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【51.地下室の鍵】

 朝の食堂は相変わらず賑やかだが、いつもは楽しそうな生徒たちの様子が今日はどこかおかしい気がした。


「何かあったのかな?」

「さあ……?」


 リタと揃って首を傾げるエミリー。


 こんな時、気軽に「何かあったの?」と聞ける相手がいればいいのだが、残念ながらリタやエミリーにはそんな相手がいない。まあエミリーが聞けば大抵の人は答えてくれそうだが、こんなことを頼むのも気が引ける。

 ちなみにアイリは残念ながら今日は日直で先に行ってしまい、今この場にいない。


「……ところでリタ様、さっきから左手をグーパーさせてるのは何か意味があるんですか?」

「なんかこう、ちょっとでも筋力がつくかなぁと思って」


 リュギダスの存在を知って以降、基礎体力を上げるためにそれとなく筋トレをしたり、朝早くに走ったりしているのだが、今のところアイリにはバレていない。

 腹筋や腕立て伏せ、スクワットやランニングなど目立つものは、彼女がいない時や寝た時、起きる前などに行っている。別にバレたっていいのだが、なんとなく汗を流しているところを見られたくないという乙女心故である。


「今でさえ十分お強いのに……素敵な向上心ですね!」

「いやーそれほどでも」


 正直正しい形で筋トレ出来ているのかは謎なので、ただの悪あがきでしかないのだが、褒められると素直に照れてしまう。



 二人で朝食をとった後、図書室に用事があるらしいエミリーと別れて教室に向かう最中、何人かの教師を見かけた。学校なので教師がいるのは普通だが、普段授業が始まるまでは職員室にこもっていることが多いのに、今日はなんだかすれ違う数が多い気がする。


 違和感を覚えつつ教室に行くと、日直の仕事を終えたらしいアイリが席についていた。その近くにはニコロの姿があり、珍しく二人きりで話しているようだった。

 邪魔しちゃ悪いかなと思ったが、ちょうどアイリと目が合ってしまい、無視するわけにもいかず近付くことにした。


「おはよー」


 リタの挨拶に「おはよう」と返しつつ、ニコロは小さく手招きしてきた。

 何か周囲に聞かれたくない話でもあるのだろうかと、リタは素直に身を寄せた。


「なに?」

「地下室のこと、誰かから聞いた?」

「いや、私友達少ないから、噂話が流れてこないの」

「……」


 馬鹿正直に答えると、ニコロは眉を下げながら口角だけは無理して上げている変な表情になった。憐れまれているのかもしれない。


「地下室の鍵が開いていたんだって」

「地下室の?」


 なるほど、先ほどからやたら教師を見かけると思ったらそういうことだったのかと、リタは合点がいった。

 あれだけ『立ち入り禁止』を謳っている場所の鍵が開きっぱなしだったことを考えると、リュギダスの件を抜きにしても騒ぎになるのも無理はない。


「でも職員室に鍵あるんでしょ? 先生が何かの目的で入って、つい閉め忘れてたとか」

「原則として、理事長がいない間は先生たちも地下室への出入りは禁止されてるんだよ」

「つまり、誰かがそれを破って勝手に地下に入ったってこと?」

「もしくは、外部の人間が何らかの目的で忍び込んだとか」

「誰がそんなことを……」


 不自然に思われないような受け答えをしながらも、リタはこの展開に覚えがあった。ゲーム内ではニコロから聞くわけではないが、同じように理事長不在の間に地下室の鍵が開けられ、校内が騒然とする。


 その犯人は、もちろんリュギダスが取り憑いた人物だ。


 リュギダスは封印された時のことを明確に覚えていて、自身を封じたハドラーを強く憎んでいる。そのため地下室にある自分が封印されていた場所を見に行った——という設定だ。

 何故わざわざそんなことをしたのかというと、奴の性格が傲慢で見栄っ張りの目立ちたがり屋だから。封印が解かれていること、自分が滅んでいないことを周囲にアピールしたいが故である。


