【107.練習の合間に】
二日に三回ほどのペースで決闘をこなし、ミモザに魔法を教えるついでに二人三脚の練習をするという、地味に忙しい日々を送ってしばらくが経った。
もうすぐやって来る魔法祭と共にこの日々から解放されるのだ。
そう考えると、疲れた体でも自然と足取りが軽くなってくる。思わずスキップでもしてしまおうかと廊下を歩いていた時、後ろから声がかけられた。
「アルベティさん」
「あ、ローザ先生」
「大丈夫?」
「え? ……ああ、足ですか? それはもうとっくに」
「違うわ。ミモザのことよ」
「ああ……」
そんな今更――と言いかけたが、悪いので堪えた。
そもそもこれはリタとミモザの問題で、姉妹だからといってローザ先生に謝ってもらうことではない。
「最近あなたたちがよく一緒にいるのは見かけてたけど、友達になったのかなぁくらいに思ってたの。でも何だか校内で変な噂もあって……昨日ミモザを問い詰めたら、全部白状したわ」
「全部っていうと……」
「保健室であの子が馬鹿みたいな格好で寝ようとしてたこととか、それを見ちゃったあなたを脅して言うこと聞かせてることとか」
一応事実ではあるものの、大分誇張された表現な気もした。
「脅しって言うほど強制的でもなかったですよ」
「本当に? 上級生相手だから嫌って言えなくて、仕方なく言うこと聞いてるとかじゃなくて?」
「それは多少ありましたけど……でも本当に嫌ならちゃんと断ってました」
我ながら見通しが甘くて、こんなことになるなら断っておけばよかったと何度思ったかは分からないが。
しかしこれはミモザのせいではない。彼女は事前にモテることを自己申告していたし、その度合いを侮っていたリタの過失だ。
「あの子、見栄っ張りなところがあるから……いい加減魔法のことくらい、周囲に説明すればいいのに」
「でもそうしたら今より決闘を申し込まれて大変なことになるって……」
「そもそも交際することが条件の決闘の申し込みなんて、断ればいいのよ」
それはリタも思ったが、そうするとストーカーが増えるかもしれないと危惧していた。
そのことをローザ先生が把握しているのか分からず言葉に詰まると、彼女はリタの表情から何を言いたいか察したらしい。
「付きまといの件も、あの子が変に気を持たせなければ何とかなるかもしれないの」
「気を持たせる?」
「あの子は……良く言えば人懐っこいけど、悪く言えば人を選ばず愛想を振りまき過ぎなの。告白を断った相手にも次の日には話しかけにいくのよ。しかも親し気に、何もなかったみたいに」
「それは……、人によってはダメそうですね」
傷ついたりするかもしれないし、変な誤解を生むかもしれない。
この間、彼女に顔と名前を覚えられていて「もしかして僕のこと……!?」となっていたワディムを思い出した。なお、彼はあの後の決闘で敗れて、泣きながら去っていった。
「多分、あの子の中では気まずいって思いより、相手と話したいって思いが勝ってるんでしょうけど……そういうことの積み重ねが過激な思想を生み出してる気がするの」
「……それをミモザ先輩に言ってみたらどうでしょうか?」
「何度も言ってるわ……あまり変な気を持たせちゃいけないって。そしたらあの子、なんて言ったと思う?」
「見当もつきません」
「”告白は断ったんだから、もう私が好きって気持ちは消えてるはずじゃない”」
「それは……すごいですね……」
もちろん悪い意味で。
言わなくても伝わったらしく、ローザ先生は小さく頷いた。
「恋愛に興味がないせいなんだろうけど、そういう感情についての理解もないみたいで……」
それにしたって理解出来ていなさすぎじゃないだろうか。
好きな人に告白して断られた翌日からもう吹っ切れて元通りお友達、なんてことが出来る人、そうそういない。恋愛経験がなくとも、それくらい想像つきそうなものだが。
「まあ、あの子は考えなしなところがあるから……アルベティさんも何か言われてもあまり気にしないでね」
結局はこれが言いたかったらしい。
ローザ先生が心配するほど、リタとミモザの間に先輩後輩の力関係というものはないのだが、自分の妹が何か悪いことをしていないか不安になったのだろう。
