【49.来る襲来の日に備えて】
ウィルの質問に素直に答えると、ある。そしてリタはその理由も知っている。
それは、アイリにかけられている守護魔法の影響だ。
彼女は幼い頃、魔物に襲われていた天族の子を助けたことがあり、その際にお礼として半永久的な守護魔法をかけてもらった——という設定がある。
ちなみに天族というのは、魔族とは似て非なる存在だが、設定を語ると長くなるのでとりあえず割愛。
ゲーム内では、戦闘で『アイリ』や仲間たちがピンチに陥るとランダムでダメージを無効にしたり、体力を回復してくれたりと、お助けキャラ的な働きをする。重要な要素なのでもちろんリタもよく知っている。
守護魔法は、天族の血が流れる者のみが扱える最上位魔法で、もちろん魔力を使っているため、優れた魔法使いはその気配を感じ取ることが出来る。
なのでウィルだけでなく、一部の人たちもアイリの近くにいると何かしら感じるものがある。ただ、あまりメジャーな魔法じゃないため、多くの人がそれが何なのか明確には分からない状態だ。
「ごめん、ちょっと分からないかも」
だからリタも他の人と同じ通り、知らないフリをすることにした。
「そうか……俺の考えすぎかな」
「それにしても、ウィルはアイリのことよく見てるんだね」
「俺の意思というより、ニコロの影響だ。あいつ、気が付いたら彼女の方ばかり見てるからな」
「ニコロはアイリには特に優しいもんね」
「それにしたって過保護過ぎだよ。彼女が風邪でも引いたら、あいつも心配し過ぎで熱でも出すんじゃないかってレベルだ」
その光景は容易に想像できた。
あんなに過保護なのは、ニコロ自身の性格もあるだろうが、アイリの過去や家族関係を含めた境遇も関係しているんだろう。
「……腹もふくれたところで、本題に入ってもいいか?」
「魔導書のこと?」
「ああ。さっき少し目を通した程度だが、見たことのない魔法がたくさん書かれていた」
「え、あの文字読めるの?」
「魔導書が現代の文字で書かれている可能性は極めて低いと思っていたから、古代文字については特に細かく勉強していたんだ」
魔導書の存在自体が眉唾物だったというのに、そこまで準備していたとは流石周囲が引くくらいのハドラー信者だ、と感心した。
「だが、今の俺が持っていても宝の持ち腐れだろうな。ここに書いてある魔法を試したくても、魔力も技術も圧倒的に足りない」
何百年も名が語り継がれているほどの偉人の魔法を、そう簡単に行使できるはずがない。もちろんウィルはそれも想定済みだったのだろう、残念がっている様子はない。
「でも生涯をかけて、いつかこの魔法を習得したい。高過ぎる目標だが、せっかくこうしてお目にかかることが出来たんだからな」
この魔導書は、ニコロルートとウィルルートでしかシナリオには直接関わってこない。そしてそのどちらでも、ウィルが所持することになる。
ただ、彼がこれからリュギダスに取り憑かれない可能性がゼロとは限らない。むしろニコロルートではそうなっていたので、可能性としては高い方だ。
「私はあんまりそういうの興味ないから、魔導書はウィルが持っててよ」
「い、いいのか? 見つけたのは君なのに……」
しかし、それでも持たせてみることにした。今更だが、ゲームと大きく違う行動を取って、何かが変わってしまったらと思うと怖かった。
ニコロルートのバッドエンドで、主人公の目の前で魔導書が燃やされるシーンが描かれているので、ゲーム通りであれば、仮にウィルが取り憑かれたとしても試験前に破棄される心配はないはず。
ちなみに何故わざわざその時までリュギダスがこの魔導書を取っておいたのかというと、単純に主人公に対しての嫌がらせだ。
魔導書には数々の強力な魔法が記載されていて、それに縋ろうとしていた主人公の目の前でその希望を潰して、満足そうに高笑いしていた。奴はとことん性格が悪い。
「私はウィルみたいにハドラーのことよく知ってるわけでもないし。あ、でもあんまり人に共有したりはしないでね、悪い人も多いから」
