【114.上げられない顔】
「リタ様、どうでしたか私の活躍!」
「すごかったよ。大活躍だったね」
棒倒しに参加し、他を圧倒していたエミリーの姿を思い出して拍手を送る。
「えへへ、ようやくリタ様に良いところを見せられてよかったです」
照れたように微笑む様を見ていると、とてもさっきまで勇ましく魔法で人をなぎ倒していたとは思えない。
「ところでアイリはどこに……あ、もうすぐ競技ですか?」
「うん。たった今行っちゃった」
「借り人競争でしたっけ。なんのお題引くんでしょうね」
「どうだろうね……」
ゲームでの展開を思い出しながらぼんやりと答えた時、仲良く同じ競技に出ていたミシャとナタリアが戻ってきた。
二人がエミリーの隣に腰を下ろし、四人で今日の気温などの話をしていると、競技開始のアナウンスが響いた。
「あ、始まるみたいですね」
エミリーの言葉に、生徒たちが集まっている方に目を向ける。
人混みの中にいても目立つ(リタ視点では)アイリの姿は、すぐに見つけることが出来た。クラスメイトの女子と和やかに談笑していて、遠くから見る限りでは緊張している様子はない。
「リタ、隣座ってもいいかな」
「あ、ニコロ」
先ほどまで後ろの方でウィルと話していたニコロが、最前にいたリタの近くにやって来た。間違いなくアイリの応援のためだろう。
「アイリは何のお題を引くんだろうね」
「どうだろうね……」
先ほどと全く同じやりとりを経ながら待っていると、競技が始まった。
最初の組がスタートし、色々な人が連れ出されていく。
ゴールすると、そばに立っている先生がお題を確認し、その度に判定が行われるが、学祭なので基準は大分緩い。
先輩、後輩、クラスメイト、兄弟がいる人などの無難なお題が続く中、次の組の一人がミモザを引き連れてゴールした。
先生が発表したお題は、人気者、というもの。なんというか、流石だなぁと思った。
「そういえばリタ、最近ミモザ先輩とどうなんだい?」
「どうって?」
「仲良いのかなって」
「んー、普通かな」
「あれだけ熱心に二人三脚の練習をしてるのに?」
「そうだけど……本当にただ練習してるだけで遊んでるわけでもないし、先輩だから友達とも言いにくいし」
リタとしては、気さくに話せる程度には仲が良いと思っているけど、向こうがどう思っているかは分からない。
「あ」
ニコロと話しながらそちらを見ていたせいか、そこそこの距離があるにも関わらず、ミモザと目が合ってしまった。
彼女がその視線に気が付いて、手を振ってきた。
なのでリタも振り返すと、嬉しそうに微笑んだ後、クラスのテントの方に戻っていった。
「……やっぱり仲は良いんじゃない?」
「実はそうなのかもしれない」
恐らくミモザは、誰にでもああだとは思うけれど。
その後、ラミオやローザ先生などが連れていかれるのを見つつ、何組かが終わり、ついにアイリの番がやって来た。
開始の合図と共に、十二人が同時に走り出す。
少し進んだ先に木の板が置いてあり、それを拾って裏返すと、お題が記されているらしい。
最初に木札をとったアイリは、一瞬動きを止め、動揺したようにオロオロと辺りを見回し始めた。
「……何だろう? よほど変なお題だったのかな」
ニコロが不思議そうに首を傾げる。
分かりやすく戸惑っているアイリの姿を見て、リタは例のゲームのシーンを思い出した。
もしかして本当にあのお題を引いたんだろうか。
もしそうだとしたら、彼女はこの後、遠慮がちにこちらに走って来て、チラチラとお目当ての人物を見て――そこで攻略対象が声をあげて、
「アイリ、どんなお題だったの?」
「あ、えっと……」
隣にいたニコロが立ち上がりながらアイリに向かって声をかけたのを見て、確信する。これはゲーム通りの展開なんだと。
つまり今アイリは、ニコロルートを辿っているということなんだろうか。
いやでもリタだってラミオルートにするつもりはないのに、ゲーム内の類似するイベントにいくつか遭遇したことがある。
だからこの展開だって単なる偶然。たまたまニコロが最前列に座っていたから起こっただけのことかもしれない。
ここでアイリがニコロの手を引いたとしても、それはアイリがニコロを好きというわけではない――というのは、流石に無理があるか。
「気になる人」なんていうお題を引いた上で連れて行く相手なんて、そんなの好きな人に決まっている。
「……っ」
最近ちょくちょく感じる、モヤモヤした妙な気持ち。
またそれに襲われてしまったリタは、アイリとニコロの姿から逃げるように顔を伏せた。
これは”ニコアイ”というカップリング的にはとてもおいしいシーンで、愛されアイリ推しのリタとしてはニヤニヤしながら見られるはずなのに。
どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。
自分で目を逸らしておきながら、何故自分が今顔を伏せてるのか、リタには全く分からなかった。
分からなくて、でも必死に考えようとしてリタの感情がグチャグチャになる中で、当然のように時は過ぎていく。
「――ごめん、一緒に来てくれる?」
そんな声が聞こえた少し後、走り去っていく二つの足音。
アイリが「気になる人」を連れて行く。
リタじゃない誰か――ニコロの手を引いて走って行く。
その事実を目にするのを嫌だと思う自分の感情がやっぱり理解出来なくて、リタは俯いた顔を上げられなかった。
少しして歓声が聞こえてきて、次々に生徒がゴールしているのが分かる。
「リタ……大丈夫? 具合悪いの?」
ふと隣から声がかかって顔を上げると、ミシャが心配そうな表情でこちらを見ていた。
「あ……ごめん、大丈夫――って、え?」
今、自分の左隣にはエミリーがいたはずなのに、どうしてミシャが隣にいるんだろうか。
その答えはすぐに分かった。
隣にいたエミリーが、いつの間にかいなくなっていたのだ。
「あれ……エミーは?」
「気付いてなかったの? アイリが連れて行ったよ」
「へ?」
アイリがエミリーを? どうして? ニコロは?
そう思いながら反対隣を見ると、そこにはさっきまでと変わらずニコロの姿があった。
「アイリたち、無事ゴール出来たみたいだね」
言いながら、リタの隣に座り直すニコロ。
その姿をぽかんとした表情で見るリタに気付き、彼は不思議そうに首を傾げた。
続く




