【130.くすんだブロンドヘアーの少女】
◆ ◆ ◆
思い出深い誕生日が過ぎ、いつも通りの日常が戻ってきた――のだが、一つだけ変わったことがある。
「あ、ほらリタ、このお店よ、クラスの子たちがおススメしてたの」
ミモザと昼休みを共に過ごすことが多くなったこと。
多いというか、もう毎日なんじゃないかというレベルだ。
「……」
しかも大抵リタの隣に腰を下ろすものだから、その隣からの視線があまりにも痛い。
ただこれは毎回ではなく、エミリーが隣の日もあれば、ミモザが隣の日もある。
ちなみにアイリについては、リタの意思で隣に座っているので高確率で二人とは逆隣にいる。
「今度一緒に行ってみない? 次の休みは暇?」
「暇ですけど……」
「なら決定ね!」
「勝手に決定しないでください! リタ様から溢れ出る行きたくないオーラが見えないんですか!?」
そこまで大げさなオーラを出した覚えはないが。
むしろミモザとは以前遊ぶ約束のようなものもしたし、その内に叶えたいところだ。
「行きたくないの?」
「あ、いや、全然」
「じゃぁ行きましょう!」
「ちょっとリタ様!!」
「は、はいっ」
それにしても、最近のエミリーは目つきも厳しいし口調も荒い。まるで初めて会った頃に戻ったようだ。
「そんなにアッサリ受け入れてもらえるなら、私だって毎週末デート申し込みますけど! それでいいんですか!?」
「毎週末は困るけど……。そもそもこれってデートなんですか?」
「デートでもいいけど、もちろんエミリー様やアイリが一緒でも大歓迎よ」
「それなら是非行きましょう!」
手のひら返しとはこういうことを言うんだろうなぁと思いながら、エミリーの機嫌が良くなったことに安堵してスープを一口。
それにしても、さっきからいつもより視線を感じるのは気のせいではないだろう。
ミモザと一緒にいて注目される日々は魔法祭で終わると思っていたのに、とんだ誤算だった。
「……というか、なんでミモザ先輩は最近よく来るんですか?」
「それはー……ほら、たまには下級生の子たちと交流をと思って、ね?」
「なら私たち以外の人にも話しかけた方がいいのでは……?」
主に男子からの嫉妬が込められた視線に耐えつつ提案してみると、ミモザは軽い調子で「考えてみるわ」と言った。
しかしリタの隣の席から立ち上がる気配はない。
それどころか徐々に距離を詰められている気さえして、より視線が突き刺さり、胃が痛くなってきた。
「あ、リタ、これ美味しいよ。食べる?」
「食べる! ありがとうアイリ!」
しかしこの一声だけで鬱々とした気持ちが吹き飛んでいくんだから、アイリは心の清涼剤なのかもしれない。もしくはただの天使。
そんな馬鹿なことを考えながら、アイリが取り分けてくれた料理を有り難く受け取っていた時だった。
「リタ・アルベティ」
鈴の鳴るような声で名前を呼ばれた。
振り向くと、くすんだブロンドヘアーをポニーテールの形に結った女性が、凛とした佇まいで近付いて来た。
年齢はミモザと同じ、十五歳くらいだろうか。
そのよく整った顔立ちはよく見ると誰かに似ている――というより、髪の色的に考えると自然と、
「うげっ」
分かりやすく顔をしかめるエミリー。
カーラに会った時もそうだが、彼女はどうも人に対しての「嫌悪」という感情を隠す気がないらしい。
そんなエミリーを一瞥してから、リタの近くで立ち止まるポニーテールの少女。
「君がリタで合ってる?」
「はい」
「はじめまして。私はシャノン・トリチェ」
「はじめまして。トリチェというと……」
ファミリーネームを呟きながらエミリーの方を見ると、頷かれた。
「私の従姉です」
まあ聞くまでもなく、知っていた。
無知なリタでも、流石に王族の顔や名前くらいは覚えている。……エミリーの時は例外として。
「ああ、なんだ。エミリー、いたんだ?」
「何よそのわざとらしい反応……この距離で気付かないわけないでしょ」
溜め息をついたエミリーは、苛立たしげに立ち上がった。
それからシャノンの方に近付き、肩を押し退ける。
「カーラといいあんたといい、どこで聞きつけたか知らないけど、リタ様に迷惑かけるのはやめてよ」
「迷惑なんてとんでもない。私はただ上級生として挨拶しに来ただけだよ。……それにしても、ユージャから聞いた時は半信半疑だったけど、本当にリタ様って呼んでるんだ」
「将来の伴侶様だからね」
そんなものになる予定はないのだが、なんとも口を挟み辛い雰囲気だった。
もしかして彼女もカーラと同じように、エミリーとあまり仲が良くないのだろうか。
「えっ!? エミリー様ってリタのこと好きなの!?」
場違いなオーバーリアクションをとったのはミモザだった。
そういえば彼女はこのことをまだ知らなかったんだったと、リタは今気が付いた。
「そうですよ……悪いですか?」
「わ、悪いなんてことはないけど……そっか……だからリタ様って……、へえ……そ、そっかぁ……えぇー……」
何故かだんだん俯いて小声になっていくミモザ。
そんな彼女はさておき、シャノンはジロジロと値踏みするようにリタの顔を見てきた。
