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【100.いわゆる美人姉妹】

 新学期が始まり、一週間ほどが経過した。


 最近の校内は、もうすぐやって来る魔法祭の話題でもちきりだ。

 魔法祭とは、リタの前世でいうところの体育祭のようなもの。何チームかに分かれ、魔法を使った競技でより多くの勝利を掴んだチームが優勝という催し。


「うちのクラスでももうすぐ出場競技決めが行われるんですかね」

「多分そうじゃないかな。他のクラスではもう始まってるみたいだし。楽しみだね」


 意外と負けず嫌いなところのあるアイリは、こういう行事は好きらしい。

 目立たない学校生活を心がけているリタはあまり気乗りしないが、地味な競技に参加すれば問題ないだろう。

 なお、魔法祭はホリエン内に登場しているので、リタにとってはお馴染みのイベントである。


「私はちょっと気が重いですけどね……まだ寒いのに外で運動だなんて」

「健康的でいいじゃん」

「そうですけど……せめてもっと暖かい時期に開催してくれればいいのに」


 暑い時に運動するのも、それはそれで億劫になりそうだが。

 リタは前世での体育祭を思い出し、懐かしい気持ちになった。



◆ ◆ ◆



「あ! アイリがあんなところに!」

「えっ!?」


 今頃別の選択授業を受けているアイリが、目に見える範囲にいるはずがない。冷静に考えれば分かることだ。


 これは模擬戦相手の単なる引っ掛け行為だったのだが、まさかこんな丸分かりの嘘に騙されるなんて。


 リタが自分の馬鹿さを悔いた時には、体は地面に倒れ込んでいた。



 戦っている最中に見事に転んでしまった結果、頭の先に杖を突きつけられたリタは、その時点で負けが決まった。


 ちなみに相手はセシリーだったのだが、仕掛けてきた彼女もリタがこんなことに引っかかるほど間抜けだとは思っていなかったらしい。

 転んだままのリタを見て「なんかごめん……」と謝られてしまい、余計に惨めな気持ちにさせてくれた。


「いたたた……」

「アルベティさん、大丈夫?」


 駆け寄ってきた先生は、どこか呆れたように、しかし心配そうな顔をしてリタに問いかけた。


「全然大丈夫で――いだっ!!」


 勢いよく立ち上がろうとしたら、足首の辺りから感じるあまりの痛みに倒れそうになった。というより実際倒れたのだが、先生が支えてくれたので、再び地面と対面することは回避できた。


「どこか捻っているかもしれないですね。保健室に行きましょうか……とりあえず授業を中断して」

「あ、痛むのは片足だけなので、一人で大丈夫です」

「そうですか……?」


 未だに心配そうにしている先生に、痛みを我慢して微笑みながら「大丈夫です」と断言し、リタは片足を引きずりながら保健室へと向かうことにした。

 あんな恥をさらしてしまった後だったので、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。



 授業中ということもあり静まり返った校内には、どこからか聞こえて来る教師の声と、リタの足音だけが響いていた。

 いつも賑やかな場所が静かだと、何だか落ち着かない気持ちになる。


「あんな分かりやすい嘘に引っかかるなんて……我ながら情けない」


 アイリはもちろん、エミリーやニコロたちもいない授業で本当によかった。あんな姿を親しい友人たちに見られたら、一生引きずる。

 とりあえずセシリーの言うことは、これからしばらく信じないことにしよう。


「あら、怪我したの?」


 声に振り向くと、保健室の先生――ローザ先生がこちらに近付いて来ていた。歩くたびに揺れる白衣がよく似合っていて、どこか凛々しいその雰囲気は、同性であっても見惚れてしまうものがある。


「大丈夫?」

「はい、ちょっと転んで足を捻っちゃったみたいで」

「なら保健室で少し待っててくれる? 今から職員室に用があるんだけど、すぐ戻るから」

「分かりました」


 一礼し、引き続き保健室に向かって歩いて行くリタ。

 ローザ先生は若干早歩きになり、用事を済ませるべく職員室へと向かった。



 保健室の前に着くと、『只今外出中』と書かれたプレートが下げられていた。


「待っててって言われたし……中に入っていいんだよね?」


 問いかけたところで、誰からか答えが返って来るはずもなく。

 取っ手に手をかけたリタはノックするか一瞬迷ったが、中には誰もいないだろうと思って、そのまま扉を開けた。


「えっ!?」

「――」


 しかし中には人がいて、しかもそれが何故か下着姿だったものだから、思わず硬直してしまった。


 何故、保健室に下着姿の女性が?

