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【105.応援】

 それからの日々は、控えめに言って地獄だった。


「決闘に勝ったら二人三脚のパートナーを代わって!」


 そう申し込んでくる生徒が後を絶えず、授業と授業の合間の休憩時間にすら決闘に呼び出される始末。

 男だけならともかく、女にまで申し込まれ始めた辺りで、リタは本気で登校拒否になりかけた。


 実際決闘を受けるかは自由なので、断ってもいい。

 しかしそのことで万が一「特待生って実は大したことないのでは」という噂が出来、アイリまで下に見られるようになったらと思うと、受けるしかなかった。




 そんなわけで、連日の決闘ですっかり疲労困憊なリタは、食堂の席でぐったりと項垂れていた。


「大丈夫……?」

「うん……ちょっと魔力の使い過ぎでへばってるだけだから」


 不安そうな表情で見つめて来るアイリに対し、へらりと笑ってみせると、さらに不安そうに眉をひそめられてしまった。どうやら笑顔が下手くそだったらしい。


「……お疲れ様」


 そう言いながら、おずおずと頭を撫でられて、リタは全ての疲労が吹っ飛んでいった気がした――のだが、まあ現実というのはそう甘くなく。

 魔力切れの気怠い感覚はそう簡単に消えてはくれない。


「私、納得いきません!」


 やたら凛とした声を出したのは、アイリとは逆隣に座っているエミリーだった。

 リタはそちらに振り向きながら「何が?」と問いかけた。


「最近のリタ様の行動ですよ! どうして馬鹿正直に決闘を受けて、その上勝ち続けてるんですか!?」

「わざと負けたらよかったってこと?」

「言い方は悪いですけど、そうすれば何度も挑まれることにはならないじゃないですか」

「でも手を抜いて負けるのは相手に失礼かなって」

「それ嘘ですよね」

「えっ、あ、いやー……」


 あまりにキッパリと言い切られたので、ちょっと戸惑ってしまった。

 こちらを真っすぐに見つめて来るエミリーの視線が痛くて逸らすと、やっぱりという風に頷かれる。


「私の思うリタ様は、こんなことで連戦するくらいなら、初手で負けを選ぶ人です」

「そー……んなことないよ? 私、意外と負けず嫌いだったりするから」


 つっかえながら嘘を答えつつも、エミリーの鋭さに驚いていた。よく人を見ているというか、リタを見ているというか。


「そうですか……?」

「うん」


 エミリーにジロジロと見られたので、リタはとりあえず笑顔を浮かべておいた。


「…………だったら、そんなにミモザ先輩のパートナーの座を譲りたくないんですか?」

「え」


 それはそれで嫌な誤解のされ方だった。


 とはいえミモザの事情は話せないし、何とか「負けず嫌いだから」という方向で貫き通したいところだ。


「そんなわけないじゃん。二人三脚なんて誰とやったって一緒なんだから、相手が先輩である意味はないよ」

「……そうですよね……むしろ目立つのが嫌いなリタ様からすれば、先輩と組むメリットなんてないはずなのに……」

「うんうん」

「やっぱりミモザ先輩のことが好きなんですか!?」

「なんでそんな突飛な発想になるかな……」

「だってそれしかないじゃないですかっ」


 吠えるように言われてしまい、リタは苦笑した。

 それ以外だって考えればある気はするが、エミリーの中ではすっかりその考えが固定されてしまったらしく、項垂れてしまった。


「もしかしてリタ様、年上が好きなんですか……」

「あの……本当に先輩が好きとかそんなんじゃないからね。わざと負けて、それが相手に察せられたら面倒なことになりそうだなーって危惧してるだけだよ」

「……パートナーにこだわってないなら、そもそも決闘を受けるのは何故ですか? 何もせずに譲ってあげればいいじゃないですか」

「ええっと……」


 流石にこのままだと「組みたいわけじゃないけど組んでいる」という設定は無理だなと思い、切り替えることにした。


「その……実は先輩に頼まれてるんだよ」

「何をですか?」

「先輩って人気者らしいから、不純な気持ちで組みたいって誘ってくる人が多くて……先輩に興味のない私にパートナーでいてほしいって」

「……そのせいでたくさん決闘を申し込まれてるのに、律儀に守ってるんですか?」

「う、うん、まあ」


 実際はあられもない姿を見た負い目があるとはいえ、約束を死守しているのは事実なので頷く。


 エミリーはしばらく訝しむような目でリタの方を見ていたが、だんだんと表情が明るくなっていった。


「リタ様、お優しいんですね!」

「いや、それほどでもないよ……」


