【52.昔の話をしながら】
アイリと話しながら、それとなく周囲を窺うと、何人かの視線は感じるが話しかけてくる気配はない。
大きな流行りというのは一時的なことが多い。アイリが何かしたわけではなく、クラスメイト内のアイリブームがひとまずは落ち着いたのだろう。
今はリタがそばにいるせいで話しかけにくいから——ではないと信じたい。
クラスメイトの一人が自分の魔道具を自慢している光景を見て、そういえばと思い出す。
「魔道具の調子はどう?」
「すごくいい感じだよ。まだ使い始めて間もないのに、手に馴染むというか、使いやすいの」
「あそこの店主さんの目利きは一流だからね」
「そういえば、リタも同じお店で買ったんだったよね」
「うん、店主さんにアドバイスを貰いながら、家族と選んで買ったんだ」
「仲良しなんだね」
言ってから、アイリの家庭環境が芳しくないことを思い出したが、返事をする彼女の表情は特に気にした様子はなかった。
「リタって一人っ子?」
「いや、お兄ちゃんが一人いる」
「リタに似てる?」
「似て……ない、かな」
頭の中に、ツンケンした兄の姿を思い浮かべて答える。
「ちっちゃい頃はお母さん大好きっこでさ。私がお母さんに褒められると服引っ張って八つ当たりしてくるんだよ」
「可愛いね」
「いやいや、全然。しかも妬いてること頑なに認めないし。鬱陶しいったらないよ」
「そっかぁ。会ってみたいな」
今の話を聞いて、よくその感想に行きつくものだ。
こんなに可愛いアイリに会わせて、兄がもし彼女に惚れでもしたら大変なので、絶対に会わせたくないと思った。
「アイリが思ってるような大層な兄じゃないよ?」
「でもリタのお兄さんだもん。素敵な人だと思っちゃうな」
穏やかな表情をするアイリの中では、とても素敵なお兄さん像が作り上げられてそうで恐ろしい。
「アイリは私を買いかぶり過ぎだよ。お兄ちゃんも私も、ロクでもない人間だって」
「そんなことないよ。リタは――その……なんだろう?」
「聞かれても困っちゃうけど」
アイリはしばらく言葉を探すように首をひねったが、結局なにも思いつかなかったらしい。
「とにかく、リタは良い子だと思うよ」
「なんかとってつけたように褒めてない?」
「そ、そんなことないよ。上手な表現が思いつかなくて」
わたわたと手を振るアイリが可愛かったので、それ以上つつくのはやめておいた。
「それより、アイリのちっちゃい頃の話も聞きたいな。主にニコロとの思い出とか」
「えぇ……恥ずかしいよ」
「聞きたい聞きたい!」
まあ、ゲームで何度も見たので知っているけど。それでもアイリから直接聞いてみたい。
子供のようにねだるリタを見て、アイリは「仕方ないなぁ」と笑った。
アイリとニコロの出会いは、二人が五歳の頃、アイリの家の近所の公園。大人しい性格で人見知り気味だったアイリが一人で遊んでいたところに、ニコロが声をかけた。それから二人はよくその公園で会うようになり、仲良くなっていく。
ゲーム通りの思い出を、アイリは楽しそうに話してくれた。
「ニコロは昔から変わらないんだね」
「うん。ニコロは唯一の友達だったから……いつもそばにいてくれて、きっと色々救われてたと思う」
たとえ過去のことでも、アイリが辛い思いをしていたことを考えるとしんどいが、そんな時でもニコロがそばにいてくれていたことに救われる。この世界でも今のところ唯一アイリに明確な好意を寄せているし、やっぱり幼馴染が正義なのだ。
リタが一人で勝手に納得して、うんうん頷いていると、エミリーが教室に入ってくるのが見えた。
「あ、エミー、こっちこっち」
手招きすると、てくてくと小走りでやってくる。それから迷いなくリタの隣に腰を下ろした。
左にはアイリ、右にはエミリー、両手に美少女とか役得だなあ、とかのんきなことを考えるリタ。
「二人はなんのお話しをしていたんですか?」
「昔の話。エミーはラミオ様との思い出とかある?」
エミリーは「うーん」と唸りながら、視線をさまよわせた。
