【116.競技開始-1】
魔法祭は一日かけて行われるので、途中でお昼タイムがある。
学校側が用意してくれたランチボックスを各々好きな場所で食べるのだが、リタはもちろんアイリたちと一緒に食べることにした。
「リタ、ほっぺにソースついてるよ」
「え、あ、ありがとう……ごめんね」
落ち着いて食べなきゃ喉に詰まらせちゃうよ、なんて言われながらアイリに紙ナプキンで口元を拭ってもらうのは、いくらなんでも子供っぽ過ぎるんじゃないかと、リタは穴があったら入りたい気持ちになった。
向かいに座っているナタリアが、ニヤニヤした顔でこちらを見ているのが何だか腹立たしい。
「そういえばリタの出番はお昼が終わってすぐだよね」
アイリの隣に座っていたニコロがそう声をかけてきた。
ちなみにその隣にいるウィルは、無理やりニコロにこの場に連れて来られたので、不機嫌そうにサンドイッチをかじっている。
「うん。それが終われば後は応援だけだから楽だよ」
「二人三脚か……色々噂を聞くけど、頑張ってね」
「噂って?」
「……知らないの?」
驚いたように目をまん丸にして尋ねて来るニコロに、黙って頷いた。
リタは相変わらず友達が少ないので、滅多なことが無い限り校内での噂を耳にすることがない。
「そっか……どうりであまり気にしていないと思った」
そう言ったきり、もぐもぐとサンドイッチを食べ始めるものだから、リタはずっこけそうになった。
「いや、噂の内容教えてよ!」
「んー……でも噂は噂だから。間違ってるかもしれないし、気を散らさないために言わないでおくよ」
「えぇー、むしろ今気が散りまくってるけど……」
向かいにいたナタリアとその隣のミシャを見ると、視線を逸らされた。
どうやら彼女たちも、知っているが教えてくれる気はないらしい。
「アイリ……」
「え、あ、私もニコロと同じかな……単なる噂だし、知らなくてもいいことだと思う」
そんなこと言われると余計気になるんだけども。
「ラミオ様……」
「うむ。俺様はそんな噂など気にしないから、リタも気にするな!」
いや、だからその内容を知りたいんだけども。
「エミー……」
「すみません。私もリタ様と同じで、噂には疎いので」
そういえばそうだった。
最後にウィルの方を見たが、首を振られた。同じく何も知らないということだろう。
どうやら教えてもらうことは難しいらしい。
リタはガックリと肩を落とし、大人しくサンドイッチを食べ進めた。
まあ、無理に聞き出さなくても競技が始まれば嫌でも分かるだろう。
◆ ◆ ◆
お昼が終わり、一時間もしない内に出番がやって来た。
クラスのテントを離れ、参加者が待機している場所に移動すると、先に来ていたミモザが手を振ってきた。
「リタ、こっちこっち」
声をかけられてそちらに近付く時、妙な視線をあちこちから感じた。
横目で確認すると、じとりとした目つきでこちらを見る複数の男子生徒。
数が多すぎて一人一人の顔は覚えていないが、恐らくリタに決闘で負けた生徒たちだろう。
その視線から逃げるように他のところに目を向けると、一組の男女が仲良く話しているのが見えた。
やたら距離感が近いその二人は、はたから見ると恋人同士のようだ。
さらにその周囲にも、似たように仲睦まじい様子の男女の姿がある。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんか随分と仲の良いペアが多いなぁって思って」
「え、知らないの?」
「何をですか?」
「この競技で一位を獲った二人は、永遠に別れないって噂があるのよ」
「――」
なるほど、とリタは全てに合点がいった。
お昼の時にみんなが言っていた噂。
ミモザを好きな生徒たちが、何故あんなにも必死にパートナーを交代してくれと頼んできたのか。
そして今、その生徒たちから恨みがましい視線を受けている理由も。
「ミモザ先輩……知っててこんな競技に誘ったんですか」
「ごめんごめん。でも私が誘わなくたって、リタが出場することは既に決まってたわけだし……」
「それはそうですけど……」
もしかしてパートナーをリタに頼んだ理由も、このことが多少関わっているんだろうか。
ミモザと縁もゆかりもないリタなら、もしも一位を獲ったとしても周囲に変な噂をたてられることもないだろうから。
「……とりあえず一位はとらないようにしていいですか?」
「私はリタとずっと一緒にいたいけどね」
「……」
完全にこちらをからかっている様子のミモザを無言で睨むと、彼女は苦笑いしながら手を上げた。
「ごめんごめん、そんなに睨まなくても冗談よ。手を抜くのはよくないけど、私もあまり目立ちたくないし」
二人の意見が一致したところで、先生から集合の声がかかった。
入場ゲートに列を作り、競技が始まる。
声援の中、六組ごとに次々スタートしていく生徒たち。
それを見ながら、リタが大体何位くらいなら目立たないものだろうかと考えていると、隣にいるミモザがソワソワし始めた。
「どうしたんですか?」
「いや……ちょっと緊張して」
「意外とこういうので緊張するタイプなんですね」
「個人競技ならともかく、連帯責任っていうのが苦手なの……私が失敗したらリタにも迷惑かかっちゃうじゃない」
「そんなの気にしなくていいですよ。私たち的には、一位よりは最下位の方がマシじゃないですか」
言い終わってから、最下位だと一位とは別の意味で注目を浴びてしまいそうだと思ったが、流石にそれは言わないことにした。
「そう言ってもらえると助かるわ……、あと、改めてごめんなさい。今日まで色々、面倒なことに巻き込んじゃって」
「その件については前にも謝られた気がするんですけど」
「何度だって言いたくもなるわよ……私が決闘を申し込まれる分には自業自得だけど、あなたは完全に私のとばっちりなんだから」
リタはなんて言ったらいいものか、適当な言葉で慰めるべきなのか考えたが、結局素直な気持ちを口にするのが一番適切な気がした。
「先輩と練習するのも結構楽しかったので気にしないでください」
まあ、連日の決闘申し込みを考えるとプラマイゼロみたいなところはあるけれど。
「リタ……抱きしめていい?」
「絶対にやめてください」
ここでハグなんてされた日には、憎しみの視線が倍増してしまう。
そんな話をしていると、リタの横腹が突然蹴られた。
「いだっ!?」
「おい! いつまでも仲良く話してんじゃねーよ!」
「はぁ!? ……あー」
顔を向けると、どこかで見たような顔。恐らく決闘を挑んできた相手の一人だろう。
額に青筋が浮かびそうなほど不機嫌そうな顔をしている。
「すみませんでしたね……でも危ないのでいきなり蹴らないでください」
「うるせー! 見てろよ、絶対お前を一位にさせたりしないからな!」
話を聞いていたなら、一位になる気なんてさらさらないのが分かってもらえそうなものだが。
「ちょっとアレン! いきなり蹴るなんて最低よ!」
「んなことよりミモザ、俺が勝ったら絶対にデートしてもらうからな」
「それはこの間断ったじゃない……」
「俺は諦めてない!」
溜め息をつきながら男子生徒から視線を逸らすミモザ。
それからリタの方を見て、心配そうに眉をひそめた。
「リタ、大丈夫……?」
「大丈夫です。そこまで強い蹴りでもなかったので」
とか言いつつも、普通にイラっとしていた。
見たところミモザの知り合いなんだろうけど、いきなり人の横腹を蹴り飛ばすなんてあまりに非常識な話だ。
つくづく彼女の周囲には変な人しかいない――と思うのは流石に偏見だろうか。
続く




