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【42.アイリの過去】

 食堂に一人残されたリタは、エミリーを待つまでの間、これからのことについて考えてみることにした。


 ホリエンは、ⅠでもⅡでもどのキャラのルートを選んでも、最終的にはリュギダスと戦うことになる。

 封印が解かれた奴は、様々な人間の体に取り憑いて行動する。そして物語終盤、期末試験中にとある人物に憑依していたリュギダスがその正体を明かし、主人公の前に現れる——というのが共通の展開だ。


 この最後に憑依される対象が分かればあらかじめ対処のしようもあるかもしれないが、厄介なことにルートによって異なる。

 たとえばニコロの場合はウィル、ラミオの場合は先ほど話をしたレイラだ。彼女の機嫌を損ねないようにしたかったのも、ゲームではあのイベントをキッカケにレイラの憎悪が増した結果、リュギダスに目を付けられるという展開になるから。

 

「それにしても、勝手に復活しちゃったけど……組織うんぬんの話はどうなるんだろう」


 ホリエン内のもう一つの敵、リュギダスの力を利用して世界征服を目論む組織——正式名称は存在しないので、組織と呼ぶしかない——彼らは転校生という形で学校に忍び込んでくる。

 本来ならリュギダスの登場は彼らよりも後のはずなのだが、奴が勝手に出てきてしまった以上、組織がこの学校に潜入する理由はなくなる。


「……まあ、来ないなら来ないで、その方が平和だしいっか」


 本編での彼らの扱いも、リュギダスを復活させるための舞台装置兼かませ犬的な役割だし。

 リタとしても無用な戦闘は避けたいので、どうせならこのまま登場しないでいてくれた方がありがたい。


「何はともあれ、アイリだけは守らないと」

「アイリがなんだって?」

「うわっ!?」


 突然後ろから聞こえてきた声に驚いて、リタは椅子から転げ落ちそうになった。それを何とか堪えて振り向くと、神妙な表情をしたニコロが立っていた。


「や、やあ、ニコロ。ご機嫌麗しゅう?」

「……今はそれほどかな」


 朝食はそれぞれの寮内にある食堂でとるのが一般的で、現在リタたちがいるのは女子寮の食堂。

 先ほどは普通に流してしまったが、何故ここにニコロがいるのかというと、どちらの寮も校則で異性の立ち入りを禁止しているわけではないからだ。とはいえ、女子寮内を男子がウロついていると訝しまれることが大半だが。

 しかし食堂——特に休日の朝の食堂については例外で、女子寮内の食堂でも男子生徒の姿を見かけることが多い。そのまま一緒に出掛けたりする為だろう。


「てっきりアイリと一緒かと思ったんだけど」

「さっきまでは一緒だったけど、先に部屋に戻ったよ。用があるなら呼びにいこうか?」

「いや大丈夫。……それより今聞こえてきた話なんだけど」


 有無を言わせぬ強い口調で喋りつつ、リタの隣の席に座るニコロ。今の彼からは、いつもの爽やかオーラは消え、妙な圧を感じさせる。


「アイリを守るとか言ってなかった?」

「気のせいじゃないかな?」

「僕、アイリに関しての話だけは正確に聞き取れる耳を持ってるんだ」


 本人的には冗談を言っているつもりだろうが、愛情を拗らせて病んだ彼の姿をよく知っているリタには、とても冗談に聞こえなかった。

 よりにもよってニコロに、アイリに関する発言を聞かれてしまった以上、下手に誤魔化す方が余計怪しまれそうだ。


「えっと、ここだけの話なんだけど……最近、妙な気配を感じることがあって」

「気配? ……ストーカーとか?」

「そうかも。私、入学から色々と悪目立ちしてたから」


 ニコロの「だから言ったのに」と言わんばかりの視線が突き刺さったが、一旦無視して話を進める。


「今は私に対してだけだけど、もしもアイリに飛び火したらって心配してたんだ。ほら、最近は友達が増えて順調みたいだから、それに水差したくなくて」

「なるほど……僕も極力気にかけておくね」

「そうしてくれると助かるよ」


 組織にしろリュギダスにしろ、アイリに近付く不審な存在を認識したらすぐに対処出来るようにしていたいが、一人じゃ物理的に限界がある。ニコロ以上にアイリを守る役目に適任な人はいないだろう。