 この展開が起こったということは、流石にもうリュギダスの封印が解かれたことは確実だと思っていいはず。そして今も校内の誰かに取り憑いている。しかしそれが誰なのか、相変わらず見当はつかない。


「今朝、先生たちが騎士団に連絡を入れたんだって。何かあったらすぐ駆けつけてくれるらしい」

「それは心強いけど……今すぐではないんだ」


 校内にある鍵が勝手に開錠されていたなんて不法侵入の可能性もあるんだし、貴族が多い学校であることも考慮して、即座に調査してほしいところなのだが。


「まだ先生の中の誰かの不注意の可能性があるからじゃないかな。もしくは単に人手不足とか」

「あー……なるほど」


 それにしても、校内にリュギダスが眠っていることを騎士団がどれほど把握しているかは、ゲーム内に描写がないので分からないのだが、まさか組織の中で誰も知らないなんてことはないだろう。


 この対応の遅さは、ニコロの言った通り単なる人手不足なのか、それとも数百年も封印が解かれることなく経過したから平和ボケで油断しているのか——後者の可能性の方が高い気がして恐ろしい。


 そこまで考えたところで、ふと思い出した。


「そういえばウィルは?」

「ああ……今日は諸事情で休み。あいつのことだから、どこまで本当のこと言ってるか分からないけど」

「もしかして寝不足?」

「え、そうだけど……よく分かったね」

「ま、まあね」


 恐らくハドラーの魔導書を読みふけっているんだろう。しかしこの様子だと、ニコロにはまだそのことを言ってなさそうだ。そもそも魔導書に夢中で、あれからロクに誰とも話していないのかもしれない。

 ここで言うよりも、友達であるウィルから直接聞く方がニコロ的にもいいかと思い、リタは適当に濁すことにした。


「ウィルって一度なにかにハマると、熱中して寝食を疎かにしそうなタイプだから」

「……リタって意外とウィルのことを分かってるんだね」

「は!? いやいやいやいや全然! 何回か偶然会って喋っただけだから何も分かってないよ!!」

「そ、そんなに強く否定しなくても」


 アイリの前でなんてことを言うんだ。攻略対象と仲良くしてることで、万が一にもアイリの気持ちにしこりが出来たら大変じゃないか。

 心配になって彼女の方を見ると、素早く視線を逸らされた。


「え、あ、あいり……? なんで目を?」

「あ、ごめん、深い意味はないんだけど……やっぱり私もリタとウィルの組み合わせって、ちょっと意外だなって思って」


 ちょっと意外だな、と思っただけで目を逸らすのは、傷つくのでやめてほしいのだが。

 

