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【129.なんだか様子がおかしい姉と妹】

「はあ……」


 休み時間、溜め息をつきながら歩くリタは、微かに足を引きずっていた。

 そこに見知った顔が通り過ぎるのが見えた。


「あ、リタ!」


 リタが声をかけるよりも先に、向こうがこちらに気が付いて声を上げる方が先だった。

 同時に走らない程度の速度で駆け寄って来たのは、ミモザだ。その手には魔道具が握られている。


「もしかして決闘帰りですか?」

「そ。休み時間内に終わるかどうか、少しヒヤヒヤしちゃった」

「相変わらず大変そうですね」

「まあね。でもこう見えて私も、あれから少し変わったのよ」


 どういう意味か分からず首を傾げるリタに対し、ミモザは魔道具を制服にしまいながら言葉を続けた。


「告白を断った後、極力自分からはアクションを起こさないことにしたの。挨拶とか必要最低限以外はあまり話しかけないように……相手に合わせてね」


 どうやらワディムの件で彼女なりに学んだらしい。


「ミモザ先輩も日々成長してるんですね」

「偉いでしょう……って言いたいところだけど、これが普通なのよね、きっと」


 どこか得意げだったミモザは、急に声のトーンを落とした。


「私、本当に無神経だから知らないうちに人を不愉快にさせてたと思うの。小さい頃に友達だと思ってた子に……親が言うから婚約したかったんだって、伯爵家の子じゃなければ私に魅力なんてないって言われたこともあるし」

