【123.学祭の終わりと既視感】
簡単に結果だけ言うと、魔法合戦はラミオの勝利で終わった。
リタは最前列ではしゃいでいる女子数名を眺めながら、なんとも無難な結果に拍手を送った。
ちなみにニコロも最後の方までは残っていたが、複数人に囲まれてしまい、惜しくも敗れていた。
その後、いくつかの種目を経て最終的な点数発表があり、リタたちの所属チームは三位というそこそこの成績で終了した。
学祭なのでもちろん後片付けは生徒たちの仕事だ。
テントを畳み、装飾品を片し、カラーコーンを元あった場所に戻し、グラウンドに引かれた白線を消していく。
全員で取り掛かっているため、一人一人の負担はかなり少ない。
倉庫とグラウンドを何往復かしたら、やることがほぼなくなってしまった。
「連日決闘を申し込まれるのもこれで終わりか……」
そう思うと悲しいような――気は一切しない。むしろ清々しい気持ちだ。
グラウンドを眺めながら、これから戻ってくるであろう平和な学園生活に想いを馳せていると、
「リタ!」
「わぁっ!?」
いきなり後ろから抱きしめられ、冗談抜きで心臓が飛び出そうなくらい驚いた。
前世ならともかく、こちらの世界でこんなスキンシップはあまり体験しないので、普通に驚いてしまった。
「な、なに……あ、なんだ、ミモザ先輩ですか……」
「なんだとはご挨拶ね。せっかく探して会いに来たっていうのに」
「何か用事ですか?」
「用ってほどではないけど……ちょっと顔が見たくて」
「へえ……?」
つい数十分前に会ったばかりだというのに、よく分からない理由にリタは首を傾げた。
「魔法祭もついに終わりね」
「はい」
「これでリタに迷惑をかけずに済むのかと思うと、安心するわ」
「私もです……って言うと、失礼ですけど」
「いいのよ。私が逆の立場なら、文句の十や二十は吐いちゃうもの」
ミモザは白線が消えかかった地面を軽く蹴りながら、視線をさまよわせた。
その様は、言いたいことがあるが言いにくいという感じだったので、リタは特に促すこともなく黙って待ってみた。
「あー、あのね……これだけ迷惑かけておいて聞くのは憚られるんだけど……明日からも普通に話しかけていい?」
思ったよりも控えめな問いかけに、少し面食らいつつも「もちろん」と答えた。
「同じ校内にいるんですし、いつでも会いに来てくださいよ」
「ほんと!? いいの!?」
「は、はい、まあ……先輩のこと、嫌いではないので」
ずいっと顔を近付けられたので、リタは数歩後ろに下がって距離をとった。
正直社交辞令に近い台詞だったのだが、思ったより反応されて少し恐い。
「よかった……私、リタに嫌われてるのかと思ってた」
「嫌うとしたら、決闘を申し込んできた人たちですよ」
「そっか……、でも今回は本当に迷惑かけてごめんなさい。パートナーの件もそうだけど、攻撃魔法のことも。あの時、リタがああ言ってくれたから枷を壊せたと思うの」
「いや、私は全然大したことはしてないので」
あれは、ミモザが自分のためではなく誰かのための方が実力を発揮出来そうな性格だと感じたからだ。
リタがしたことはただ彼女に頼っただけであり、褒めるべきは、それに応えたミモザ自身の気持ちだと思う。
「そんなことないわよ! それにほら……その、さっきだって」
「さっき?」
「ワディムと話してた時。助けてくれたじゃない」
「あー……」
とはいえ、あれもあれで、最終的にはミモザにデコピンをかますという、よく分からないことをしてしまったのだが。
「あれは……むしろすみません……おでこ痛くなかったですか?」
「全然平気。……でもちょっと新鮮だったかも」
「新鮮?」
「私、家族以外の人に怒られたことってほぼなかったから……八つ当たりとかは多いけど。あ、何なら家族の中でも小突いてくるのなんてお姉ちゃんくらいだし」
それは何という甘やかされっぷり……リタの家族も相当甘い方だったが、怒られたことは何度もある。
「だから初めて気付いたんだけど……怒られるの意外と好きなのかもって」
「そ、そうですか」
まるでMのような発言を繰り出されて若干引きつつも、とりあえず怒ってはいないようなので安心した。
いくらミモザが無神経な発言でワディムを泣かせたからといって、あの場で危険な目に遭っていたのはミモザだ。
そんな彼女にデコピンかました挙句に説教だなんて、人としてどうなんだと、リタは今更ながら思った。
「……私、今回のことを機に、もっと人のことを深く知りたいと思った」
「それは良い傾向ですね……、私もよく分かってるわけじゃないので、偉そうなこと言えないですけど」
「というわけで、まずはリタのことから教えてくれる?」
問いかけながら、腕をとられて組むような形になった。
「私のことなんて知っても、得なんてないですよ?」
「得があるかないかは私が決めることよ」
「まあ……そういうことなら全然いいですけど……」
全然いいのだが、くっつくのはやめてほしい。
時間が経っているとはいえ、運動をした後だし、臭うかもしれない。流石にリタにも乙女心というものがある。
そういう思いから何とか解放してもらおうと頑張っていたのだが、思いのほか強い力で掴まれていて困った。
「あの……先輩、そろそろ離れて――」
もらえませんか、という言葉を続けるよりも先に、反対側に強く引っ張られた。
「わっ……あ、エミー」
「……何してるんですか」
怒っていることを隠すつもりもない、強い怒気を感じる声だった。
「いや、何か手伝うことないかなぁって思って……」
「へー……私の目には仲良くお話ししているようにしか見えませんでしたけど」
