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【44.エミーとのデート-1】

 一旦自分の部屋に戻ると、そこにアイリの姿はなかった。

 リタは心の中でニコロを祝福しつつ、急いで適当な私服に着替えた。



 校門で待ってくれていたエミリーと共に町に行くと、彼女はまず行きたいところがあると言って、リタはそれに大人しくついていった。

 連れてこられたのは、あの日エミリーが攫われる直前に買おうとしていたフルーツ飴の露店。

 店員の女性にりんご飴を二つ頼み、財布を取り出したエミリーを見て、リタも鞄から財布を取り出そうとした。


「あ、ここは私が支払います」

「そんなの悪いよ」

「いえ、あの時のお礼ですから……まあ、事の重大さを考えると釣り合わないですけど」


 りんご飴を受け取り、店員に礼を述べた後、エミリーはその内の一つをリタの方に差し出してきた。

 リタ自身の勝手や油断があの時の誘拐を招いてしまったところもあるし、お礼をもらう立場ではないのだが、エミリーの気持ちを考えて素直に受け取ることにした。


「それにしても、こうして近くで見ると宝石みたいに綺麗ですねー」


 キラキラした目でりんご飴を見つめるエミリー。

 綺麗なものに見惚れる女の子らしいエミリーとは違って、リタは食欲優先。店前から離れるや否や、早速口を開ける。


「じゃ、いただきまー――すっ!?」


 想像以上に周囲の飴が硬く、ガキンッと派手な音が鳴ったが、何とか根性で嚙み砕いた。

 りんご飴は前世のお祭りでは定番商品で、専門店なんかもあったりしたが、リタ自身は一度も食べたことがなかった。食いしん坊なので見た目重視っぽい食べ物にはあまり興味がそそられず、お祭りでもたこ焼きやフランクフルトばかり食べていた人生だった。


「想像の二倍は頑丈な飴だね」

「恐らくですが、先に飴を舐めてからりんごを食べるのが正解な気がします」

「なるほど……あ、でも美味しい」


 飴の甘さと、りんごの程よい甘酸っぱさが上手くマッチしていて、とても美味しかった。ただ油断すると、砕いた飴が口内に突き刺さって大変なことになりそうだ。


「それにしても、さっきのは一体なんだったんでしょう……私、確かに女子寮の廊下を歩いていたはずなんですが」

「なんだろうね」

「もしかして何か悪い病気とか、いつの間にか変な魔法薬を使われていたとか……」


 不安そうな表情に変わっていくエミリー。彼女の立場を考えれば、悪意を持った何者かによる行為だと思ってしまうのも無理ない。実際一度そういう輩に襲われているから尚更。


「……実は前に、デラン先生に聞きに行ったことがあるんだ。初日のこと」

「え? ああ……あの、アイリに対しての妙な態度ですか?」

「そう。そしたら先生も、今のエミーみたいにあの時の記憶がすっぽり抜け落ちてるんだって。だから多分、校内にいる誰かが魔法薬の実験でもしてるんじゃないかな……迷惑な話だけど」