「一緒にいることは多かったですが……特に話すような思い出はないですね。ラミオは勉強とかお稽古とかいっぱいしてて、それがない時は誰かしらのところに遊びに行って、私はそれにくっついてただけなので」
生まれつき才能豊かだったラミオは、小さな頃から周囲に持て囃されて育てられた。その影響で今のような性格が出来上がった。これはゲームの中でも明記されていることだが、エミリーはどういう風に育てられてきたのだろうか。
「じゃぁエミー個人の楽しかったこととかは?」
「んー……それも特にこれといったことは……なんか、礼儀作法とか無理やり覚えさせられたくらいしか」
考え込むような仕草をするエミリーは、どこか話すのを嫌がっている感じがした。
そういえばエミリーは、周囲に兄たちと比べられるのを嫌がっていた節がある。
リタはいつの日か見たエミリーの泣き顔を思い出し、この話題は止めた方がいいかもしれないと思った。が、リタが何か言うよりも先に、エミリーの方から切ってきた。
「私の話はつまらないと思うので、私はリタ様の過去のお話が聞きたいです!」
「うぇ?」
リタが変な声で反応してしまったのは、過去の話をしたくないからではない。ある程度の距離を開けて隣に座っていたエミリーが、急にその距離を詰め、ぴったりと体をくっつけてきたからだ。
「リタ様はどういう風に育てられたんですか? ご家族は?」
「え? えっと、お父さんとお母さんとお兄ちゃんの四人家族で、割と平凡な感じで……」
答えている最中に、エミリーが腕を絡めてくる。
恋人同士でも外ではなかなかしないであろう距離感に戸惑うが、もしかしてこの年頃の女の子同士ならこれくらい普通なのかもしれない。リタも前世の学生時代は仲の良い子と手をつないで歩いたり、じゃれたりしたものだ。
遠い日の思い出を呼び起こしているうちに、ぼーっとしてしまっていたんだろう。気が付くと、エミリーが顔を覗き込んでいた。
「リタ様、聞いてますか?」
「あっ、聞いてませんでした! ごめんなさい!」
「ご両親のことです。リタ様の魔力はどちらからの遺伝なのかなぁって」
「あー……なんだろう、突然変異的な? 両親は使えないけど、お兄ちゃんも使えるし」
上手く説明できなくて、濁すような形になった。
リタが五属性の魔法を行使出来るのはただの天才設定だが、何故庶民の出なのに強力な魔力を持って生まれたのかは、ゲーム内で一応理由がある。それはこの世界でも同じだと確認済みだ。
ただこの設定は物語終盤で判明することで、それまではリタ自身も知らないこと。
本編でも、あまり多くの人に話してはいない情報だし、簡単に教えてしまっていいものか、そもそも言ったところで信じてもらえるものか、判断が付かなかった。
「へえ……」
エミリーは含みのある感じで呟くと、今度はリタの隣にいるアイリに話を振った。
「ちなみに、アイリのご家族は?」
「私も両親は魔法が使えないけど、お祖母ちゃんは使えたらしいから、隔世遺伝かなぁって」
早くに亡くなったから私はほとんど会ったことないんだけどね、と言葉を続けつつ、アイリはジーッとリタたちの方を見た。その視線は明らかに二人の腕に向けられている。
もしかしてアイリの気に障っているのではと不安になり、リタは現状をどうにかすべく、腕に力を込めた。
「なるほど。リタ様はご家族との関係は良好ですか?」
「う、うん、割と」
「そうですか……」
なにかを考えるように黙り込んだエミリーからさりげなく離れようと試みるも、彼女の体は微動だにしなかった。女の子同士のスキンシップにしては、結構な力でくっついてきている気がする。
それにしてもこういう人前での過度なスキンシップは、マナー違反とまでは言わないが、上流の人間がするものではない。エミリー自身、立場もそうだが性格的にもスキンシップを好むタイプじゃないと思っていたが、いつの間に彼女の心境が変化したのか。
さっきからアイリの視線が痛いし、そろそろ離れてほしい気持ちでいっぱいになった頃、始業の鐘が校内に鳴り響いた。十秒ほどの間があって、開かれっぱなしだった扉から、相変わらず髪がボサボサなデラン先生がやってくる。
