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【119.ミモザとワディムの口論】

 日の当たらない校舎裏はただでさえ人気のない場所だが、学祭真っ最中の今はそれにより拍車をかけていた。

 数メートル前を歩く二人に気配を悟られないように、忍び足でついていく。


 二人の間に特にこれといった会話はない。

 ミモザが時折魔法祭の話を振っているのに対し、男子生徒――歩いている最中にようやく彼の名がワディムであることを思い出した――はぼんやりと返答している。


 その姿は心ここにあらずといった感じだが、果たして何を考えてこんなところまで連れて来ているのだろう。


「……まさか告白?」


 それなら、後をつけて盗み聞くのはあまりに最低すぎる。


 まだバレていない内に引き返した方がいいだろうか……そんなことを考えていたら、二人が立ち止まった。自然、リタの足も止まる。


「は、ハリトマンさん、その……僕、あれから色々考えたんだ」


 壁の前に立つミモザと、その前に立つワディム。


 なんとも言えないこの緊張感はやはり告白なのかもしれないと、リタは壁に隠れながら逃げるタイミングを考え始めた。


「まだ僕の想いが正しく伝わってないと思うんだ! 僕がどれだけハリトマンさんのことが好きかとか! 全然伝えられてない気がして!」

「私的には十分伝わってると思うんだけど……」


 会話的に、どうやら告白は既に済んでいるらしい。

 そして玉砕済みでもあるらしい。


 いよいよ聞いちゃいけない雰囲気が出てきたので、リタがその場を立ち去ろうと後ろを向いた時、


「つっ伝わってない!!」

「きゃっ!?」


 ドンっという音に振り向くと、ワディムの拳が壁を叩いた音だった。

 悲鳴はもちろんミモザのものだ。

 彼女は壁側に立っているから、自分が殴られると思ったのかもしれない。


 それにしても人の顔の真横を殴るなんて、相当感情が昂っているのだろうか。


「伝わってるなら断られるわけないんだよ! ハリトマンさんは優しいんだから、人を傷つけるようなことするわけない!」


 とんでもない暴論だなと思いつつ、リタは完全に立ち去るタイミングを失ってしまった。

 いや、むしろ立ち去らない方がいいのかもしれない。

 さっきは壁だったが、興奮しているらしいワディムが、今度はミモザを殴りでもしたら一大事だ。


「お、落ち着いて。あのね……申し訳ないけど、私はあなたが思ってくれてるほど優しくないし、それに、その気がないのにお付き合いとか婚約とか、安易に承諾すべきじゃないと思うの」

「でも付き合ってお互いを知ったら好きになる可能性だってあるじゃないか!」

「それは……ごめんなさい。私は好きな人としか付き合いたいと思えなくて」

「ならなんで僕のこと好きになってくれないんだよ!!」

「なんでって言われても……」

「僕の顔も名前も覚えててくれたじゃん! それって少しは気があるってことだろ!? それに断った次の日だって普通に話してくれたし、それってまだチャンスがあるってことだろ!?」


 だんだんヒートアップしているらしいワディムの怒鳴り方を見ていると、まさか本当に殴るんじゃないだろうなとヒヤヒヤしてきた。


 ミモザも流石に恐いのか、胸の前で手を組み、相手の様子を窺うようにしている。


「勘違いさせてたならごめんなさい……あくまで私は友達として付き合っていけたらって――」

「うるさいっ!!」


 子供みたいな叫び声と同時に、ワディムが伸ばした手はミモザの腕を掴み、そのまま彼女を壁に押し付けるように拘束した。

 小さな悲鳴が漏れるのも構わず、さらに叫び続けるワディム。


「こっちは好きだって言ってんのに何が友達だよ!! 馬鹿にしてんのかよ!! 確かに僕は冴えないし……釣り合わないのなんて最初から分かってたけど! 優しい君ならちゃんと向き合ってくれるって思ったのに!!」


「随分勝手な物言いですね」

「っ!?」


 相当興奮しているのか、声をかけるまで、近付くこちらには全く気付かなかったらしい。

 ワディムは驚いた顔でリタの方を見た。


 その瞬間に隙が出来たので、リタは力いっぱい彼の体を押しのけた。

 体格差はあったものの、不意打ちだったからかその体は呆気なくよろけ、地面に倒れ込む。


 それを確認してから、ミモザを庇うように彼女の前に立ったリタを見て、ワディムは立ち上がって怒鳴りつけてきた。


「お前誰だよ!!」

「この間決闘した者です」

「えっ……あ……ああ……二人三脚の……」


 どうやら本当に忘れていたらしい。

 まあリタも彼の名前をしばらく思い出せなかったので、お互い様だ。


「そ、それよりなんでこんなところにいるんだよ!? 立ち聞きなんて趣味悪いぞ!」

「すみません。お二人を見かけて、なんか不穏な空気を感じたので」

「これは僕とハリトマンさんの話なんだ! 部外者はどっか行けよ!」

「途中から一方的に怒鳴りつけているようにしか見えなかったから止めに入ったんです」


 正面から見たワディムの顔は真っ赤で、眉も目もつり上がっていて、明らかに正常な状態ではない。


 飛び掛かって来られても魔法を使えば負けることはないが、せっかくの魔法祭の最中にあまり手荒なことはしたくない。


「ミモザ先輩、とりあえずクラスのテントに戻りましょう」

「え、でも……」

「おい! 僕の話はまだ終わってないぞ!」


 そう言われても、怒り狂っているワディムと怯えているミモザでは、マトモな話し合いが出来るとは思えない。


 とりあえずこれ以上何か言って彼を刺激するのもなんだと思ったので、リタはミモザの手を取って歩き出そうとした。


「ちょ、ちょっと待って! ちゃんと話を」

「少なくとも今は話なんて出来ないと思います。お互い冷静な時じゃないと」

「あ、でも、私のせいでここまで怒らせたんだとしたら謝らないといけないし……ワディムだって話し合えばきっと……」


 そう言いながらリタの手を振り払おうとするものだから、リタはいよいよ本格的に嫌気がさしてきた。



続く

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