怪物使いの村 後編06
「半怪鬼って、何でございますか」
「怪鬼のなりかけじゃ。昨日はおらんかったのに」
まずいぞ、と。怪物医は、焦った表情で青年を振り返りました。
「サギビは、群れのケモノじゃ。尾の光は、敵の竜沁抑制と同時に、情報を仲間に伝えちょる。一体、怪鬼が混ざれば、群れに在り方が伝わるんじゃ。このままセキショウの群れに合流させると」
他のサギビを巻き込んで、怪鬼になる可能性がある。怪物医の言葉に、月牙様の顔に動揺が浮かびました。
『おい、どうする。追い上げ、止めるか⁈ 』
ザザッ、という雑音を伴う声は、月牙様の分身神から響いたもの。サギビ追い上げのため、各地点に散ったセキショウの漁師達の混乱した会話でございました。
『バカ言え、もう花火さ打っちまった! 途中で誘導を止めたら、コイツらがあちこちに散らばっちまうぞ!』
『つっても、セキショウの群れと合流して、セキショウのサギビどもまで怪鬼化したら』
「……っ。皆さん、落ち着いて下さい!」
驚嘆、混乱、恐怖。感情の乱れが明滅し、伝播して行く様は、まるでサギビの尾の光。
このままでは確かに、我々の手に余る事態が起きるのではなかろうか、と。月牙様がやや焦燥を声音に滲ませ、周囲の不安に飲まれたワタシも、喉を鳴らしたその時です。
「──黙らんか、お前ら!」
ビリビリと。雷鳴のように、怪物医の声が空気を震わせました。
「わしらは川の民、サギビ氏族じゃ。朔弥人が聞いちょる中で、サギビが手に余るなんちゅう、情けない弱音を吐くんじゃねぇ!」
怪物医の発破に、一瞬の沈黙が返ります。ピャッと背筋を伸ばした月牙様はそのまま、怪物医に小さく頷き、低い声で続けました。
「指示が乱れて失礼しました、月牙です。全員、そのままサギビの誘導を行って下さい。最終的な対応は、こちらで行います。それから、一時的に連絡手段の接続を落とします。回線が戻るまで、手元に連れていて下さい」
『お、おう』『分かった』
やや、気圧された声。曖昧ながらも頷く声。そして──
『信じとるからな、月の字』
──確かな響きを持って伝えられたその言葉に、青年は「はい」と頷きました。
「それで。どうするつもり」
声を上げたのはイリス様です。イリス様は、機材に触れられる位置で、すぐに動けるように待機しておられました。月牙様は、彼女に軽く頷くと。
「その前に、時雨。少し手を空けたいので、僕の分身神を、少しのあいだ維持して下さい。権限をそちらに移します」
などと宣い。時雨ちゃんの横に膝をつきました。
「えっ」
分身神は、感覚を術者と共有する技。安易に譲渡できるものなのでしょうか。ワタシが戸惑う間に、時雨ちゃんは無言で頷き、月牙様に一歩近付きます。
「ちょっと、待っ──」
目を見開いたイリス様が、何か言いかけましたが後の祭り。月牙様と時雨ちゃんは、廃鉱町でそうしていたように手を繋ぎ、続いて、互いの額を合わせました。
「入れ替えっこしましょう」
「たがいの目」
「さん、に、いち……」
交互に流れるその声は、歌い慣れた童謡のように流暢で。月牙様が纏う薄紫の竜沁と、時雨ちゃんのあさぎ色の竜沁が、ふわりと溶け合うにも時間はかかりませんでした。しかし──
「みっ⁈ 」「痛っ⁈ 」
──バチッ、と。静電気が弾けるような音と共に、二人は大慌てで額を放しました。額をそれぞれが抑えたまま、信じられないような表情で互いを見つめる。
二人の表情は、当たり前に存在した、お気に入りの茶碗を割ってしまった時のような。唖然とした感情を湛えておりました。
「ボサッとするんじゃないわよ! 」
「いった⁈ 」
すねを蹴られた青年が、振り返ると同時に。イリス様は、機巧鳥を月牙様に差し出しました。
「入力を聴覚情報だけに絞って、全体に伝達できれば良いんでしょ? 」
「いくら君でも、そんな急には」