 自分一人が狙われているのではなく、無差別の犯行に巻きまれたと思う方がまだマシかと思ってそう言うと、エミリーは少しだけ安堵したような表情になった。


「まったく、誰の仕業なんでしょうね……。でも、記憶を消す薬って色々種類がありますけど……大抵はその場で何かしらの記憶を消すだけのものが多いはずですが……」

「んー……魔法薬もだけど、たとえば魔物の異能を利用した何かだとしたら、まだまだ解明されてないことも多いし、色々あるんじゃないかな」

「……そんな未知の何かを自分に使われたのかと思うと、ちょっと怖いですね」

「だ、大丈夫だよ。これ以上はきっと何も起こらないはずだから」


 確証はないが、顔色が悪くなってきているエミリーを見ていると、そう励ますしかなかった。

 一時とはいえ記憶がなくなるなんて怖いだろうが、リタには、これ以上エミリーがリュギダスの憑依対象になることがないことを祈ることしか出来ない。

 転生という奇跡を体験した割には、今の自分は無力な存在だとつくづく思う。



 食べ終えたりんご飴の棒を設置されていたゴミ箱に捨てた後、エミリーは人通りの多い方向を指さした。


「私、他にも行きたいところがあるんですけどいいですか? 約束のケーキ屋さんはその後にでも」

「うん、もちろん」


 今日はエミリーに誠意を見せる為のデートだから、彼女のしたいことをしてくれるのが一番だ。


 それにしても、休日ということもあってか周囲は様々な人たちでにぎわっていた。

 場所柄故、みんな妙に高貴な雰囲気があり、さっきほどじゃないにしろラフな服装の自分が浮いているように感じるのは、リタの考え過ぎだろうか。


 家族連れ、友人同士の集まり、一人で歩いている人なども見かけるが、一番多く目につくのは若い男女の組み合わせだった。

 リタたちが今いる一帯にはオシャレなお店が多いので、恋人に人気なのかもしれない。

 その内の一組が仲睦まじく手を繋いでいるのを見て、リタはからかうようにエミリーに声をかけた。


「どうせならデートっぽく手でもつなぐ?」

「えっ……い、いいんですか?」

「え? エミーがいいなら、私は全然……」


 思ったよりも本気で照れているような反応が返ってきて、リタもついつられて照れてしまった。

 女の子同士で手を繋ぐなんて、リタは前世で普通に友人とやってきたことなので、今更照れる要素もないのだが。

 エミリーがあまりに真剣な顔でリタの手を見つめ、おずおずと手を伸ばしてくるものだから、妙な緊張を感じる。


「……や、やっぱりやめておきます! こういうことは正式な手順を踏んでからでないと……」

「そっか……なんかごめんね、変なこと言っちゃって」


 今更だが、エミリーはリタと添い遂げたいと思ってくれるほど真剣なのだ。

 女の子同士だからといって、あまり安易にからうようなことをするのはよくないと、リタは反省した。



 そんなわけで手は繋がず、世間話をしながら歩くこと数分。

 エミリーは立ち止まり、「こちらです!」と高らかに叫びながら、レンガ造りの立派な建物を指し示した。


「こちらは?」

「陸上生物博物館です!」

「なるほど……?」


 十三歳がデートに選ぶ場所としては渋いな、というのが第一感想だった。


「エミーって意外とこういうとこ好きなんだ」

「はい、小さい頃から図鑑とかよく読んでましたから! ……リタ様はこういうところは苦手ですか?」

「いや、私も結構好きだよ」


 精神年齢がリアル十三歳だった頃は、こういう場所とは縁もゆかりも興味もなかったが。

 高校生の頃に博物館のレポートを書く課題が出て以来、休日に何度か一人でも行ったことがあるくらいには好きな場所になった。


「よかったです。私、あまり友人が多くないので……同年代の子がどういうところなら喜んでくれるか分からなかったんですが」

「ば、ばっちりだよ! じゃ、いこっか!」


 友人が多くない、の辺りからエミリーの表情が露骨に曇ったので、リタは彼女の言葉を遮り、博物館の方に向かって歩き出した。



◆ ◆ ◆



 館内には、この世界の陸上生物の剥製や、魔族、人類についての歴史資料があったり、絶滅動物の化石などが展示されていた。


 小動物のふれあいコーナーなんかもあって、ウサギやハリネズミ、オウムや亀なんかがそれぞれ仕切られた場所で飼育されている。

 その隣には生きた虫の展示もあり、カブトムシや蝶なんかはともかく、名前も知らない足がいっぱいある虫を発見してしまったリタは、それらから目を背けた。


 休日なのに入場者数はあまり多くなく、悪く言えば寂しい、良く言えば伸び伸びと見て回れる状況だ。

 リタは早速ふれあいコーナーの中に入れてもらい、警戒することもなくこちらに近付いてきたウサギを膝に乗せた。こんなところで飼育されている影響か、随分と人懐こい。


「見て見てエミー、可愛いよ。膝乗せる?」

「か、噛みませんか?」

「変なことしなきゃ大丈夫だよ」

「……や、やめておきます」


 どうやら好奇心より恐怖の方が勝ってしまったらしい。

 せめて、というような感じで、リタが抱いたままのウサギの背を二、三度撫でていた。

 

