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【53.初めてのクラスメイトとのまともな接触】

 ラミオと美味しいチョコとは何かについて話しながら作業をしている間に、ちらほらと他の生徒が登校してきた。

 その中にアイリの姿を見つけたリタは、彼女の方に駆け寄っていく。


「アイリ、おっはよー!」

「おはよう……って、朝起きた時にも言ったけど」

「アイリと何度も挨拶をかわせる幸せ! 最高!」

「今日はいつにも増して元気だね。なにか良いことあったの?」

「いやー、それがさぁ」


 先ほどのラミオとの会話を教えながら、アイリと共にいつもの席へと向かう。

 リタと同じく甘いものが好きなアイリは、デザートと聞いて嬉しそうだった。


「ラミオ様は優しいね」

「そうだね。初めて会った時に黒いの呼ばわりされたのが嘘みたいだよ」


 よく考えると、この世界では「黒いの」というのは特別な意味を持たないのかもしれない。前世で「黒いの」なんて呼ばれた日には、多くの人間を恐怖させるあの虫しか連想できないが。


「……やっぱりリタはすごいね」

「え、なんで急に私の話?」

「ラミオ様にもエミーにも好かれてるから」

「いや……それはたまたま、偶然で」


 アイリからこの手の話が出ると、毎回冷や冷やした気持ちになる。

 どれだけ彼女と仲を詰めようと、攻略対象たちの好感度を上げないように努めようと、ゲーム通りの展開は避けられないんじゃないかという疑念が、完全には拭えないからだ。


「ニコロとだって……ウィルとだって、いつの間にか仲良しだし」

「に、ニコロはほら、誰とでも仲良いから」

「……でも、ニコロって異性とは一定の距離を保って付き合うところがあるから。リタとはすぐに仲良くなっててビックリしたよ」


 それは恐らく、過去にアイリの友達作りをしようとして失敗した苦い経験があるので、アイリの敵にならなさそうな女子としか距離を詰めないようにしているんだろう。

 だから出会った時点でアイリとそれなりに親しそうだったリタを信用するのが早かっただけだ。


「アイリだって、クラスの子と仲良くなってるじゃん。私はまだ馴染めてないのにすごいよ」

「それは……そうかもしれない、けど」


 アイリが俯いてしまったので、リタは焦った。褒めたつもりだったのだが、上手く伝わらなかったのだろうか。もしかして嫌味に捉えられたりしてないだろうか。


「あ、今の”そうだけど”っていうのは、リタが馴染めてないって意味じゃないからね」


 しかも変なフォローまで入れさせてしまう始末。


「……本当はあの時だって、リタがみんなに褒められるべきだったんだよ」

「実技の時のこと? その話は前に決着ついたじゃん。私はあそこで勝った方が、今より悪く見られてたって」


 なにせクラスメイトの顔も名前も覚えておらず、ロクな指示も出さずに単独突撃していった奴だ。そんなのが授業で活躍したところで、周囲に快く思われるわけがない。なんならブーイングが起こっていたかもしれない。


「でもそれは予想でしょ。私は、リタが勝ってればリタが褒められてたと思うし、みんなと仲良く出来てたと思う」

「それこそただの予想じゃん……」

 

 確かにゲームの『リタ』は愛され系主人公だったし、そういう光景をたくさん見てきた。しかし今のリタはその『リタ』と性格も立ち位置も大きく異なっているし、そもそも『アイリ』の方が『リタ』より遥かに愛されが似合う——これだけはアイリファンとして譲れない。

 

 そこまで考えて、ふとこの間のウィルの言葉を思い出した。

 アイリはクラスメイトに囲まれている時、疲れているように見えるって。


「アイリって……」


 言いかけて、いったん止める。

 アイリってクラスの子と話すの苦手?なんて直球で聞いたら、彼女が不愉快に感じないだろうか。


「なに?」

「えっと……アイリは、クラスの子のこと好き?」

「もちろん好きだけど」

「……そっか」


 なんだか聞きたかったこととズレてしまったけど、重ねて聞くのも変だし、どうしようか。


 リタがあまり良くない頭を必死に回転させていると、いつの間にか教室に来ていたエミリーが、元気よく「おはようございます!」と挨拶してきた。


「あ、エミー、おはよう」

「お二人は相変わらず仲良しですね」


 言いながら、いまだ慣れない至近距離に座り、密着してくる。

 先ほどラミオは言っていた。エミリーは好意を持つ相手にほど照れやすい性格だと。

 リタ的には、エミリーは自分のことが好きだからくっついてくるものだとばかり思っていたのだが。


「……ねえ、エミー」

「なんですか?」

「私はエミーのこと好きだけど、エミーは私のこと好き?」

「もちろん好きですよ?」

「……んん?」


 なんだか変だ。

 エミリーは今まで何度も「好き」と伝えてくれたし、大抵はサラリと言ってのけることが多かった。けど、それはあくまで自分から思いを伝えてくる時のこと。リタの方から好意を示した時、彼女はこんなにあっさりした反応をしていただろうか。


