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怪物使いの村 後編05

 

「追い上げは、物理的な手段を中心に。セキショウの皆さんを川の各地点に配置して、順に追い上げる作戦を考えています」


 セキショウ集落、怪物医の家。月牙様は、集った人々を見回しながら宣言いたしました。


「前みたいに、あんたがグワーッとやるわけにいかんのか? 」


 営巣地を一気に凍らせとったじゃろが、と。交流を経て、態度が軟化した集落の人々に、青年は苦笑を返します。


「僕が扱う広域術式は、土地から竜沁を吸い上げて、その場に出力する形を基本としています。要するに、高出力の術を使う時、術師(ぼく)は移動ができないのです」


 風を起こす、と言った移動しながら使える術式も勿論あるが、群れをまとめて追い立てるとなれば、術師がサギビに合わせて移動し続けなければならない。


「サギビの飛翔速度に合わせて、川下りを数倍速で行いつつ、術式を当てつつ……というのは」


「忙しねぇなぁ、それは」


「案外やれっかもしれんぞ。若ぇの六人くらい集めてよ、死ぬ気で漕がせりゃなんとか」


「バカ、月の字(・・・)を川に落としてみろ。頼池様に縛り首にされたって、文句言えんじゃろが」


 ゲラゲラと笑いが飛び交う様子は、まるでサギビの巣の如し。

 日頃は喧騒を忌避する月牙様でしたが、この空気は嫌ではなかったのでしょう。その表情は、小鳥が訪れた小川のように穏やかな微笑みでございました。


「皆さんには、川の要所に待機していただきます。サギビが待機地点に移動してきたら、サギビの群れの後ろにこれを撃って、追い上げてください」


「火薬……煙火(えんか)け?」


 くん、と鼻を鳴らした鬼奴に頷き、月牙様は円筒状の包みを開きました。


「サギビ用の特注弾です。火薬を用いた轟音弾ですが、天敵(アカナメ)の体液を混ぜ込んであります。サギビ達は、普通の煙火には慣れ始めていると聞いたので」


 月牙様の煙火を監修した怪物医は、小さく肩をすくめました。


「連中、()に強いけぇの」


 その言葉に、あぁ、確かになぁ、という言葉があちこちから漏れ出ます。

 銃に強い。という言葉は、現代の技術からするとあまりピンと来ない感覚でございましょう。


 しかし、当時の「銃」は、火薬で弾を発射するという特性上、弓矢よりも術式付与が難しい代物でございました。

 そして、単純な物理攻撃は、物理法則を歪める能力を持つ術師や、怪物(けもの)には防がれる可能性が高いもの。

 防御に長けたサギビに対しては、術式付与が容易だった術弓や、最先端の術式銃の方が相性が良かったのでございます。


「セキショウには、術弓やサギビの扱いに慣れた方が多い。問題は無いかと思いますが、危険を感じたら身の安全を優先して下さい」


「で? 月の字は、何するつもりなん」


 近い年頃の若者に訊ねられ、月牙様は軽く術杖を振りました。ふわり、と舞い降りたのは分身神です。


「僕はセキショウ付近に陣取って、全体の動きの俯瞰と、最終誘導を担います。皆さんには、分身神(これ)を介して連絡を行うつもりです」


 見慣れた紙の人形がひとつ。ふたつ、みっつ。三体(・・)の分身神が月牙様の周囲を一周し、肩に止まりました。


「そ、そんなに分身神を出して、大丈夫なのでございますか⁈ 」


「機巧の補助もあるので、何とかはなりますよ。イリスにも支援に入ってもらいますし、機巧の不調時は、手動操作でギリギリ対応できます」


 さすがに視界制御は困難なので、声のやり取り以上の機能は持たせませんが。などと宣う巫師。

 セキショウの面々はドン引き。イリス様はあきれ顔。時雨ちゃんは、おやつの糖真菰(トウマコモ)をご機嫌シャクシャク。

 また空気を読み違えたか、と顔が焦り始めた月牙様を横目に確認して、ワタシは苦笑いしました。


「杖一本で、影分身の技を繰り出す巫師様に、驚きモモの木、サギビの木。といった具合でございますよ。機巧の技術が進めば、誰しもの手に届く時代が来るのかもしれませんけどね」


「そうなって欲しい反面、気持ちとしては複雑ですね」


 青年は眉を下げて笑いました。機巧仕立ての杖をひと振り、己の分身たちをスウと懐に収めた青年の表情はしかし、言葉とは裏腹に晴れやかに見えました。


 ──さてさて、数日の準備期間をかけまして。各地に散らばり拠点を作りつつあるサギビ達、彼らの長い尾っぽを追いかけまわし、戻しちゃいましょ営巣地。即ち「追い上げ作戦」の決行当日。


 我々は、セキショウの営巣地が俯瞰できる川岸に拠点を構えておりました。天気は快晴、鮮やかな蒼穹には雲一つなく。爽やかな風はサギビの臭気をともない、ムワンと我々の頬を撫でて過ぎ去りました。


