない。それに関わる人物が変わることも何度かあった。
だからそれ自体は動揺することでもないのだが、このイベントは今までのものと違って、主人公とニコロが恋人同士になった後に起こるものだったので、つい動揺してしまった。
「……アイリ、流星群に興味があるの?」
「うん。見たいけど……門限があるもんね」
そう言いながらも外を気にしている様子のアイリを見て、優等生なニコロにしては珍しく、寮を抜け出して流星群を見に行くことを提案。そしてたまたま寮母が不在だった——という何度も見たゲームの映像が、リタの脳裏を過った。
このイベントが今発生したのは、アイリが純粋に流星群に興味があるからなのだろうか。それとも気付かない内にこの世界はニコロルートに……でもそれならこの台詞を言われる相手は彼じゃないとおかしい。
やっぱり、アイリが単に星を見たいのかもしれない。
「……それなら、内緒で抜け出して見に行く?」
「え、でももしバレたら——」
「バレそうになったら、その時は諦めればいいじゃん。私も気になってたし、アイリさえよければ一緒に行こうよ」
リタの誘いに対し、アイリは迷うような表情を見せた。けどそれも数秒のことで、すぐに頷いてくれた。
「うん、私も見に行きたい」
「じゃぁ決定! 今から行くと流石に早すぎるから……時間つぶしにお喋りでも——」
「先に宿題済ませちゃおっか」
「さ、流石アイリ、真面目だね……」
続く