「あ、一時限目ってデラン先生の授業でしたっけ」
そう言いつつ、ようやく体を離してくれたエミリーに、リタは心底ホッとしたのだった。
◆ ◆ ◆
今朝——いや、正確には昨日からだろうか、エミリーの様子がおかしい。
そう思いながら三日ほどが経過したものの、いまだに何がおかしいかの説明は上手く出来なかった。
たとえば並んで座ってる時は腕を組みながら不必要に密着してきたりだとか。移動の際には手を繋いできたりとか。今まではついてこなかったトイレにまでついてきたりだとか。仲良しと表現するには度を超している気がする。
エミリーがリタに友情以上の好意を抱いているのは知っているが、むしろだからこそ、いきなりこんなに距離感が変わることがあるだろうか。
「エミー様は、どこかで頭でも打ったんですかね」
「それは流石に……無い、とも言い切れんが」
あいつはお転婆なところがあるからな、と言いながら、腕を組んで唸るラミオ。
今日の日直当番である二人は、まだ誰も来ていない教室で、二人仲良く机を綺麗に磨いている最中だ。
エミリーの様子がおかしいことは、教室や食堂で会うラミオも気が付いているようで、先ほどからお互いに何か心当たりはないかと話し合っていた。
「リタと懇意にしているのは知っているが、人前でああも露骨に接触するのは、あいつらしくないな」
言いながら、渋い表情になるラミオ。やはり人前で無暗に人と密着する行為は、この世界でもあまりお行儀の良いものではないのだろう。
「まあ、少し羽目を外すくらいの気持ちなのかもしれませんね」
「うーむ……そうだとしても、妙な話だ」
「妙といいますと?」
「あいつは、態度と口は大きいが照れ屋な性分なんだ。特に好いている相手にほど、それが過剰になる節がある」
「あー……確かに」
以前渡されたラブレターや、何度か見た照れたエミリーの姿を思い出して、納得する。
「それに、幼い頃から淑女たれと教育されているはずだから、公の場で過度な身体的接触をするのは……やはり妙だな。いっそのこと、直接聞いてみるのはどうだ?」
「なんでくっついてくるんですかって? 本人には聞くのはちょっと気まずいような気が……」
聞きようによっては失礼に捉えられそうだし、答えを想像してみても「好きだからです」しか返ってこない気もする。
「まあ、エミー様もお年頃なのかもしれませんし……」
「友人に甘えることに、年頃が関係あるのか?」
きょとんとした表情のラミオを見て、リタは思い出した。ラミオは、エミリーがリタのことをどういう意味で好きなのか知らないことを。
「その、女の子同士の関係にも、色々あるので」
「……なるほど」
何の説明にもなってない返事だったが、ラミオはそれ以上追及する気はなさそうだった。リタが言いたくないことだと察したのだろう。
子供なのに大人な対応に驚いていると、
「ごほん。ところでリタは、甘いものは好きか? 俺様はチョコなどが好きなのだが」
急にわざとらしい咳払いをしたかと思えば、さっきとは打って変わって子供みたいなことを言い出して、別の意味でまた驚かされた。みたいもなにも、実際子供なのだが。
「私もチョコ好きですよ。というか甘いものならなんでも好みです」
「そうか、実に良いことだ。実は最近、我が家のパティシエが試作のデザートなどを学校まで届けてくれることがあってな。また届いたら、リタやアイリ・フォーニにも、食べて感想を貰いたいと思ってたんだ」
「えっいいんですか!? 是非! 頂きたいです!」
甘いもの大好きなリタは、失礼なぐらい食い気味で答えてしまったが、ラミオはその反応を見てむしろ嬉しそうに笑った。
「大抵は休日に届くから、友人に頼んでリタたちの部屋まで届けさせよう」
「ありがとうございます!」
恐らくラミオガールズの誰かが不機嫌な顔で届けに来てくれるんだろうなと思うと、少し申し訳なく思ったが、それ以上に甘いものを頂ける喜びにテンションが上がりまくった。
続く