「それはそれで間違ってはないけど……」
それにしても両方から腕をとられるというのは、あまり気分の良いものではない。
何故か二人とも手を放さないし、それどころか自分の方に引き寄せるように力を込めてきて、何だか大岡裁きを思い出す。
「あ、エミリー様! この間の社交界以来ね」
ひょっこりと顔を出したミモザが、エミリーの姿を確認して目を輝かせた。
王族であるエミリーに対してこのフランクさ。
あまり深く考えたことはなかったが、伯爵令嬢の彼女は、王族とも社交界や公の場などで会うことが多いのかもしれない。
その割に、以前会った時は初対面のようなテンションだった気もするが。
「……ご無沙汰してます、ミモザ先輩。それより、人の目がある場でこの距離感はどうかと思いますよ」
とか言いながらも、リタの腕を引っ張って自分の方に引き寄せるエミリー。
「エミリー様の棒倒し、すごかったわ。手に汗握っちゃった!」
「話し聞いてますか!?」
「もちろん。でもこれくらいのスキンシップなら、ほら、あそこの子たちもしてるわよ。仲良さそう」
「あの人たちは見るから恋人同士じゃないですか! お二人はそういう関係じゃないでしょ!」
ぐいっと引っ張られた腕があまりにも痛かったので、リタは泣きたくなってきた。
そんな時、後ろからガヤガヤと声が聞こえたかと思うと、背中を軽く叩かれた。
「リタ、人気者だね」
「よかったら場所代わる?」
「恐れ多いから遠慮させてもらうよ」
爽やかに微笑んだニコロは、エミリーに二言ほど声をかけた。
すると、不服そうな顔ながらもエミリーはリタの腕を解放した。
流石ニコロ……と感動していると、その後ろにアイリの姿が見えたので思わず駆け寄ろうとしたが、ミモザの拘束はまだ解かれていないので無理だった。
「リタのお友達?」
「あ、はい。えっと……」
よく見たらニコロの後ろにはアイリだけでなく、セシリーやミシャやナタリア、果てはぐったりした表情のウィルまでいて、ラミオやそのガールズたち以外はリタの友人ほぼ全員集合といった感じだった。
ちょうどいいかと思い、リタがみんなにミモザを紹介したら、口を揃えて「知っている」と言われてしまい、何だか悲しい気持ちになった。
◆ ◆ ◆
魔法祭の振替休日。
リタは久しぶりに家族宛に手紙を書いていた。
そんな柄ではないのだが、定期的に近況報告をしないと、見知らぬ土地に娘を送り出した両親が心配するかもしれないから。
「リタ、この後って用事とかある?」
「暇! どっか行く!?」
あまりに元気よく振り向きながら即答したものだから、アイリは苦笑していた。
「よかったら町に行かない?」
「行く行く! 待ってて、爆速で手紙書くから!」
「ゆっくりでいいよ。ご家族への大事な手紙でしょ」
嗚呼アイリはなんて優しいんだ、と思いながら高速で手を動かしていると、リタはふとデジャヴを感じた。
この振替休日のデートは、ゲーム内でも存在する。
ホリエンの攻略対象は、ニコロ、ラミオ、ウィル以外にもあと数名存在しており、その中の一人のルートでの出来事だ。
ただ、家族への手紙を書いていたのは『リタ』ではなく『アイリ』で、確かその時に攻略対象は、
「……『久しぶりに二人きりになれて嬉しい』」
思い出した記憶通りの台詞を呟くと、それはアイリの耳に届いたらしい。
彼女は驚いたように目を丸くしてリタを見た。
「あっ、いや、今のは違って! と、というかいつも部屋で二人なのになに言ってんだって話だけどね、あはは! ほら最近魔法祭の練習でお互い疲れてて話すこと少なくなってたから寂しくて!」
誤魔化すために早口でまくし立てるリタに対し、アイリは無言で近付いて来た。
「――え」
そのまま軽い力で抱きしめられたことに、喜ぶよりも先に驚いた。
これはまさにゲーム通りの展開だったから。
攻略対象に上記の台詞を言われた『アイリ』は、恥ずかしそうに抱きついてくるのだ。
それがまた可愛いシーンなんだけども、それはもちろん二人の関係性が恋人同士に発展してからの話。
ただ、前にも似たようなことはあった。
流星群の時とか、リュギダスとの戦いの後の例の魔法の行使とか。
もしかしたらアイリは、友達にも恋人にも似たような態度をとる子なのかもしれない。
また新たな彼女の一面を知れたことに感激すると同時に、少し不安になる。
この世界は相変わらず、ゲーム通りだったり、かと思えば違ったり、様々な出来事が起こって予測がつかない。
だからこそ、アイリの退学展開を確実に防ぐ方法が、リタには未だ思いつかなかった。
「……」
というより、随分長いこと考え込んでしまったが、いつまで彼女は抱きついてくれているんだろうか。
もしかしてこれは抱きしめ返しても気持ち悪いとか思われずに済むラッキータイムなのか。
ちなみにゲームではこの後キスしたりするのだが、流石に友達同士でそんなことをした日には、絶交を言い渡されるのは目に見えている。
「……アイリ」
「そ、そうだ!」
アイリの背中に回しかけた手が、虚しく空を切った。
弾けるようにリタから距離をとったアイリは、視線を逸らすように手紙の方を見た。
「手紙! ちゃんと考えて書かないといけないからこんなことしてる場合じゃないよね! 私がいない方がリタも集中できるだろうからちょっとお散歩してくる!」
何か口を挟む間もなく、先ほどのリタと同じくらいかそれ以上の早口でそう言って、部屋を出て行くアイリ。
「……まあ、抱きしめ返して気持ち悪がられるよりは良かったのかな……」
一人取り残されてしまったリタは、行き場のなくなった手をグーパーさせ、ガックリと肩を落とした。
続く