 本当に手放しで褒められるようなことでもないので、目を輝かせて褒めて来るエミリーに、気まずい気持ちになった。


「……」


 隣から視線を感じたので顔を向けると、アイリが感情の読めない表情でこちらを見つめてた。


「な、なに?」

「ううん、何でもない。大変なんだろうなぁって」

「……うん、まあね」


 何となくだが、言えないことがあるというのは、アイリにはバレてそうな気がした。


 隠し事が増えていく感覚に胃が痛くなりそうだったので、リタはさっさと魔法祭が終わればいいなと思った。



◆ ◆ ◆



 ある日の放課後、職員室に用があるというアイリと分かれ、エミリーと二人で寮に戻った。

 部屋でボーッとしていると、ノックが鳴ったので出てみると、そこには見知らぬ女子生徒が二人。


「決闘を申し込みに来ました」


 とても丁寧な口調と共に頭を下げられ、リタはもう本当に逃げたい気持ちになった。




 まあ逃げるわけにもいかないので承諾し、むしゃくしゃしていたので一発で片を付け、トボトボと闘技場を後にした。

 決闘という行為だけでも疲れるのに、終わった後は闘技場から元居た場所に徒歩で帰らないといけないのが、またしんどい。


 寮の近くまで来た辺りで、ちょうど帰る途中だったらしいアイリと鉢合わせた。


「あれ、リタ、先に帰ったんじゃなかった? …………あ、もしかしてまた?」

「はい……」


 ここで嘘をつく意味もないので、情けなく頷いた。


「流石に部屋にまで挑みに来るのは控えてほしいよ……」

「大変だね……」


 よく考えたら、連戦するほどリタの体力は落ちていき、相手からすれば勝ちやすい状態になる。だから次々と決闘を申し込まれるのは、ごく自然なことなのかもしれない。


 アイリの隣を歩きながら、溜まりに溜まった疲労感から溜め息をつきそうになったが、余計な心配をかけそうなので飲み込んだ。


 しばらく授業に関することを適当に話していたのだが、アイリが不意に全く別の話題を振ってきた。


「そういえばリタって甘いもの好きだよね? 特に何が好きとかある?」

「え? んー……甘ければ優劣なく何でもいいかも」

「……多少不味くても?」

「全然いける!」

「そっか」


 微笑まれたけど、この会話の意味は一体なんだろう。好きなものの話でもして元気を出せよということだろうか。

 その心遣いに感動していると、アイリが「あ」と声を漏らした。


「それ……」


 彼女の視線の先にあるリタの左手には、軽い擦り傷がある。

 先ほど風属性の魔法を使用した際、舞い上がった何かしらが当たって出来たものだ。地味に痛いが、弱音を吐くほどではない。


「こんなの全然大丈夫だよ。痛くも痒くもないから」

「それでもちゃんと消毒しないと、ばい菌が入ったら大変だよ」


 アイリはそう言いながらリタの手をとってきたので、手を繋ぎながら歩く形になったのだが、リタにはその意図がイマイチはかれなかった。


「あの、アイリ……引っ張られなくてもちゃんと歩くよ?」

「リタに任せたら放置しそうだから、消毒するまではこのまま」

「えぇー……」


 そんなにズボラだと思われているとは。

 ……確かに放っておいたら自然治癒しそうだから、よほど痛み出さない限りはわざわざ消毒したりしないかもしれないけども。


 繋がれた手を見ていると、何故か妙に落ち着かない気持ちになった。人前で手を引かれるなんて、子供みたいな行為だからだろうか。

 リタは出来る限り何も考えないようにして、寮まで大人しくついていくことにした。



 手洗い場で傷口を洗い流したあと自室に戻ると、ようやくアイリは手を放してくれた。そのまま自分のベッドに向かい、枕元に置いてあった鞄の中から小箱を取り出す。


「そこに座って、手出して」

「はーい……救急箱なんて持ってたんだ」

「実家から持って来てたの。怪我とかすることもあるかなって」

「流石アイリ、準備が良い!」

「しみるけど我慢してね」


 手際よく治療してもらい、リタの手には大きなガーゼが貼られた。何だか最近、こうして手当てをされる機会が多い気がする。


「傷が残らないといいけど……」

「そんなに深く切ったわけじゃないから大丈夫だよ。ありがとう」

「これくらい全然。……ところで、魔法祭の練習って先輩としてる?」


 学年混合授業で魔法祭の練習は行われているが、それはあくまで当日の進行を確認するもので、各競技の練習は自主的に個別ですることになっている。


「一切してない」

「えっ……大丈夫なの?」

「本番は障害物があるわけだし、何もないところで練習してもあんまり意味無いと思ってたけど……違うのかな」

