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101/133

【101.お願い】

 昼休み、アイリとエミリーに詳細は話さず、予定があるとだけ伝えて、自習室の前までやって来た。


「……本当に暴力行為されたりはしないよね」


 一度深呼吸してから、意を決したリタは自習室の扉を開けた。

 すると、既に来ていた女子生徒は椅子に座って本を読んでいた。開いている窓から風が吹き、彼女の長い髪が揺れる姿が妙に絵になっている。

 新学期が始まったばかりの昼休みにわざわざ自習する生徒はそういないらしく、室内には他に誰もいない。


 音でリタが来たことに気が付いた女子生徒は、読んでいた本を置いて顔を上げ、リタの方を見た。


「わざわざ昼休みに呼び出してごめんなさい」

「い、いえ、全然。こちらこそ遅れてすみません」


 彼女の第一声は、予想よりも遥かに普通の台詞だった。

 てっきり文句を言われると思っていたリタはそのことに驚き、返事がつっかえてしまった。


「早速用件なんだけど――」

「あ、その前に自己紹介いいですか? まだお互い名前も分からないので……」


 まあ、リタは事前にローザ先生から彼女の名前を聞いているけれど。


「!?」


 リタの提案に、目をまん丸に見開いて「驚いてます」と言わんばかりの表情をする。

 はじめましての自己紹介なんて極普通の提案でそこまで驚かれるとは思わなくて、リタの方もつられて驚いてしまった。


「私、何か変なこと言いましたか……?」

「あ、いや、ごめんなさい、つい……そうよね、知らない人だっているわよね」


 こほんと、場を改めるように咳払いしてから、彼女は自分の名を名乗った。


「私はミモザ・ハリトマン。二年生で、年は十五よ」

「私は――」

「リタ・アルベティさんでしょ。知ってるわ、色々と有名だから」


 同学年ならともかく上級生にまで知られているなんて、目立たないというリタの目標は全然達成出来ていない気がした。


「それで、用件だけど……あなたさっき、私が着替えているところを見たわよね?」


 妙に低く冷たい声に、冷や汗が流れた。

 やっぱりその話なんだ、と思いながら頷くと、ミモザも「そうよね」と頷き返した。


「しかもしばらく扉を閉めなかった。そのことによって他の人に見られたらと思うと、これは一種の辱めだと思うの」

「でも授業中でしたし、廊下に人はいませんでしたよ」

「辱めだと思うの」

「……」


 否定せずに聞けという意思を言外に滲ませられたので、リタは反論しないことにした。


「その責任を取りたいと思わない?」

「思いません」

「……私が怒ってると、恐いと思わない?」

「知らない先輩なので、あまり思いません」

「……」


 泣きそうな顔になってしまった。

 馬鹿正直に答え過ぎたようで、リタは気まずい空気を誤魔化すように咳払いした。


「えっと……先輩は何かしてほしいことでもあるんですか?」

「実はそうなの……ぶっちゃけさっきのことも怒ってはいないんだけど……怒ってるってことにした方が、頼み事を聞いてもらえる気がして」

「怒ってなかったんですか……」


 あまりに素直に白状されたことに驚きつつ、それならもう帰っていいんじゃないだろうかと言う気持ちになったが、流石に泣きそうな顔をしている人を置いて帰るほど非情にはなれなかった。