「……それにしても、君に付きまとうなんて命知らずな人もいたもんだね」

「買いかぶり過ぎだよ。私だって無敵なわけじゃないし」

「それもそうか……ごめん、失礼だったね。リタのことも、僕が注意して見ておくよ」


 気にしてはいなかったけど、律儀なニコロは己の発言を反省したように項垂れた。

 しかしリタとしては、自分の身はどうでもいいので、その分全力でアイリを気にかけていてもらいたいところだ。


「とはいっても、僕じゃ頼りないかもしれないけど……」

「そんなことないよ。でも私のことはいいから、ニコロにはアイリのことを全力で気にかけててほしい」

「でも、今実際に危ないのは君の方なんじゃないの?」

「私は自分で注意出来るから大丈夫。それより意識してないアイリの方が、万が一があったら危ないと思う。かといって、変に伝えて不安をあおるのも嫌だし」

「……分かった。注意して見ておく」


 まだ何かが起こると決まったわけじゃない。

 この世界がⅡ基準であれば、リュギダスに襲われる可能性が高いのはアイリよりもリタなはず。でもこれはただの推測に過ぎなくて、実際どうなるかは分からない。


 現実はゲームのようにロードしてやり直せないのだから、アイリに何かあってからでは遅い。念には念を入れておくべきだ。


「……ところで、リタはここで何を? 見たところ、食事も終わってるみたいだけど」

「あ、今日はちょっとエミーと出かける約束をしてて、待ってる途中なの」

「エミリー様と? ラミオ様といい、君は王族の方々と仲良くしていて凄いね」


 感心したような顔をしつつ、ニコロは「そういえば」と言葉を続けた。


「アイリも最近、たまにエミリー様のことを話してくれるよ」

「え、そうなんだ」

「うん。クラスにも慣れてきたみたいだし、幼馴染としてはようやく安心出来たかな」

「まー、アイリは元々万人から愛される性格してるからね! 天使だし!」

「うん。そうなんだけど……」


 ニコロは少し迷うような素振りを見せたあと「アイリの過去のことは知ってる?」と、小声で尋ねてきた。


「人に対して魔法を撃った話は前に聞いたよ」

「……その相手が、どういう人だったかは?」


 リタは首を振って否定した。


「相手は強盗だったんだ、しかも魔法使いの。アイリの家で子供だけで遊んでいた時に、うっかり鍵を閉め忘れて押し入られて……僕がもっとしっかりしていたら、アイリにあんなことをさせずに済んだのに」


 そう話すニコロの表情には、後悔が浮かんでいた。

 きっとその時のアイリはみんなを守ることに必死で、全力を出してしまったんだろう。

 それがアイリの傷になり、そのことによりニコロの傷にもなってしまうなんて、やりきれない話だ。


「でも、この間の授業を見るに、今はそこまで気にしてなさそうでよかったよ」

「……うん、そうだね」


 ニコロの笑顔を見ていると、実技の時の真実は言えなかった。


「まあ、あれは相手がリタだったからかもしれないけど」

「私が撃ちやすいキャラだって言いたいのかな?」

「い、いや。なんて言うんだろう……君はアイリがどれだけ強くても、嫌いになったりしなさそうだから」

「もちろん! 強いアイリも好きだもん!」

「……アイリの周りも、君みたいに思ってくれる人ばかりだったら良かったんだけどね」

「それは……事故のことで周囲と何かあったってこと?」

「直接的に何かされたわけじゃなくて、むしろずっと避けられてたんだ……大人たちに露骨にね。それが伝わって、他の子たちにも。きっとみんなアイリの力が恐かったんだろうね……彼女の家族も含めて」


 その頃のことはあまり思い出したくないのだろう。ニコロは眉をしかめた。


「アイリが住んでいたのは小さな田舎町だったから……彼女が魔法で怪我を負わせてたことは、すぐに知れ渡った」

「でも相手は強盗だったんでしょ? だからって何してもいいわけじゃないけど……アイリがしたことって、そんなに非難されること?」

「噂には尾ひれがつくものだからね。気が付いたら、魔法使いの強盗が丸腰の一般人に変わって。怪我をさせたって話も、殺めたことになってた。果ては、自分の気に入らない相手には容赦なく魔法をぶつける乱暴な子扱いだったよ。みんな事件が起こる前はアイリと普通に接してたし、そんなことする子じゃないって分かってたはずなのに」