「うまく行くでございましょうか」


「分からんな、やってみんと」


 鼻にしわを寄せながら問うたワタシに、怪物医は肩をすくめました。


「失敗しても何とかはなるけ、心配は要らん。それに今回は、月牙の字が先頭に立って動いた。それ自体が、大きな収穫じゃけぇの」


「どういう事でございますか?」


「わしらは川の民、サギビ氏族。連中の扱い自体には慣れとるし、必要な時は、セキショウの外の問題にも対応をしてきた。でもな、それは(ハスノハ)の連中にしてみれば当然の義務なんじゃな」


 怪物の扱いに慣れているから、怪物の飼育を許される。汚らわしい身なりも許される。しかし、責任を追及された時、セキショウの人々はどこまでも立場が弱くなってしまったのです。


「で、月の字じゃが。あいつは玖蓮大社の関係者じゃろ? そいつが筆頭になって動いたって事は、『そこまでせんと、どうしようもない事態だった。馬鹿頭(へちまあたま)の鬼奴だけで解決できるはずも無かった』ってな。そう思ってもらえるけ」


「なるほど……」


 呟きながら、ワタシは準備に勤しむ年長者たちを振り返りました。

 父であり上司の頼池さまに、『場に介入し過ぎるな』と言われながらも、月牙様が頑なに己が前に立ち続けた理由。それは、ご自身の性格の影響もありましょうが、己の身を担保に、公的な支援を引き出す狙いもあったのでございましょう。

 我々の力ではどうにもならなかった、廃鉱町の荒れ果てた山々を思い出し。ワタシは、嘆息しました。


「困りました。ワタシ、月牙様が無茶をしても怒りにくくなってしまいました」


「それは怒ったれや」


 ケラケラと肩を揺らす怪物医でしたが。ふと、川の向こうに見える営巣地を眺めながら、言葉を紡ぎました。


「わしらの口伝に、こんな物語がある。サギビはな、一頭の大鷺火オオサギビの羽根から生まれたんじゃ。始まりは一人の漁師。溺れたそいつを大鷺火が助けて、たわむれに一枚を与えたんじゃ。その漁師や、続けて羽根を与えられた村人達は、大鷺火の加護を得て、たくさんの魚を得るようになったそうな」


 しかし、羽根はたまにしか与えられない貴重な品。ある日、欲に目がくらんだ連中が、大鷺火のねぐらに乗り込み、全ての羽根を引き抜いてしまったそうな。


「翼をもがれた大鷺火は死んだ。じゃが、死ぬ間際、羽根を自らの分身に変えよった。サギビとなった羽根達は川に住みつき、魚を食い尽くした。しかし友として、元々の持ち主の元に留まり、漁を助ける者もおった。それがわしら、サギビ氏族の祖と言われちょる」


「……」


「たわむれに施しを与えなければ、大鷺火は死なんかった。じゃが、サギビと共に生きる、サギビ氏族も生まれ無かった。そういう話じゃ」


 その話は、噛み砕くには少し時間が必要でございました。ううむと唸るワタシの腰に、トン、と軽い衝撃。眼下に視線をやれば、澄まし顔の時雨ちゃんが、じいっとワタシを見上げておりました。


「ふたりとも。そろそろ始まるよ」


「おおっと、いけねぇ」


 首の後ろをガシガシかきながら、怪物医は踵を返します。月牙様やイリス様、他の村人達と話を始める怪物医を一瞥して、ワタシは時雨ちゃんを見下ろしました。


「ちなみに時雨ちゃんは、どう思われますか? 先ほどのお話」


 時雨ちゃんは、フンと鼻を鳴らしました。


「大鷺火は、村人に、羽根を与えるべきじゃなかった」


 羽根がなくても、村人たちは自力で漁ができた。村人が溺れたとて、飢饉で苦しむ事があったとて。身を削って助けたことで、己の身を滅ぼされてしまったなら、ザマァない。

 それは、ワタシの想定よりも、辛辣な感想でございました。


「……でも、それが分かった上で、羽根を与えたなら。分身になったサギビが、完全な敵にまわった訳じゃなかったなら。その大鷺火は、ただ村人たちとお話ししたかった。仲良くなりたかった。そういう動機、だったかもしれないね」


 時雨ちゃんの表情は、長い銀灰色の髪と、頭巾に隠れて見えませんでした。ただ、その声音がどこか寂しそうに聞こえた気がして。


「時雨ちゃん?」


 膝を折り、時雨ちゃんと視線を合わせようとした。その時でございました。

 パァン、と遠くから破裂音が響きました。サギビの追い上げが始まったのです。場には一気に緊張が走り。しかし順調に、続々と、煙火の音はこちらに近付いてまいりました。


「順調に追い上げるみたいね。このままいけば、無理なく誘導できる」


 イリス様が、そう呟いた時でした。


『おい、まずいぞ!』


 機巧鳥──分身神を介した通信機から、村人の声が響きました。


『群れん中に、半怪鬼(はんおに)が混ざっとる!そのままだと、群れがぜんぶ怪鬼(オニ)に変わるぞ!』

◇動物駆逐用煙火

 動物の追い払いや誘導に特化した轟音弾。威力が強く、扱いも危険なため、正規の使用方法を守る事が大切。本当に、大切。

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