「それは……」


 酷い言い草だが、単なる負け惜しみな気もする。


 しかし子供の頃のミモザにとっては、ショックが大きかったんだろう。

 それがワディムの時の発言に繋がったのかと、腑に落ちた。


「でもこれはただの言い訳。みんながみんな同じ考えなわけないのに……そんな当たり前のことに、この年になるまで気が付かなかったなんてね」

「でも今は気付いてるんだからいいと思います」

「ふふ。気付けたのはリタのおかげよ」

「……私、デコピンと説教じみたことしか言ってない気がするんですけど」

「それでも私は嬉しかったのよ」


 嬉しかった、という表現はよく分からないが、役に立てたなら何よりだ。


「ところでリタはどこかに行く途中だったの?」

「ちょっと保健室に」

「え、また? そんなにしょっちゅう怪我してるの?」

「今回も大した怪我じゃないんですけどね……」


 魔法で石が跳ねた拍子に、足首にいくつかの切り傷が出来てしまった。

 数が多かっただけに傷口こそ多いが、一つ一つは浅く、洗って放置していればすぐに塞がる程度のもの。


 なのでリタは保健室に行くつもりは毛頭なかったのだが、アイリに「行かないと手を繋いで連れて行く」と言われてしまい、あっさり折れた。

 最近のアイリはリタの扱いが上手くなっている気がして、嬉しいような恐いような複雑な気持ちだ。


「せっかくだし、ついていきましょうか?」

「いえ、付き添われるほどのものじゃないので」

「そう。あ、保健室に入る時はちゃんとノックするのよ」

「しますけど……そもそも保健室で脱いでるのなんて先輩くらい――っで!?」


 割と強めに背中を叩かれた。


 普通に足の切り傷よりも痛い背中の痛みを訴えるように無言でミモザを見ると、睨み返されてしまった。


「もうその記憶は封印して!」

「いや……話ふってきたのは先輩の方じゃないですか」

「あくまで一般常識として言ったの! ……あのことは本当に忘れてよ」


 ボソリと呟いたミモザの顔がやたら赤く見えて、リタは首を傾げた。


 この話はもう何度かしているのに、何を今更乙女のように照れているんだろうか――まあ、ミモザは間違いなく乙女なんだけども。


「ちゃんと忘れますよ。じゃぁ時間もないので、そろそろ失礼します」

「あ……」


 通り過ぎようとしたら、服の裾を掴んで止められた。

 しかしそれは無自覚な行動だったのだろうか、ミモザは自分が伸ばした手を不思議そうに見つめている。


「どうかしましたか?」

「え、いやー、えっと……あ、足の怪我、痛い? のんきに話とかしてる暇ないわよね……」

「全然大丈夫ですけど、何か話があるんですか?」

「……特にはないけど……」

「?」


 いよいよ意味が分からない。

 何か話があるわけでもないのに、何故引き止められたんだろうか。


「……リタは私と話すことがないと、話してくれないの?」

「そんなことはないですけど……先輩、どうかしたんですか?」


 急に甘えたようなことを言われて戸惑っていると、ミモザは掴んだままのリタの制服の裾をフラフラさせながら答えた。


「この間、エミリー様が言ってたの。……リタは可愛くて素敵で格好良くて優しいから、みんなに好かれる人だって」


 すさまじい嘘をつくもんだなと、リタは呆れた。

 まあ、エミリーの脳内ではそういうことになっているのかもしれないが。


「それはただの過剰評価なので、真に受けないでください」

「でも他の人にもちらほら聞いたけど、エミリー様やラミオ様はリタを気にかけてるし……あ。あとアイリとは特に仲が良いって」

「それはそうですね! アイリとは大親友だと私が勝手に思ってます!」

「……」


 元気よく答えると、何故か不満げな表情になったミモザに裾をぐいっと引っ張られた。


 自然と足が前に出て、数歩だけ彼女と距離が縮まった。

 が、その行動の意味が分からず、リタは首を傾げる。


「厚かましいかもしれないけど……私もリタと仲良くなりたいの」

「別に厚かましいとは思いませんけど」


 ただ、随分物好きだなと思う。

 みんなの人気者で、友達には困らなさそうなミモザが、わざわざリタなんかと仲良くしたいだなんて。


「でもそういうことなら今はあまり時間がないので、今度また改めて時間作って外で遊んだりしませんか?」

「え、いいの!?」

「はい」


 校内でミモザといると目立ってしまうが、町中に出たら流石にそこまでじゃないだろう。

 リタ的にはむしろ、外で会ってくれる方が有難い。


「やった! じゃぁまた今度ね! 絶対だからね、約束破ったら怒るからね!」


 きゃっきゃとはしゃぐミモザを見ていると、本当に人付き合いが好きなんだなぁと感心させられる。


 彼女が少し大きな声を上げたものだから、周囲の視線が集まってきてしまったことに気が付いたリタは、早々にこの場から立ち去ることにした。


「じゃぁ私は行きますね」

「うん! あまり怪我しないよう気を付けてね」


 心配の言葉に頭を下げることで返しつつ、リタはミモザの横を通って保健室へ向かおうとした。

 すると、その背に声がかけられた。


「――あ、リタ!」

「何ですか?」

「えっと……お姉ちゃんが変なこと言っても、気にしないでね」

「……はい」


 頷いたものの、一体どういう意味だろうか。

 ローザ先生が変なことを言うイメージなんて、全然思い浮かばないけれど。


 立ち去っていくミモザの後ろ姿を眺めながら、リタは首を傾げた。




 約束通り、きちんと保健室の扉をノックした。

 すると五秒も経たない内に中から「どうぞー」とローザ先生の声が返ってきたので、扉を開ける。


「あら、いらっしゃい」


 にこりと微笑むローザ先生は、いつ見ても見惚れるくらいに美人だ。


 ミモザもあと数年経てば、こんな風に大人の魅力が加わって、今よりも更に魅力的な顔立ちになるんだろうか。

 そうなったら、よりモテ度が上がって大変なことになりそうだなと、他人事ながら心配になった。


「今日はどうしたの?」

「ちょっと怪我しちゃって……かすり傷なんで、大したことないんですけど」

「小さな傷から大きな病気に繋がることもあるのよ。じゃあ、そこに座って」

「はーい」


 示された椅子に座ると、ローザ先生は手際よく手当てを始めた。


 こんなに微かな傷をわざわざ処置してもらうのは気が引けるが、アイリの命令なら仕方がない。

 まあ傷口から変なばい菌でも入って命の危機に――なんてなったらアイリまで危険に巻き込むことになってしまうので、慎重なくらいがちょうどいいのかもしれないけど。


 そんなことを考えている間に処置が終わっていた。

 同時に、ローザ先生が無言でリタの顔を見ていることに気が付く。


「どうかしましたか?」

「いや……言っていいのか分からないけど、あの子、よくここに遊びに来るのよ」


 名前こそなかったものの、すぐにミモザのことだと気が付く。


「友達のこととか話してくれるんだけど、最近はアルベティさんの話ばかりで」

「そうなんですか……それはまた、物好きですね」

「ふふ。うっすらとだけど、例の件も聞いたわよ」

「例の件?」

「デコピン食らわせた話」

「……あー」


 姉相手にどれだけ赤裸々に話をしているんだろうか、あの人は。


「経緯は教えてくれなかったけど、あの子が悪いこと言っちゃって怒られたって」


 流石に全てを話したわけではないらしい。


 しかしあの時の自分の言動は褒められたものではない――とリタは思っている。


「あれは私の方が最低でした。先輩が恐い思いしてたのに……デコピンした上に、説教までかましちゃって」

「んー……経験則的に、あの子が悪いことしたって言う時は、本当に悪いことした時だと思うけど」


 確かにあの物言いは、ワディムの気持ちを考えていなかったから、悪いこととも言える。

 しかしその前に彼がミモザを脅かすようなことをしたのも事実なので、お互い様といえばお互い様だ。


 そこに第三者であるリタが割り込んだ挙句、ミモザにあんなことを言う資格はない。


「詳しいことは私にはさっぱりだけど、あの子は感謝してるみたいだから」

「感謝されるようなことは本当に何もなかったんですけど……」

「あなたにはなくても、あの子にはあるのよ。……それにしてもね」

「……なんですか?」


 顔をジロジロと見られて、気まずくて視線を逸らした。

 その反応にローザ先生は何故か微笑む。


「いや、あの子の好みって初めて聞いたから、少し意外だなって」

「はあ……」

「でもウチの家族はみんなミモザに甘いし、色々甘やかされてきたから、ガツンと言ってくれる人の方がいいのかもね」

「へえ……」

「それともMっ気でもあるのかしらね」

「えむ……?」


 一体何が言いたいのかよく分からないし、Mなんて言葉を先生の口から聞くとは思わなかった。


 深い意味を伝える気はないらしく、ローザ先生はうんうんと頷くと、何故かリタの頭を撫でてきた。


「迷惑かもしれないけど、あの子のことよろしくね」


 わざわざリタに頼まなくても、ミモザの面倒を見たい生徒なんて他にごまんといそうなものだけど。


 とりあえず断る理由もないので適当に承諾して、リタは保健室を後にした。




続く

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