「ふーん……。ラミオとは随分タイプが違うようだけど」
「余計なお世話。ほら、挨拶は済んだんだから帰って帰って」
「ミモザもこの子と仲良いの?」
「ちょっと! 無視した上に私の席に座らないでよ!」
キャンキャン叫ぶエミリーを無視して彼女の席に腰を下ろしたシャノンは、隣のミモザに話しかけた。
「最近ちょっと縁があって……仲良くなりたいと思ってる最中なの」
「ミモザは本当に人が好きだね。で、そっちの隣の子が例のもう一人の特待生の子?」
「あ、はい……はじめまして、アイリ・フォーニです」
「はじめまして。……ふむ」
丁寧に頭を下げたアイリと、現状を理解することを諦めてさっきアイリにおススメされた料理を食べ始めたリタを見比べ、首を傾げるシャノン。
「エミリーもラミオも、ちょっと会わない間に好みが変わったんだね。特にラミオなんて、そっちの子の方が好みっぽいのに」
「ですよね!!!」
「えっ?」
リタがつい全力で同意してしまったものだから、シャノンは相当驚いたらしい。
従姉である彼女が言うなら、やはりそうなのだ。
本来のラミオは、ゲーム通り大人しい女の子が好みだったのだろう。
それをリタが余計なことをしたせいで、彼の中の何かが捻じ曲がってしまったのかと思うと、後悔しかない。
「すみません……アイリの方が可愛いって意味だと思って、思わず全力で同意しちゃいました」
「まあ見た目でいうとあまり差はないけど……。ごめんね、失礼なことを言ってしまって」
「全然! 私もアイリこそがラミオ様に――いえ、全人類に愛されるべき存在だと信じて疑ってませんから!」
「り、リタ、人前でそういうこと言うのは本当にやめて……」
アイリが本気で居心地悪そうにしていたので、リタはこれ以上言うのをやめることにした。
「……エミリー、こういう馬鹿っぽいところが新鮮でよかったの?」
「ばっ馬鹿じゃないし! リタ様はアイリに対して執着心が強いだけ!」
「ふーん……まあ理由なんてどうでもいいや。ちょっと失礼」
言いながら、リタの方に身を寄せて来るシャノン。
相手の立場が立場だけに拒否することも出来ずに固まっていると、頬に柔らかい感触がした。
あまりに突飛な行動すぎて、口付けされたのだと気が付くのに十秒ほどかかった。
「はあああぁぁ!?」
もちろん王族相手にリタが「はあああぁぁ!?」などと返せるわけがない。この反応はエミリーのものだ。
シャノンとリタの間に力ずくで体を割り込ませて抗議の声をあげる。
「なっ、なにっ、何してるのよ!?」
「キス。頬くらいいいよね」
「いいわけないでしょ!? というか何でリタ様に……あんたが好きなのはラミオでしょ!?」
「今エミリーが好きなのはこの子なんだよね?」
「そうだけど……」
「なら、私が今興味あるのはこの子ってことになる」
「はあ? ……意味が分からないんだけど」
頭痛がするのか、頭をおさえるエミリー。
しかし意味が分からないのは彼女だけではなく、リタもアイリも目を丸くしている。
そしてミモザも同じだったらしく、口を開いた。
「シャノン様とリタは初対面なんでしょ? なのにどうして興味があるの?」
「エミリーに嫌がらせしたいから」
「は?」
もちろんこの「は?」もエミリーのものである。
リタはさっきからずっと口を挟めないでいる。ただ呆然と、頬を押さえて黙り込んでいた。
「……まさか……ラミオのこと好きだって言ったのも、私への嫌がらせだったの?」
返事こそしなかったものの、シャノンはにこりと微笑んだ。
それを見たエミリーは苛立ちを隠す気もなく、食器を荒々しく片付けた後、リタとアイリの手を掴んでずかずかと歩き出す。
「ちょ、え、エミー、いいの?」
「いいんです! あいつ、昔からやたらラミオにベッタベタするなって思ったら私への嫌がらせだったなんて……ふざけてます! まだ本気で好きな分、カーラの方がマシですらありますよ!」
両手を引っ張って歩くという器用なことをしながら進むエミリーに連れられ、食堂を強制的に後にすることになったリタたち。
その場に残されたミモザは、目を細めてシャノンの方を見た。
ちなみに二人は同じ年齢であり同じ学年――どちらも二年生である。
「……こんな公衆の面前で、立場も忘れて興味のない相手にキスしちゃうくらい、エミリー様に嫌がらせがしたかったの?」
「さっきも言ったけど、興味はあるよ。エミリーが好きになった人だからね。ちょっかいだしたら、エミリーが嫌がるから」
飄々と答える姿に呆れ、さらに細められるミモザの瞳。
「どうしてそんな意地悪するのよ。エミリー様とは小さい頃からよく遊んだ仲なんでしょ?」
「そんなの昔の話だよ。ミモザだって子供の頃の友達全員と、ずーっと仲良しってわけじゃないよね?」
「そうだけど……でもあなた、結構な頻度でエミリー様の話をしてるじゃない」
「……それは、単にミモザと私の共通の知り合いだからだよ」
「なら、ラミオ様の話でもいいと思うんだけど?」
「……」
黙り込んでしまった。
それが何故なのか分からなくてミモザは首を傾げたが、シャノンはそんな彼女を見て不機嫌そうに頬をふくらませた。
続く