「どうかしたんですか?」


 しかしいざ問いかけられても、上手く言葉に出来ない。慣れただけかもしれないし。


 

 結局今日も、エミリーがなんだかおかしいという曖昧なモヤモヤだけが残る結果となってしまった。


 

◆ ◆ ◆


 

 四時限目は、アイリともエミリーとも違う授業で一人寂しく学ぶことになった。

 しかしこれが終われば昼食の時間だ。


 召喚魔法についての話を聞きながら、頭の片隅で何を食べようかと考えているうちに授業が終わっていた。

 二人とは食堂で集合になっているから、待たせないように手早く教科書を片していると。


「あ……あの、今ちょっといいかな?」

「はぃ?」


 アイリたちのいない教室で誰かに話しかけられるなんて予想外過ぎて、声が裏返ってしまった。


 視線を上げると、リタの前に二人の少女が並んで立っていた。年齢はどちらもリタより一、二歳ほど上に見える。


「私たち、さっきの授業でちょっと分からないところがあって……ここなんだけど、分かるかな?」


 えんじ色の長い髪をした気弱そうな少女が、開いたノートを指さしながら提示してくる。

 近づいて見てみると、リタが分かる範囲の問題だった。


「うん、分かるよ。ちょっとノートに書いても大丈夫?」

「う、うん」


 おずおずとこちらに差し出されるノート。それを受け取る際、手が触れてしまった瞬間、びくりと相手の体が震えた。


 この妙な怯えようはなんだろうか……今まで好戦的な一面を見せすぎて、戦闘狂か何かだと思われているんだろうか。


「んー……ミシャとナタリアは、こっちの問題は分かった?」

「え!? な、名前、知ってたんだ……」


 さっきまでの怯えも忘れてしまうくらい、心底驚いたというようなリアクションをとられてしまった。

 

 確かにリタは、少し前までクラスメイトの顔と名前を全く把握していなかった。最初はエミリーのことすら見落としていたので、相当な視野の狭さだ。

 リタにとっての最優先事項は、アイリを退学にしないこと。だから彼女と、それに関わる攻略対象たち以外を全く意識していなかった。


 しかし最近のアイリは、実技の時の引け目があるのか、割と露骨に「リタもクラスメイトと仲良くしてほしい」アピールをしてくる。今朝のように。

 アイリが望むのならばと、とりあえずクラスメイトの顔と名前を覚えることから始めていた。

 ようは、二人に今話しかけられたのはタイミングが良かった。


「ミシャ、そこで驚くのは失礼じゃない?」


 ミシャの隣に立っていた、緑色の髪を後ろで一つに結っている少女が、ツッコむような形で言う。凛々しい顔立ちによく似合う、凛とした声色だった。


「あ、ご、ごめんなさい。深い意味はなくて……ただ、あんまり話したことなかったし、私地味だし、認識されてると思ってなくて」

「そんなことないよ。二人ともすごく賢いし」


 実際、二人はどの教科でも先生に答えを求められた際、間違ったところを見たことがない。

 頭が良く、いつも二人一緒に行動しているという特徴もあったため、顔も名前も覚えやすかった。


「そんな二人に頼られるなんて光栄だなぁ、なんて」


 コミュニケーションの基本は笑顔。そんなことを思い出してにこにこ笑っていると、ナタリアの切れ長の瞳が、さらに細められた。


「……リタは、いつも小テストの結果、クラスの真ん中くらいよね」

「うん、私は何事も万遍なくなタイプだから。平均点が売り」

「でも、いつも解き終わるの早いし、余裕そうに見えるんだけど」

「よ、よく見てるね」


 彼女の指摘通り、リタはテストの時間の大半は眠気と戦っている。

 ゲーム内の『リタ』は、実技・座学ともに成績優秀な優等生。その印象から極力逸れるために、座学の点数を低めに調整しているのだ。実技よりは座学の方が手を抜いても先生にバレにくそうだから。