 リタは聞いているだけでモヤモヤと嫌な感情になった。

 優秀な魔法が使えたとはいえ、当時のアイリは今よりもずっと幼くて、いきなり知らない大人に敵意を向けられてどれだけ怖かったか、想像に難くない。


 相手の立場を考えれば、友人を勇敢に守った話になるはずなのに。もしもアイリが貴族の子ならば、騎士団に表彰されたかもしれない事案ですらあるのに。


「まあ皮肉にも、その尾ひれのおかげで、悪意を持って襲い掛かって来るような人がいなかっただけ、まだよかったのかもしれないけどね」

「でもアイリの性格的には、人に怖がられてる方がしんどそう」

「……そうかもね。アイリはあれ以来、僕以外の友達がいなくなってしまったことを気にしているみたいだったし」


 ニコロは「だから」と言葉を続けて、リタの目をまっすぐ見た。


「リタにはすごく感謝してる。君と出会って、アイリは間違いなく良い風に変わったから」

「いや、私は何も……アイリが良い子だから、環境が変われば好かれるのは自然なことだよ」


 実際、アイリがクラスメイトに好かれ始めている現状も、彼女の性格があってこそだ。


 リタの言葉を受け、ニコロは首を振った。


「もちろんクラスのみんなと仲良く出来ていることも、アイリにとっては良いことだと思う。けどその中でも君は特別だよ」

「……そうだと嬉しいんだけど」

「だって過去のこと……あれはアイリにとって忘れたいことだろうけど、リタには知っていてほしいって思ったんじゃないかな。……それに、アイリと付き合いの長い僕が言うんだから間違いないよ」


 ニコロという少年が、まっすぐな性格をしていて、この手のことで不必要な嘘やお世辞をあまり言わないことをリタは知っている。


「少しでもアイリの助けになれてるなら嬉しいよ」

「これからも仲良くしてあげてね。最近、教室で君たちが一緒にいる機会が少なくなってる気がして、ちょっと心配してたんだ」

「……なんか親みたいな台詞だね」

「まあ、アイリは僕にとって家族みたいなものでもあるから」


 慈しむような笑顔を浮かべるニコロを見て、リタは思った。

 

 今のところ、攻略対象の中でアイリと一番距離が近く、明確な好意を抱いているのはニコロだ――アイリ的にはまだ脈無しかもしれないが。

 しかし、友情がいきなり恋愛感情に飛躍することだってあり得る。今後アイリとニコロがそういう関係になったとしたら、この世界はゲームのニコロルート通りに進行することになるんだろうか。


 だとしたらリュギダスの憑依先がウィルになる可能性が……それとも、まだそういう関係になるかすら分からない状態でルート分岐のことを考えるのは気が早いだろうか。先ほどのレイラの件もあるし。


「……そういえばニコロこそなんでここに?」

「あ、うん、まあ……なんとなく歩いてたら、つい」


 目があっちこっちに泳いでいるところを見るに嘘なんだろうが、そもそも彼が女子寮にまで会いに来る相手なんて、それこそ一人しか思い浮かばない。


「そういえばアイリ、今日は予定がないから部屋の掃除するんだって」

「掃除? ……それならちょっと遊びに誘ってみようかな」


 幼馴染だけあって、ニコロはアイリが掃除をする意味を分かっているらしい。

 急いたように椅子から立ち上がった。


「リタはエミリー様と楽しんで……って、そういえば僕がここに来てからも、結構時間が経ってるはずだけど」


 二人は食堂の入り口付近を見たが、そこにエミリーの姿はない。

 確かに彼女が席を外してから、もうかなりの時間が経っていた。


「おかしいな……部屋に忘れ物しただけのはずなんだけど」

「迎えに行ってみたら?」

「んー、でもすれ違うと大変だから、もうちょっとここで待ってみるよ」

「分かった。じゃあ僕はアイリを誘いに行くから、またね」


 軽く手を振り、退室まで何だか爽やかに決めるニコロを、リタも手を振って見送った。



続く

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