「でも、僕は二人が仲良くしてくれて嬉しいよ。ウィルにはリタくらい行動的な女の子が似合うと思ってたんだ」


 あいつは放っておくとすぐ部屋に引きこもるからさ、とニコロは続ける。

 続けるな、この話を——と怒鳴りたいところだったけど、さすがに八つ当たり過ぎるので、リタは比較的穏やかな口調で返した。


「でもウィルは、大人しい女の子が好きだって言ってたよ?」


 ゲーム内でだけど。


「へえ、あいつが人に好みを教えるなんて珍しい。これは本当にいつの間にか相当な仲良しになってるね」


 必死のフォローも虚しく、嬉しそうな顔をしたニコロに追い打ちをかけられてしまった。

 リタは彼に平手打ちをかましたい衝動に駆られたが、そもそもは自分の失言がきっかけのため、堪えた。

 しかし、リタが嫌がっていることを表情から察したのだろう。ニコロは困ったように笑った。


「ごめん、別にからかいたいわけじゃないんだ。それに、リタが女の子だからどうこうとかでもなくて……ウィルが僕以外の子と親しくしてることが嬉しいんだ」


 そう言われると、なんとも反論しづらくなってしまう。

 ニコロが、親友であるウィルの人付き合いの下手さを心配しているのは、リタもよく知っているから。ゲームで見て。


「いや……私も、なんか取り乱してごめん。ウィルのことも良い人だと思ってるよ」


 とりあえず褒めておくと、ニコロは嬉しそうに目を輝かせた。


「そう、あいつ、変なやつだけど良いやつなんだよ。口を開けば、ハドラーハドラーだけどね」

「あれだけ一途だと、一周回って微笑ましくなるよね……前会った時も、怒涛のハドラートークを聞かされたよ」

「目に浮かぶようだ」

「……地下室のこと、早く解決するといいね」


 ぽつりと、こぼすようなアイリの呟きで、リタたちの意識は本題へと引き戻された。


「たとえ不審者の仕業だったとしても、アイリに危ないことがあったら、真っ先に私が駆けつけるから安心して!」

「さすがリタ、心強いね。まあ、僕の方が先に駆けつけるけどね」


 相変わらず妙にライバル視してくるニコロが、笑顔でこちらを見てくる。その刺すような視線から逃げるようにアイリを見ると、不安そうに顔を伏せていた。

 不審者だった場合、大抵は自分で処理できるくらいにはアイリ自身も強いのだが、人に魔法を撃ちたくないという事情もあるし、より怖いのかもしれない。


「大丈夫だよ、アイリ。この学校には先生たちもいるし、理事長もそのうち戻って来て解決してくれるよ」


 より現実的な励ましをかけると、アイリはようやく視線を上げた。


「……そうだね。あんまり心配し過ぎるのもよくないかも」


 そう言って、ぎこちないながらも笑顔が見えた時、少し離れた場所にいた男子生徒がニコロの名前を呼んだ。


「ニコロー、ちょっとここ教えてくれよ」

「分かった。……じゃあ二人とも、またね」


 ニコロは特に嫌がる素振りも見せず、自分を呼んだ男子生徒の方へと歩いて行った。

 クラスメイトの大半はニコロよりも年上なのだが、勉強面で頼られているのをよく見かける。流石優等生だ。


「ニコロって本当に、果汁百パーセントジュースみたいな人だね」

「果汁……、それ褒めてるの?」

「すごく褒めてる。なんか存在がフィクションみたい。本の中に出てくる王子様とか」

「王子様かぁ……あんまり想像できないや」


 それはきっと、アイリが幼馴染でずっと一緒に過ごしてきたからだろう。リタからすると、雰囲気だけでいえばラミオよりも王子様らしい。


「それより、エミーとは一緒に来なかったの?」

「なんか図書室に用事があるんだって」

「朝から図書室に? なんだろう……昨日も自習してたし、真面目だね」

「期末も近いし、急に勉強に目覚めたのかもね」

「リタも一緒に目覚めてみたら?」

「私は体を動かす方が向いてるから、それで生きていく!」

「もう……ダメだよ、油断せずにちゃんと勉強はしないと」

「だって勉強は最低限出来てれば生きていけるし……体動かす方が楽しいんだもん」

「座学のテストだってあるんだから。いくら実技で良い成績とっても、留年しちゃうかもよ」


 あまり恐ろしいことを言わないでほしい。アイリと学年が離れるなんて考えただけで——いや、でもそうなったらアイリが「先輩」になるわけで。それはそれでアリかもしれない、属性萌え的な意味で。


「……って、これは私もブーメランだけど」

「あ、アイリも一緒に頑張ろう!」

「うん……」


 実際、リタはアイリほど深刻ではない。座学もそこまで苦手ではないし、やればそこそこ出来るが、単純に好きじゃないだけだ。一人で机に向かっていると、どうしてもやる気がなくなってしまうタイプ。

 

 でもアイリに余計な心配をかけないためにも、試験前くらいは頑張らないといけないかな、とか思っていると、ふとクラスメイトに勉強を教えているニコロが目に映った。


「もしもの時は、私もニコロに教えてもらおうかな」

「…………うん、それもいいかも」

「?」


 アイリの返答に、妙な間があったのは何だろうか。

 疑問に思いつつ、リタはようやく鞄を机の上に置き、彼女の隣の席に腰を下ろした。



続く

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