【108.来るバレンタイン-1】
今回から試験的にいつもより少しだけ文字数を少なくしてみます。
「あ、ごめんねリタ、今日は先に帰っててくれる?」
「うん。何か用事?」
「ちょっとね」
最近のアイリは、たまにそう言ってどこかに去っていく。
追及をしたことはないが、何となくしたところで教えてくれなさそうな雰囲気がある。
そんなわけで一人寂しく校舎の廊下を歩いていると、少し離れたところに男子生徒と歩くミモザの姿が見えた。
今日は放課後に魔法の練習をする予定なのだが、呼び出しを受けたのだろうか。何も話さずに一定の距離を開けて歩いているところを見るに、友達という雰囲気ではない気がする。
「……告白か決闘かな」
何とも変な二択だが、恐らく当たりだろう。
「……あれ……? あの人って、この間の人かな……?」
ミモザに魔法を教えてきた時にリタに決闘を挑んできた、あの――名前を忘れてしまった、地味目の男子生徒。
覚えていることと言えば、ミモザに存在を認識されていたことに喜んでいたことくらいだ。
物覚えの悪いリタだと比較対象としてイマイチではあるが、やはりクラスメイトでもない生徒の顔と名前をきちんと覚えているミモザは、大したものだと思った。
「ということは告白なのかな……」
それにしても、告白だの決闘だのとしょっちゅう呼び出されている彼女は、人気があっていいことなのかもしれないが、見ている分には大変そうだ。
「あれ、リタ、どうしたの。こんなところでボーッとして」
「あ、ニコロ」
ニコロはリタの視線の先にミモザがいることに気が付き「ああ」と頷いた。
「最近、ハリトマン先輩とよく一緒にいるらしいね」
「うん、魔法祭の練習で」
「そっか。噂にはよく聞いてたけど綺麗な人だね」
言葉では褒めているものの、イマイチ感情は込められていない声音だった。ニコロにとってはアイリが一番なので、他の女性にはあまり興味がないのだろう。
「あまり仲良くし過ぎて、アイリやエミリー様を妬かせないように気を付けなよ」
「も、もちろん!」
エミリーに至ってはもう遅いけれど。
勢い任せに頷くリタを見て、ニコロは肩をすくめて笑った。
「あと、決闘もほどほどにしときなよ。この間、アイリが心配してたよ」
「心配させないようにはしたいけど……向こうから申し込まれるから回避しようがないんだよ」
「……リタはそこまでして先輩と競技に出たい――」
「出たくはない」
食い気味に否定すると、ニコロの目がまん丸になった。
「それなら誰かに譲ったらいいんじゃないの?」
「いやー……、一応先輩と約束したから」
「約束か……確かにそれは安易に破るのは気が引けるね」
真面目なニコロは、すんなりと納得してくれたようで助かる。
「それにさ、アイリには最後まで応援するって言ってもらえたし、大丈夫だよ」
「あ、ニコロー」
リタが言い終えるのとほぼ同時に、後ろから歩いて来た女子生徒がニコロに声をかけた。
「明日の約束忘れないでね」
「うん、分かってるよ。また明日」
「ばいばーい」
機嫌よさげに去っていく女子生徒。
その後ろ姿を見た後、リタはじとりと目を細めてニコロを見た。
「明日って、もしかしてバレンタイン?」
「……多分ね」
恐らく、チョコを渡すために呼び出しでもしたのだろう。
本人がいくらアイリ一筋とはいえ、ニコロを好きな女子がいなくなるわけではない。
明日はきっと他の子からも貰うだろうし、ラミオなんかも大変なことになりそうだと容易に想像がつく。
「リタは誰かにあげたりしないのかい?」
「私はそういうの興味ないし、縁もないから」
「ラミオ様たちは?」
「……気にしないように生きてる」
「大変そうだね」
涼しい顔でそう言ったニコロは、急にソワソワと周囲を見回し始めた。
「と、ところでさ……最近アイリの様子はどう?」
「え? いつもの通り可愛いけど」