「大丈夫ですよ。私、ミモザ先輩に嫌なこと言われたら、言い返せるくらいの度胸はありますから」
「それなら良かったわ。……生徒の中に妹がいるっていうのも気を使うわね、色々と」
「姉妹で同じ学校なんて楽しそうですけどね」
「肝心の妹があれじゃね……」
「あれって……」
酷い言われように苦笑した。
男兄弟しかいないリタとしては姉妹というものに憧れるが、生徒と教師という立場だと色々苦労があるのかもしれない。
「とりあえず何かあったら気軽に相談してね。私は大抵保健室にいるから」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、ローザ先生は軽く微笑んで去っていった。
その姿が妙に絵になっていて、やっぱり綺麗な人だなぁと、しみじみ。
「リタってローザ先生と仲良いのね」
「うわっ……な、ナタリアか、ビックリした……」
「ごめん、なんか話してたから声かけにくくて」
「……会話、聞こえてた?」
「少しだけね。ミモザ先輩の名前が聞こえたくらいで、内容までは分からなかったから安心して」
ホッとしつつ辺りを見回したが、いつも一緒にいるミシャの姿はない。
リタの視線の意味に気が付いたのか、ナタリアは肩をすくめた。
「ミシャなら今日は別行動よ。なんかアイリと一緒に図書室に行くんだって」
「えっ!? アイリと!? 私さっきまで一緒にいたのに誘われてないんだけど!?」
「そ、そんなすごい勢いで言われても……、仕方ないんじゃない? あたしもついて行こうとしたら、やんわり断られたし……二人だけの秘密だって」
そう言うナタリアの表情はどこか拗ねているように見えた。
仲の良い友達が他の子と仲良くしていると嫉妬してしまう、女の子あるあるな感情だろうか。
「秘密って言われたら仕方ないね……よし、代わりに私とナタリアも秘密の話でもしようよ!」
「例えば?」
「……、……思いつかない!」
「何よそれ」
呆れたようにだが、とりあえず笑ってもらえてよかった。
それにしても、アイリがミシャと秘密を共有するほど距離が近付いているとは。
少し寂しい気持ちこそあれ、リタはその事実が素直に嬉しかった。
◆ ◆ ◆
「『火属性初級魔法:フレイア』!」
最初に比べれば火の勢いが少し増した気はするけど、まだまだ実戦レベルとは言えない。
「んー……ミモザ先輩、相手を思い浮かべて、これをぶつけるイメージは出来てますか?」
「出来てないわ!」
「してくださいよ……」
「だ、だって火なんて人にぶつけたら燃えちゃうかもしれないじゃない」
とても魔法学校に通っている人とは思えない台詞だった。
「本物の火をぶつけるわけじゃないんだから大丈夫ですよ」
「でも痛そう……」
本人の言っていた通り臆病と言うべきか、優しいと言うべきか。どの道、とことんこの学校には向かない性格だと思った。
いや、本来ならこのままでも困ることはなかったんだろう。決闘が盛んな学校とはいえ、卒業まで一度も行わない生徒だってザラにいる。
ミモザだってそれで構わないはずなのに、環境がそうさせてくれないのは少し気の毒に思えた。
……ただローザ先生が言っていた「本人が変に気を持たせるから」というのも一理あるけれど。
「ここに通っている以上、みんな魔法で痛い目に遭う覚悟はそこそこ出来てると思いますよ」
「え……でも私は出来てないわよ?」
「それは先輩が特殊なんです。大体、決闘を挑んでくる人たちは絶対にそれ相応の覚悟で来てますから」
「まあ、確かにそうだろうけど……」
明らかに気が進まないという表情のミモザを見て、リタはどうしたものかと腕を組んで唸った。
「……いっそのこと、考えを変えてみるのはどうですか?」
「どういうこと?」
「攻撃魔法は相手を痛い目に遭わせるために撃つんじゃなくて、自分や大切な人を守るために使うんです」
「守るため……?」
「攻撃は最大の防御ってやつですよ。守るってことだけを強く意識すれば、相手が痛いかもとか気にせずに撃てるんじゃないですか?」