「あ、でもノックがなかったことにはちょっと怒ってるかも」

「それはすみません……というか、何であんな場所であんな格好してたんですか?」

「仮眠しようとしてたから」

「……?」


 それは保健室でも聞いたが、その行為とあの格好が上手く繋がらない。


「どうして仮眠しようとして下着になるんですか?」

「私、家では裸で寝る癖があって……」

「……なるほど」


 リタの前世でもそういう人たちがいると聞いたことはあるし、この世界にもそういう人がいてもおかしくないだろう。


「あ、でも流石に寮では我慢してるわよ? ルームメイトの子にも悪いし」

「なのに保健室では我慢出来なかったんですか?」

「う……だってお姉ちゃんしか入って来ないと思ったんだもの。外出中のプレートも出てたでしょ?」

「それはそうですけど……だからって誰も入って来ないわけじゃないと思いますよ」

「……確かに」


 またも素直に納得されてしまったので、素直な性格の人なのかもしれない。

 ミモザは神妙な顔で唸った後、顔の前で手を合わせ、頭を下げた。


「じゃぁもうその件はどうでもいいから……お願いします! 協力してほしいことがあるんです!」


 そしてなんとも直球に頼み込んできた。

 つい数分前まで冷たい声を出していた人とは思えない腰の低さだ。


「えっと……とりあえず話だけ先に聞いてもいいですか?」

「別にいいけど……これから話すことは他言無用でお願い出来る?」

「もちろんです」

「ならとりあえずここに座って」


 示された場所――ミモザの隣の席に腰を下ろす。

 今更気が付いたが、彼女の手元には袋があって、その中に入っていたサンドイッチを差し出された。


「適当に買ったから、好みに合わなかったらごめんなさい」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 むしろ今日は昼食抜きになることを覚悟していたので有難い。

 受け取るなり無意識にお腹が鳴ってしまったので、それを誤魔化すようにサンドイッチにかぶりついたリタを見て、ミモザは少し笑った。


「お昼に呼び出しちゃったから、お腹も空くわよね」

「はい……、それで、先輩のしてほしいことっていうのは何なんですか?」

「まず初めに、これは客観的事実であって……出来れば自慢とは捉えないで聞いてほしいんだけど」


 そんな前置きの後、


「私、すごくモテるの」


 誰がどう聞いても自慢としか思えない発言が飛び出した。


 しかしまあ、本人の言う通りこれがただの事実なのであれば、自慢したいわけでもないんだろう。そもそもこの状況でそんな自慢をする意味もない。


「なんていうか……えっと、すごいですね」

「すごくなんてないわ。むしろすごく厄介」

「と言いますと?」

「勝ったら付き合ってほしいって決闘をしょっちゅう挑まれるの」

「……あー」


 そういえば以前、食堂で見知らぬ女子生徒たちがそんな話をしていたのを聞いてしまったことがあった。少し前のことでハッキリとは覚えていなかったので、ミモザという名を聞いても思い出せなかった。