「相互連絡は、機巧鳥の搭載機能じゃ無理。でも、片道切符なら、鉱石同調の原理ですぐに」
「理屈は不要。片道で結構。できるなら任せます!」
月牙様は、乱暴に義眼をイリス様に押し付け。そのまま、ドン引きしている怪物医を振り返りました。
「怪物医。セキショウに、怪祓の技はありますか? 飼育しているサギビが、怪鬼化しかけた時の対策としての」
「あるにはある。が、サギビに直接触れながらかける呪いじゃ。お前みたいに、群れ全体を覆って掛けられるような技じゃ」
「構いません。その怪祓、僕に掛けて下さい」
「は? 人間用じゃねぇぞ」
「術の構成要素を把握したいのです」
だから構わず行使して下さい、と。端的に指示した上で、青年は技師様を振り返りました。
「イリス。僕はこれから、広域用の怪祓術式をサギビ特化に再構成して、その上で帝国言語式に置換します。口頭で伝えるので、僕の機巧杖に超特急で組み入れて下さい」
「構築式のバグは、発動してから出る事がある。うまく行く保証はないわよ」
「心配無用。バグが出た場合は、手動操作で解決します。大体の異常なら、君が事前に対策できるでしょう。作業が終わるまでは、防護結界で時間を稼ぎます」
早口で言葉を交わしながら、機巧杖や機巧鳥を受け渡し。時雨ちゃんは──
「杏華、わたしの髪飾りとって。四……ううん、六つ使うと思う」
ドンっとワタシの背中に体当たり。そのまま頭を差し出してきました。
「承知でございます。時雨ちゃんは何の作業を」
するおつもりで、と訊ねかけた声に重なるように。
「時雨、結界構築の地盤を用意して下さい。群れ全体を覆う必要があるので、蓄沁具は四つ……いえ、六つ全て使います」
月牙様の指示が飛んで、時雨ちゃんは淡々と頷きます。術師が身に付ける装飾品は、術式の発動に必要な竜沁を溜め込んだ、とっておきの蓄沁具です。
時雨ちゃんの指示に沿ってそれらを並べ、月牙様の元に戻ると。
「杏華。君は、僕たちの護衛と遊撃です。結界から漏れ出たサギビは、即座に狙撃して下さい」
青年は、己のすぐ手前を顎で示しました。ワタシは頷き、移動しつつも訊ねます。
「エエト……要約させて下さいましね。まず、セキショウの皆様は、作戦を継続でございますね」
「はい。問題になっているのは、周囲に汚染を広げる特徴を持つ半怪鬼。そして、汚染状況が不明な点です。それは、サギビ特化の怪祓術式を組んで解決します。追い上げられたサギビ達を結界に閉じ込めて、その結界に怪祓の術式を重ねがけする方針です」
「おい、月の字。まさか、三つ同時に、術式を使うつもりか」
怪物医は、顔を歪めました。
「バカ、無理じゃろ。できたとしても、頭が割れておっ死ぬぞ!」
「いいえ、行使可能です。機巧や、時雨の補助もありますから」
力まず、何とも自然に言い切った青年に。セキショウの人々も、我々も絶句しました。
「もちろん、怪祓が失敗すると判断したら、全頭駆除に切り替えて……」
「反対じゃ」
静かな声を投げたのは、いったいどなた様だったのか。セキショウの人々の方向から聞こえた声に、首肯したのは怪物医です。
「お前らは、まだガキじゃ。わしらは、お前が失敗しても責めるつもりはねぇ」
自分たちの村の問題だから。当たり前のその言葉に、青年はキュッと口元を絞りました。
「ありがとうございます。でも、我儘をお許し下さい」
他の誰でもない、自分自身が。妥協で終わらせたくない。最善を、尽くしたいのです。
能力不足を不安がられたというのに。青年は、とても嬉しそうに微笑むと、羽音が迫る川上に顔を向け。羽ばたくように両手を広げました。
【鳥類の群れ誘導】
カラスやムクドリなどの群れを、関係者総出で移動させる大規模イベント。花火や天敵の声、その他様々な道具を駆使して行う。
うまく誘導できる場合もあるが、より被害が大きい地域に群れが移動してしまい、頭を抱える事例もある。