「……ふかふかですね」

「でしょー? 可愛いよねぇ」

「リタ様は動物がお好きなんですか?」

「うん、好き。なんでもってわけじゃないけど、小動物は基本的に好き。エミーは?」

「私は……どちらかというと、昆虫の方が見ていて落ち着きます」

「そっかぁ……」


 さっき見た、足がいっぱいの虫や、逆に足のない虫を思い出して身震いしてしまったリタは、そこら辺の感覚はエミリーと分かり合えそうにないと痛感した。


 とはいえ、ふれあいコーナーに付き合わせた以上は、エミリーの好きなものも一緒に見て回るのが礼儀というもの。

 様々な虫にはしゃぐエミリーとは対照的に、リタは一心不乱に綺麗な蝶だけを見つめ続けた。その隣には蜘蛛もいたが、ケースに入れられていると存外可愛い気がした。



 そんな風に色んな展示を見て回っていると、エミリーがジュースを買いに行きたくなったとのことなので、同行をやんわり拒否されたリタは、一人で近くをぶらついて待つことにした。


 多種多様な陸上生物の資料の隣には、人類についての資料や歴史なんかがまとめられている一角があった。


「人類の歴史かぁ……」


 ここがゲームの世界だと知っているリタからすれば、なんだか不思議な感じだ。

 でも流石にゲーム内では世界の成り立ちの全てを説明してくれることはなかったから、少し興味がある。



 リタがその資料に目を通していると、肩に軽く手を置かれた。

 完全にエミリーだと思って振り向くと、そこにいたのは彼女の侍女であるスピネルだった。目立たないためなのか、お馴染みのワインレッドの執事服の上に黒のコートを羽織っている。


「…………すっかり忘れてた。休日は監視されてるんだっけ」

「……監視ではありません、護衛です」

「本人に付き添ってないんだから、意味的には監視だと思うけど……」

「……近くにいると嫌がられるので、遠くから護衛しているんです」


 どうしても監視とは言ってほしくないらしいので、無理に言い返さないことにした。


「それより大丈夫なの? エミー……じゃないや、エミリー様がいつ戻ってくるか分からないのに」

「……普段愛称でお呼びしているのなら、私の前でもそのままで構いませんよ」


 スピネルは周囲にエミリーの姿がないことを確認してから、リタに向き直った。


「……それよりお聞きしたいことがあったので。……先ほど話していた魔法薬とは、なんのことですか?」

「あー……なんか校内で、一部の記憶が抜け落ちちゃう謎の現象が起こってて。あ、でもそれ以外の被害はないはずだから心配しないで」

「……そうですか……しつこいようですが、本当にあの学校は安全なのですよね?」

「……うん」


 本当は危険な悪魔の魂がさまよっていて、いつ誰に憑依してもおかしくない状態です――なんて言ったら、スピネルは今すぐにでもエミリーを学校から引き離そうとするだろう。


「とにかく、エミーは大丈夫だよ。何かあっても私が何とかするから」

「……分かりました……では失礼いたします」


 失礼いたします、の部分が滅茶苦茶早口かつ、言ったと同時に目にも留まらぬ速さでリタの視界から消え去ったスピネル。


 リタが後ろを振り返ると、彼女が高速移動した理由であろうエミリーが、両手にジュースを手にして戻ってきたのが見えた。


「いつ見ても、魔法が使えない人の速さじゃないよな……」


 常に執事服に身を包んでいるから分からないが、彼女の足は筋骨隆々だったりするんだろうか。


「リタ様、お待たせしました。何を見ていたんですか?」

「あ、えっと、これ」

「……人類と魔族の争いの歴史ですか。流石リタ様、血気盛んですね」


 つい適当に指さした先にある展示が、まさかそんなタイムリーなものだとは思わなかった。



続く

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