 そんなシンプルな疑問で脳内がいっぱいになって、配慮というものが頭から抜け落ちていた。

 そのせいで扉を開けたままの状態で、呆然とその場に突っ立ってしまった。


「きゃあ!」


 甲高い悲鳴と共に我に返ったリタは「ご、ごめんなさい!」と謝って、急いで保健室の扉を閉めた。


「だ、誰だ今の……いや普通に考えてここの生徒……でもなんで着替えてたんだろ……制服が濡れたとか……?」


 ブツブツ呟いて考えながら、リタはこの後自分がどうしたらいいのか分からなくなっていた。


 同性同士とはいえ、見知らぬ人の肌の露出というのは直視しにくいものだ。

 しかもああして叫ばれてしまった手前、再度室内に入るのも勇気がいる。ノックして仮に返事がなかったら、リタはもうこの扉を開けることは出来ない。

 かといって自分がここにいたままでは、中にいる彼女は出て来られないから、現状は何も変わらない。


 さて、果たしてどうするのが正解なのか――



「あら、アルベティさん、中に入って待っててくれてよかったのに」


 一体どれくらいの間悩んでいたのか、気が付いたら職員室から戻ってきたローザ先生に声をかけられた。

 そしてその瞬間、先生と一緒に入室するのが最適解だということに気が付いた。


「入ろうとしたんですけど……あの、中に人がいて」

「え? ああ、まだいたのね……ごめんなさい。あの子はもう出て行ったものだと思って、あなたに伝え損ねちゃった」

「いえ……こちらこそすみません……」


 さっきの状況を知らない先生に謝っても仕方ないのだが、つい謝罪の言葉が口から漏れた。

 先生はリタの謝罪について不思議そうな顔をしつつも、保健室の扉を開いた。


「さあ、中に入って」

「し、失礼します……」


 おずおずと中に入ると、入り口から少し離れた場所にある先生の机の前に、先ほどの女子生徒が座っていた。当たり前だが、既に制服を着ている。


 眉をひそめてリタたちの方を見るその女子生徒は、ライトブラウンのロングヘアーが印象的な十五、六歳くらいの少女だった。


 先ほどは下着姿という強烈なイメージで顔をあまり見ていなかったが、改めて見るととんでもなく整った顔立ちをしていることが分かる。

 大きくぱっちりとした黄金のような黄色の瞳といい、シャープな鼻筋といい形の良い唇といい、絵に描いたような美少女だ。


「なーに偉そうに座ってるの。というかあなた、教室に戻るって言ってなかった?」

「……なんか疲れてきちゃって、ちょっと仮眠しようと思ったの」

「保健室はサボるための場所じゃないわよ」

「別にサボりじゃなくて本当に疲れてるのー……それより、そこの子」

「は、はいっ」


 急に視線を向けられ、リタは反射的に背筋を正して返事をした。


「さっき――いや……怪我、酷いの? 大丈夫?」

「あ、大丈夫です。軽く捻っただけだと思うので」

「そう。……じゃあ、昼休みに自習室に来て」

「え?」


 何故――と問いかける間もなく、立ち上がった少女はさっさと保健室を出て行ってしまった。


「全く……。アルベティさん、とりあえずそこに座ってくれる?」


 いきなりの呼び出しに戸惑ったままだったリタは、先生から声をかけられてようやく我に返った。

 彼女が用意してくれた椅子に腰を下ろす。


 軽い問診や触診の後、やはり単なる捻挫だと判明。

 ローザ先生に治癒魔法をかけてもらうことで、嘘みたいに痛みが消えた。


「おー……凄い!」


 そういえば、こうして治癒魔法の効果を実感したのは初めてかもしれない。

 足首を回しても全く痛みがないことに感動して、グリグリと回していると、突然先生が「ごめんね」と言った。


「何がですか?」

「さっきの子。何を怒ってるか知らないけど、感じ悪かったでしょ?」

「あー……いえ……」


 確かにリタの方を睨むように見ていた気はするが、その前にリタがノックもせずに入ってしまった件があるので、お互い様な気がしてなんとも言えない。


「気が乗らないなら昼休み行かなくてもいいからね。私から言っておくから」

「先生は、さっきの人と仲が良いんですか?」

「というより、あの子……ミモザっていうんだけど。私の妹なのよ」

「え、い、妹さんがいらっしゃるんですか!?」


 つい大きな声を出して驚いてしまった。

 ローザ先生はゲーム内では正式な名前すら登場しないので、家族構成なんてもちろん披露されることもなく。リタ自身今まで気にしたこともなかった。


「そんなに驚かなくても……私に妹がいるの、意外だった?」

「すみません、つい……あ、でも言われてみれば、雰囲気とか似てますね」

「それ、昔からよく言われる。自分たちじゃあんまり分からないんだけど」


 世俗的に言えば、美人姉妹だ。

 姉が保健室の先生で妹が学校の生徒だなんて、ゲーム内でも共通なんだとしたら本編で取り扱われてもおかしくない設定だが、ホリエンは乙女ゲームだからユーザーに需要がなさそうと判断されたんだろうか。


「で、どうする? 流石に呼び出して暴力行為とかはしないと思うけど……アルベティさんにとっては上級生だし、行くのが怖いなら本当に私から言っておくから」

「いえ、大丈夫です。私もちょっと言いたいことがあるので」

「そう? ならいいけど、何か嫌なことされたらすぐ言ってね。叱っとくから」


 綺麗な微笑みを浮かべながら、グッと拳を握り締める先生。

 もしも何かあったら、その拳が妹に振り下ろされるのだろうか――その光景を想像すると、少し恐かった。



続く

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