【109.来るバレンタイン-2】
「そういえば、さっきの子からも貰う予定なんですよね?」
「ええ。まあ、あの子はそういう意味じゃなくて、単純に友情の証的な感じでくれると思うんだけど」
「えっ、友達同士でもあげたりするものなんですか!?」
大げさに驚くリタに対し、ミモザも少し驚いたような顔をした。
「人によるとは思うけど……少なくとも私の周囲では、友達に渡す子はあまり見ないわね」
それを聞いてホッとする。
もしもこの世界で友チョコという文化が当たり前になっているなら、リタは今からチョコを買いに走り出さなくちゃいけないところだった。
「チョコで思い出したけど、リタは甘いものとか好き?」
「大好きです!」
「じゃあ、これあげる」
ミモザが鞄から取り出したのは、何かが包まれた白い紙。
受け取って開けて見ると、トリュフチョコが三個入っていた。
「これって手作りですか?」
「そう。友達が本命の子にあげるためにチョコを作ってて、その練習だって貰ったの。いくつか食べちゃったから、味は保証するわ」
「ありがとうございます! というか、寮にいても手作りって出来たりするんですね」
「意外と多いらしいわよ。だから毎年この期間は、寮の共同キッチンの奪い合いなんだって」
「へー」
そういえば寮には生徒が自由に料理できる場所があったことを、今更思い出した。ゲームでもほぼ登場しないし、リタも好んで料理をすることがないのですっかり忘れていた。
「今食べちゃってもいいですか?」
「もちろん」
許可が出たので遠慮なく頂くと、口いっぱいに広がる甘味で、今日一日の疲れが吹き飛んでいく気がした。
「めっちゃくちゃ美味しいです!」
「ふふ、友達にも伝えとくわ。それにしても好きな人のために頑張って手作りだなんて、素敵な話よね」
「女の子って感じですよねぇ……私には真似できそうにないです」
「私もよ。恋とか愛とか、よく分からないし」
そう言うミモザはどこかウンザリしているように見えた。
恋自体に興味がないのに、多くの人間に恋愛感情を向けられるのは、きっと色々苦労が多いのだろう。
大変そうだなぁと、他人事なので適当に考えながら、リタは二個目のチョコに手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
バレンタイン当日、寮内の食堂では仄かにチョコの香りがしていた。
綺麗にラッピングされた箱や包みを大事そうに抱えている人、余ったチョコを友達と分け合っている人、女の子同士だが恋人同士らしく交換し合っている人など、様々だ。
そんな中、リタは目の前に大きな箱を突きつけられた。
「リタ様、受け取ってください!」
「あ、ありがとう……大きいね……」
「うちのパティシエが心を込めて作ってくれたガトーショコラです!」
「なるほど……」
それはとても美味しそうだが、朝一で渡されるには大きすぎるサイズだった。
流石にこれを持って学校に行くわけにはいかないので、朝食を食べ終えたら一度寮に置きに戻るべきだろう。
「思ったより大きいので、アイリも一緒に食べてくださいね」
エミリーが、隣に座っていたアイリに笑いかけると、
「あ、うん……ありがとう」
何故か気まずそうに返すアイリ。
ケーキの大きさに引いているという感じではないが、何か思うところでもあるんだろうか。
「本当は私が手作りしたかったんですけど……あまり自信ないですし、より美味しいものを食べて頂く方が良いかと思いまして……」
「その気持ちだけで十分嬉しいよ」
「えへへ……私だと思って食べてくださいね」
「う、うん」
そう言われると途端に食べ辛くなるのだが。
とりあえずケーキは机の端に置いて、三人で朝食をとることにした。
食事が終わり、リタはケーキを置いてくるために二人と分かれて寮へと向かった。
その途中の廊下ですれ違った生徒も、大半がチョコレートのようなものを持っていることに気が付く。
「みんな恋する乙女なんだなぁ……」
いくら魔法を学びに来た身とはいえ、年頃の男女が集えばそうなるのは自然なことなのかもしれない。
リタもそろそろ恋を――なんて気に全然なれないのは、アイリの近くにいるからだろうか。
推しが近くにいると全ての感情が満たされてしまい、それで十分だと思ってしまう。
そもそもアイリの幸せを見届けるのが先なので、彼女が誰かと結ばれでもしない限りは、リタもそれらとは無縁の生活が続きそうだ。
「あ、リタ!」
名前を呼ばれた方を見ると、笑顔で駆け寄って来るナタリアの姿があった。何だかいつもよりテンションが高い気がする。
「リタもチョコ貰ったの? 随分と大きいけど……」
「うん、エミーから」
「あー、なるほどね。ふふ、あたしも貰ったわよ。後で大事に食べようと思って、部屋に置いて来ちゃったけど」
上機嫌なのはそのせいだったらしい。
それにしても、校舎にはまだ行っていないこのタイミングということは、男子ではなく女子から貰ったのだろうか。
「誰から?」
「ミシャ!」
「えっ!? ……あ、二人ってそういう……?」
「ちょっと変な勘違いしないでよ。あくまで友達としてよ」
つまりは友チョコである。
やっぱりこの世界では友チョコは一般的なんだろうかと、リタは一瞬不安になったが、
「いやーでもビックリしたわ。ミシャとは長い付き合いだけど、バレンタインにチョコ貰ったのなんて初めてだったから」
やっぱりそうでもないらしい。
「でも何で今年はくれたんだろうね」
「それがね、アイリのチョコの手伝いのついでに作ってくれたんだって」
「……、……え?」
アイリのチョコの手伝いのついで?
それはつまり、アイリがチョコを作っていたということになるわけだけど。
その光景を脳内で再生しつつ、リタは無意識にナタリアの方に詰め寄った。
「あ、あ、アイリはバレンタイン誰かにあげるの!?」
「そうなんじゃないの? ……え、あれ? もしかして知らないの……?」
リタが黙って頷くと、やってしまったと言わんばかりに顔を手で覆い隠すナタリア。
「ごめん……まさかリタに言ってないとは思わなくて……人の秘密勝手に話しちゃった……」
ナタリアの「ごめん」は、リタではなくアイリに向けての謝罪だろう。
そんなことよりも、アイリが自分に隠れて誰かにチョコを渡そうとしている事実がショックだった。
確かに最近、なんだかミシャと二人でコソコソ何かしているなとは思っていたけど、まさかチョコ作りだったなんて思いもしなかった。
そりゃリタは料理が得意な方ではないから、家庭的な雰囲気のあるミシャに協力を頼む気持ちも分かるけど。それにしたってその行為すら秘密にされるなんて、そんなにも自分はアイリの信頼を得ていなかったのだろうか。
「……あの、リタ、気にしない方がいいわよ。ほら、こういうことって親しい友達にこそ言いにくいものだし。隠してたんじゃなくて、照れくさくて言い出せなかったんじゃない?」
フリーズするリタを哀れに思ったのか、ナタリアは必死にフォローを入れてくれたが、残念ながらリタの耳には届いていなかった。
続く




