【134.合流】
ミモザに案内されたのは、色鮮やかな果物があしらわれたケーキやタルトが提供される店。
しかしまあ、客層が見事にカップルばかりだった。
なるほど、これはデートだ。
思わずそう納得してしまうほどには、典型的なデートスポットといった光景だった。
「えーっと……先輩はよくここに来るんですか?」
窓際の席に案内された後訊ねてみると、ミモザは首を振って否定した。
「ううん、初めて来た。友達におススメされた場所なの」
「そう、ですか……」
それはデートする時のおススメなんじゃないだろうか。
どうやらミモザにとって今日の外出は、とことんデート気分らしい。
何故かは分からないが、友達と二人で出かけるのをデートと称する人も……まあ、いるのかもしれない。女子なら特に。
「お待たせ致しました」
大量のフリルが特徴的な制服を着た店員が運んできたのは、先ほど注文したケーキとタルトと飲み物だ。
リタは目の前に置かれた苺タルトを見て目を輝かせた。
「美味しそう! いただきます!」
「いただきます?」
「あ、我が家特有の食事前の風習みたいなものなので気にしないでください!」
もう「いただきます」を抑えることは不可能と判断し、家族を巻き込んだ設定で誤魔化すことにした。
不思議そうな表情のミモザの視線から逃げるように、タルトを食べ始める。
「んー! 美味しい! めっちゃ美味しいですよ先輩!」
「じゃぁ一口頂戴?」
「はい、もちろん!」
ついでに先輩の分も一口もらえたりしないかなぁ――なんて思いながら皿をミモザの方に差し出すと、彼女は髪を耳にかけながら、控えめに口を開いた。
「……あの、その口は?」
「あーん」
「あーん、ですか……」
確かに、周囲にはそれっぽいことをしている人たちはチラホラいるけれども。みんな恋人同士なのだが。
しかし友達なら、これくらいで照れたり拒否したりするのも変だ。以前エミリーともしたことがあるし。
そう思ったリタは、大人しく彼女の言いなりになることにした。
「はい、どうぞ」
あーん、と言うのは流石に恥ずかしかったので、事務的な掛け声と共にタルトを口に運ぶ。
「うん、確かに美味しいわね。じゃぁリタにも……はい、あーん」
「……ん、……あ、美味しい!! ヤバ! レベル高いですねここ!」
恋人同士がイチャつくための、雰囲気だけの店だと思ってしまったのを土下座で詫びたいくらいの美味しさだった。
「ふふ、リタってば子供みたい」
「……いやいや、食べてみたら先輩もこうなりますって」
「私もさっき一口食べたけど、別にそこまではならなかったわよ?」
「ぐ……」
先ほどお上品に「美味しいわね」なんて言っていたミモザと、はしゃぐ自分を比べて恥ずかしくなってきた。
「でも安心するわ。あなたもちゃんと年相応な子供なんだって思えて」
「…………馬鹿にしてますよね?」
「まさか。褒めてるわ」
微笑まれながら言われても、とてもそうは思えないけれど。
リタが不満げにタルトを頬張っていると、不意にミモザの手が伸びて来て頭に触れた。
そのまま緩やかに撫でられて、リタの中にさらに不満な気持ちが募った。
「やっぱり馬鹿にしてますよね?」
「だから褒めてるってば。可愛いものを見ると愛でたくなるものじゃない」
「……とりあえず撫でるのはやめてください」
「はーい」
残念、と言いながら手を退けるミモザ。
それからケーキを食べ始めた彼女を軽く睨みつつ、リタはふと先ほどのことを思い出した。
「先輩はシャノン様と仲良しなんですよね?」
「ええ。ラミオ様たちと同じで、昔から会う機会も多かったし、同じ年だし、気も合うから」
「どういう人なんですか?」
「良い子よ」
リタ的には、今のところとてもそうは見えないが。
「でも……その、前にエミーに対しては……」
「あー……何なのかしらね、あれ。普段はあんな幼稚な物言いするような子じゃないんだけど」
「そうなんですか?」
だとしたら、エミリーとは相当な確執があったりするんだろうか。
どちらに聞いたところで素直に教えてくれるとは思えないし、無理に聞き出すほど興味があるわけでもないけれど。
「エミリー様に対する態度もそうだけど、その延長でリタに負担をかけるのも、私的にはやめてほしいんだけどね」
「犯人探しの件ですか? あれは別に負担ってほどじゃないので大丈夫ですよ」
「そう? けど大勢いる生徒の中から、タトゥーだけを頼りに探し出すなんて大変じゃない?」
前世の記憶のおかげで当てはあるから大丈夫――と言えたら楽なのだが。
「さっきも言った通り、当てはあるので。仮に見つけられなかったとしても、シャノン様も怒ったりはしないでしょうし……多分」
