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怪物使いの村 後編07

 

 通信、結界、怪祓の術式。術式三つを同時に使うというのは、いったいどのような状態なのか。

 イリス様に後日訊ねたところ、歌い手のワタシに合わせた、このような答えが返って参りました。


『特定の場所を踏み渡る踊りをしながら、複雑怪奇な音頭(りずむ)で打楽器を打ち。それらとはまた違う速度で朗々と歌い上げる、といった所業。失敗したら頭が爆発する罰則付き』


 機巧は、打つべき音頭を目の前に表示する楽譜であり。足を置くべき場所を照らす(しるべ)としては作用した。

 しかし、ただ竜沁を流し込めば完成するような、完全な肩代わりをさせるには、時間も準備も間に合わなかった。

 ──というか、ぶっつけ本番で構築させられて、こっちも頭爆発するかと思った。こっちができる前提で作戦を組むな。許さない。絶許。


 普段であれば、「技術的には可能って返しはやるには現実的では無いって事なのよやらせんなボケ」と言う内容だったそうでございます。

 で、ございましたが、それはあとのお話。


 月牙様がダン! と踏み鳴らした足元から、渦巻く川の奔流へ。

 美しい藤水面色の輝きが走った瞬間、こちらに向かっていたサギビの進路を遮るように光の大泡が出現いたしました。


「防護結界、展開しました。杏華!」


「はいっ!」


 ワタシへの声かけ理由は、明白。展開された光の泡、そこに取り込まれなかった数羽のサギビが、こちらにまっすぐ向かってきていたのです。


「……」


 ──息を整えて。落ち着いて撃てる環境なら、あなたはちゃんと獲物を狙える。

 イリス様の言葉を思い出しながら。地に根を下ろした大樹のように、立てた膝を支えに弓銃を構えました。

 当時としては最新式、超距離の狙撃を可能にする拡大鏡(スコープ)は、上下に揺れながら飛ぶケモノの姿を明確に捉えます。


「──行きますよ、送鼬(そうゆう)


 名を呼べば、カラカラ、カチンと歯車の音を立てて、弓銃は応えました。

 弓銃『送鼬』、つまり『送りイタチ』の名付け親は月牙様。 夜の山であろうとも、執念深く相手を追い。隙を見せれば背後から一撃。伝承の風生獣(カマイタチ)の名でございました。


 ──どこぞの誰かが、夜の山を全力で追いかけて来たのに気付いて肝が冷えたとか。送り狼の可能性も考えたが、実際はイタチが二匹に増えただけだった。そんな事もおっしゃっていた気がしますが、ワタシの聞き間違いでございましょう。


 息を吸い、止める。呼吸に応じて揺れる喉が、臓腑(ぞうふ)が、指先が。スゥと震えを鎮めた、その瞬間。


「ッ!」


 放たれた矢は、緩やかな弧を描いてサギビに迫りました。矢が羽毛に食い込み、サギビが動きを止めると同時に、ワタシは引金(トリガー)横に備え付けられた装置を押します。


『──ッ!』


 一羽は悲鳴も上げず。周囲の、熱風に巻かれた(・・・・・・・)サギビは。ばらばらに悲鳴を上げた後、焦げ臭い風を纏いながら水面に落下。


「……ッ! 次、撃ちなさい!」


 憐れむ暇はありません。月牙様の声に従い、結界に閉じ込められた──否、庇護から外れたケモノは、ことごとく撃ち落とします。


「上流の連中に確認が取れた。今ここに来ているヤツで、追い上げは完了しちょる!」


 怪物医の言葉はつまり、追加のサギビは来ないと言うこと。あとは単純。月牙様が、結界にサギビ達を閉じ込めている間に。イリス様が、怪祓の術を機巧に組み入れ。怪鬼化を阻止した上で、営巣地に合流させる。

 ──いける、と。全員が確信し、顔を見合わせた時でございました。パリン、と。美しい破砕音が、結界から響いたのです。


「え、」


 外側(・・)。結界を破砕した光の線は、外側から放たれました。セキショウ集落の漁師たちが控えていた地点ではない、茂みの向こう側で、誰かが術式矢を放ったのです。


「いったい、誰が」


 月牙様の言葉は、途中で途切れます。破砕された結界から雪崩れるように、サギビ達がこちらに向かう姿が見えたからです。


「くっ……!」


 即座に結界を修復するも、逃げたサギビを押さえるには至りません。距離は目前。羽数は数十羽を越えておりました。五羽。ワタシや、イリス様がとっさに撃ち落とせた羽数はそれだけ。