なるほどと呟きながら、ミモザは頷いた。
ようやく納得してくれたらしいことに安堵していると、彼女は不意に顔を俯けてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや……なんか急に自分が情けなくなってきて……。攻撃魔法もロクに撃てない魔法使いなんて、格好悪いわよね……」
「そんなことないですよ」
珍しく落ち込んでいるらしい様子に、リタはつい即答してしまった。
「格好悪いというか、優しいんだと思います」
「……」
キョトンとした顔でこちらを見て来るミモザ。
実際優しいと思っているのは事実なので、リタが視線を逸らすことなくいると、何故か顔ごと逸らされた。
「……私、変なこと言いましたか?」
「あ、いや全然……なんかちょっと恥ずかしく――」
「あーっ、いた! ミモザせんぱーい!」
やたら大きくて甲高い声に、リタの耳はキーンとなった。
「もぉ~、探したんですよぉ?」
頬を膨らませながら近付いて来たのは、三人組の女子生徒。皆ミモザと同年齢くらいだろうか。
だらしなくは見えない絶妙なラインで制服を着崩していて、あまり真面目な印象ではない。
ラミオガールズもそうだが、こういう貴族らしからぬギャルっぽい集団を見ると、前世のことを思い出して妙に懐かしい気持ちになる。
「先輩にちょっと聞きたいことがあるんですけど、今いいですかぁ?」
中央にいるピンク髪の少女が、やたら甘ったるい声で話しかけている。
ミモザを先輩呼びしているということはリタと同学年なのだろうが、知らない顔だった。
何やら「好きなチョコの種類」についての話題が始まったので、囲まれるミモザから視線を外して、リタは空を眺めて待つことにした。
「……ところでぇ、もしかしてこの人が例のお相手さんですかー?」
「あ、うん。ティエラたちと同じ学年のリタ」
「ふーん……特待生の子だっけ」
ティエラと呼ばれたピンク髪の少女がジロジロとこちらを見てきたので、リタは笑顔を浮かべながら頭を下げた。
「二人でいるってことは、魔法祭の練習ですかぁ?」
「そうなの。二人三脚って意外と難しくて」
「へー……二人きりなんて羨ましいな~。先輩、私とは最近一緒に遊んでくれないのに」
なんだか睨まれてしまったので、リタは笑顔を引っ込めて視線を逸らすことしか出来なかった。
「でもそういうことなら邪魔しちゃ悪いので、失礼しますね。先輩、また後でー」
「ええ、また」
綺麗な笑顔を浮かべ、立ち去る三人を見送るミモザ。
その姿が見えなくなった辺りで、気まずそうにリタの方をチラチラ見てきた。
「あの……ごめんね……なんか変な雰囲気にしちゃって」
「別に先輩が謝ることじゃないですよ」
「でも私の友達だし……」
露骨に落ち込んだ顔をされて居心地が悪くなってきたので、リタは無理やり話題を切り替えることにした。
「それより、何でわざわざチョコ菓子の話をしてきたんでしょうね」
「え? そりゃ……バレンタインがもうすぐだからじゃない?」
「…………あ」
魔法祭に関することで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
この世界にもバレンタインデーは存在する。ゲーム内でも超おなじみのイベントなのに、忘れてしまうなんてファン失格だと、リタは微妙に凹んだ。
「リタは誰かにあげないの?」
「特に予定はないですね……」
今までその存在を忘れていたくらいだし。
とはいえ、出来ることならアイリに渡したいところだが、この世界では友チョコの文化はあまり浸透していない――と思う。
ゲームではそういう描写はなかったし、この世界に来てからは友達とは無縁だったからあまり詳しく分からないが。
「先輩こそ誰かに…………あ。あげるより貰う方ですか?」
「まあ……去年と同じだとそうなりそう」
ホワイトデーが存在しないこの世界では、バレンタインデーは「男女問わず好きな人にチョコを贈る日」ということになっている。
ミモザは一体どれだけチョコを貰うのか。想像したら、羨ましいようなそうでもないような。
続く