「でも余裕はないよ。解くのは早いけど、分からないから途中で諦めてるだけ」

「……その割に、その問題は分かるんだ?」

「こ、これはー……たまたま昨日予習した範囲にあったから」

「そうなの……」


 やや苦しい言い訳だろうか。

 ナタリアの刺すような視線に居心地の悪さを感じていると、ミシャがパタパタと手を振った。


「ぎゃ、逆に、私たちはこの科目苦手で困ってたんだ。だから教えてもらえると助かる……ね?」


 ミシャの振りに、腕を組みながら「うむ」と武士のような返事をするナタリア。喋り方といい態度といい、硬派な女の子なんだろうか。


「じゃぁ立ちながらもなんだし、ここ座って」


 リタは椅子に腰を下ろしながら、自分のペンでノートに文字を書いていく。

 二人が隣に並んで座ったのを確認してから、その問題について、出来る限り分かりやすく説明を始めた。



 苦手な科目とはいえ、さすが優等生。リタの上手いとは言えない教え方でも、しっかり理解してくれたようだった。



「すごい……教えるの上手なんだね!」

「いやー、二人の理解力の方がすごいよ」


 とは分かっていつつも、パチパチ賞賛の拍手を送られてちょっと嬉しい気持ちになる。


「そ、そんなことないよ。教えてくれてありがとう! すごく助かった」

「どういたしまして。ところで二人もこれからお昼だよね? 一緒に食堂行かない?」


 せっかくの友達獲得チャンスを逃すのは勿体ないと思っての提案だったが、二人は驚いているようだった。


「あー……嫌だったら全然断ってくれていいから」

「ご、ごめん、嫌とかじゃなくて……意外だったから、驚いちゃって」

「意外?」

「リタは私たちと……あまり、仲良くしたくないタイプなのかなって、思ってて……」


 視線をあちこちにさまよわせつつ、言葉を選んでいるような感じで答えるミシャ。


「そうなの? 私そんなに人嫌いに見える?」

「初日からラミオ様と決闘してたし、自己紹介の時もあんな感じだったから……人嫌いというか、競い合うのが好きな人なのかな、って」


 そういえばあの時はアイリから注目を逸らすことに必死で、ついみんなに喧嘩を売るようなことを言ってしまったのだった。

 デラン先生への不快感で頭がいっぱいで、自分の不躾な発言については忘れかけていた。


「あれは何というか……むしろそういうのを牽制するために言っただけ。実際は決闘なんて出来る限りしたくないよ」

「……なるほど。やっぱり噂は当てにならないわね」

「え、もしかして私って悪い噂流されてる?」

「悪いというか、野蛮人だとか言われていたわ」


 普通に悪口だと思うのだが。

 私ってそんなに嫌われてたんだ——そう痛感したリタがちょっと泣きたい気持ちになっていると、ナタリアは続けて言った。


「まあ主に言ってたのは、ニコロやラミオ様のことが好きな女子たちだったから、ただの嫉妬だろうし、気にすることないと思う……って、告げ口したあたしが言うのもなんだけど」

「まあ……確かに、ニコロやラミオ様とは割と話してるしね」

「ええ。アイリに対しても悪いところを無理くり探してるような人たちだから。まともな生徒は誰も相手にしてないわ」


 女性の嫉妬というのは、どこでも恐ろしいものだ。特に身分や家柄を重視するこの世界では、リタの前世とは比にならないくらい、その手のことに必死になるものなんだろう。


 それにしてもアイリの悪いところってどこだろうか……無理くりでも思いつかないリタは、逆に気になった。


「私はむしろ、みんなと仲良くしたいって思ってるよ」

「そ、そうなんだ……じゃぁその、仲良くしてくださいっ」


 面と向かって「仲良くしてください」と言われる機会って、あまりないかもしれない。

 苦笑しつつ、漫画みたいに台詞と共に差し出されたミシャの手を、リタはとりあえず握った。


「こちらこそ。あ、よかったらお昼も一緒に食べない? アイリとエミーも一緒だけど」

「え、エミリー様も!? どうしようナタリア……私、失礼のないようにお話できる自信ない……」

「大丈夫でしょ」

「でもでも、私よく失言とかしちゃうし……」

「その時は、まあ……退学でもすれば許してくれるでしょ」

「それって全然大丈夫じゃないんだけど!?」


 言い合う二人を見て、仲が良いんだなあと、ほっこりした。



続く

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