「そうじゃなくて……あの、誰かに、その、バレンタインあげる気配とか、そういうのあるのかなって」
「あー……」
つまりアイリに好きな人がいる気配があるかが気になると。
いない――と言いきれるほど、リタはアイリの恋愛事情に精通していない。
しかしここで「分からない」と言えば、ニコロの不安を下手に煽ってしまう。
「正確なことは分からないけど、私は特にそういう話は聞いてないかな」
「そ、そっか……!」
パァーッと明るくなるニコロの表情。
それにしても、アイリが自分にチョコをくれるという可能性は全く考えていなさそうな辺りが、少し不憫に思えた。
「『風属性初級魔法:ウィード』!」
「おー、いいですよ、大分よくなってます」
「そ、そう?」
パチパチと拍手を送ると、ミモザは照れたように微笑んだ。
最初に比べれば遥かに威力が増したし、実戦でもだまし討ち程度には使えそうな気がする。
「リタのおかげよ。いつも練習に付き合ってくれてありがとう」
「いえ、全然。ウィードがこれくらい出来るなら、次は別の魔法でも――」
「あー、やっぱりここにいたー!」
げ、と思わず漏れかけた言葉を引っ込めつつ、リタは微笑んだ。
甲高い声と共にこちらに向かって走ってきたのは、例のピンク色の髪の少女、ティエラだった。今日は一人らしい。
「放課後使ってまで二人三脚ですかぁ?」
「ええ、そうなの」
魔法の練習をしていることは秘密なので、素早く魔道具を服に隠しながら答えるミモザ。
ティエラはそんなミモザとリタを交互に見て、不機嫌そうに頬を膨らませた。
「もー、そんなに熱心に練習してるのなんてミモザ先輩たちくらいですよ? 私なんて練習全くしてないですし」
「まあ練習のいらない競技の方が多いしね」
「先輩たちの二人三脚だってそうじゃありません? 普通やるとしても一回くらいですよー……本当に練習してるんですか?」
ミモザに話しかけているが、ティエラの視線は一瞬リタに向けられた。
正直二人三脚の練習はあまりしていないので、どう反応していいものか迷う。とりあえず微笑んでおいた。
「練習じゃないなら、放課後にこんなところにいないわよ」
「えー……たとえば、二人で話したいだけとか?」
今度はバッチリとリタの方に視線を合わせて問われた。
「まさかそんな……ミモザ先輩と二人きりなんて私には恐れ多いですよ」
「ふーん……それならぁ、なんでパートナー断らないの?」
「それは……」
一体自分は何度この質問をされるのだろうかと、リタはいい加減疲れてきた。
「私が頼んでるのよ。何度もパートナーが代わったら大変だから」
リタが答えるよりも先にミモザが答えてくれた。しかしその内容が気に入らないのか、眉を歪めて「えぇー」と不満げな声を漏らすティエラ。
「なーんか怪しいなぁ」
こんな風にネチネチと責められるくらいなら、いっそ決闘を挑まれた方がマシな気がしてきた。
逃げたいという感情をひた隠しながら微笑みを浮かべるリタを見て、ミモザは何かを感じ取ったのか、ポンと手を打った。
「それよりティエラ、私に何か用があったんじゃないの?」
「あ、そうだ……ま、人前でもいっか。これ、うちのクラスの男子から頼まれたんです」
ティエラは持っていた鞄の中から数通の手紙を取り出し、ミモザに手渡した。
「ああ……ありがとう。ごめんね、わざわざ届けてもらっちゃって」
「いえいえー。じゃ、お邪魔しちゃなんですし……これで失礼しますね」
足取り軽く去っていくティエラを見送った後、ミモザは手紙を片手に溜め息をついた。リタがその姿を不思議そうに見ていると、視線に気が付いたのか目が合った。
「あ、これ、呼び出しの手紙」
「つまり……ラブレターですか?」
「どうなのかしら……まあでも、明日はバレンタインだからね……」
わざわざ手紙で呼び出すなんて、丁寧なことだ。
それにしてもこの学校に来てからやたらと恋愛沙汰が多いのは、乙女ゲームの世界だからなんだろうか。
続く