「もちろん気を付ける……というより、このことは俺たちだけの秘密にしよう。どこからか噂が漏れても大変だからな」
「そうだね。それがいいかも」
「……いや、やっぱりニコロにだけは話してもいいか? あいつに隠し通せる気がしない」
まあニコロなら面白がって広めたりもしないだろうし、悪用についてももちろん心配はない。
リタが了承すると、ウィルは「代わりにリタもアイリには話していいよ」と言ってくれた。
「アイリって、こういうことに興味あるのかなぁ」
「まあ、無理に話せとは言わないさ。彼女に隠し事をしておくのが嫌なら言っても構わないってことだ」
言いながら、ウィルは愛おしそうに魔導書の表紙を撫でた。
この表情は、いくらリュギダスが人に擬態するのが上手いとはいえ、出来るものではないだろう。奴は人類の中でも特に自分を封印したハドラーを最も強く恨んでいるから。
「……」
嬉しそうなウィルの顔を見て、ふと思う。
ウィルはきっと、この魔導書を生涯大切にするんだろう。
プレイしている人間にとってはただのアイテムでも、ここに生きている人にとってはそうじゃない。そんな基本的なことを、リタは今更ながらに思い知った。
「あ、そうだ。一つお願いがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
リタがその願いを告げると、ウィルは目を丸くした後、難しい顔をしたものの何も聞かずに承諾してくれた。
色々と聞きたいことはあっただろうに、深く詮索してこない彼の気遣いが有難かった。
ウィルとの昼食を終えて学校に戻ると、朝には多くの生徒で賑わっていた校門付近はいつもの静けさを取り戻していた。休日ということもあり校舎の方も静まり返っていて、なんだか寂しい雰囲気だ。
「じゃあ、また学校で」
「うん、また」
ウィルのルームメイトは夕方まで出かけているということで、早く魔導書を読みたい彼は、駆け足で男子寮に向かっていった。
その背中が完全に見えなくなったところで、リタはハッとした。
「そういえば、いつものウィルっぽかったからよかったものの、もしも今リュギダスが取り憑いてたら普通にヤバかったのかな……いや、でもあいつはハドラーの魔導書なんて探しに行かないか……」
リュギダスの存在は忘れようもないが、奴が今も誰かに取り憑いているということは、たまに忘れてしまいそうになる。
しかしあまり疑心暗鬼に陥ると、周囲のほとんどの人を信頼出来なくなってしまう。そう思うと考え過ぎも良くないのかもしれない。難しいところだ。
とりあえず魔導書の件が思ったより早く片付いたので、リタは訓練所に行ってみることにした。
リュギダスのことを考えると、鍛錬の時間はいくらあっても足りない。
制作陣の贔屓キャラとして生まれ変わった自分の魔力に自信がないわけではないし、ゲーム通りならリュギダスは長年の封印で相当弱っているはずだが――理事長がいない状態で襲われたとして、誰も巻き込まずに平和的に解決できるほどの余裕があるかと考えると、微妙なところだ。
「やっぱり先生には正直に言っておくべき……いや、信じてもらえるわけないしなぁ……」
そもそもデラン先生には、記憶の件の時に変に首を突っ込むなと釘を刺されている。
リュギダスの存在も知らされてなさそうだったし、悪魔が襲ってくるなんて突拍子の無いこと、話したところで信じてくれるとは思えない。他に仲の良い先生もいない。
「せめて期末試験の時、奴が誰に憑依してるか分かれば多少楽なんだけど……」
その見当も未だに付かず――というより、当日まで付く気がしない。
そもそも本編を何度プレイしたってロクな伏線すら見当たらなかったのだから、恐らく見破る術なんてないだろう。
たとえばこの世界が誰かのルートに入っていれば話も違ったんだろうけど、リタはアイリの幸せを見届けるまで恋愛をする気はないし、アイリも今のところニコロとルートに入ったというほどの関係性ではないように見える。