「どうなんだろう……二人三脚だし、本番でいきなり息を合わせるのは難しいと思うけど」


 確かに一人で走るわけじゃないし、障害物がない状態であっても、少しくらいは練習した方がいいのかもしれない。


「アイリはリレーの練習してるの?」

「そんなに頻繁じゃないけど、みんなで集まってやってるよ」

「真面目だね……私も見習わないと」


 とはいえ、今はあまりミモザと二人きりで接触したくない気持ちもある。決闘を挑んでくる人たちにその現場を見られたら、余計な嫉妬を買いそうだから。


 救急箱を片付けるアイリから視線を外し、リタは自分のベッドに倒れ込むように寝転がった。

 正直そこまで寝心地の良いベッドではないのだが、疲労がたまっている今は、寝そべるだけでいつもより心地よく感じた。


「夕飯まで寝る?」

「んー……そこまで時間もないし、中途半端に寝たら起きれなくなりそうだからやめとく。ゴロゴロだけする」

「なら膝枕しようか?」

「…………、え?」


 反応が遅れたのは、一瞬何を言われたか理解出来なかったからだ。

 確かにゴロゴロするとは言ったけど、何故唐突に膝枕の提案をしてくるのか。その理由を考えてみたけど、全く見当がつかなかった。


「何で膝枕?」


 分からないので起き上がって聞いてみると、キョトンとした顔のアイリと目が合った。


「うちのお母さんが、お父さんが疲れた時によくしてたから……疲れがとれる効果があるって言ってたし」

「……」


 それは、夫婦という愛し合っている者同士故の効果なのではないでしょうか――とは言えなかった。


「あ、でも私はしてもらったことないからよく分からないけど」

「そ、そっか……」


 アイリの両親は、つくづく子供よりお互いが大事なんだなと、久しぶりに痛感して気の毒な気持ちになってしまった。


「リタのお家では膝枕とかしなかった?」

「……あんまり見たことないかな」

「普通はあんまりしないのかな……」


 小さい頃はよく母親にしてもらっていたが、アイリにそれを言うのは何だか憚られた。


 何はともあれ、友達に膝枕をしてもらうのは少し恥ずかしい。しかも相手がアイリとなると、膝を借りるなんて考えただけで恐れ多いし、緊張の方が勝って疲れがとれる気がしない。


「ごめんね……少しでもリタの役に立てたらって思って提案しただけだから……気にしないで」

「…………お、お願いしようかな!」

「え、いいの?」

「はい……してほしいです……」


 だってそんな風にしょんぼりした顔されたら、リタとしてはこう言うしかない。アイリ的には無自覚で出た表情なのかもしれないけど。



 というわけで心を無にしたリタは、やけに嬉しそうなアイリの膝を借りて休息をとることにした。

 いざその体勢になってみるとアイリの顔は見えないからか、意外とそこまでの緊張を感じることはなく、むしろ心地いい気がした。


「……やってみると、案外恥ずかしいね」


 逆にアイリの方が今更照れを感じるという謎の逆転現象が起こっていた。


「やめる?」

「ううん……自分で言ったからには、やる」


 変な意地に苦笑しつつ、リタは目を閉じた。

 うっかり寝てしまうとアイリに迷惑がかかるので、意識は落とさないように気を付けながら体を休める。


「……ちょっと話してもいい?」

「うん、いいよ」

「最近のリタに対して私が思ってたことは、ほぼエミーと同じだったんだけどね」


 話しながら、アイリの手が遠慮がちにリタの髪に触れた。そのまま撫でているのか梳いているのか分からない動きを繰り返している。


「でもリタがやるって決めたことなら、最後まで応援する」

「応援されるほど大層なことでもない気はするけど……」

「こんなにヘトヘトになってるのに?」

「……確かに」


 たかだか学校行事でここまで――体力的にだけだが――追いつめられることになるとは予想外だった。


「こんな状況になるなら、気軽に引き受けるんじゃなかったよ……」

「だったら、今からでもやめさせてもらう?」

「んー…………いや、でも引き受けちゃったから、今更断ったら相手に迷惑かかりそうだし……」


 唸るように答えると、頭上から小さく笑う声が聞こえた。


「リタって意外と真面目だよね」

「意外と……っていうのは、褒めてる?」

「うん。そういうところ、好きだなぁって思うよ」

「……」


 くすくす笑いながら言われても、からかわれているようにしか聞こえないけれど。

 それなのに「好き」って言葉でこんなにも内心のテンションが上がるのは、リタが単純なのか、その相手が推しだからなのか。



続く

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