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【111.伯爵令嬢】

 あてもなく廊下を歩きながら思う。


 アイリが誰かと結ばれるのは決して悪いことじゃない。むしろ彼女の退学を避けられるキッカケにもなるかもしれない、とても良いことだ。


「でも、もし相手がニコロたちじゃなかったらどうなるんだろう……」


 攻略対象じゃない人と主人公が結ばれる――ゲームだとあり得ない展開だけど、この世界では全然あり得ることだ。


「……あとニコロ以外の場合は、ニコロがどうなるのかも未知数過ぎる」


 ちなみにさっきアイリが声をかけられた時は、遠くの席からすごい複雑な感情が込められた目で見ていた。アイリは全く気付いてなかったけど。


「まあでも……ヤンデレバッドエンドがあるからって、この世界のニコロが同じことをするわけでもないか……」


 リタが知っている現状のニコロは、少なくともアイリに危害を加えたりはしないだろう少年だ。

 エミリーやスピネルのこともあるし、ゲームの中ではなく、今までリタが接してきた彼を信じることにしよう。


「あ、ちょっとー、そこの特待生ちゃん」


 珍しい呼ばれ方に戸惑いながら声の方を見ると、笑顔を浮かべたティエラが立っていた。


「えっと……何か?」

「私、ミモザ先輩にチョコ渡して来た帰りなんだけどさぁ。ねぇ、あなたは先輩にチョコ渡さないの?」

「渡さないです」


 即答すると、ティエラは不思議そうな顔で首を傾げた。


「なんでー?」

「なんでって……別に、私は他の友達にも渡してないので」

「ふーん……? あなたについて友達に色々聞いたんだけど、同じ特待生の子と仲が良いんでしょ?」

「はい……まあ」


 いきなりアイリの話なんて、何なんだろうか。

 どうもこの子は何を考えているか分からなくて、話すだけで不安な気持ちになってくる。


「なんであんな子と仲良くしてるの?」


 明確に悪意を感じる発言に、リタは眉をひそめた。


「あんな子なんて言われる筋合いはないと思いますけど」

「あ、ごめんね、不快にさせちゃった? 馬鹿にしてるとかじゃなくて、単純に疑問で。もう一人の特待生もあなたと同じ庶民なんだし、仲良くする意味なくない?」

「……?」


 ティエラの言葉の意味が分からなくて、リタは変な顔で黙り込んだ。

 もう庶民扱いには慣れたが、庶民同士が仲良くすることに意味なんてないに決まってる。


「ほらぁ、あなたって先輩に気に入られてるんでしょ? だったら先輩に媚び売っておく方が、後々利益がありそうじゃない?」

「……私は人付き合いで利益とかそういうの考えるほど、頭働かないので」

「ふーん? でもそれならなんでミモザ先輩と魔法祭組むことにしたの? 媚売りじゃないの?」

「頼まれたからです」

「先輩の目のないとこでそんな嘘つかなくてもいいってばぁ。私も目的は一緒だし。先輩の近くにいたら色々恩恵あるからでしょ?」


 恩恵どころか、リタにとっては損害しかないのだが。

 いよいよティエラが何を言いたいのか分からない。


「……んー? もしかして先輩のお家のこととか知らないの?」

「聞いたことないです」

「えぇー……マジ、そんな人いるんだぁ……。あの人ね、伯爵家のお嬢様なんだよ」

「伯爵!?」


 想定外過ぎる言葉に、つい声がひっくり返ってしまった。


 伯爵といえば、階級社会に疎いリタでも分かるほど立派な家柄だ。この学校にもそこまでの地位の人間はそう多くはいないだろう。


「そんなご立派なお家柄な上、綺麗で気さくな人だからさぁ、男も腐るほど寄って来るわけじゃん? 私はそのフラれた中から良い男を選んでいただいちゃおうと思ってるんだぁ」

「……それが先輩と仲良くしてる理由なんですか?」

「もっちろん。じゃなきゃ、あんな人の近くに好き好んでいるわけないじゃぁん」


 キャハハと楽しそうに笑うティエラ。

 随分とあけすけに喋っているが、リタがこの内容をミモザに言うとは考えていないのか、言ったとしても誤魔化せる自信があるのか。


「まーでもいいや。あなたが私と同じ目的じゃないなら敵視する意味もないし」

「……」


 彼女の考えは正直どうかと思ったが、こういうことは他人が口出しすることでもない。

 リタが黙っていると、ティエラは「じゃーねー」と軽く言って立ち去って行った。


 わざわざ話しかけてきたのは、ただチョコを渡したか確認したかっただけらしい。リタがミモザにチョコを渡したところで、好感度に変化はなさそうだが。


「何なんだろ、あれ……」

「なるほどね……」

「うわぁっ!?」


 まさかいるとは思っていなかった渦中の人物――ミモザが、気が付いたら隣にいて声を出したものだから、リタは驚きのあまり飛びのいた。


「み、ミモザ先輩……いつからそこに……?」

「さっきから。チョコレートを貰ったばかりの相手にあんなこと言われると、流石にちょっと切ないわね」

「……あ、その手のやつが?」

「ティエラに貰ったチョコレート」


 ミモザの腕に大事そうに抱かれた可愛らしいピンク色の包みを見て、リタは何とも言えない気持ちになった。

 気まずくて視線を逸らすリタを見て、ミモザは手を振って笑う。


「――なんてね。あんまり気にしないで。こういうのには慣れてるから」


 そうは言われても、気まずいものは気まずい。

 かといって励ましたり慰めたりするのも生意気だろうし、リタは考えに考えた結果、


「お、女の子って難しいですよね」


 よく分からないことを言った。


「リタも女の子じゃない」

「そうなんですけど……私はバレンタインで盛り上がる女の子みたいに、恋とか愛とかあんまり分からないし、身分とかもっとよく分からなくて……、なので」

「なので?」

「……ミモザ先輩のお家のこと、知らなくてすみませんでした……!」


 別に謝ることじゃないでしょ、と最もな返事をされる。


「ただ……自慢みたいな言い方になるけど、私って校内で結構有名だから、知らない人ってレアかも」

「無知なもので……」


 アイリに関連するもの以外に興味がないから知らなかった、とは言えずに濁しておいた。


「……でも、知らないのに色々してくれてたのね。二人三脚のこととか、魔法の練習のこととか」

「前者は脅されたので」

「う……、と、途中で脅すのはやめてお願いに切り替えたじゃない!」

「それもそうですね」


 とはいえ、気持ち的にはほぼ強制的な感じではあったが。

 リタが苦笑していると、急に右手が何かに掴まれた。何事かと顔を上げれば、にこにこした表情のミモザに手を握られていた。


「ふふ、リタは良い子ね」

「今の会話で、良い子な要素ありましたか……?」

「忖度なく私と接してくれるだけで、私にとっては良い子なのよ」

「そんなものですか……」


 そう答えつつも、さっきのティエラの態度を思い出すと、そんなものなのかもしれない。


 立派な家柄の人にも色々と苦労があるみたいだ。リタには一生理解出来ないものだろうけど。



続く

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