「……それにしても、いくらifルートだからってラスボスも最後の展開も同じって、今考えると結構手抜きな作りだったのかな」
アイリオタクであるリタは、アイリの扱いの悪さばかりに目がいっていたが、Ⅱのレビューが批判ばかりだったのはそういうところも含めてかもしれない。
「まあそのおかげで、ある程度見当がつくのは助かるけど……」
この世界がⅠ基準だろうとⅡ基準だろうと、リュギダス襲来のタイミングは期末試験の可能性が高い。出来れば時間軸もその原作通り、三年生の時になってくれればより有難かったのだが。
そんなことを考えている間に訓練所についたが、そこにはやはりたくさんの生徒の姿があった。期末試験がもうすぐということもあり、休日だろうと自主練に励む熱心な生徒が多いようだ。
リタは訓練所の中を見て少し考えてから、その場を後にして、校舎の方へと移動した。
「やっぱり安定のここしかないか」
平日よりも遥かに人気のない校舎周辺は、裏側に回ると完全に誰もいなかった。
杖を取り出し、いつも通り周囲に保護魔法をかける。
「どうしようかな……」
属性魔法の練習もいいが、それよりも魔法については気になることがもう一つある。
「……ぶっつけ本番ってのも不安だし、こっちの方もちゃんと練習しておかないと」
改めて周囲に人がいないことを念入りに確認したリタは、前世を思い出した頃からずっと気になっていた魔法を、初めて試してみることにした。
◆ ◆ ◆
「ただいま……って、どうしたの!?」
「あ、アイリ……おか、えり……」
ベッドに倒れ込むような形で寝ていたリタを見て、アイリは真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫!? 具合悪いの?」
「いや、ちょっと自主練で魔力を使い過ぎただけ……」
「こんな風になるまで無茶するなんてダメだよ……」
「んー……でも寝たおかげでちょっと回復したから大丈夫。それよりアイリはお出かけ楽しかった?」
今思うと、この時期にお出かけというのも呑気な話だが、本格的な試験勉強を始める前の最後のお楽しみといった感じだろうか。
「うん……楽しかった」
返事の割にしょぼんとした顔をしているのは、リタが無用な心配をかけてしまったせいだろうか。
初めて使う魔法だったからどれくらいの魔力が必要かも分からなくて、気が付いたらフラフラになってしまっていたのだが、今度からはそこまで無茶な練習をするのはやめておこう。
「……なんだか顔色悪いけど、夕飯食べられそう?」
「食べる食べる! むしろ滅茶苦茶お腹すいてるもん!」
「そっか……」
アイリのしょんぼり顔が変わらないのを見て胸がモヤモヤしたリタは、元気に振舞いつつ、夕飯の時間になるまでアイリと今日のことについて話をすることにした。もちろん、倒れるまで行っていた魔法の練習については話せないが。
ウィルと一緒に図書館に行った話やハドラーの魔導書を見つけた話をすると、アイリは目を丸くして驚いた。
「リタとウィルって二人で喋ったり、お出かけしたりするんだ」
「そりゃするよ」
しかしよく考えるればウィルとリタの関係は、友達の友達というか、友達の友達の友達くらいなので驚かれるのも無理ないかもしれない。
「というか、気になるところそっち? 魔導書の方がびっくりすると思ったのに……」
「私、魔法についての知識があまりないから……ハドラーのことも授業で習った程度しか分からないし、それがどれくらい凄いものなのか、いまいちピンときてないのかも」
「なるほど……今度ウィルに聞いてみるといいよ」
「うん、そうしようかな」
聞いたら最後、時間が許す限りハドラーについて語られると思うけど。
その後、今度はアイリがクラスの子とどんなところへ遊びに行ったかの話を聞いている間に、夕飯の時刻になっていた。
続く