「その決闘は断ったらダメなんですか?」

「一年の頃は断ってたわ。好きでもない相手なのに、勝負に負けたら交際するなんて意味が分からないし。そしたらどうなったと思う?」


 考えても分からなかったので、首を振った。


「たくさんストーカーが出来た」

「……」


 たくさんの生徒が彼女をストーカーしてる光景を想像して、なんとも気の毒な気持ちになった。


「それは……学校側に言っても対処してもらえなかったんですか?」

「あまりに酷い人たちは対処してもらえたけど、ただ付きまとっているだけの人たちは、学校では処分しようがないんだって」

「そうなんですか……」


 それはつまり、付きまとい以上に酷い被害に何度か遭っているということだろう。彼女の言う通り、過剰にモテるというのは厄介なことみたいだ。


 自分の分のサンドイッチを食べていたミモザは、何かを思い出したのか苦々しい表情をした後、首を振った。


「でも付きまとわれ続けるのも精神衛生上よくないから、今は決闘を受けることにしてるの。私が負けたら相手と付き合う、私が勝ったら必要最低限の接触はしないって約束で」

「それで勝ち続けてるんですか?」

「……、…………ええ」


 妙に長い間だった。

 とはいえ涼しい顔をしているし、嘘をついている感じではない。


「でもその勝ち方が問題なの……」


 リタは食べ終わったサンドイッチの包みを折りたたみながら、問題のある勝ち方というのを考えてみたが、思い浮かばなかった。


「私、魔法が苦手なの」

「え? でも勝ってるんですよね?」

「ある種のハッタリでね」

「ハッタリって?」

「私が苦手なのは攻撃に繋がる魔法全般だけなの。それ以外は割と得意で……特に防御魔法は結構自信があったり」


 防御魔法というと、保護壁シールド拘束バインドなんかのことを指す。


 同じくサンドイッチを食べ終えたミモザはそれを片付けつつ、「例えばね」と切り出した。


「あなたが攻撃魔法を全力で撃って、それを全てシールドで防がれたらどう思う?」

「嫌な相手だなぁって」

「何度やってもシールドが打ち砕けなかったら?」

「諦める……より、魔力切れが先に来るかもしれませんね。……もしかしてそうやって勝ってるんですか?」


 力なく頷くミモザ。

 それから「情けない勝ち方でしょ」と問われてしまい、上手く返せなかった。


 防御魔法だって実力の内だし、それ一本で押し勝つのは決して悪いことじゃない。

 とはいえここで全力否定するのも変な気がして、曖昧に「いえ……」としか言えなかった。


「でもね、それでも勝てるならよかったのよ。恐いのは、このことが他の生徒にバレてしまうこと」

「バレたら何かマズいんですか?」

「決闘の申し込み数が増えそう」

「……そうですか……?」

「バレたことがないから断言は出来ないけど……攻撃魔法も防御魔法も得意な魔法使いと、防御魔法は得意だけど攻撃魔法は不得手な魔法使い。どちらの方が戦いたくない?」

「それはもちろん前者ですけど」


 かといって、後者も面倒そうな相手であることには変わりない。まあ「防御魔法しか使えないならワンチャンあるかも」と思う人も確かに居そうだけど。


「学園生活をこれ以上面倒なものにしないために、何としても隠し通したいの」

「言いたいことは分かりましたけど……この件で私に出来ることってあるん」

「ある!」


 食い気味に答えられると同時、いきなり手を握られた。

 こちらを見るミモザの目がキラキラと輝いているように見えて、リタは思わず視線を逸らす。


「魔法祭で私とパートナーになってほしいの!」

「魔法祭……?」


 エクテッド魔法祭――年に一度開催される学校行事で、いわゆる体育祭だ。

 ゲーム内でもおなじみのイベントなのだが、競技の種類が多いのでリタもその全てを把握出来てはいない。


「えっと……そのパートナーっていうのは?」

「私、二人三脚障害物競走に出るから、その相手になってほしいの」


 足首を結ばれた二人が協力して走りながら障害物を突破していくというシンプルな競技だ。

 前世の競技との違いといえば、魔法の使用が自由で、魔法を使ってゴールを目指すも良し、相手を妨害するも良し、障害物をぶっ壊すのも良しというルール無用なところ。

 ちなみに風魔法は有利過ぎるので、障害物を飛び越えたりするのは禁止とされている。


「他の人にサポートをお願いして、先輩は防御魔法だけでは乗り切れないんですか?」

「障害物があるのに防御魔法ばっかり使ってたら怪しまれそうだから……」


 そんなものなんだろうか。

 ゲーム内でこの競技が描かれることはなかったので、どんな障害物があるのか分からず、リタには上手くイメージ出来なかった。


「でも私とミモザ先輩じゃ学年が違いますけど……」

「誰と組むかは生徒に一任されているから、チームが一緒なら学年が違っても問題ないのよ」

「チーム、一緒なんですか?」

「……あっ」


 どうやらそこまで頭が回っていなかったらしい。

 同じチームかも確認せずに自分の秘密を話してしまうなんて、随分うっかりな人だ。


 なお、魔法祭は六チームに分かれるので、同じチームである確率は結構低い。


「リタは何チーム?」

「赤です」

「すごい! 一緒よ!!」

「よ、よかったですね……」


 ずずいっと顔を近付けられ、その勢いに気圧されたリタは顔ごと逸らした。


「是非私と組んでもらえないかしら」

「…………ちなみにこれ、嫌って言ったらどうなりますか?」

「えっ…………さ、さっき下着姿を見られたことを言いふらす、かも」

「その脅しは効果あるんですか……?」

「私、あなたが思ってるよりモテるから……嫉妬した生徒たちの妬みそねみ恨みをぶつけられることになるかもしれないことくらいかしら」

「……」


 少し想像しただけで、ものすごく嫌な気持ちになった。



続く

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