(──間に合わない)


 このままでは、無防備な月牙様に、サギビの攻撃が集中する。迷う暇など、ございませんでした。

 背後で、イリス様が動く気配も感じながら、しかしワタシが取った行動は。


「杏華、お前何を」


 月牙様からいただいた竜牙鈴を喉元から引きはがし(・・・・・)。大きく息を吸う事。そして──。


「があああああああああああああああッ!」


 奏でたのです、全力の咆哮を。まじない歌に願いを乗せるように。しかし、人の癒しを願うのではなく、全力の拒絶と呪いを込めて、サギビ達に吠え掛かりました。普段は暁光のように輝くワタシの竜沁は、禍々しい鮮血色に怪物たちを飲み込みます。




『……その竜牙鈴。あなたの竜沁を吸い取る細工がされているわね。無自覚に怪物を引き寄せないようにすると同時に、本来の竜沁力も抑えてしまっている』


 そのように。イリス様に指摘されたのは、ハスノハの街に来た直後でした。月牙様にも『加減が分からないまま全力を出しては危ない、術式バテを起こす』と、そういった事を再三言われておりましたから、それの何が問題なのだろうと、ワタシは首を傾げた記憶があります。


『いつも竜牙鈴(おまもり)があるとは限らないでしょう。それに、自衛を武器だけに頼るのも心もとないわ』


 攻撃手段が、同時の防衛を兼ねるとは限らない。致命傷を負わせてから、相手の動きが停止するまでに、反撃を許すだけの時間は生まれてしまう。それが怪物相手なら特に、と。イリス様は肩を竦めました。


『相手の動きを止める。そして撃つ。その動きを覚える事ができれば、あなたは安定した立ち回りができるようになるわ』


 だからひとつ、とっておきの技を教えてあげる。イリス様が教えてくれたのが、まじない歌の反転。癒しを願う代わりに相手の動きを封じ、呪う願いを乗せるのです。

 皮肉なことに。守り、癒す術を得意とした最初の師──月牙様とは対極に、ワタシは攻撃し、呪う技の方への適性があったようでございます。




「サギビどもが、落ちていく……⁈」


 ワタシの咆哮に、一瞬動きを止めた周囲の人々。驚く怪物医の声に背を叩かれたように、月牙様は素早く地面を踏み鳴らしました。結界の範囲を大きく広げ、川に落ちたサギビ達を取り込み。結界を再構築。


「イリス、怪祓は」

「組み込んだ!」

「寄越しなさい!」


 再度、結界が破砕される前にと。焦燥のにじむ表情で、青年は投げ渡された術式杖を地面に突き刺しました。水面を渡る波動のように、強い風が周囲に吹き荒れ。みな、一様に顔を腕で覆いました。


「どうか、彼らに加護(・・)を……ッ!」


 吹き荒れる風の向こう側で、青年の祈りの言葉が落とされるのを聞きました。竜沁術式とは、祈りなのです。怯え平伏する事を願えば、それは害為す呪いの叫びとなり。癒し浄化する事を願えば──


「怪祓術式、発動したわ!」


 ──このように。予想外を覆す、救済の事象となり得るのです。

 まばゆい光に包まれ、困惑した様子だったサギビ達を、月牙様は杖の一振りで開放しました。キラキラと降り注ぐ、雨にも似た光には、鎮静効果も込められていたのでしょう。周囲を見渡し、次々と着水したサギビ達は、そのまま営巣地に留まる事を──我々の作戦通りの行動を、選んだのです。


 

【爆音機】

 鳥害が多い農地や、空港等で使用される追い払い器具。文字通り爆音が出るので、配置場所や爆音の発生時間には検討の余地がある。また、鳥の慣れを発生させないためには、獣鈴と同じでタイミングを選んで鳴らす必要があるが、垂れ流しにして慣れさせてしまい、効果を失う事例が多々発生する。道具は使いどころがだいじ。

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