もし本気で怒られたらどうしようと不安になっていたら、頬を軽くつつかれた。
「それより、デート中に他の子の話をするのはよくないって、お姉ちゃんが言ってたわよ」
「……デートじゃないって何度も言ってるんですけど」
「何度否定されようが私にとってはデートなの。もう、リタってば女の子なのに女心が分かってないんだから」
女心というより、ミモザの考えがサッパリ分からないのだが。
タルトを一口サイズに切り分けて口に運んでから何となく窓の方を見ると、よく知る顔を見かけて、思わず吹き出しそうになった。
吹き出さなかった代わり、盛大にむせてしまったけれど。
「げほっ、ごほっ……!?」
「だ、大丈夫!? 詰まっちゃった?」
「あ、いえ、あの、見間違い……いや、見間違えるわけないか……」
「何をブツブツ言ってるの?」
ミモザの質問に答えるより先に、カランという音が聞こえてきた。これは、店の扉に取り付けられている鈴の音だ。
つまり今お客さんが来たというわけで、それは一体誰なのかと思って振り向くと、先ほど見た顔――アイリとエミリーが入り口に立っていた。
「あ、アイリたちが何で……」
確かに今朝、ミモザと出かけると話した際、アイリもエミリーと出かけると言っていた。
しかし、こんな恋人御用達みたいな店で鉢合わせるなんて想定外過ぎる。
「み、ミモザ先輩! お店出ましょう!」
「え? なんで?」
「アイリたちが!」
「え? ……あ、ほんとだ、凄い偶然ね!」
「のんきなこと言ってる場合じゃないですよ! こんなところアイリに見られたら!」
「見られたら?」
見られたら――何なんだろうか。
自分で言っておきながら、その言葉の続きは思い浮かばなかった。
「と、とにかく、アイリたちにバレる前に」
「残念ながらもうバレちゃってますけど」
いつもより低い声に、ビクっと肩が跳ねあがった。
振り向くと、不機嫌ですという顔をしたエミリーが仁王立ちしていた。
その少し後ろにいるアイリは、なんともいえない表情でリタたちを見ている。
「あ、あー……エミーたちもデート?」
「エミーたち”も”? なんですか? リタ様たちはデート中なんですか?」
「いや……私にはそのつもりはないんだけど……」
「ミモザ先輩には?」
「私はもちろんデートだと思ってるわ」
何が”もちろん”なのか。余計なことを言わないでほしい。
リタは睨むような勢いでミモザを見たが、綺麗な微笑みで返されてしまった。
「でもせっかく会ったんだから、二人もよかったら一緒しない?」
「ぐっ……それが勝者の余裕ってやつですか!?」
「なんの勝者なのさ……というか、エミーたちはこ――ここで食べるつもりで入ったの?」
一瞬”こんなところで”と言いかけたが、店に対してあまりに失礼だったので言い換えた。
店内は恋人同士と思われる人たちばかりで、どう見ても友人同士で入るような雰囲気ではない。
「最初はその予定じゃなかったんですけど……歩いていたらあまりに仲睦まじそうなお二人を見かけたので。邪魔しようと思って私がアイリを無理やり引っ張って来ました」
「な、仲睦まじいだなんて、そんな……」
「食べさせ合いっこして、頭を撫でられていたのにですか?」
「――」
まさかそんなところから見られていたとは思わず、返す言葉が見つからなかった。
「でもいいです! 私はプライドを捨ててでも全力でお二人の邪魔をしますから! アイリ、遠慮なく相席させてもらいましょう!」
「でも二人に迷惑じゃない……?」
「迷惑なんて全然! むしろアイリと一緒の方が嬉しいよ!」
店に迷惑をかけないよう、控えめなボリュームで叫びながらアイリの手を握ると、彼女はキョトンとした顔で固まってしまった。
「……リタ様、私はスルーですか」
「い、いやいや、もちろんエミーもだよ。大勢の方が楽しいし、ね?」
「いいですよもう! リタ様がアイリ一筋なのは最初から分かって好きになってますから!」
と言いつつも、不機嫌そうな足取りでリタの隣の席まで移動するエミリー。
流石に何かフォローを入れた方がいいだろうかと迷っていると、キッと睨まれた。
「ただし、許すのはアイリ一筋までですから。ミモザ先輩と二股するくらいなら私を二番目にしてくださいよ」
「二股って……先輩とはただの友達だから……」
リタはエミリーの言葉に苦い顔で返してから、握りっぱなしだったアイリの手を放した。
「アイリも先輩の隣に座りなよ」
「…………あの、本当に邪魔じゃない?」
「もちろん。私は可能な限りアイリと一緒にいたいくらいなんだから」
「……じゃぁ、お邪魔します……」
邪魔じゃないと再三言っているにも関わらず、アイリはそう言って小さく頭を下げた。
続く




